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110.王子様の一年間
しおりを挟む「――それで? どうなったんだ?」
またナマズの養殖池で、タタララに捕まった。
「順調みたいだ」
「それは見ればわかる。詳しく教えろ」
うーん……
「四六時中ずっと見張っているわけじゃないから、いつの間にかって感じなんだよな」
「そうか……チッ。私が一番知りたいところがわからんのか。もどかしい」
「ケイラに直接聞いたらどうだ?」
「それは元よりやるつもりだ」
あ、そう。抜かりないな。
「ナナカナにも聞いているし」
本当に抜かりないな。
タタララが恋愛話が好きというのは聞いていたが、本当に好きなんだな。そういうところはただの女子のようだ。
顔はとても凛々しいのにな。
「だが、ただでさえ楽しむためだけに聞くのに、本人に聞くと茶化すように聞こえるだろう。まだ番でもないのに。邪魔をするのは嫌なんだ。見ているだけで充分だ」
一応、その、なんだ、分別は付けているのか。
……そういえば、私とアーレがまだ結婚していなかった時は、タタララは私にはあまり話しかけなかったな。
あの頃は理由がわからないまま距離を置かれていたが、今ならわかる気がする。
私とアーレの時のように、ケイラとカラカロの邪魔をしたくないのだろう。
「それにしてもカラカロが番を作るのか。また独り身が減ってしまうな」
ああ、タタララも今が結婚適齢期だからな。
「タタララは? 番を作ろうとは考えないのか?」
「女の仕事は合わん」
……まあ、彼女もアーレと同じく生粋の戦士だからな。
「レイン、おまえみたいな女の仕事を喜んでこなす男がいたら私も考えるぞ。だが早々いないんだ。おまえのような男は珍しいんだぞ」
白蛇族に産まれた男は、ほぼ全員が戦士になる。
よそから婿としてやってくる男性も、基本的に戦士ばかりのようだ。
そう考えると、確かに私のような男は珍しいのかもしれない。
「話は変わるが、アーレはどうだ?」
「そろそろ狩りに復帰できそうだと言っていたよ」
「そうか。よかった。族長が戦えないと問題が増えるからな」
そんな話をして、タタララと別れた。
カラカロがやってきたあの日から数日。
あの日、カラカロはケイラに告白した。
女児の家の影に半裸で潜んだり、巨大な筋肉がもじもじしていた直前を見ていただけに心配していたが、杞憂に終わった。
さすが戦士、いざという時には度胸が据わった。
ついさっきまで縮こまっていたとは思えないほど堂々たる背中を私に見せつけながら、彼はケイラに言った。
――「俺の番になってくれ」と。
ケイラはほかの男たち同様に断ったが、カラカロは諦めず、毎日花を持ってケイラに会いに来ている。もちろん観賞用の花だ。
そんなカラカロの態度に、ケイラの心も少しずつカラカロに傾きつつあるかな……というのが、現状である。
少なくともケイラは、カラカロを避けたり拒絶したりという態度はないので、順調といっていいのだろう。
――何せ、実力的には次期族長とも言われていたカラカロが、本腰を入れた。
ケイラを気に入った対抗馬である、ほかの戦士たちが敬遠し出したのだ。
女性の取り合いで勝負もするという、基本はどこまでも荒々しい白蛇族の戦士たちである。
いずれカラカロとぶつかり合うと思えば、自然と腰が退けてきたのだろう。
つまり、完璧な虫除けになっている。
本人が何か言ったのかしたのかは知らないが。
とにかく、カラカロが動き出してからは、ケイラに近づく男はぱったり止んだ。
今アプローチを掛けているのはカラカロのみで、この先もきっと現れないだろう。
彼の悩みであった義母たちの再婚話も進み、何人かはもう、次の人生を歩み出している。
きっともうすぐ、悩み自体が解消されるだろう。
番になるなら、やはり秋になるのかな。
少なくとも母親には優しく、二年間ずっと面倒を見てきたカラカロは、女性を傷つけるタイプではないだろう。
そして。食料を獲れる優秀な戦士でもある。
ぜひケイラを幸せにしてあげてほしい。
「決まったな」
「ああ」
アーレが戦士として復帰した日の夜、ようやく双子の名前が決まった。
二人でよく相談して決めたから、きっと遺恨は残らないだろう。
何しろカテナ様にも相談して「いいんじゃない?」とお言葉をいただいたくらいだ。
アーレは、ケイラが抱いている赤子を見る。
「男はハク」
私は、ナナカナが抱いている赤子を見る。
「女の子はレアだ」
女の子のレアは、アーレの案で割とすぐに決定した。私もいいと思ったから。
問題は男の子だった。
そしてモッチャの名をなぜか強く推してくる周囲の声だ。
長々と話を続け、いろんな案を出し、最終的には私の考えた名前が通った。
ハク。
聖国フロンサードの初代聖女の息子の御名である。
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そして、叶うならば、偉大な祖先の導きがありますように。
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そんな願いを込めて、ハクと名付けた。
嫁となったアーレ。
娘となったナナカナ。
私たちの子であるハクとレア。
そしてケイラ。
春になり、家族が増えた。
――こうして、結婚を機に蛮族の地にやってきた私の一年間が、過ぎていった。
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