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04.指先王子、白蛇姫と言葉を交わす

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「――あなたがアーレ・エ・ラジャ嬢ですか?」

 私が問うと、金色の瞳の女性は頷いた。
 やはり、彼女が私の嫁か。

「あなたがサンティオの寄越した男?」

 そう言葉を発したのは、アーレ・エ・ラジャの右にいる、小柄な女性……というか、女の子だ。声からしても体格からしても、十歳くらいの子供だと思う。

「ああ。サンティオは私の姉になる」

 かつてはサンティオ・クスノ・フロンサード。聖国フロンサードの第二王女だ。
 一年前、隣の国の王族に嫁に行った。

「その節は姉の危機を救ってくれてありがとう」

 姉も、護衛として同行していた騎士や兵士も、侍女たちも。馬も馬車も。
 一年前の冬、輿入れのために隣国に移動する最中、サンティオは魔獣の群れに襲われた。それを助けてくれたのが、彼女たち白蛇エ・ラジャ族だったという。

 フロンサードの王族と彼女たちとの縁は、そこから始まっている。

「最高の男を、という注文をしたが、あなたは最高の男なの?」

 ……あー……まあ、確かに姉の手紙には「できるだけいい男を見繕え」とは書いてあったが。

「『選べる中では最高の』、という感じかな……すまないがあまり自信はない」

 王太子である長兄や次兄は、かなり優秀な人たちだ。それと比べれば私など落ちこぼれもいいところだ。

 私はあまり責任の問われない、重責も負わされない五男として育った。かなりのびのびと育てられたと思う。
 それこそいつも勉学だ仕事だと慌ただしい毎日を過ごしていた兄たちには、いつも遊んでいるように見えたことだろう。

 婿入りが決まってからの半年は、かなり本腰を入れて準備期間を過ごしてきたが……それでも兄たちには遠く及ばないだろう。

 私が最高の男だなんて、口が裂けても言えない。

「それに、君たちにとって私という男の価値がどの程度なのかは、わかりかねるところがある」

 最高の男。
 一言で語るには幅が広いというか、具体的な内容を問うていないので、何を指して価値を認めるのかがわからない。

 だから、「選べる中では最高の男」として、私がやってきた。一応王族だし。

「見てわかると思うが、腕っぷしに自信はない。強さという点に価値を見出すなら、私はあまり魅力的ではないのではないか?」

 最低限の護身のための剣術や体術はやってきたが、実戦経験は皆無だし、然して覚えが良い方でもなかった。
 騎士団長を父に持つフレートゲルトは鍛えているだけに強かったが、私はそこまで剣にのめり込むこともなかったしな。

「……うん。悪くない答え」

 私の言葉を聞きしばし考えていたのだろう女の子は、納得したように頷いた。

「族長、話していい。この男は村の男よりは馬鹿じゃない」

 バカ? ……なんだかわからないが、最初のハードルはなんとかクリアできたらしい。

「――名は?」

 それが、アーレ・エ・ラジャが私に対し、初めて発した言葉だった。

「レインティエ。どうかレインと呼んでほしい」

「わかった。よろしく、レイン」




 簡単な自己紹介がてら、アーレ・エ・ラジャが連れてきた女たちも、フードを取って顔を見せた。

 右側の子供が、ナナカナ。

「こいつは我の子だ」

「えっ」

 こ、子!? 子供ってこと!? え、うそ、もう子供がいるのか!? ……まさかの未亡人か!?

「……養子だぞ?」

 衝撃の事実に震える私に、アーレ・エ・ラジャはどこか呆れたように言った。あ、そう。養子。

「ナナカナの家族がいなくなり一人になったのでな。我が引き取った。おまえと夫婦になったらおまえの子にもなるぞ」

 なるほど、確かにそうなるんだろうな。

 ……十七歳で十歳くらいの子持ちになる、か。この時点ですでに結構な驚きである。向こう・・・ではこういうことも普通にあるのだろうか。

「こいつはタタララ。女戦士では我に次いで強い」

 左側の……かなり美形の男、ではなく、女性は、タタララというそうだ。同年代くらいで、私と同じくらい背も高い。
 何より腹筋がすごい。ぼっこぼこである。女性でよくもここまで鍛え……いやいかん、じろじろ見ていては失礼だ。……にしてもすごい腹筋だ。

