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149.黒鳥族の大狩猟 終

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「……あれ?」

 目が醒めたら、部族全員が帰り支度をしていた。
 天幕をしまう者、寝るための敷物を丸める者、外套を羽織る者。

「……あれ?」

 アーレは現状が理解できない。

 空を見上げると、もうじき昼という頃合いか。
 若干二日酔い気味の頭には目が眩むような青一色。
 旦那の瞳と同じ色で、「酒を控えろ」と言われているのにやや深酒したことを責めているかのような空だった。

 大狩猟の後、宴で酒を呑んで酔ってケンカをして……そこまでは覚えている。

 で、いつの間にか寝ていて、起きたらここだった。
 最後の記憶では黒鳥カッ・コハ族の集落内にいたはずなのに、今は他部族が寝泊りしていた集落前の荒野にいた。

 もっと言うと、自分の天幕の中で寝ていて、今這い出たところである。
 自分の足で帰ってきた記憶はない。

「……あれ?」

 何があったのか。
 なぜ皆帰り支度をしているのか。
 宴はどうしたのか。

「アーレ、帰るぞ」

 すっかり帰り支度を済ませたタタララが声を掛けてきた。

「お、おう……? 宴は? どうなった?」

「とっくに終わったぞ。昨日の話だからな」

 昨日。
 なんと。
 知らない間に寝ていて、起きたら一日終わっていたというのか。

「覚えてないようだから教えてやるが、おまえは赤熊レ・ファ族の族長ベイトマに挑んで負けて気絶して、そのまま寝ていた。起きたのが今だ」

「な……何!? 我がベイトマに挑んだのか!?」

 アーレからしても驚きである。
 赤熊レ・ファ族は、戦牛イルハ・ギリ族とも肩を並べる強い部族だ。

 その部族の族長ベイトマと言えば、全盛期は何かと英雄キガルスと張り合っていた豪傑だ。
 老いて多少の衰えはあるが、それでもそこらの同族よりよっぽど強い男だ。

 ――いや待て。

「酒でか!? 酒で挑んだんだよな!?」

 酒だったらベイトマにも勝つ自信がある。
 虎族や龍族はとんでもなく酒に強いと言われるが、熊族は酒より甘いものを好む。ちなみに牛族は酒より飯派だ。

「いや、ケンカで」

 ケンカで。

「……我は勝ったか?」

「聞かなくてもわかるだろう」

 アーレは固く目を閉じた。

 ――しまった。族長が負けるのは部族の名折れだ。

 負けの内容が腕っぷしとなれば尚更である。
 ベイトマには勝てないということは、やり合う前から直感でわかっていた。

 あの老戦士はとてつもなく強い。
 最近引退したキガルスも、そろそろ引退を考えているというベイトマも、はっきり言って別格である。

 そしてタタララの返答からして、想定内の結果だったと考えられる。

「おまえ昨日はすごかったぞ。名の売れた戦士を名指しで呼んで、どんどんケンカを売っていったんだ」

「……嘘だろう?」

「嘘ってなんだ」

「嘘だと言え。頼むタタララ。嘘だと言ってくれ」

「残念ながら全部本当だ」

 タタララは嘘だと言ってくれなかった。
 アーレは頭を抱えた。

 我が事ながら、酔った自分の行動が怖くなってきた。
 だが嘆くより先にやることがある。

「ちょっと行ってくる」

 酔っていたし、何より宴でのケンカだ。
 どこの部族も怒ってはいないはずだ。

 だが、一戦士がやったことならまだ笑い話で済むが、今やアーレは族長である。
 族長がそんな、名を売ることしか考えていない若造みたいなことをするのは、恥でしかない。
 絡まれる方もさぞ迷惑だったことだろう。

 これは勝敗の問題ではない。

 一部族の族長が、よその部族の戦士を名指しで呼びつけるという行為が、すでにまずいのだ。
 更には、族長まで呼びつけて挑んだという。
 下手をしたら部族間戦争が始まりかねない愚行だ。

 他部族に一番敬意を示さねばならない立場の者がやっていいことではない。

 やや二日酔いとか言っている場合ではない。
 アーレはすぐさま、関係者各位に頭を下げに向かうことにした。
 



 幸い、アーレの愚行を怒っている者はいなかった。
 宴でのことだから、と笑って許してくれた。

「気にするな。俺はおまえのことより、赤熊族うちの戦士たちの不甲斐なさの方が問題だと思っている」

 特に迷惑を掛けたらしいベイトマは、アーレより、アーレと戦って負けた同族の戦士たちに腹を立てていた。

 戦士として体格も経験もアーレより優れている赤熊レ・ファ族の戦士が、どんどん名指しで呼ばれて負けていくのだ。

 思いのほか強かったアーレにも目を見張ったが、自分が育ててきた戦士たちが思いのほか弱くて頭が痛くなった。悪夢かと思ったくらいだ。

 まだ引退はできない。
 それがよくわかった宴だった。

 鍛えなおさねばならない。それはもう徹底的に。




 最後はなんとも締まらない形となったが、大狩猟はこれで終わりである。

 白蛇のアーレに関する噂――伝説は、ここから面白おかしく方々に広まっていくのだが、それもまたいつも通りのことである。
 良くも悪くも、いずれ表面化するのだろう。

 リトリに挨拶し、黒鳥カッ・コハ族の集落を後にする。
 各自が集落に戻れば、もう夏は目の前だ。

 今年も、戦の季節がやってくる。

 ――だが、今はそれより、集落に残して来た人との再会を望む者が多い。

 家族だったり、恋仲の者だったり、片思いの相手だったり。

 アーレならば、やはり家族と会いたい。
 レインを。
 ハクとレアを。
 ナナカナとケイラを。ついでにサジライトを。

 帰りの足取りは軽かった。











「あ、おかえり。おまえが族長アーレ? この子の親の」

「…………」

 帰ったら、知らない女が、我が子を抱いてあやしていた。

「おまえ誰だ」

 自分の縄張りに、同い年くらいの年頃の、知らない女がいる。
 ただそれだけだが、ただそれだけのことが、不快だし不愉快だし実に腹立たしい。

 だが、アーレはぐっと我慢した。

 大狩猟の宴でやらかしている以上、もう軽率に動くことは避けたい。
 有無を言わさず殴り掛かって子を取り戻す、なんて暴挙は、いきなりやってはいけない。

 今は宴でもないし酒も入っていない。
 軽率な行動は、取ってはならない。族長なら尚更だ。

「あたし? えーと……なんて言えばいいんだろ?」

 黒髪を揺らして女は首を傾げ――言った。

「おまえの旦那の友達?」

「殺していいか?」

 ダメだ。
 もう我慢できそうにない。

 レインの友達?
 レインの女友達?
 レインから何も聞いていないし、嫁がいない間に家に上げていて子守りまで任せるとはどういう了見だ?

 ――これはもう殺すしかないだろう。

「お、勝負するか? あたし強いけどいいの?」




 これが、アーレと黒龍ファ・ルー族のトートンリートとの出会いだった。



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