174 / 252
173.落とし処
しおりを挟む――落とし処が必要になるだろう。
予想していた通り、アーレが私を取り戻しに来た。
族長か、代理を務める族長の番は必ず集落に残るものだから、決まり事としてはアーレが来るかどうかは怪しいところがあったが。
でも、まあ、来るだろうと思っていた。
それが私の嫁だから。
本人に聞いたところ、一応、我慢して集落に残るつもりはあったらしいが。
しかしナナカナに「レインのことを気にしている今の状態じゃ居ても役に立たないから」みたいなことを言われて、送り出されたらしい。
だが、アーレが来るにしろ来ないにしろ、白蛇族は錆鷹族に報復をしなければならない。
部族とは、小さいながらも立派な国である。
周辺国に舐められたら国の威信に関わる。
威信を失えば国民に示しがつかなくなり、そうなれば民は王の言うことは聞かなくなる。流出もありえる。
困った時に助けが呼べないし、弱味に付け込まれて攻め入られることもあるだろう。
やられたら抗議する。報復する。
これはただ単に恨みを返す、仕返しをするという意味だけではなく、今後の自衛に繋がるのだ。
やられてもやり返さない相手なら、いくらでも奪ってやればいい。
品がないやり方だが、しかし、民を守るべき国は綺麗事だけではやっていけない。
時には汚い真似もしなければならないし、時には人道に悖る選択を選ぶのが為政者である。
――これからアーレがするのは、そういうことである。
家を出たアーレの後をついていく。
「広場に人を集めてある」
家の前で待っていた族長代理ヨーゼが告げる。
彼もまた、これからアーレがすることの道理を弁えていた。
「おまえは族長代理だったな?」
「ああ」
「ならばおまえの命は貰う」
「……わかっている」
ヨーゼは道理を弁えていたし、覚悟もしていた。
連れてこられた私の扱いからしても、そうだろうなという印象である。
なんとなく、族長代理を任されたのが彼である理由も、わかる気がする。
族長はともかく、代理は強さはいらないから。
それより判断力が求められる。
そうじゃないと、私が代理を務められるわけもないからな。
ヨーゼの案内で広場にやってくると、錆鷹族の者たちが地に膝をついて待っていた。
真新しい怪我を作った戦士たち。
特に日常と変わらないとばかりの穏やかな老人たちからは、諦観の念を感じる。
これからのことを考えて顔色が悪い女たち。
状況がよくわかっていない子供たち。
そんな彼らの先頭に、ヨーゼが跪いた。
そしてアーレが、彼らの前に立った。
「――我は東の地に集落を持つ白蛇族の族長アーレ! おまえたちが連れ攫った我の番レインを取り戻しに来た!」
えっ、と声を上げたのは、この集落でそんなことが起こったことを、まったく事情を知らなかった者たちだ。
私もオーカの看病ばかりしていたから、錆鷹族との交流はほとんどなかった。
私がここに連れて来られたことさえ、知らなかった者もいるだろう。
「今の内に覚悟しろ! 我ら部族に戦を仕掛けたのはおまえたちの方で、おまえたちの戦士はついさっき我が叩き潰してやった!
ゆえにこの集落はもう我らのものである! 生かすも殺すも我の気持ち一つだ! 我の気分でおまえたち全員を皆殺しにすると心得よ!」
え、気分で決めるの?
……まあ、明確な法やガイドラインがあるわけじゃないから、信賞必罰も族長の裁量に寄るんだろうな。
しかしそれにしても、気分か。
気分一つで皆殺しか。
錆鷹族の多くが「皆殺し」に反応しているので、その「皆殺し」が気分で決まるのは別にいいようだ。
引っかかっているのは私だけか。
改めて、こちらはとんでもない地だと実感させてくれる。
「――族長代理ヨーゼ! 前に出ろ! 今からおまえの首を刎ねる!」
え、刎ねるの? ここで? 子供もいるのに?
