狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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394.ハーバルヘイムと交渉する 一日目 向こう側

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 あまりの暴言だった。

「……今、なんと言った?」

 ハーバルヘイム国王ルジェリオンは、生まれてこの方言われたことのない強烈な暴言に、一瞬何を言われたのか理解できなかった。

 それを発した白髪の少女は、もう一度言った。

「早く宝物庫を開いてよこせと言ったのよ、愚図めが」

 暴言再び。
 無表情でひたりと玉座の主を見据えるアイスブルーの瞳はどこまでも冷たく、また異様な威圧感を放っている。

 どこまでも本気が見えた。
 冗談でもなんでもないと、その瞳その表情その態度が示していた。

 どれもこれも、子供の所業とは思えないほどの刺々しさである。

 ――まあ、許可なく彼女がここまでやってきていることこそ、子供の所業ではないのだが。

 ルジェリオンは震えた。
 頭が暴言を理解するごとに、少しずつ怒りが湧いてきている。

「……と、言いたいところだけど」

 その最中に、白髪の少女はここに来た時と同じように笑った。

「愚図に即決は無理だってわかっていたから。だから五日」

 と、少女は右手を上げて指を広げて見せた。

「私は五日間、この城に滞在する。その五日間で交渉して、お互い納得できる結論を出しましょう。
 いくら愚図でも、五日もあれば対処方法くらい思いつくでしょ? 私を殺す準備もできるでしょ? もちろん慰謝料を払うって形でもいいし。

 ただし、もし五日で決着が着かなかったら――」

 怒りに満ち、震えが大きくなってきたルジェリオンを、少女は指差した。

「あなたを退場させる」

 退場。
 その言葉の真意はわからないが――不穏である。 

「それで、そちらからは次の交渉相手を出してもらうから。次は……身分からして王妃かしらね? 王妃との交渉もできなくなったら、また次を出してもらう。そうやって上から順に話し合っていくから」

 そこまでだった。

「――もうよいわ! 戯言は聞き飽きた!」

 怒りが頭まで巡ってきたのか、顔を赤くし激昂したルジェリオンが吠えた。

「貴様は不敬罪で処刑する!」

 玉座に座したまま、ルジェリオンは少女に向かって右手を差し出した。

 ルジェリオンの鮮やかなターコイズの瞳の奥底が揺れた。
 彼の持つ膨大な魔力が流動しているのだ。

 差し出した手の前に、瞳と同じ色の魔法陣が描かれる。

「罪ごと灰と消えよ! ――『神鳥アルヴィエタ』!」

  ゴッ

 魔法陣から紅蓮の炎が飛び出した。

 神鳥アルヴィエア。
 地方によっては炎の化身とも、炎の精霊とも、不死鳥とも言われる、巨大な鳥型の炎である。

 出でし時より、一瞬で謁見の間の室温を上げたそれは、一度だけ大きく宙返りをすると――高い場所から一気に急降下した。

 狙いは、白髪の少女だ。

 あまりの飛行速度の速さに、少女の近くにいた暗部の二人はその場から逃げるのがやっとだった。 

 神鳥は、吸い込まれるように少女に突撃した。
 当たった瞬間、少女は一瞬で全身を炎に包まれ――




 ――「ギュェエ!?」

 神鳥が断末魔の悲鳴を上げた。
 そして、床に叩きつけられて火の粉をまき散らし、ただ熱波だけを発して消え失せた。

 神鳥が死んだと同時に、少女を包んだ炎も消えていた。
 服から煙こそ出ているが、まったくの無傷である。

「……な、な……なっ、な、な……っ!?」

 高官も騎士も暗部も、この場にいる誰もが驚いていた。今目の前で見たものを信じられなかった。

 特に、王族に代々伝わる神鳥アルヴィエアの脅威を知っている国王ルジェリオンには、衝撃が強すぎる光景だった。言葉が出なくなるほどに。

 信じられなかった。
 だが、確かに、見てしまった。

 炎に包まれた少女が、突っ込んできた神鳥の首を片手で掴んで、そのままへし折った姿を。いや正確には、掴んだ瞬間炎に巻かれたように見えた。

 ルジェリオンもそうだし、ほかの者たちもそうだ。資料だって残っていない。
 神鳥が、首の骨をへし折られて断末魔の声を上げるなんて、誰も知らなかった。そもそも実体のない炎の塊のような存在の首をどうやって折るというのか。
 
 そんなことができるのがおかしい。
 無傷なのもおかしい。
 何もかもがおかしい。あまりにもおかしい。不自然が過ぎる。意味がわからない。

「じゃあこれはこれで終わりってことで。今日を入れて五日、明日から四日間だから。お互い納得できる交渉をしましょうね?」

 そして、それだけのことがあったのに、神鳥の存在になんの反応も示さない少女。

 何事もなかった――ただ目の前の羽虫を払っただけだと言わんばかりのその無関心も、とてもおかしい。

「それじゃ部屋を借りるわね。用事があったらいつでも会いに来てね? 暗殺も毒殺も誅殺も、なんでも受け付けるから」

 不敵に笑って言い置き、白髪の少女は謁見の間を出ていった。

 あまりの出来事に、誰もが少女に掛ける言葉を、失っていた。




「アレはいったいどういう者だ!?」

 少女……ニア・リストンが去ってしばし、ようやく声が出せたのは国王ルジェリオンである。

「おい! 昨日あの小娘の情報を持ってきた影! 今一度説明しろ!」

 ――昨日報告があった段階では、ルジェリオンは何一つ真面目に聞いていなかった。

 それはさすがに仕方ない面もある。

 何せ「強い子供がやってくる」と聞いて、常識の範囲内で考えてしまったから。
 というか、常識から外れている子供など早々いないのだから、その判断も致し方ないところがある。

 情報を持ってきた影――ダリルの報告と強い進言で、兵士と騎士は用意した。
 多少強い程度の子供なら、これで充分対応できると見越した。

 しかし、蓋を開けてみれば……

 ニア・リストンは、常識の範囲内を大きく逸脱した恐ろしい存在だった。

「いえ……私もここまでは知らなかった……」

 見張りのキトンは、なんとか我に返ってニア・リストンを追っていったが……ここまで彼女を連れてきたダリルは、まだ動揺が隠せない。

「あの子供とは、同じ飛行船で帰ってきました。
 飛行船内で、何度か暗殺を仕掛けましたが、それらすべてを笑いながら回避され……その上、あまり派手にやると他の客も巻き込むから自重しろと説教までされました。

 正直、私にも、あの子供がどこまで強いのか、よくわかりません……」

 というか、最初の見込みと予想が大きく違ったということが今わかった。

 神鳥を掴んで殺すような常識外れだなんて、どんなに予想したって、そこまでできるなんて考えられるわけがないだろう。
 もはや強い弱いで括っていいのかさえ、わからなくなってきている気がする。

「陛下」

 表面上は落ち着いて見える――だが内心はまだまだ落ち着かないメガネの男、宰相ナーバル・クーガが静かに発する。

「ニア・リストンの処分、真剣に検討された方がよろしいかと」

「……うむ」

 宝物庫をよこせ。
 そんな無茶な交渉には応じられるわけがない。

 ならば――やはり、殺すしかないだろう。




 だが、この場の誰もが。
 提案した宰相も、同意した国王も、疑っていた。

 ――あれを殺すことなどできるのか、と。




 こうして、彼らにとっては長い長い五日間が始まった。



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