狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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396.ハーバルヘイムと交渉する 二日目 向こう側

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「アレはなんなんだ!? アレは人間なのか!?」

 生まれてこの方、あそこまで追い込まれたことのない国王ルジェリオンは恐慌状態になっていた。
 すぐ傍までやってきた白髪の少女がよほど怖かったらしく、カッと目を見開いたままガタガタ震えるばかりで、話しかけてもなんの反応もない。

 仕方ないので、宰相ナーバル・クーガの指示で兵士を呼び、王の私室まで運んでもらうことにした。

 ベッドに横たわらせて、しばしの時を経て――急にスイッチが入ったように、ルジェリオンはがばっとベッドから飛び起きた。

 アレはなんなんだ、と叫びながら。

「陛下、落ち着いてください」

 部屋に残っていたナーバルを始めとした高官たちが、興奮しているルジェリオンをなだめる。

 高官たちと相談して、すでに侍医を呼んでいる。
 いろんな意味で強烈な興奮状態となり、精神的負荷が大きく掛かっていた。それなりのお歳でもあるので診てもらった方がいいだろう。

「おお、お、落ち着いてなどっ……うぅ」

 興奮のあまり眩暈がするようで、再び床に伏せた。

「……明日の方針は私たちで考えますので、陛下はゆっくりお休みください」

 弱々しく「待てぇ」と呼び止める声がするが、聞こえなかったことにして、高官たちは王の私室を後にした。




「――番号3347、到着しました」

 暗部所属の正式呼称を名乗り、宰相ナーバルの私室にやってきたのは、キトンである。

 どういう流れでそうなったのかは知らないが、白髪の少女の見張りとしてずっと傍に付いているという、暗部の一人である。

 室内には、当人と数名の高官、そしてキトンにとっては上司に当たるダリルがいた。

「早速だが、ニア・リストンについて教えてほしい」

 ナーバルは、交渉の方向性を変える必要があると判断した。

 神鳥アルヴィエアが撃退されて。
 ハーバルヘイムの国宝でもある、建国の魔剣ジタンテが粉砕されて。
 この国最強の騎士隊が全滅させられて。

 こうなってくると、いわゆる「暴力」での解決は、難しいと判断せざるを得ない。
 未だに信じられない気持ちはあるが、全てナーバルらの目の前で、白髪の少女がやったことである。

 そう、国王ルジェリオンが訴えるのもわかる。
 信じがたいことだが、彼女の「暴力」は、人間であることが疑わしいほどに群を抜いている。

 ならば、もはや同じ土俵でやり合おうなどと、考えるべきではない。

 となると――必要なのはニア・リストンの情報である。

 この城にやってきた時も、彼女は確かに言っていた。

「五日間交渉する」と。
 交渉。

 つまり、話し合いをするつもりがある、ということだ。
 彼女の「暴力」なら、それこそ五日も時間を取ることなく、さっさと終わらせることもできるのだ。

 ――そう、現時点でのことを冷静に考えると……

 この交渉期間は、ニア・リストンには必要ないものだ。
 むしろハーバルヘイムに与えた猶予であり、また温情でもあるのだろう。情けでもいいかもしれない。

 もしそうなら、果たしてその真意はどこにあるのかはわからないが――それを探るために、ニア・リストンの情報が必要なのだ。

 彼女が欲しているものを与え、引き上げてもらう。

 それが最善で、もっともこの国の負う傷が軽いはずだ。

 たった一人の圧に負ける、国のトップなどいない。
 それを許す者は、国王の器ではない。

 だが――臣下の者がやるなら、話は別だ。

 幸か不幸か国王ルジェリオンが伏せっている今、ナーバルは考えうる最善の手段を取ろうとしていた。




 とにかく強い。
 ウーハイトンではその強さを買われ武客として留学。
 子供に甘い。
 カニが好き。
 綺麗好き。
 金銭感覚が壊れている。
 紅茶が好き。
 家族思い。
 どんな暗殺方法も回避する。

 ダリルとキトンの話の印象から、ニア・リストンの人物像を形成していく。

「それと、ああ見えて穏やかな人です」

 キトンの言葉に、高官たちが微妙な顔をする。

「いや本当ですよ。やっていることは賊と同じですが、あれで暗殺されそうになっても、怒ったことはないですから」

 そう、ずっと一緒にいるキトンは、ニア・リストンが怒ったところを見たことがなかった。

 明確な怒りを感じたのは、ハーバルヘイム城にやってきた初日。
 国王ルジェリオンに「愚図が」と言い放った時くらいだ。

「……つまり、ウィークポイントは子供……? いや」

 一瞬子供に刃物や毒でも持たせて特攻させよう……などという手を考えるが、これは違うとナーバルはすぐに却下した。

 そんなことをしたら、逆鱗に触れそうだ。
 やった時点で交渉期間がなくなり――ハーバルヘイムは潰されてしまうかもしれない。

 同じ理由で、家族も危険だ。
 そもそもニア・リストンがハーバルヘイムへやってきた動機である。
 もし家族を人質に取ったなりなんなりと告げたら――その場で全てが終わりそうだ。

 まあ、もっとも、交渉期間を考えると無理なのだが。
 恐らくニア・リストンもその辺の計算をした上での、日数の指定なのだろう。

「私としては、あの子は人格者だという印象が強いですが」

 ダリルの発言に、高官の一人が「人格者は単身城に乗り込んでこないだろ」と返した。
 ナーバルもその通りだと思うが、しかし。

「……誠意を見せてみるのも、有りか……?」

 もしニア・リストンが人格者なら。
 交渉に応じるつもりがあるなら。

 ならば――答えは誠実なる対応ではないのか?

 となると、だ。

「宝物庫……か」

 彼女はそれを所望していた。
 ならば、これ以上傷口を広げられる前に、いっそ宝物庫を解放するのもいいかもしれない。 

「要求通り宝物庫の中身を渡すのはどうだろう?」

 ナーバルの意見に、高官たちはこぞって反対の声を上げる。

 宝物庫の中身が惜しいというのもあるが、それより国の威信の問題だ。
 乗り込んできたテロ同然の者に、要求される通りハーバルヘイムの財産を渡すとか。こんなことがまかり通れば、国は下々に対しての威厳を保てなくなるだろう。

「落ち着いてください。彼女は『宝物庫の中身をよこせ』と言った。中に何があるか・・・・・・・を知らずに。要するに――」

 ナーバルはニヤリと笑う。

「事前に国宝だけ運び出し、適当な額の金品を置いておく。これで被害は最小限で抑えられるはず」

 暗部からの情報に「頭が切れる」という情報はなかった。

 人格者である可能性が高いのはわかった。
 ちゃんと話ができる相手であるのもわかった。

 だが、頭がいいという情報は、なかった。
 微塵もなかった。

 ならば、これで出し抜ける可能性がある。

「陛下に相談してみる。うまくいけば、明日の交渉で終わりです」



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