…………
ヨーゼが処刑されるのは仕方ないのだろう、と思っていた。
これはやらなければならないことで、誰かが責任を取らないといけないことだから。
この状況で真っ先に責任を取らされるのは、族長代理であっている。
「……」
ヨーゼはまっすぐな鋭い目で立ち上がり、アーレの前に歩み出てきた。
微塵も迷いはない。
その目、その態度は、命を捧げる覚悟ができている証拠だ。
――自分が罰を受けないと、集落の誰かが、あるいは全員が死ぬとわかっているからだろう。
…………
やれやれ、仕方ないな。
「――アーレ」
腰の鉈剣に触れたアーレの耳元で、私は小さく囁いた。
「止めるなと言ったぞ、レイン。黙って見ていろ」
睨まれた。
これまでに見たことがないほど冷徹な瞳で。
一瞬腰が引けそうになってしまったが、構わず囁く。
「――アーレ。殺すのはよくない」
「あ?」
「――族長なら、罰を与えると同時に得も取るべきだ。ここで錆鷹族の誰かを殺したって、白蛇族には何一つ得るものがない」
ヨーゼを殺したって、集落の全員を殺したって、白蛇族は何も得られない。
私を攫われたというマイナス分を補填するだけで、プラスになるものがない。
いや、ここで中途半端な罰を下しても、遺恨が残る可能性があるだけだ。
だからナナカナは、一人殺すなら皆殺しにしろと言ったのだと思う。
でも、アーレがそれをしなければいけないという理由もよくわかる。
だからこそ代案が――落とし処が必要で、これに近いになるだろうと予想していた私は、その落とし処を考えていた。
「さっきアーレは言ったよな? この集落は自分のものにした、と。
ならば猶更、安易に命を奪うべきではない。
恩を売っても恨みは買わず、罰を与えて私たちも得をする。そんな形に納めてみないか?」
「……」
アーレはずっと、冷徹なままの瞳で私を見ていた。
そして、話が終わったと見て、言った。
「この話にそんな小細工が必要か? 我はただおまえを攫った害虫どもを潰したいだけだが? 後腐れなくしたいならやはり皆殺しにする。躊躇う気はない」
……そうか。そう簡単に意思を曲げる気はない、と。
そうだよな。
アーレはちゃんと族長だもんな。
筋が通らないことは好まない、強い嫁だもんな。
そうだよな。だったら仕方ないよな。
「――アーレ」
「もういいだろう? 我はなんと言われても――
「――嫌いになるぞ」
「……え?」
「――私はあなたのことを嫌いになるぞ。安易に人を殺すような女性は好きじゃない」
「…………」
…………
「汚い言い方だな」
「すまない。だが本心でもある。殺すなとは言わないが、殺す必要がない者を殺さないでくれ。頼むから」
「……よかろう。おまえの話を聞いてやる」
……よかった。
説得できるかどうかは確証はなかったが、今回はなんとか止めることができたようだ。
…………
あとは、族長アーレの意思を曲げさせるに足る提案を私ができるかどうか、か。
やっぱり殺す、皆殺しだ、なんてこともありえるだろうから……慎重に話を進めないと。
……ん?
囁けるほど近かった距離だが、アーレは更に身体を密着させてきて、こっそり私の手を握った。
私の肩に頭を預け、小さく囁く。
「――我のこと、嫌いにならない?」
…………
「なるわけないだろう。大好きだよ、アーレ」
「我も好き……」
…………
こんな時にこんな感じでごめんな、ヨーゼ。
君にはたぶん聞こえているだろうけど、わずかにも顔に出さない胆力に感謝する。
10
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~
黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。
妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします
リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。
違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。
真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。
──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。
大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。
いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ!
淑女の時間は終わりました。
これからは──ブチギレタイムと致します!!
======
筆者定番の勢いだけで書いた小説。
主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。
処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。
矛盾点とか指摘したら負けです(?)
何でもオッケーな心の広い方向けです。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません
たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。
何もしていないのに冤罪で……
死んだと思ったら6歳に戻った。
さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。
絶対に許さない!
今更わたしに優しくしても遅い!
恨みしかない、父親と殿下!
絶対に復讐してやる!
★設定はかなりゆるめです
★あまりシリアスではありません
★よくある話を書いてみたかったんです!!
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる