上 下
25 / 252

24.ジータの主張

しおりを挟む




 交渉の基本中の基本は、場所である。
 言葉や仕草のテクニック、相手の気持ちや思考を読み取る観察眼などの前に、交渉する場所はとても大事な要素である。

 場所さえ押さえれば、無茶な要求も意外と通るものだ。場所を制していれば更に効果的だ。
 たとえば、霊験あらたかではない壷や水晶玉を高値で売るような無茶な交渉さえ、売れる可能性は高くなる。

「――おまえレインっていうんだろ? 俺はジータだ。少し話しようぜ」

 ひとまず、相手の用意した場所で会わないことは基本だ。
 だからここで会えたのは、そう悪い流れではないと思う。

 何せ、ここは集落中央の広場である。
 少ないまでも、周囲に人はいる。顔見知りの女性もいる。この状況なら滅多なことは起こるまい。

 ……この男がジータか。

 歳の頃は、二十歳……には、届いていないかもしれない。近くで見ると思ったより若い。灰色の瞳に赤い髪で、左足の腿が白鱗に覆われている。

 私の認識では、目下アーレ・エ・ラジャを悩ませている最大の問題であり、また集落が割れている原因でもある男だ。

 筋肉こそ全身バッキバキだが、カラカロほど大柄でもなければ、太くもない。むしろ細身である。
 筋肉抜きの体格だけで言えば、私とそう変わらないかもしれない。……にしても本当に男女関係なく露出多いな。男相手でもバッキバキに挟まれていたら目のやり場に困るぞ。じろじろ見るのも違うしな。……でも筋肉はすごいんだよな。

「話とは?」

 なんて考えていても仕方ないので、とりあえず聞いてみよう。わざわざ話に来るような用事なら、聞くだけ聞いておくべきだ。

 まあ、あまり良い話ではないとは思うが。

「まあ酒でも飲みながら話そうぜ。うち来いよ」

「いや、酒はいらない。まだやることがある」

 まだ朝だ。それも早朝だ。彼らの呑むペースは知らないが、こんなに早く呑んじゃ駄目だろう。駄目人間の時間だぞ。

「ついでに言うが、あまり時間は取れない。ここで話せないことなら次の機会にしてほしい」

 ナナカナに仕事を任せてきているくらいだ。
 できることなら、早めに戻りたい。

「……そうか。おまえは俺が嫌いか」

 あ、本心がバレた。……そこまで見抜かれたら、もう遠慮はいらないか。

「女性たちから聞いていた限りでは、あまり好ましくない」

「そうかよ。でも――」

「わかっているさ。女性たちは女性たちに都合のいいことを言っているんだろう。あなたたちにもあなたたちの言い分があるはずだ」

 だから、両方から話を聞きたいのだ。

 ……できることなら、タタララの弟辺りと場所を整えて会いたかったが。向こうの族長・・・・・・が来るなんて予想もしていなかった。

「まあなんでもいい。俺の用事はすぐに済むから、聞け」

 比較的なごやかだったジータの目が、表情が、一転して刃を帯びる。

「――アーレは俺の女だ。あいつと番になるとガキの頃からずっと決めてた。おまえが来る前からだ」

 …………

 ああ、はい。

 私はこの集落に来て、まだまだ日が浅い。
 この集落で生まれ育ったアーレ・エ・ラジャが、どんな軌跡を描いて今に至るのか、まだ全然知らない。

 当然その間には色々あって、いろんな出来事もあったし交友関係も築かれてきたのだろう。

 ――その色々の中の一つに、このジータとの関係も、あったわけだ。

「わかんだろ? いきなり出てきたよく知らない男に渡す気はねえし、見逃す気もねえんだ」

 そのよく知らない男であるところの私としては、答えは決まっているのだが。

「私はアーレ嬢と結婚するために来た」

「あ?」

 ただでさえ険しいジータの表情が、更に鋭さを増す。

 ――正直かなり怖いが、ここで引くわけにはいかない。

「それがアーレ嬢の望みでもある。だから私をここに連れてきたのだ」

「そんなの俺は許さねえぞ」

「私とアーレ嬢が結婚するのに、あなたの許可が必要なのか?」

「俺は白蛇エ・ラジャ族の族長だ!!」

「私はアーレ嬢が族長だと聞いているし、そう認識している」

「――なんだとおまえ! ぶっ飛ばすぞ!」

 うわ怖いっ――と思う間もなかった。

 私が反応するより速く、殴り掛かってきたジータを、黙って見ていたカラカロが止めていた。

「落ち着けジータ。レインは戦士じゃない。手を出したらおまえの戦士の誇りに傷がつく」

「うるせえ! だってふざけてんだろ! 俺はずっとアーレが好きだったんだ! あの女と番になるって決めてたんだ! 十にもならないガキの頃からだぞ!? 諦められるか!」

 同じ集落で過ごしたなら、彼女とジータは幼馴染ということになるのか。

 幼馴染、か。
 ここでも私に関わるか。幼馴染とは厄介な関係だな。

 私とは比べ物にならないほど同じ時間を過ごし、思い出を共有し、きっと本来なら入り込む隙もない関係だったのだろう。

 本来なら。
 私は死ぬ覚悟をしてここまで来た。そう簡単に諦める気はない。

「おいおまえ! レイン! おまえは全部知った上で番になるって言ってるのか!?」

 やはり彼らにも彼らの言い分があるようで、ジータはカラカロに羽交い絞めにされながら叫ぶ。

 でも、どうせ聞いたって答えは変わらないだろう。
 私だって死ぬ覚悟をしてここまで来て――

「だいたいなぁ! 昔はアーレだって俺と番になることは納得してたんだ!」

 ……えっ? 何その話?

「族長を決める勝負だって! あいつは今まで俺に勝ったことがなかったのに、あの時だけたまたま一回勝っただけだぞ! だから多くの戦士が納得しなかったんだ! それで割れたんだぞ!?」

 ……えっ? たまたま一回勝っただけ?

 …………

 ……えっ? なんか、本当に、私が知っている話とだいぶ違うような……



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします

リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。 違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。 真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。 ──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。 大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。 いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ! 淑女の時間は終わりました。 これからは──ブチギレタイムと致します!! ====== 筆者定番の勢いだけで書いた小説。 主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。 処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。 矛盾点とか指摘したら負けです(?) 何でもオッケーな心の広い方向けです。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

旦那様は転生者!

初瀬 叶
恋愛
「マイラ!お願いだ、俺を助けてくれ!」 いきなり私の部屋に現れた私の夫。フェルナンド・ジョルジュ王太子殿下。 「俺を助けてくれ!でなければ俺は殺される!」 今の今まで放っておいた名ばかりの妻に、今さら何のご用? それに殺されるって何の話? 大嫌いな夫を助ける義理などないのだけれど、話を聞けば驚く事ばかり。 へ?転生者?何それ? で、貴方、本当は誰なの? ※相変わらずのゆるふわ設定です ※中世ヨーロッパ風ではありますが作者の頭の中の異世界のお話となります ※R15は保険です

売られていた奴隷は裏切られた元婚約者でした。

狼狼3
恋愛
私は先日婚約者に裏切られた。昔の頃から婚約者だった彼とは、心が通じ合っていると思っていたのに、裏切られた私はもの凄いショックを受けた。 「婚約者様のことでショックをお受けしているのなら、裏切ったりしない奴隷を買ってみては如何ですか?」 執事の一言で、気分転換も兼ねて奴隷が売っている市場に行ってみることに。すると、そこに居たのはーー 「マルクス?」 昔の頃からよく一緒に居た、元婚約者でした。

残念な婚約者~侯爵令嬢の嘆き~

cyaru
恋愛
女の子が皆夢見る王子様‥‥でもね?実際王子の婚約者なんてやってられないよ? 幼い日に決められてしまった第三王子との婚約にうんざりする侯爵令嬢のオーロラ。 嫌われるのも一つの手。だけど、好きの反対は無関心。 そうだ!王子に存在を忘れてもらおう! ですがその第三王子、実は・・・。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※頑張って更新します。目標は8月25日完結目指して頑張ります。

処理中です...