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103.ケイラがいる生活(仮)

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「――すまない。知っての通りで少々慌ただしくてね」

 子供とアーレの無事を確認したら、また追い出されてしまった。
 産婆として駆け付けてくれた女性たちは後片付けまでしてくれるらしい。

 感謝しかない。

 そして、表に出たところで、ようやくケイラ・マートと対面した。ちなみにナナカナは家の中だ。

「いいえ、いいえ。思わぬ慶事に立ち合えて光栄でした」

 再会だけではなく、色々な理由で感極まっているのか、いつもの冷静な彼女の顔ではないが。
 それでも、私の知っている専属侍女で間違いない。

 懐かしい。
 ちょうど別れて一年ぶりの再会である。

「お久しぶりです、殿下。お元気そうで何よりです」

「もう殿下ではないよ。入り婿だから。ここでの私は、ただの族長の婿だ」

「……少し逞しくなりましたね」

「ああ、うん。力仕事もそれなりにあるから」

 それに加えて、嫁含む集落の戦士たちの筋肉バッキバキ具合に触発されて、対抗心でちょっと鍛えたから。
 一年前よりは筋肉質になっているはずだ。

「――それより疲れただろう。少し休むといい」

 これでも、予想以上に早いナナカナたちの帰還に、結構驚いているのだ。その前に大きな驚きがあったからちょっと落ち着いて見えるかもしれないが。

 何せ子供が産まれている。
 正直今もちょっとふわふわしている。現実に実感がないというか。衝撃が強すぎて夢なんじゃないかと疑う気持ちもなくはない。

 というか、まだちゃんと現実を受け止め切れていないのかもしれない。
 すぐ追い出されたし。

「今は族長も話せる状態じゃないし、到着したばかりの君も旅の疲れがあるだろう。積もる話は全員で聞きたい」

「全員……そういえば、私はどこに住めばいいのでしょう? 受け入れてくださるという許可はいただきましたが……」

「それも含めて話す。君の希望もあるだろうし、最終的には何をするにも族長の許可が必要だから」

「わかりました。では少し休ませていただきますので」

 うん、それがいい。

 食事は必要かと問えば、携帯食が余っているのでそれで済ませるそうだ。残すと勿体ないからだろう。

 ……あっ!

「ケイラだ。そうだ、君が来たんだよな」

「はい?」

「風呂釜があるぞ」

「あら」

 ケイラの声が少し高くなった。どうやら嬉しかったようだ。

「君は魔法でお湯を出せるよな? 魔力に余裕があるなら、風呂に入ってから休んでも構わないぞ」

「ではお借りします」

 ――よし。ケイラが来たなら、しばらくは私も風呂の湯に困ることはなさそうだな。風呂釜は作ったものの、湯を用意するのがちょっと手間で普段使いはできなかったんだよな。

 春に来ると言っていたルフル団に相談しようと思っていたが、今はケイラに頼むことで風呂を確保することにしよう。

 風呂をした小屋と、泊まるための仮住まいの空き家をケイラに紹介し、その場は別れた。

 嫁が大仕事をやり遂げた。
 子供が産まれた。それも双子だ。
 ナナカナたちが帰ってきて、ケイラを連れてきた。

 ――だが、そんな非日常的な出来事が重なっても、私の仕事が免除になるわけではない。

 家事とは、生きている限り終わることのない、日々の営みなのだから。

 …………

 子供……双子……私に子ができたのかぁ……
 名前、候補はいくつか考えていたけど、もうちょっと考えたいなぁ……

 やっぱりちょっと実感が伴わないまま、私の一日が始まった。




「もういいのか?」

「ああ、起きて話すくらいはな。狩りはまだ無理だが。見ろこれ。ぶよぶよだ」

 妊娠してからめっきり筋肉の落ちたアーレは、中身・・がいなくなった痕跡となった腹の皮を摘まんで伸ばして見せる。

 私も羨むほどバッキバキだった腹筋の、変わり果てた姿である。
 本人は面白がってぶよぶよを揉んでいるが。

 ――出産を終えたアーレは眠りに着き、夕方頃に目覚めた。

 双子だけに多少負担は大きかったようだが、それでもやはり基本的には白蛇エ・ラジャ族の出産は楽だったそうだ。
 だいたい半日も休めば、それなりに動けるまでになっていた。

 そして、休んでいたケイラとナナカナも起きてきた。

 双子はすやすや寝ている。
 すごく大人しい。何も言わず、時々動いているだけだ。

 むしろ泣くと危ないらしい。
 体調が悪いか怪我をしたか、とにかく不調がある時に泣くそうだ。

 化鼬ウィ・ジマのサジライトが、赤子たちを守るように近くで丸くなっているのが、少々不思議である。

 実際、急に増えた赤子を、サジライトはどう思っているんだろう。
 なかなか頭がいい魔獣らしいので、ちゃんと守るべき存在として認識していても、おかしくはない、のか……?

