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146.黒鳥族の大狩猟 3

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「――アーレ。もうそろそろダメそうだ」

 密かに相談を受けたカラカロが、軽い二日酔いから醒めて迎え酒を始めている族長アーレに声を掛けた。

 昨夜、黒鳥カッ・コハ族の族長リトリに呼ばれて、野営地に戻ってきたのは昼過ぎ。明け方まで呑んで死んだように眠って泊まり、二日酔いで帰ってきた。

 で、今また呑んでいるところだ。
 青空の下、よそから来ている女の戦士たちを集めて呑んでいたところをカラカロは呼び出し、二人きりになってそんな話をする。

「ダメ? 何が?」

「酒だ。これ以上呑むと、大狩猟の後の宴に使う酒がなくなりそうだ」

「酒が……そうか」

 アーレだけではない。
 いや、アーレが一番呑んではいるが。

 うまい酒がなんの心配もなくたくさん呑めると、白蛇エ・ラジャ族全体での消費量がものすごいことになっているのだろう。

 大狩猟の時は、食い物も酒も、主催の部族が全部世話をすることになっている。
 白蛇エ・ラジャ族は食べる量はそうでもないが、とにかく酒の量が必要になる。

 大狩猟が終われば、大量の肉が手に入る。
 消費した食料や酒は、その肉を使って他部族と交換して補填する、というのが通常のやり方だ。

 そして、食い物や酒が足りなくなるなど、主催部族の恥である。
 計画性がない、蓄える力がない、と侮られることになる。

 去年、部族が割れるほどの問題を抱えていた白蛇エ・ラジャ族でさえ、一時ジータたちと協力体制を取って酒や食料を調達したくらいだ。
 
 それなのに、食料や酒が足りないなどと。
 部族としては恥でしかない、が、今回はさすがに……と、アーレ自身が思ってしまった。

「誰かに言われたのか?」

「ああ。だが聞くな」

 恐らく族長リトリに言われたのだろう。
 あの男が、恥を忍んで、「酒がなくなるから控えてくれ」と言いに来たに違いない。族長としてこんな恥辱はない。

 だが、今回はさすがに、調子に乗り過ぎた。
 自重しろと言われて素直に受け入れられるくらい、それくらいに呑んだ自覚がある。

 レインに「体が心配だ」と言われて酒量がぐっと減り、腹に子を抱えてからは呑まなくなった。
 子が産まれてからまた少し呑むようになったが、思いっきり呑むことなどしばらくなかったのだ。

 だから、本当に調子に乗ってしまったのだ。
 誰も止めない環境で、いくらでも呑めるから、と。

「……少し働くか」

 リトリに恥を掻かせたのは己だ。
 呑んだ量からしたらまるで足りないとは思うが、補填しないわけにはいかないだろう。

白蛇エ・ラジャ族全員に伝えろ。酒は宴まで禁止だと」

「わかった」

「ついでに暇な奴を集めろ。狩りに行く」

「それがいい」

 カラカロからすれば、どこぞの新しい族長がここまで調子に乗って呑んだら殴り倒されて放り出されても文句は言えないと思っている。
 恐らくアーレも、自分が逆の立場なら、殴り倒して放り出していると思う。

 その辺もまた、リトリの懐と器の大きさである。




 近く大狩猟を控えているので、大仕事の前の狩りは控えたい、武具の消耗を避けたいという者は多く。
 アーレの声掛けに応えたのは、四名の男女のみだ。

「おまえ何やってんだ」

「うるさい。おまえも呑んだだろう」

 一応族長らしいことをしていたジータも、黒鳥リトリの事情がわかるだけに参加を決めた。カラカロもだ。

 そして女はアーレとタタララだ。
 まあいつもの面子である。

 ほかの連中はアーレと同じで、昨日調子に乗って深酒して二日酔いになっている者が多く、大事を取っての不参加である。

「おいアーレ!」

「あ?」

 何はともあれ、少数でも、白蛇エ・ラジャ族の精鋭が集まったので、問題ないだろうと判断する。
 さあ狩りに行こうとした矢先に、鋭い声がアーレを呼んだ。

「なんだキシンか。今忙しいから後にしろ」

 なんだかんだで明け方まで一緒に呑んでいた金狼キィ・ロー族族長の娘キシンである。派手な金髪の男女を数名引き連れて堂々とこちらへやってくる。

「昨日のケンカの続きだ! 狩りで勝負しろ!」

「ケンカ? ……なんの話だ?」

「えっ忘れたのか!?」

 そう、アーレは忘れている。呑み過ぎで昨夜の前半は記憶にない。
 ついでに言うと、二人とも高い自然治癒力をも持ち合わせるだけに、互いの怪我はもう治っているのだ。わずかな痕跡も残っていない。

「私が勝った昨日のあのケンカを!?」

「嘘だな。まったく覚えていないが我がおまえに負けるとは思えん」

 ちなみに決着はついていない。
 お互いぼっこぼこになって、これ以上やったら大狩猟まで残る怪我になると思い始めて、そして腹が減ったから二人して家に戻った。
 そんなどうでもいい決着だった。

「だったら勝負だ! 狩りで勝負だ!」

「ああ、わかった。勝負だな。手伝ってくれてありがとう」

「礼を言うな! そういうつもりは本当にないから!」

「――おまえたちもありがとうな。今日はよろしく頼む」

 騒ぐキシンが連れてきた、後ろの金狼キィ・ロー族の男女に挨拶すると、彼らはにこやかに「よろしく」と返した。
 揉めているのはアーレとキシンだけである。




 さて。

「これは久しぶりだな」

 まだ一人前の戦士じゃなかった頃に、数回だけやったことがある。
 それ以来だ。

 狩りに出ることを決めた白蛇エ・ラジャ族と、急遽参加を決めた金狼キィ・ロー族の即席狩猟チームは、今断崖絶壁の前に立っている。

 黒鳥カッ・コハ族の入り口付近とは逆の、眼下に広大な森が見える場所だ。
 連中はここから風を捕まえて飛び、この広い森を縄張りにしている。

「行くぞ!」

「おう!」

 そして、戦士一人一人に、黒鳥カッ・コハ族の戦士が付いている。

 アーレの号令で、戦士たちが走り出し――崖から飛んだ。
 宙を舞い、下から吹き上がる風を受けて一瞬の浮遊感を得るが……

 飛べない者が飛べる道理はない。

 地面に吸い込まれるように落下を始めた矢先に、それぞれに付いていた黒鳥カッ・コハ族の戦士が背後から迫り、戦士たちを捕まえて滑空していく。

「気持ちいいな!」

 鳥のように飛んでいる。
 広い森の上空を、滑るように飛んでいる。

 飛べない者としては、なかなか経験できない体感である。
 普段は観ることがでいない光景を目の当たりにして少し興奮する。

「適当なところで落とすからな!」

 浮かれるアーレはともかく、アーレを抱えている黒鳥カッ・コハ族の戦士は、上から油断なく獲物を探していた。








「……さて、カテナ様を迎える準備でもするか」

 そして、白蛇エ・ラジャ族と金狼キィ・ロー族の戦士たちを見送ったカラカロは、非常に寂しそうな顔で呟いた。

 皆楽しそうに空を滑空し、どんどん遠くへ向かっていく。

 少し羨ましい。

 己が重量の問題で、おまえを抱えては飛べないと、言われてしまったから。

 良い体格ゆえの居残りだった。




 白蛇のアーレと金狼のキシンの狩り勝負は、やはり決着が着かなかった。
 しかし、二人が狩った獲物の数は、この森を縄張りにしている黒鳥カッ・コハ族の戦士でも驚愕するほどの数と質となった。

 純粋なる狩りの腕の良さを誇示した戦士アーレと金狼キシンに、新たな伝説がまた一つ増えたのだった。



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