136 / 252
135.道中考える
しおりを挟む「本当に世話になった」
見送りは、族長ハール、嫁リージ、薬師のリセンの三人だけだ。
昨晩、神の使いオロダ様と通訳トートンリートと大事な話をした翌日の早朝。
予定通り、鉄蜘蛛族の集落を発つところである。
ちなみに白蛇族の七人に加え、青猫族も同行することになっている。
どうせ行く場所は一緒だから――あと青猫族の青年との約束もあるから。
そもそも、やはり時期が悪かったようで、彼らもできるだけ早く集落に帰って春の食料集めと、来る戦の季節に備えたいのだとか。
同じ理由で、青猫族だけじゃなく、他の部族も今日か明日には帰るそうだ。
昨日の夜、祭りの後に挨拶だけはしたが、戦士たちの方がよっぽど親しくなっていたようなので、私は軽くで済ませた。
何せ戦士たちはもう全員が呑み友達のようだから。
「レイン、本当にありがとう。おかげで死者が出なかった。どれだけ礼を尽くしてもたりないくらいだ」
「役に立てたならよかったよ。私は白蛇族の族長アーレの代理で来たから、礼ならその内集落の方に頼む」
一応、もう貰うものは貰っているので、あとはハールの気持ち次第だ。
それと、がんばったのは私だけじゃないからな。ほかの部族たちだってわざわざ駆けつけてくれて命を張って戦い抜いたのだ。
だから、あまり私だけ名指しで……まあ若い族長というわけでもない彼なら、若輩の私よりよっぽど道理も通すべき筋もわかっているだろう。
「白蛇族が困った時は、必ず力になろう。約束だ」
そんな有難い言葉を受け、私たちは鉄蜘蛛族の集落を後にした。
一ヵ月くらい世話になった、幻想的な森を抜けた。
やってきた事情が事情だったので、あまりゆっくりはできなかったが、もし次の機会があったらぜひゆっくりしたいところだ。
光る百合、見たことのない虫、植物。
気になるものはたくさんあったが、それらに触れる機会は少なかった。
心残りは多少ある。
来た時同様に、荷車に乗せられて移動する。
そして荷台には私を含めた女性たちと、鉄蜘蛛族に貰った荷物がある。
一番の収穫は、キノコの苗床だろうか。
菌床栽培という製法で育てることができるそうだが、その中でも、暗くじめじめした場所に放置するだけで育つという、簡単な種類の物を譲ってもらってきた。
キノコの人シキララが厳選したらしいので、間違いはないだろう。
少なくとも彼女には需要があるはずだ。
不気味な小躍りで「キーノコっキノコっ! キノコー! キノッキノッキノッキノッ! ヒュー! キッキッキキキキッキッキッキキッキ!」と不可解な歌で喜びを表現していたので、ちょっと幻覚を見たり意識が飛んだり笑いが止まらなくなるような危険なキノコである可能性が……
まあ、たぶん大丈夫か。
鉄蜘蛛族も日常で食べているような物だから。
育て方も簡単で、基本的には日陰に置いて水を与えるだけでいいそうだ。
詳しくは、忙しかった私の代わりにケイラが学び、メモを取っているそうなので、彼女から教わろうと思う。
何にしろ、食料が増えるのは悪いことはあるまい。
――個人的な収穫としては、やはりオロダ様からいろんな話を聞けたことだろうか。
元からあった疑問であるカテナ様からの言葉も、あの方の言葉で解決したと思う。
――忌々しい。
――怒りを鎮めろ。
――まだ語るに値せず。
――邪魔。
――壁。
――我。
――言葉。
――遮る。
――届かない。
――怒り。
――沈めろ。
……と、こんなところか。
知らない内に受けていた空を飛ぶ蜥蜴の加護が邪魔をして、言葉を遮る壁になっていた。
だから届かない、と。
「忌々しい」も、恐らくはこの邪魔な加護のことだろう。
個人的にカテナ様に嫌われていると考えるよりは、よっぽど説得力があるだろう。
さすがに個人的に嫌われるようなことはしていない、はずだ。
そう、カテナ様に嫌われていないかどうか。
私の最も気になる焦点は、本当にそこだけだった。
それが解決したのは本当に大きい。
実は、どうせ帰りに寄って一泊する予定だったので、青猫族の神の使いにも相談しようと思っていたのだ。
初めてオロダ様に会い、言葉を掛けられた。
その時も「怒りを鎮めよ」と言われた。
そこで知ったのは、「ほかの神の使いにも私の謎は伝わっている」ということだ。
というか、カテナ様以外にも言われるのは、かなりの非常事態なんじゃないかと危機感を抱いてしまった。
強いて言わないといけないことなのか、と。
自覚のない私の問題は、よその神の使いまでわざわざ口出しするような話なのか、と。
それって神の使いが無視できないほど大変な問題なんじゃないか、と。
ダメで元々だ。
答えが得られずとも特にデメリットがないので、ならば答えが得られる可能性に掛けてみようと思ったのだ。
が、一応は解決したからな。
行きに寄った時はできなかったから、今度は挨拶をして行きたい。それくらいである。
……青猫族の神の使いは、猫なんだよなぁ。
可愛いよな、猫。
オロダ様はさすがにちょっと見た目が怖かったからアレだが、猫型の神の使いとなると、それはもう触りたくもなるというか。触らずにはいられないというか。
……撫でちゃダメかな? 怒られないかな?
がたがたと激しく揺れる荷車で、できるだけ揺れを意識しないで考えに没頭した。
あまり揺れを意識すると酔うから。
話をしようとすれば舌を噛むし。
それなりに考えはまとまっただろうか?
とりあえず、一番の問題に関しては、安心してよさそうだ。
――そんなこんなで、青猫族の集落に到着したのは、昼を過ぎた頃だった。
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~
黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。
妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします
リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。
違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。
真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。
──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。
大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。
いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ!
淑女の時間は終わりました。
これからは──ブチギレタイムと致します!!
======
筆者定番の勢いだけで書いた小説。
主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。
処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。
矛盾点とか指摘したら負けです(?)
何でもオッケーな心の広い方向けです。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした
仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」
夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。
結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。
それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。
結婚式は、お互いの親戚のみ。
なぜならお互い再婚だから。
そして、結婚式が終わり、新居へ……?
一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる