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127.鉄蜘蛛族の集落で 19日目
しおりを挟む鉄蜘蛛族の集落にて 記録19日目
明日は祭りだ。
なぜだか祭りだ。
鉄蜘蛛族の半数以上が病に倒れた今、祭りをするそうだ。
この状態で祭りをするそうだ。
正気を疑ったが、残念ながら正気だった。
とち狂ったことを言い出したのは、戦牛族の戦士だった。
なんでも、「まだ寝てやがる神の使いを叩き起こしてやろう。そのためには祭りが必要だ。呑んで食って騒いで踊って、神の使いの気を引くんだ」と言っていた。
本当に正気を疑ったが、よくよく聞くと、戦牛族の集落では「神を迎える祭り」というものが、本当にあるのだそうだ。
年に一回、夏に。
戦の季節のほぼ中間地点で、溜めていた酒を解放して、仕留めていた獲物を派手に食い散らかして、それから先の戦の季節を乗り切るための景気付けにするのだとか。
その際、例の彼らの集落の神の使いである戦牛は、踊るほど浮かれて喜ぶそうだ。
あの可愛い小型の牛が踊るとは。
死ぬ前に一度でいいから見てみたい光景である。
事情を聞いてもやはりとち狂っているとしか思えなかったが、しかし、よりによって、病に倒れている族長ハールが認めてしまった。
もうこれだけ病が蔓延したなら隔離も何もないだろう、と。
祈りはひたすら捧げているし、これ以上何かが必要だと言うなら、験を担ぐ意味でもやってもいい、と。
熱発して朦朧としている男たちが夢か現で笑い、起き上がる元気もない女性たちが「祭りの料理を作るには材料が足りない」と言い出す。
子供たちも苦しそうに笑い、祭りでしか食べられないご馳走や、戦士たちの力比べで誰が勝つだの負けるだのと弱々しく言い合う。
今の鉄蜘蛛族の集落は、もう全滅しているのかというくらい暗く、静かである。
そんな最中でありながら、とち狂ったとしか思えない祭りの決定は、鉄蜘蛛族の集落に生命の灯を点けた。
薬師としては断固反対するべきだろう。
弱った身体で祭りなんてやっていないで、とにかく休んでいろと言いたい。なけなしの体力を使うなと言ってやりたい。
というか、実際言った。
だが、彼らに点いた生命の灯は、私の言葉では吹き消すことができなかった。
結局祭りをすることになり、本当に正気を疑うばかりだ。
まあ、私も少し楽しみだが。
しばらく集落には陰鬱な雰囲気が続いていたので、気分を一新させるためには、悪くないのかもしれない。
それに、これで本当に代替わりが終わってくれるのであれば、験でも何でも担ぎたい、というのが本音である。
本当に、早く、早く、代替わりが終わってほしい。
19日目
黒猪 2頭
甘鋼樹 1体
毒霧狼 8匹
陸魚 3匹
病にて隔離した者
男 28人
女 32人
子 25人
幼 12人
流行り病にて隔離
男 10人
女 12人
子 8人
幼 4人
※子は5歳以上12歳未満 幼は0歳以上5歳未満
「……よし」
ざっと記録を見直して、木炭のペンを置いた。
もう患者の数字を見ても、なんとも思わない。
いや、きっと、平気なのは今夜だけだと思うが。
明日は祭りだ。
やはり集落の半数以上が病気なのに、この状態で祭りだなんて、とち狂っているとしか思えない。
だが、完全に納得したとは言い難いが、祭りをやると言うなら私も私のやるべきことをやるだけだ。
さて。
今日は早く寝て、明日に備えよう。
明日は、これまで以上に、忙しくなるぞ。
「祭りだなんだはさておき、酒が呑めなかったのがつらかった」
「え、我慢できたのか?」
「あたりまえだ。寝酒だけで我慢したぞ、俺は」
「……それは我慢に入る……いや、入るか」
普段の白蛇族の呑みっぷりをよく知っているだけに、寝酒くらいで済んでいるなら、それはしっかり我慢している方である。
もはや禁酒していると言っても過言ではない。
……いや、それはちょっと言い過ぎか。断ってはいないしな。
久しぶりに、カラカロとちゃんと話をした。
夜の番を終えて戻ってきたカラカロに起こされて、私は朝の支度をする。
いつもはすぐに入れ替わりで出るので、話す時間もないのだが。
しかし、今日は違う。
「祭り、本当にやるのか?」
「やるよ。元気な者たちで準備をして、昼過ぎから夕方くらいまでな。開催時間は短いけど、皆の気晴らしになると思う」
病気に伏せている者たちも、元気な戦士たちも。
そして生活を支える女性たちも。
代替わりが終わるまで耐えることしかできない日々で、肉体も精神もかなり追い込まれていると思う。
どこかで息抜きは必要だろう。
――本来なら、代替わりが終わったら祭りをする予定だったらしいが。
まあ、もう決まったことなので、今更ごちゃごちゃ言う気はない。
「まあ俺は酒が呑めればなんでもいいが」
「カラカロは昼ぐらいに起きるよな? 起きたら準備を手伝ってくれ」
「俺は不器用だから、女の仕事はできないぞ」
「ケイラと一緒に料理を作ったり運んだりしてほしい。こっちに来てからお互い忙しくて、あまり話もできていないだろう?」
何せ私もそうだから。
活動時間の九割くらいが、鉄蜘蛛族の治療に当たっている時間になっているから。
顔見知りに会っても挨拶くらいしかできない生活が続いているのだ。
それに、きっとケイラもカラカロに会いたいだろうしな。
「……まあいいだろう。こんな状況だし、できることはやる」
ごろりと横になったカラカロを残し、私は家を出た。
流行り病で隔離された患者たちの様子を見てから、族長ハールの家にやってきた。
朝食の準備をしていると、今日も黒龍族のトートンリートがやってきて、もう我が物顔で家に上がり込む。
まあ、我が物顔に関しては、私も人のことは言えないか。
「祭りやるんだよね? 集落の半分が死んでるような状態でやるなんて、なかなかできない決断だよね」
それに関しては同意見だ。
ある意味では英断だとさえ思う。
「あなたも準備を手伝ってくれるか?」
「当たり前でしょ。祭りってのは準備から楽しむもんだよ」
実に頼もしい言葉である。
「じゃあ今すぐ魔骨鶏の卵を取ってきてくれないか?」
鉄蜘蛛族は、少し離れたところで囲いを作って飼っているのだ。なので卵のストックは結構ある。
だが、まだまだ足りない。
食欲のある子供たちの分だけになると思うが、ぜひ白蛇族の名物である卵料理を食べてもらいたい。オムレツみたいなやつを。
砂糖があればプリンも作れるだが、ないから仕方ない。
「今すぐ? いいよ。どれくらい必要なの?」
「目に付く分は全部欲しい」
「任せて。その代わり飯は多めに作ってね」
その辺にあったざるを持って出ていくトートンリートを見送り、私は朝食の準備と並行して祭りの料理の下準備に取り掛かる。
さあ、今日は特に忙しくなるぞ!
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