395 / 405
394.ハーバルヘイムと交渉する 一日目 向こう側
しおりを挟むあまりの暴言だった。
「……今、なんと言った?」
ハーバルヘイム国王ルジェリオンは、生まれてこの方言われたことのない強烈な暴言に、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
それを発した白髪の少女は、もう一度言った。
「早く宝物庫を開いてよこせと言ったのよ、愚図めが」
暴言再び。
無表情でひたりと玉座の主を見据えるアイスブルーの瞳はどこまでも冷たく、また異様な威圧感を放っている。
どこまでも本気が見えた。
冗談でもなんでもないと、その瞳その表情その態度が示していた。
どれもこれも、子供の所業とは思えないほどの刺々しさである。
――まあ、許可なく彼女がここまでやってきていることこそ、子供の所業ではないのだが。
ルジェリオンは震えた。
頭が暴言を理解するごとに、少しずつ怒りが湧いてきている。
「……と、言いたいところだけど」
その最中に、白髪の少女はここに来た時と同じように笑った。
「愚図に即決は無理だってわかっていたから。だから五日」
と、少女は右手を上げて指を広げて見せた。
「私は五日間、この城に滞在する。その五日間で交渉して、お互い納得できる結論を出しましょう。
いくら愚図でも、五日もあれば対処方法くらい思いつくでしょ? 私を殺す準備もできるでしょ? もちろん慰謝料を払うって形でもいいし。
ただし、もし五日で決着が着かなかったら――」
怒りに満ち、震えが大きくなってきたルジェリオンを、少女は指差した。
「あなたを退場させる」
退場。
その言葉の真意はわからないが――不穏である。
「それで、そちらからは次の交渉相手を出してもらうから。次は……身分からして王妃かしらね? 王妃との交渉もできなくなったら、また次を出してもらう。そうやって上から順に話し合っていくから」
そこまでだった。
「――もうよいわ! 戯言は聞き飽きた!」
怒りが頭まで巡ってきたのか、顔を赤くし激昂したルジェリオンが吠えた。
「貴様は不敬罪で処刑する!」
玉座に座したまま、ルジェリオンは少女に向かって右手を差し出した。
ルジェリオンの鮮やかなターコイズの瞳の奥底が揺れた。
彼の持つ膨大な魔力が流動しているのだ。
差し出した手の前に、瞳と同じ色の魔法陣が描かれる。
「罪ごと灰と消えよ! ――『神鳥アルヴィエタ』!」
ゴッ
魔法陣から紅蓮の炎が飛び出した。
神鳥アルヴィエア。
地方によっては炎の化身とも、炎の精霊とも、不死鳥とも言われる、巨大な鳥型の炎である。
出でし時より、一瞬で謁見の間の室温を上げたそれは、一度だけ大きく宙返りをすると――高い場所から一気に急降下した。
狙いは、白髪の少女だ。
あまりの飛行速度の速さに、少女の近くにいた暗部の二人はその場から逃げるのがやっとだった。
神鳥は、吸い込まれるように少女に突撃した。
当たった瞬間、少女は一瞬で全身を炎に包まれ――
――「ギュェエ!?」
神鳥が断末魔の悲鳴を上げた。
そして、床に叩きつけられて火の粉をまき散らし、ただ熱波だけを発して消え失せた。
神鳥が死んだと同時に、少女を包んだ炎も消えていた。
服から煙こそ出ているが、まったくの無傷である。
「……な、な……なっ、な、な……っ!?」
高官も騎士も暗部も、この場にいる誰もが驚いていた。今目の前で見たものを信じられなかった。
特に、王族に代々伝わる神鳥アルヴィエアの脅威を知っている国王ルジェリオンには、衝撃が強すぎる光景だった。言葉が出なくなるほどに。
信じられなかった。
だが、確かに、見てしまった。
炎に包まれた少女が、突っ込んできた神鳥の首を片手で掴んで、そのままへし折った姿を。いや正確には、掴んだ瞬間炎に巻かれたように見えた。
ルジェリオンもそうだし、ほかの者たちもそうだ。資料だって残っていない。
神鳥が、首の骨をへし折られて断末魔の声を上げるなんて、誰も知らなかった。そもそも実体のない炎の塊のような存在の首をどうやって折るというのか。
そんなことができるのがおかしい。
無傷なのもおかしい。
何もかもがおかしい。あまりにもおかしい。不自然が過ぎる。意味がわからない。
「じゃあこれはこれで終わりってことで。今日を入れて五日、明日から四日間だから。お互い納得できる交渉をしましょうね?」
そして、それだけのことがあったのに、神鳥の存在になんの反応も示さない少女。
何事もなかった――ただ目の前の羽虫を払っただけだと言わんばかりのその無関心も、とてもおかしい。
「それじゃ部屋を借りるわね。用事があったらいつでも会いに来てね? 暗殺も毒殺も誅殺も、なんでも受け付けるから」
不敵に笑って言い置き、白髪の少女は謁見の間を出ていった。
あまりの出来事に、誰もが少女に掛ける言葉を、失っていた。
「アレはいったいどういう者だ!?」
少女……ニア・リストンが去ってしばし、ようやく声が出せたのは国王ルジェリオンである。
「おい! 昨日あの小娘の情報を持ってきた影! 今一度説明しろ!」
――昨日報告があった段階では、ルジェリオンは何一つ真面目に聞いていなかった。
それはさすがに仕方ない面もある。
何せ「強い子供がやってくる」と聞いて、常識の範囲内で考えてしまったから。
