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131.鉄蜘蛛族の集落で 21日目

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鉄蜘蛛族の集落にて 記録21日目

 昨夜、代替わりが完了した。
 神の使いの誕生と同時に、ゆっくりと鉄蜘蛛族の集落に加護が戻っていった。

 その結果、何事もなかったかのように、病に侵されていた鉄蜘蛛族が全快した。

 本当に、あっけないくらいに。
 今まで必死で対処していたのが、そして患者が生き抜いてきたことが嘘のように。

 これぞ神の御業と言われればそれまでだが、それでも少々納得できないところも、なくはない。
 
 神の使いは何なのか。
 ただ「そこにいるから」という理由で受け入れていたが、結局は何なのだろう。

 そんな疑問が湧いてくるが、それはさておき。

 鉄蜘蛛族の集落における代替わりは完了し、これで私たち白蛇エ・ラジャ族の出番は終わりである。

 念のために、1日を掛けて患者全員の診察を行ったが、本当に嘘のように、病の気は消え失せていた。

 あとは、食事を取れなかったことや、身体を動かしていなかったことに対する、肉体の衰弱が見られることくらいである。
 だが、こんなものはすぐに取り戻せることだろう。

 20日目の夜に終わった鉄蜘蛛族の問題は、この21日目の記録を以て、終了とする。

 なお、最終的な患者数は19日目の物を参照とする。
 20日目は、無理に開催した祭りのせいで、患者が急増したからである。あれはただの愚行であり、記録に残していいものではないと判断する。









「……はぁ」

 最後の記録を付け、私は木炭のペンを置いた。

 溜息が出た。
 なんとか無事に終わったという安堵と、ずっと気を張っていた緊張感が緩んだからだ。

 休みは取っていたし、毎日ちゃんと寝てもいた。
 だが、いついかなる時でも、いつでも動けるよう身構えていたのも確かだ。
 急患だのなんだの、呼ばれれば対処せねばならなかったから。

 毎日のように患者が増え、最終的には集落の半分が病に倒れたのだ。

 決して認めなかったが……心の底のどこかでは、あの状況には絶望さえ感じていたくらいだ。
 気が抜けるわけがない。

「記録とやらは終わったのか?」

「ああ。……夜一緒になるのは久しぶりだな」

 もう夜の番もないので、今日からカラカロも夜は眠れる生活に戻ることになる。
 彼は酒を呑みながらのんびり過ごしていた。

「そうだな。今日からは、何も気にせず眠れそうだ」

 うん。私もだ。

「で、いつ俺たちの集落に帰るんだ?」

 代替わりが終わったので、私たちがここにいる理由はもうない。
 よその部族の者たちも、今頃はいつ帰るか相談しているかもしれない。

「ハールから、祭りをするからそれまでいてくれって言われている。予定では二日か三日後だとさ」

 祭りは、つい昨日やったところではあるが。

 今度はちゃんとした、鉄蜘蛛オル・クーム族が主催する、代替わりして新たな神の使いを迎えたことに対する祭りだ。

 歓迎の儀式、というらしい。

 そして、代替わりによりこの集落が加護を失っていた間に世話になったよその部族の者たちへの、感謝の意味もあるそうだ。
 だから出てくれと言われた。

「祭りは昨日やったから、俺はもういいぞ」

「私もそう思う」

 なんだかんだで白蛇エ・ラジャ族の集落を離れて一ヵ月弱だ。

 そろそろ嫁にも会いたいし、子供にも会いたい。
 ナナカナにも会いたいし、サジライトは絶対抱きしめたい!

 他にも薬草や薬をたくさん持たせてくれた婆様や、私の代わりに女性たちをまとめているだろうミタ。
 私とケイラに代わって子供たちの面倒を見てくれているはずのカラカロの母親たちも、私たちの帰りを待っているはずだ。

 ――だが、ちょっと、すぐには帰れない理由もできたんだよな……これは個人的な話なので説明はできないが。

「子供たちに、絶対に祭りに出てくれって言われた。私は断り切れなかった」

 病に関してはあまり役に立てなかったが、針を刺して安眠だけは与えることができていた。
 そのおかげで、治癒師としてたくさんの鉄蜘蛛オル・クーム族に顔を覚えてもらった。

 そしてその結果、多くの者に引き留められたのだ。

「祭りまではいようかと思っているんだが、カラカロは反対か?」

 その上更に、ちょっと残らねばならない理由もできた。

 私としては、こちらの理由が大きいのだが……これはあくまでも個人的な理由からだ。

 ほかの者はどうだろう。
 やはり今すぐにでも帰りたいだろうか。

 まあ最悪、私だけ残ることも考えているが。

「別にいいんじゃないか? 鉄蜘蛛オル・クーム族の顔を立てるためにも、祭りに参加する理由はあるだろう」

 なるほど、そういう考え方か。

 これまで散々世話になったのに、礼の一つもできないでは鉄蜘蛛オル・クーム族の顔が立たない。
 彼らのためにも、宴席に出てもてなしを受けろ、と。

 気を遣って遠慮するばかりが付き合いじゃないものな。
 彼らだって、借りっぱなしでは気が済まないのだ。

「では祭りまではいるということで」

「そうしろ。――で、だ」

 ん?

「もういいだろう。おまえもいいかげん呑めよ」

 と、なぜかカラカロが用意していた、使っていない器を勧められた。

「酒を?」

「そうだ。おまえはここに来て一滴も呑んでないだろう? 白蛇エ・ラジャ族は三日呑めなかったら死ぬんだぞ」

 別に死なないだろう。呑兵衛の戯言なんて聞きたくもない。 
 そもそも私は普段からあまり呑まないから、そういう気遣いもいらないのにな。

 ……でもまあ、確かに、今日くらいはいいのかな。

 もう患者を診る必要はないし、私が酔っていたって誰も困らないだろう。

「では少しだけもらおうか」

 と、私は記録を記した葉とペンを片付け、膝を合わせるようにカラカロと向かい合う。

鉄蜘蛛オル・クーム族の酒はどうだ?」

「軽いし甘いな。果物が入っているんだ。甘いから鉄蜘蛛オル・クーム族の酒は女に好まれるんだ」

「へえ。カラカロは好きか?」

「嫌いじゃないが、俺はいつもの呑み慣れた白蛇エ・ラジャ族の酒の方がいいな。強いし」

 なんだか酔えればどうでもいいみたいな意見だな。

 ……案外本当にそうなのかもな。




 激務であり責務であった二十日間もの看護生活から解放された私は、勧められるまま酒を呑み、自制する気配もなくたくさん呑んでいて、そして気絶するように眠りに着いたそうだ。

 久しぶりの「何の予定もない明日」は、どこまでも私の心を軽くしてくれた。

 何の憂いもなく、何の心配もせず、明日の心配をしなくていい。
 明日が怖いなんて、思うこともない。

 それがこんなに嬉しくて、ありがたくて、かけがえのないものだなんて、久しく忘れていた。

 


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