 三人とも露出が多いだけに、ちょっと目のやり場に困るな。胸と腰に、申し訳程度に革の帯を巻いている程度の格好である。
 独特の模様が入った外套を脱いでいるだけに、下着姿のようにさえ見える。

「レイン」

 若干挙動不審になっていたかもしれないが、アーレ・エ・ラジャは気にした素振りもなく、私の名を呼ぶ。

「我がこういう方法で婿を取るとなれば、おまえもそれなりに疑問があるのではないか?」

 疑問。
 金色の瞳に見詰められながら、私は深く頷いた。

「確かに色々考えたよ。白蛇エ・ラジャ族には男はいないのか、とか。外から婿を取る理由があるんだろうな、とか」

 さすがに白蛇エ・ラジャ族の結婚のたびに、フロンサード王国の男を攫ったり誘ったりしていたら、父上が動いていただろう。王として自国の民を守る義務がある。

 しかし、これまでにそんな話は、聞いたことがなかった。
 つまり、これが一番最初にして、今まで一回もなかったケースである可能性は高い。

 ――となると、今回に限り、どうしても外から夫を選ぶ理由ができた、というのは、想像に難くないだろう。

 白蛇エ・ラジャ族の中で何かが起こった。
 あるいは今も起こっているのだろう。

「アーレ嬢が話を持ち掛けたのは、一年前の冬。それから今日この時に至るまで、一年前からの問題が今も続いている……と、私は考えているが。どうだろう?」

「察しの通りだ。我が部族には、あまり大っぴらには言えない問題が発生していて、未だ解決はしていない。
 そしてそれは、部族以外から夫を取る必要がある問題なのだ」

 まあ、このくらいまでは、充分考えられることだ。

「その問題とは、私に話せることか?」

「話さないとまずかろう。我の夫となるおまえはすでに関係者だ」

 そうか。……うん。

「では行こうか」

「……ん?」

 若干呆けた顔をするアーレ・エ・ラジャは、私の言葉を汲み取ってくれなかったようだ。

「霊海の森を越えて、君たちの集落へ。私を連れて行ってくれ」

「待て。それは話を聞いてからではないのか? そういう話をしていたではないか」

 あ、だから汲み取れなかったのか。

「それは道中聞かせてくれればいいよ。私は覚悟を決めてきているから。今になって多少の問題が起こっているから婿入りを止める、などと言うつもりはない」

「――軽率」

 言ったのはナナカナである。冷めた目で私を見上げている――が、私はその視線を笑い飛ばした。

「覚悟なくば霊海の森を越えようなどと思わないし、思えない。私はそちらの地・・・・・で骨を埋めるつもりで来たが……もしやそちらでは婚姻だの夫婦だのとは、形だけの軽いものなのか?」

「……フッ」

 アーレ・エ・ラジャがニヤリと笑った。

「ではレイン。これより我とともに生き、我とともに死んでくれるか?」

「――そのつもりで来た」

 よしここだ!
 このタイミングだ!

 機は熟した!
 流れは確実にそれへ向かっている!

 一番上の兄上に「結婚の言葉プロポーズくらいはちゃんと決めろ」とアドバイスを貰っている。

 ササラの木の下、白い花が舞い降りる中で。
 絶対にここだろう! 絶対に悪くないシチュエーションだ!

 さあ、満を持して婚約指輪を差し出そう!













 し、しまった……指輪は上着のポケットの中だ……!

 寝起きのまま、散歩がてらここまで様子を見に来て、こうして会ってしまった。
 本当に会えたという衝撃で、なんの準備もできていないことを失念していた。

 ――「ちょっと待ってて! ちょっとだけ!」……なんて仕切り直しは、さすがに格好悪いよな……




 こうして、千載一遇のプロポーズのチャンスを、私は逃したのだった。



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