 化鼬ウィ・ジマという存在をよく知らないだけに、ちょっと怖いな。赤子に牙を剥いたりしないだろうか。

 あの様子だと大丈夫そうだけど……気を付けて見ていよう。

 ――さて。

「アーレ。彼女がケイラ、私が子供の頃から世話になっていた人だ」

 全員が起きて、夕食前に集ったところである。
 四人が揃ったところで、私はケイラを紹介した。

「ケイラと申します。この度は私の我儘を聞き入れ、受け入れてくださってありがとうございます」

 丁寧に挨拶をするケイラに、アーレは面白そうな顔はしていない。
 朝から色々あったものの、ケイラを歓迎しないという気持ちは変わらないようだ。

 なお、出産を終えたので、婆様は家に帰ってしまった。

 一応呼び止めたが、「これから秋に番になった連中の出産が続くから、わしの周りは慌ただしくなる」と言っていた。

 言われてみればそうなんだよな。
 私とアーレのほかにも、一緒に結婚の儀式をしたのだ。順当にいけば、うちと同じように、この時期に彼らの出産も来るはずだ。

 冬のだらだらした婆様を見ていたせいでアレだが、そうだよな、白蛇エ・ラジャ族は冬以外は働き者なんだよな。
 すっかり忘れていた。

「ケイラ。彼女が族長アーレだ。私の嫁でもある。それともう知っていると思うが、彼女がナナカナ。アーレと私の子供だ」

「――楽にしろ」

 お、久しぶりの族長の顔。アーレも冬の間はものすごくだらだらしていたから新鮮だな。

「まず二つ言っておく。
 白蛇エ・ラジャ族は、未亡人は認めるが生涯独り身は認めない。一度は必ず番を作れ」

 えっ。

「そんな規則あったのか?」

「ああ。白蛇エ・ラジャ族の番は、基本的に子を一人しか産めない。どうしても子供が少なくなる。だから女を遊ばせておくわけにはいかないのだ」

「……確かに、結構極端だよな」

「集落を存続させる手段は色々あるから、深刻に考える必要はない」

 そうなのか。
 その内ちゃんとその辺のシステムを聞いてみたいな。

「あの……私は子供は……」

「おまえが子を宿せないことならレインに聞いている。その話は後でするから、今は我の話を聞け」

 眉を寄せて言いよどむケイラにぴしゃりといい、アーレは続ける。

「二つ目だ。
 我はおまえの受け入れを決めたが、決定権はカテナ様にある。もしおまえがカテナ様に気に入られないようなら受け入れられない」

 あ、これは知っている。
 一年前に私もカテナ様に巻かれたり見詰められたりした。

「カテナ様、ですか」

「この集落にいる神の使いだ」

 と、アーレは並んで寝かせている双子をちらりと見る。

「近い内に、子の祝福をしに来るだろう。その時に会わせる」

 ひとまず、今日の話はここまでのようだ。

 そう、カテナ様の本決定がないと、この先どんな話をしても無駄に終わる可能性があるから。
 だから今日のところは、夕食を食べて終わりだ。

 まあカテナ様は大らかで優しく心の広い方だから、あまり心配はしていないが。

 ――あ、そうそう。

「ケイラは魔法で湯を出せるから、これからはいつでも風呂に入れるぞ」 

「え? お風呂に入れるの?」

「何? 風呂に入れるのか?」

 冬の間に作った風呂釜で、何度か風呂の用意をしてみた。

 今はいないが、婆様を含めて女性たちは大いに気に入ったようだが……如何せん準備が手間で、毎日用意することはできなかったんだよな。

 しかし、ケイラがいれば問題は解決だ。
 私もフロンサードの王城にいた頃は、風呂の準備はすごく世話になっていた。

 あの頃はあたりまえに思っていたが、全然あたりまえじゃなかったんだよな。

「ふ、ふうん……ではおまえ、ケイラ」

「あ、はい」

「しばらく我が家で面倒を見てやるから、その間に女の仕事を覚えるがいい」

 どうやら少しケイラの印象が良くなったようだ。ナナカナなんてにっこにこである。

「ありがとうございます。お世話になります」

 こうして、ケイラの入る生活 (仮)が始まった。



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