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148.黒鳥族の大狩猟 5
しおりを挟む大狩猟はつつがなく終わった。
死傷者は軽微で、八十頭を超える光輝牛を狩ることに成功した。
元々が過剰戦力だったので、あたりまえと言えばあたりまえの結果と言えるのかもしれない。
荒野が赤く染まり、むせ返るような血の臭いが強く立ち込めている。
勝利の雄叫びを上げていた戦士たちは、喜びもそこそこに、獲物をさばきに掛かる。
腸は残していく。
血の臭いに誘われた魔獣や動物が、食べに来るのだ。現にもう、空からおこぼれを狙う遊魔鳥が空に集まってきている。
荒野に残る鮮血も、大地に還るだろう。
今回は彩鳥族が来ているので、後始末は特に問題はない。
「――じゃあ持って行くぜ」
「――ああ。頼む。あ、酒はくれぐれも忘れないでくれよ」
「――はいはい。もう集落に着いてると思うよ。大変だよな、白蛇族がいると」
「――今年は特に呑んでるみたいでな……まあ、それ以上に働くから文句はないがな」
黒鳥族の族長リトリの指揮で、後の処理もテキパキと進められる。
大狩猟に関わっているのは、戦士だけではない。
ここに獲物を集めた飢栗鼠族は、虹羽族に手伝いを頼むことが多い。
大狩猟が終わってから、荷車を引いてやってきた足の速い風馬族たちは、それぞれの集落に獲物を運ぶ仕事を請け負っている。
これから黒鳥族の集落で宴なので、仕留めた獲物を新鮮な内に各集落に届けるのだ。
そんなこんなで、諸々の処理が終わった昼頃。
血と腸と、待ちきれずにやってきた遊魔鳥が残った肉をついばみ始めた頃。
血に染まった荒野から、一歩引いた戦士たちが見守る中、派手な彩色で染めた頭飾りと外套をまとう男と女たちが前に出る。
彩鳥族だ。
戦士としては弱い彩鳥族だが、代わりに不思議な力を持つ連中である。
いわゆる神事……神の使いなどと深く交信ができるとして、およそ神や神の使いが関わることが得意という特殊な部族だ。
時折、未来を予知することもあり、そのおかげで大きな被害を免れた部族は、彩鳥族に一目置いて尊重するようになった。
東の部族は皆経験があることで、だからこういう時は任せるのだ。
これほどの大量の死は、怨念が残ることがある。
魔獣とは、魔道に関わる獣だ。
魔の力は死してなお残りやすく、そして他の者に移りやすい。
単純に言えば、ここに怨念が残ってほかの魔獣に移った場合、人に怨みを抱く魔獣が誕生する可能性があるのだ。
残った念を慰め、未だここに漂う魂を宥めて鎮め、西の彼方へ送り出す。
彩鳥族の役割は、そういうものである。
軽い足取りで血海を渡り、その真ん中で舞う彩鳥族の優美なる踊りは、祈りと鎮魂を願い、魂に捧げるものである。
彩鳥族がいなければ、戦士総出で踊り狂うのだが……まあ、優雅なアレとは比べ物にならないほど、荒い。
いくら鎮魂の気持ちが大事だと言われても、雑なものは雑だし、優雅なものは優雅である。
血の臭いが薄くなってきた頃、彩鳥族の踊りが終わった。
これで、大狩猟は終わりだ。
いや――
「では、帰ろう! 帰りも油断するなよ!」
そう、集落に帰るまでが狩りである。
狩りが終わったと油断した時にしてやられる、つまらない失敗をする、なんて経験を積んだ戦士にはよくあることで、だから気を付けるのだ。
リトリは最後に戦士たちの手綱を締め、撤退の声を上げるのだった。
戦士たちは黒鳥族の集落に戻ってきた。
取引をした風馬族が、ちゃんと酒を運んできていることにほっとしつつ、リトリはいつも通りに進行する。
いつもの大狩猟より倍くらい多い、神の使いたちに光輝牛の心臓を捧げる。
彼の方々が遠慮なく、捧げられた心臓に口を付けて、宴が始まった。
いつだって宴の主役となる彩鳥族の歌や踊りを肴に酒が進み、飯が進む。
行儀がいいのは最初だけで、すぐに誰も彼もが入り乱れた喧騒へと変わっていく。
やたら力比べをする戦士たち。
やたら食う戦士たち。
やたら呑む戦士たち。
戦士たちは楽しむばかりで、女たちは大忙しである。
だが、なんの心配もなく忙しく働けるのもまた、幸せなことなのかもしれない。
そんなにぎやかな宴が進んだ、夕方頃。
「――白蛇のアーレはどこだ! 出てこい!」
殺意のこもったその声に、歌も太鼓も笛も、誰かの笑い声や泣き声も止まる。
しんと静まった場に、アーレが呼ばれて向かう。
呑み比べで、各部族の酒豪たちを二十人抜きほどして酔い潰していたアーレである。
だいぶ酔っているが、まだ意識ははっきりしている。
「我を呼ぶのは誰だ?」
広場には、見覚えのない戦士たちがいた。
いや、見覚えはある。
「ああ……名がないまま戦士として死んだ奴らか」
黒鳥族の集落にやってきた時に絡んできた、灰獣犬族の男たちだ。
今度は仲間を引き連れ三十人くらいいる。
宴の騒ぎに紛れて、ここまで入り込んできたようだ。
「アーレ。どうする?」
異常を察知してすぐにやってきたリトリに問われる。
前回は、黒鳥族の集落の外のことだった。だから特に触れなかった。他部族同士のケンカなんて珍しくもない。
しかし、今回は違う。
集落の中に入ってきている以上、リトリが動くべき出来事だ。
――というか、祝勝会に等しく神の使いも集うめでたいこの席で、ここまで無粋な横槍を入れられれば、殺されても文句は言えない暴挙と言える。
勝手に集落に入ってきたことも含めて。
だから、殺したいとさえ思っている。
「はっはっはっ! どうもこうもないだろう、リトリ! 祭りにケンカは付き物で! その上我をご指名だぞ!」
しかし、アーレは笑った。
「太鼓を鳴らせ! 笛を吹け! 歌え! 騒げ! 白蛇族の族長アーレがケンカをするぞ! しっかり盛り立てろ!」
酔った白蛇のアーレは止まらなかった。
灰獣犬族の戦士たちを軽くねじ伏せた後。
戦自慢の戦牛族と赤熊族の戦士を名指しで呼んで殴り合い。
およそ五十人近い戦士たちを殴り倒して、最終的には赤熊族の族長ベイトマに殴られて気絶。
そのまま一日目を覚まさなかった。
アーレの大狩猟は、こうして終わった。
白蛇族の新族長アーレの伝説がまた一つ増えたのだった。
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