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51.しっかり自覚した

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「思ったより楽だった」と、彼女は言った。

 左腕とアバラ数本の骨折。
 右手の甲と人差し指と中指の骨折。
 痣も打撲も数えきれないほど。
 細かいのを合わせて六十針以上の裂傷。

 平気そうに見えただけだ。
 最初から最後まで動き回っていたから、大してダメージを負っていないように見えただけだ。

 物の見事に大怪我である。想像以上の満身創痍だった。
 これで「楽だった」と語る辺り、彼女は……

 もしかしたら、「勝つ見込みがある」より、「死んでも負けない、負けたら死ぬ時」くらいの気持ちで挑んだのではなかろうか。

「――レイン。おまえの針を宛てにしたからできたことだ」

 本人は満足げだが、私の胸中は複雑だった。

 こんなことは二度とあってはならない……と思うと同時に、彼女が戦士であり族長である以上、これからも何度か、あるいは何度も同じようなことがあるのだろう。

 いつか彼女の心配で、胃に穴が開くかもな。
 戦士を送り出している女性たちも、同じような気持ちを抱えていることだろう。




 アーレ・エ・ラジャの治療を終え、彼女を残して席を立った。

「……はぁ」

 肺一杯に吸い込んだ血の臭いを追い出すように、溜息が漏れた。

 ついさっきまで夕方だったはずだが、空はもう真っ暗だった。
 治療に夢中になりすぎて、時間の感覚を忘れていたようだ。

 アーレ・エ・ラジャは絶対安静の大怪我である。
 しばらくはいつもの家ではなく、治療するための小さな家の方で寝ていてもらうつもりだ。酒もなしだし、食べ物も管理する。見舞客も追い返す。

 彼女の流した血で染まった両手を洗い、家に戻ると、夕食を済ませたタタララとナナカナがのんびり過ごしていた。

「タタララは大丈夫か?」

「ああ。奴らはアーレの方に集中していたからな」

 全体が一気に動き、結構早く終わった戦いだったので、タタララの方まで見ている余裕は私にはなかった。
 だが本人が言う通り、軽傷で済んでいた。

「アーレの様子はどうだ?」

「ひどかったよ」

 内臓や頭、首など、一撃で致命傷になりそうな場所は全部避けていた。だから命には拘わらない。
 だが、絶対安静の大怪我である。大量の血を流しているし、一週間は治療に専念してほしい。というか専念させる。

「無茶な戦いに付き合わせてすまなかったな」

「何を謝る? 私はやるのが遅いくらいだと思っていた。一日でも早くアーレに従わない向こう・・・の戦士などさっさと叩きのめせばいいと思っていたぞ」

 あ、そう……見た目も男らしければ言葉も男らしいな。

「それよりレイン、おまえに一つだけ話しておきたいことがある。ナナカナに止められていたが――」

 ん?

「今度のことは、おまえの気持ちが決まったことが発端だったんだろう?」

 え?
 というと、私がアーレ・エ・ラジャと結婚する腹を決めたことが族長決めの再戦の理由だと思った、か?

 いや、どうかな……気持ちの上ではだいぶ前に決まっていたから、そういう意識はないんだが……

 …………

 でも、ある意味そうなのかな。
 そしてジータの嫁の言葉が、最後にアーレ・エ・ラジャの背中を押したのだろう。

「アーレが族長だと認められない男どもの言い分は、大きく分けて三つあった。
 一つは、今まで女の族長がいなかったこと。
 二つ目に、アーレは長い間自分の実力を隠していたこと」

 ああ、その辺は本人にも聞いたな。

 特に二つ目だ。
「まぐれ勝ちで族長が決まった」と言っていたジータの言葉には、私も大いに引っかかった。

 実力がない者が上に立ってはいけない、それはたくさんの下の者を不幸にするから、と。

「そして最後に、白蛇エ・ラジャ族は番を持って一人前だと言われるからだ」

 番を、持って、一人前……?

 …………

 あっ、そういうことか!

「だから外から・・・男を呼んだ・・・・・のか!」

 きっと論調としては、白蛇エ・ラジャ族として一人前じゃない者が族長とは認められない、と。
 そう言われてきたのだろう。

 しかし、集落が割れているような状態では、アーレ・エ・ラジャの結婚相手など見つかるわけがない。
 いわば男たちは、白蛇エ・ラジャ族の一員としての立場をボイコットしているようなものだったからだ。

 そこでアーレ・エ・ラジャは、相手がいない集落からではなく、外から自分の結婚相手を探すことにした。

 そして、私が呼ばれたわけだ。

 私と結婚することも、アーレ・エ・ラジャが族長になるために必要だったことだ。
 いや、私じゃなくても、誰でもよかったのだ。結婚さえできれば。

 少なくとも、それで一つは「族長と認められない理由」が潰せるのだから。

 それと――ジータがアーレ以外の嫁を娶ったのも、もしかしたら、この辺のしきたりが関係していたりするかもしれない。

「族長になるために番が必要になる。それがおまえだった。……なんて、あまり気分が良くないだろう?」

 まあ、理屈で言えばそうかもな。
 おまえじゃなくていい、結婚できれば誰でもいいと言われれば、いい気はしないだろう。
 そうか、その辺に気を遣っていたから、ナナカナは黙っているように口止めしたのか。

 でも、別に否定する気はない。

 フロンサードで言えば、それは政略結婚の理屈と一緒だから。
 家の都合で結婚する、というのとなんら違いはない。

 ――嬉しい誤算とでも言えばいいのか、私たちはお互い、それなりの好意を抱き合っている。

 出会いは政略でも、この半年で育んだ気持ち、感情は、一人の男と女のそれであるはずだ。

 少なくとも、私は自分の気持ちに大いに気づかされたしな。




 私は、自分が思っている以上に、アーレ・エ・ラジャが好きだ。
 彼女が傷つく姿を見て、しっかりと自覚できた。

 もう、何があろうと、ジータに渡すつもりはない。 
 近い内に、奴と話し合いの場を設けることになると思うが。




 ――絶対に渡さない。幼馴染だろうが何だろうが、誰にも渡すものか。



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