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70.ルフル団がやってきた

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 日増しに夜から明け方が寒くなってきた。
 はっきりとそれが感じられる頃から、白蛇エ・ラジャ族の子供たちがちらほら体調を崩し出した。

 アーレや婆様、それに小さな子を持つ親たちから聞いていた通りである。
 元々白蛇エ・ラジャ族は寒さに弱いそうなので、子供が病に掛かるのは大人より抵抗力が弱いからだろう。

 症状は、発熱や喉の腫れ、身体がだるい等と、典型的な風邪のそれだ。
 よほどのことがなければ命に関わることはないが、風邪が悪化したりほかの病気や怪我などを重ねた合併症になると、かなり危ういそうだ。
 
「――はい、口を開けて」

 私の言葉に従い、彼は素直に口を開ける。

「ああ、腫れているね」

 本人の言う通りである。痛そうだ。
 これから熱も上がるかもしれないが、白蛇エ・ラジャ族の風邪の初期症状である。

「じゃあ薬を塗るから、そのままで――はい終わり」

 骨を削った棒に、葉っぱで蓋ができる小さな木の器に入れた粘着性のある薬を取り、直接患部に塗りつける。

「うっ」

 子供が苦しそうな声を上げ小さく咳き込んだのは、不意に塗られたせいだ。すぐに薬の味に気づき顔をほころばせる。

「――すげえ! 甘いしもう痛くねえ!」

 子供の喉の腫れくらいなら、私の指先で処置できる。即効性もある。塗った薬は、本来飲むべき苦いものに蜂蜜を混ぜたものだ。
 喉の炎症を抑えて、風邪薬を投与した、という感じになるだろうか。

「さあ、今日はもう休もうか」

 子供を横たえて、指先の持つ睡眠導入効果で眠らせる。……よし、寝たな。

 ……ふう。

「終わった」

 振り返ると、心配そうな顔をしているジータと、その嫁たちがいた。

「大丈夫か?」

「ああ、問題ない……」

 ジータに答えつつ、ふと振り返り、今寝かしつけた子供を見る。

 …………

「すごく似ているな……」

 びっくりするほどジータにそっくりな男の子である。もう三歳になる、と言っていたか。

 ……いやまあ、彼の子供なのだから似ていても当然か。




 ここ最近、夜に呼び出されることが増えた。
 理由は、子供が体調を崩したから来てくれ、というものだ。

 ……婆様が私に役割を譲ったのは、私の立場を気遣ってではなく、割と本気で面倒だったからではないかと、ちょっと思い始めている。

 まあ、年寄りにはちょっとハードだとは思うので、代わるのは構わないが。
 私なら、自分の疲れは自分で癒せるし。適材適所である。

「まさかおまえに、俺の子を診てもらう時が来るとはな」

「それは私も同じ気持ちだ」

 ジータとは色々あったから、少々因縁がある。
 今となってはもう過去のこと、とも言える気もするが……でも心境的にはまだちょっと引っかかっているかもしれない。

 というか、この微妙になんとも言えない引っかかる感情は、一生抱き続けるのかもしれない。
 アーレが大切になればなるほど、百歩譲って彼女の過去の男とも言えるジータには、何も思わないなんて土台無理というもの、なのかも。

 ……正面切って敵対することは、もうないと思うが。そうであってほしいが。

「とにかくありがとよ。呑もうぜ」

「いや、酒はダメだ。今夜またどこかに呼ばれるかもしれない」

「お、おぉ……そうか。じゃあ酒はダメだな」

「すまない、冬の間は難しいと思う。無事冬を越えたら呑もう。約束だ」

「……おう」

 じゃあお茶をと勧められるが、それも丁重に断り、「また何かあったら遠慮なく呼んでくれ」と言い残し、私はジータの家を後にした。

 ――見た感じでは、ジータと三人の嫁たちの仲は、悪くなさそうだったな。

 ジータに子供がいたことにも驚いたが、その子供も二人もいたことにも驚いたし、男の子の父親に似すぎた顔立ちにも驚いた。

 番の儀式の時に話してから、見かけはするけど接点はなかったが。
 こんな形で再会するとは思わなかった。

 ……帰るか。

 今や私にも家族がいて、いずれナナカナの下に子供もできるだろう。
 出産に関しては心配はいらないようだし、すぐに賑やかな家庭になるかもしれない。
 
 そう思うと、新婚である今がより愛おしく思える。

 入り婿だし。
 今はとても信じられないが、この先夫婦仲が冷めて悲しい入り婿人生を歩む可能性もなくはないので、今の内にしっかり新婚生活を噛み締めておこう。

 と、思ったのだが。

「レイン」

 美しい星空を眺めながら帰途に着く私に駆け寄ってきた大きな影は、カラカロである。

「今おまえの家に向かうところだった。義母が身体の調子が悪いと言っている、来てくれ」

「わかった。今すぐ行こう」

 圧倒的に子供が多いが、当然のように大人も体調を悪くする時はある。
 早く帰らないとアーレが怒るんだが、放って帰るわけにもいかないからな。




 そんな感じで、着々とやってくる冬の気配を感じつつ日々は過ぎていく。

「すごい。それ焼くの? すごい。すごいおいしそう」

「だろう?」

 ナナカナの瞳が輝いている。
 わかるぞ。私も楽しみで仕方ない。

 私はまだ見たことがないが、巨大な牛だという光輝牛ファー・ル・ギリのあばら骨は、とても大きく長い。
 荒く肉を落としただけの骨には、まだたくさんの肉が残っている。

 これに、先日配合して完成させたスパイスをふんだんに付け、焼くのである。
 使い切る予定だったソースに浸け込んでおいただけに、しっかり味も染み込んでいるはずだ。

 これで焼けば、スペアリブもどきの完成だ。

 もう少し骨が小さかったら、骨を掴んで直接ワイルドに食べてもいいだろう。しかし骨が長いし肉質自体はやはり硬いので、焼けたら削ぎ落す予定だ。
 アーレと交換したあの包丁なら、さくさく切れるはずだ。

 肉は間違いなく美味。
 ソースもスパイスも問題ない。
 これでおいしくないわけがないだろう。勝利はやる前から確定なのである。

「あばらの肉などあまり食べないんじゃがな。どれ、あとは任せよ」

 台所でどうにかできる大きさじゃないので、庭先で火を起こし、そこで焼く予定だ。
 火起こしをした婆様が、そのまま骨と火の番を買って出てくれた。

 ――今日は、ルフル団が来るそうだ。

 誰がどのようにして情報を仕入れたのかはわからないが、おかげで集落中が少々落ち着かないようだ。

 そんな理由もあり、食料集めに行ったアーレたちも昼には帰ってくる予定である。スペアリブは昼食の一品になる。

「―うん、うまい! これからはあばらは捨てられんな!」

 予定通り帰ってきたアーレは普通に喜んで食べてくれたので、これで我が家の食卓に新しいメニューが追加されるのだった。




 ルフル団がやってきたのは、昼食後すぐだった。



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