というか、常識から外れている子供など早々いないのだから、その判断も致し方ないところがある。
情報を持ってきた影――ダリルの報告と強い進言で、兵士と騎士は用意した。
多少強い程度の子供なら、これで充分対応できると見越した。
しかし、蓋を開けてみれば……
ニア・リストンは、常識の範囲内を大きく逸脱した恐ろしい存在だった。
「いえ……私もここまでは知らなかった……」
見張りのキトンは、なんとか我に返ってニア・リストンを追っていったが……ここまで彼女を連れてきたダリルは、まだ動揺が隠せない。
「あの子供とは、同じ飛行船で帰ってきました。
飛行船内で、何度か暗殺を仕掛けましたが、それらすべてを笑いながら回避され……その上、あまり派手にやると他の客も巻き込むから自重しろと説教までされました。
正直、私にも、あの子供がどこまで強いのか、よくわかりません……」
というか、最初の見込みと予想が大きく違ったということが今わかった。
神鳥を掴んで殺すような常識外れだなんて、どんなに予想したって、そこまでできるなんて考えられるわけがないだろう。
もはや強い弱いで括っていいのかさえ、わからなくなってきている気がする。
「陛下」
表面上は落ち着いて見える――だが内心はまだまだ落ち着かないメガネの男、宰相ナーバル・クーガが静かに発する。
「ニア・リストンの処分、真剣に検討された方がよろしいかと」
「……うむ」
宝物庫をよこせ。
そんな無茶な交渉には応じられるわけがない。
ならば――やはり、殺すしかないだろう。
だが、この場の誰もが。
提案した宰相も、同意した国王も、疑っていた。
――あれを殺すことなどできるのか、と。
こうして、彼らにとっては長い長い五日間が始まった。
30
お気に入りに追加
506
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。
星ふくろう
ファンタジー
紅の美しい髪とエメラルドの瞳を持つ、太陽神アギトの聖女シェイラ。
彼女は、太陽神を信仰するクルード王国の王太子殿下と結婚式を迎えて幸せの絶頂だった。
新婚旅行に出る前夜に初夜を迎えるのが王国のしきたり。
大勢の前で、新婦は処女であることを証明しなければならない。
まあ、そんな恥ずかしいことも愛する夫の為なら我慢できた。
しかし!!!!
その最愛の男性、リクト王太子殿下はかつてからの二股相手、アルム公爵令嬢エリカと‥‥‥
あろうことか、新婚初夜の数時間前に夫婦の寝室で、ことに及んでいた。
それを親戚の叔父でもある、大司教猊下から聞かされたシェイラは嫉妬の炎を燃やすが、静かに決意する。
この王国を貰おう。
これはそんな波乱を描いた、たくましい聖女様のお話。
小説家になろうでも掲載しております。
余命半年のはずが?異世界生活始めます
ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明…
不運が重なり、途方に暮れていると…
確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
王太子妃なのに冤罪で流刑にされました 〜わたくしは流刑地で幸せを掴みますが、あなた方のことは許しません〜
超高校級の小説家
恋愛
公爵令嬢のベアトリスは16歳でトルマリン王国の王太子と政略結婚して王太子妃となった。しかし、婚礼の儀と披露式典を終えて間もなく、王城に滞在する大聖女に怪我をさせたと言いがかりをつけられる。
全く身に覚えが無いのに目撃証言が複数あり、これまでも大聖女に対して嫌がらせをしていたという嫌疑をかけられ、怒った王太子によって王太子妃の位を剥奪され流刑に処されてしまう。
流された先は魔族という悪しき者達が住む魔界に通じる扉があると言われる魔の島と恐れられる場所だった。
※7話まで胸糞悪いです。そこからはお気楽展開で書いてますのでお付き合いください
※最終話59話で完結
途中で飽きた方もエピローグに当たる最後の3話だけでも読んで、ベアトリスの復讐の顛末を見ていただけると嬉しいです。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜
望月かれん
ファンタジー
中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。
戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。
暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。
疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。
なんと、ぬいぐるみが喋っていた。
しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。
天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。
※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる