157 / 252
156.これからが本番
しおりを挟む「……何度か思ったことはあるが、今日ほどレインを怖いと思ったことはない」
タタララの瞳からすーっと落ちた雫は、恐怖にしては美しかった。
「お、確かにうまいなこれ」
「ほう。ほうほう」
「キノコ入ってるのがいいね」
「――やめろ! 黙れ!」
タタララは今度は怒りだした。
「そんなにバクバク食うな! 味わえ、この一品を! これは大口を上げて口に放り込んで酒で流し込む飯じゃない! ずるずる食うな!
これは――一口ずつゆっくり楽しむものだ!」
…………
いや、なんというか……正直ちょっと、なんだ。
そこまで力説されると、ちょっと引くんだが。
夏が来た。
去年のことを考えたら、これからもっと暑くなるだろう。
暑さに比例して、魔獣が活発になる。
魔獣が活発になれば戦士の出番が増える。
毎日のように危険な狩りに挑み、毎日のように今日を生き抜いた喜びを噛み締める。
そんな戦の季節がやってくる。
狩りは戦士に任せるしかない。
だが、それ以外は集落を預かる者の仕事だ。
戦う戦士を支えるのも。
戦の季節に必要なものは、戦士たちの英気を養うことである。
できるだけ万全の体調と気分で、戦士を明日へ送ること。
そして帰ってきた戦士を迎えることだ。
そのために必要なものの一つが食事である、と私は考える。
美味しい食事を取ってしっかり寝れば、明日を生きる活力になると思っている。
で、できたのが今日の一品。
ナマズの蒲焼に、野菜とキノコを使ったソースを絡めて軽く煮て、卵で閉じたものである。
去年と同じように、近頃夜は女性の戦士たちが族長の家に集まるようになってきた。
そんな彼女たちに提供した一品なのだが……
どうもタタララには強く刺さったようだ。
そういえば、彼女は元々ナマズを気に入っていたからな。養殖池まで作るくらいに。
気に入るのも当然と言えば当然なのかもしれない。
だが、ナマズは希少だ。
それに準備に手間が掛かり、狩りでナマズは得られないので提供できる量も限られてしまう。
スプーンで食べる小鉢もので、まあ、タタララが言うのも間違ってはいないと思う。
手間が掛かっている分だけ味わってほしい、という気持ちが、私にないわけでもない。
「……」
タタララが憤慨する横で、すでに一口で流し込むように食べ切って酒まで呑んで味の余韻を殺したアーレが、ちょっと寂しそうに中身のなくなった己の小鉢を見ている。
きっと「味わって食べればよかった」と思っているのだろう。
あと「えっそんな怒るほどの味だったっけ? というかどんな味だった?」とも思っていそうな気がする。
嫁のことだからな、婿にはなんとなくわかるのだ。
七名以上に均等に出すには、一口で食べ切る程度の量しか用意できなかったのだから、量の関係ですぐ食べ切るのは仕方ない面もあると思う。
――でも、なんであろうがただの食事である。ただの食事でしかない。
食べ方なんて人それぞれでいいと思うし、食べたいように食べればいいのだ。
流し込むように一口で?
そういう風に食べたいなら、それでもいいじゃないか。
食料として粗末に扱ったわけでもないし、無駄にしたわけでもないのだから。
「おいタタララ、少しよこせ。味を確認させろ」
「ふざけるなよ、アーレ。これは私の土塊魚だ」
また嫁が無茶を言い出した。
よりによってタタララ相手に。
なぜわざわざ「これが好きだ」と言っている相手から奪おうとするのか。
――今夜も大騒ぎして、にぎやかに夜は過ぎていった。
「……ちょっと大変ですね、これ」
七名もの戦士たちが死んだように雑魚寝する光景を、ケイラは心底疲れた目で見ている。
腹を満たし酒が進み歌ったり語ったり罵り合ったりして、戦士たちは一人一人その辺でごろごろ転がり出して就寝した。
子供の教育によくない酔っぱらいたちの大騒ぎをあまり見せないように、ナナカナは早めに家に帰した。
酒だ飯だ肉だと我儘を言い出す戦士たちに、私とケイラはできる限り応えて、ようやく全員が眠りに落ちた。
これで私たちも、一日の終わりを迎えることができたわけである。
去年と一緒である。
これから暑さと共にもう少し忙しくなるだろうが、まあ、今年はケイラもいるので問題ないだろう。
去年はだいたい一人で乗り切ったしな。
「ケイラ。今日はもういいから、休む準備をしてくれ。それから君の家に行こう」
「はい?」
「疲れただろう? 針を打つ」
そして針を打った瞬間、ケイラは寝るだろう。というか寝させる。
私が去年一人で乗り切れた理由は、一重に聖女の力あってのことだ。
もしこの力がなければ、とてもじゃないが一人であの毎日の激務を耐えることはできなかっただろう。疲労が溜まってどこかで潰れていたに違いない。
戦士たちと一緒だ。
彼女たちを支える私たちも、明日に疲れを残すべきではないのだ。
「え、でも、洗い物がまだ」
「後は私がやっておく」
散々飲み食いした後の残骸である食器はたらいにまとめているが、まだ汚れが残ったままである。
これは今洗っておかないと、明日の朝使えないのである。
だが、あとは族長の婿である私の仕事だ。
半ば無理やりケイラを家に送り、針を打って寝かせて、また戻ってきた。
さあ、洗い物だ。
私も疲れているんだ。ささっと片付けて、明日の朝食の仕込みと昼食の弁当の仕込みをして、さっさと寝てしまおう。
寝たと思えば、もう朝だった。
熟睡しすぎたせいだろうか、逆に寝た気がしない。
残っている疲れと眠気に襲われながらも私は起き出し、朝の支度をして台所に立つ。
戦士たちはまだ寝ている。
ケイラとナナカナは、もうすぐ起きてくるだろうか。
さあ、朝食の準備と昼食の準備だ。
そうして、戦士たちは今日も狩りに出かけていく。
今日も陽射しが強い。
しかし、これからまだまだ強くなるだろう。
夏はこれからが本番だ。
10
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~
黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。
妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします
リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。
違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。
真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。
──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。
大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。
いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ!
淑女の時間は終わりました。
これからは──ブチギレタイムと致します!!
======
筆者定番の勢いだけで書いた小説。
主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。
処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。
矛盾点とか指摘したら負けです(?)
何でもオッケーな心の広い方向けです。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません
たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。
何もしていないのに冤罪で……
死んだと思ったら6歳に戻った。
さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。
絶対に許さない!
今更わたしに優しくしても遅い!
恨みしかない、父親と殿下!
絶対に復讐してやる!
★設定はかなりゆるめです
★あまりシリアスではありません
★よくある話を書いてみたかったんです!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる