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56.ジータからの伝言

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「――よう、レイン」

 家事を一通り終えて、さてナマズをさばこうか、という昼を過ぎた頃。
 
「カラカロ……」

 筋肉質な大男が、家にやってきた。

 前族長の息子カラカロ。
 今朝のジータの話では、彼よりカラカロの方が強いらしい。

 本来なら、アーレと双璧を成して族長の座を争っていたのは、彼だったはずだ。

「ジータから伝言を預かってきた」

 そう言ったところで、抱えていた壷の中のナマズが跳ねて水が飛んだ。

「……それなんだ?」

「魚だ。土を吐かせるために置いておいたんだ」

 大きいせいだろうか、数日何も食べさせていないのに非常に元気である。

「魚か。骨が邪魔で食いづらいよな」

 うん。タタララとジータも同じことを言っていたよ。私もそう思う。

「ちょっと待ってくれ――ジータから伝言?」

 一旦壷を台所に運んでから、改めて対応する。

「今朝、会いに来ただろ?」

「ああ、来た」

「何を話したか知らないが――それからこっち・・・は大変だった」

 ん?

「ジータが暴れた」

「……え?」

「すごかった。酔い潰れた者、まだ呑んでいた者、誰も彼もを叩き起こして殴り倒した。俺が知っているジータの中では一番強かった」

 ……いや。

 確かにジータは、帰って呑んで泣いて暴れるとかなんとか、言っていたけど。
 本当に暴れたのか、あいつ。

「全員殴り倒して、そして言った。俺はアーレに従うから俺より弱いおまえらもアーレに従え、とさ」

 …………

「それで伝言だ。『五日くれ。こっち・・・は俺がまとめるから番の儀式の準備をしろ』だとさ」

 まさか。
 あのジータが、まさか、応援する方に回ったのか?

 ……今朝の対話で彼の中でも気持ちに整理がついたのだろうか。

 いや、話を聞く限りでは、無理やり整理をつけようとしている、と言った方が近いかもな。

「おまえはアーレと番になるんだろう? その気があるなら婆様に伝え、準備を始めろ」

「本当に? いいのか?」

「ジータが諦めたのならいいんじゃないか? 俺個人の意見では、そろそろ限界だったと思うしな」

「限界? ……ああ、そうか」

 集落が割れたのは、二年前の夏の終わりだったそうだ。
 前族長が亡くなって、次の族長を決めるという段階で揉めて、男女で対立するような形になった。

 それ以降、白蛇エ・ラジャ族での夫婦は生まれていない。

 それはそうだ、この状況では結婚はしづらいだろう。
 特に男女で別れているという辺りが問題だ。相手の集落は受け入れるかもしれないが、仲間から抜けるような形となるせいで味方の視線は相当痛いと思う。

 男女で別れたと言えば単純だが、その理由は結構根深い。
 男性は今までのままを望み、女性は立場の向上を望んでいる。

 もっと言うと、女性の反抗である。
 もう男たちには従わない、と意志を固めた結果が、この状況なのだ。

 そして女性たちが立ち上がるきっかけとなったのが、族長として名乗りを上げたアーレの存在だ。

「そろそろ和解しないとやりづらそうだよな」

「そういうことだ。正直、こんなに長い間こじれるとは思っていなかった。俺なんて番がいないくらいだ」

「え? いないのか?」

 カラカロ、ジータより年上だよな。
 結婚して一人前だとかいう風潮もあるみたいだし、かなり行き遅れ気味なのではなかろうか。

「母親が六人いる。俺が養っている。これ以上周りに女が増えると困る」

 ろ、六人!? 母親が!?

 ……あっ、そうか。

「父親の嫁か。大変そうだな……」

「族長が決まって、族長の命令を待っているところだ。誰かの後妻に入れるなりなんなり、少し整理を付けてもらわないと、俺はどうにもならん」

 ああ、族長が結婚相手を決めるとかなんとかいう決まりがあるんだよな。
 後妻に関しても例外はないのか。

そちら・・・で勝手に割り振りをしたりとかしなかったのか?」
 
 確かジータは、この状況でも三人目の嫁を迎えたらしい、という話だが。

 見た目に寄らず苦労しているらしいカラカロは、ここで思いっきり顔をしかめた。

「母親たちはアーレの応援をしているんだ。だからジータの命令は聞かなかった。おかげで二年ほど六人の母親に見守られてきた。嫁が入る余裕なんてない状況でな」

 …………

 大の大人には、ちょっとつらいかもな。六人もいるとなるとな。

「アーレが族長になったら、自然と女たちの立場は強くなるだろう。そうなれば別れる理由はなくなる、と俺は思っている」

 私もそう思う。
 正式にアーレが族長となれば、女性たちの気も済むだろう。

 ……カラカロのためにも、そうであってほしい。




 その日の晩のこと。

「えっ!? 番の儀式をする!?」

「えっ!? ジータが男たちを五日でまとめたら儀式をする!?」

「ええぇぇっっ!? ひっ、ひひ、っ一晩一緒にいる!?」

「……いやジータのことはどうでもいい。そんなつまらない話をするな。もっと、こう、グッと来ることを言え」

「カラカロの実母と我の母親は姉妹なんだ。まあどうでもいいが」

「ひえっ!? さ、触るのか? 触るのか!? ……ちなみに聞くが、男は胸が大きい方が好きと聞くが、レインは……?」

「触るのか? 触らないのか? 触らないのか? 触るだろ? 触るよな? 早く。触れ。――胸じゃなくて手を触れ! そういうのはまだ早い!」

 うとうとしたり起きたりするアーレと、一晩中話をした。
 これまで過ごした半年間ではなかなか機会がなかったが、本当にじっくり話をした。

「そうだな。力は示したし、今我が族長になれば、いろんな問題が片付くだろうな。いいかげんどうにかしないと白蛇エ・ラジャ族の集落の存続に関わるしな」

 うん。




「……つ、番の儀式の、準備……してくれ。我はもう、いつでも構わないから……」

 顔を背けて小声で言うアーレは、今すぐ襲いたくなるほど可愛かった。

 ……たぶん、というか、絶対に返り討ちに合うから、我慢したけど。



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