狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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374.アルトワールアンテナ島開局セレモニー 13

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「――ご無沙汰しております……というのは、まだ少し早いですかね?」

「――そうね、まだちょっと早いかな。半年経ってないし」

 二人きりになってからそんな挨拶から会話が始まったのは、冒険家に扮したリノキスと、どこからどう見ても高貴な淑女というドレス姿のクランオールである。――借りてきたという建物解体用ハンマーを肩に担いでいるのがミスマッチではあるが。

 もう四ヵ月ほどになるか、マーベリアで別れて以来の再会だ。
 懐かしい顔ではあるが、懐かしむには少々熟成期間が足りない感じである。

 強いて望んだわけでもないが、チーム分けの結果、この組み合わせになった。
 頼りなさそうな兵士や護衛もいたが、本当に危険だと思ったので撤退させた。なのでこのチームは二人組である。

「その後マーベリアはいかがですか?」

「特に大きな変化はないと思うわ。強いて言うなら私たちがここにいることかしら」

 マーベリアは閉鎖的な国だった。
 それが現在では、その辺の遅れを取り戻そうと、大いに国を開いている最中だ。こうして外交のために国を出てきたことこそ、最大の変化と言えるだろう。

「外国から人が来ても、変化は?」

「あんまりないわね。そもそもマーベリアには観光地みたいなのも少ないし、来る理由がないみたい。観光客が増えるような何かを考えるのが当面の課題ね」

 観光地。
 そう言われてリノキスが思ったのは、東の地だ。

 大陸の果て、虫の支配する地の最奥に、とんでもないものがあるのだが。
 危険地帯の奥地なだけに、まだまだ発見には至っていないようだ。

「とにかくリビセィルお兄様が大変ね。慣れない王の執務に外交、そして鍛錬。隙間がないほど忙しそう。
 今回のセレモニーも、アルトワール主催のイベントならぜひ行きたいって言っていたんだけど、時間を工面できなくてね」

 あまり変化はないが、新国王となったリビセィルは大変らしい。
 まだ王冠を戴いて一年も経っていない新国王だけに、やることや覚えることが山積みなのだろう。

「虫に関しては、今年の冬が勝負だと思う。次の春までにできるだけ強くなることが目標よ。私も今回のイベントはアルトワール主催だから来たけど、そうじゃなければ王族以外の外交官だけが対応したはずだし」

 虫問題は依然として残っているようだ。

「もう心配はいらないと思いますが、いざという時は声を掛けてください。お嬢様ならきっと助力すると思いますので」

「ありがとう。こんなことになってるし、会って話せる間がないかもしれないから、私がよろしく言っていたと伝えておいてね」

「わかりました」

「ついでに、たまにはマーベリアに遊びに来てって言っておいて」

「わかりまし――」

  ドォォォン!

 リノキスの返事を掻き消すように、一体の水晶竜ブルードラゴンが二人の目の前に落ちてきた。

水晶竜ブルードラゴンか……」

 建物が潰れ、破片が飛び散る中、それでも二人はまだ動かない。

「はじめて見るけど強そうだし、とにかく美しいわね。外国の魔獣はオシャレだわ」

「魔獣がオシャレという感覚はちょっとわかりかねますが……それなりに珍しい魔獣ですよ」

 落下してきた水晶竜ブルードラゴンがゆっくり立ち上がる、と――

「でもたぶん、一対一なら機兵の方が強いわ」

 一瞬で水晶竜ブルードラゴンとの間を詰めたクランオールは、前足を着いて上体を起こそうとしていた右前の足に向けて、横溜めにハンマーを構える。

  パァァァァン!

 振り回す速度も見えないほどの速さで弧を描くハンマーの面が、水晶竜ブルードラゴンの足に当たる。
 それと同時に、まるで内部から破裂したかのように粉々になって吹き飛んだ。

「――そして、今や機兵より私自身の方が強いのよね」

 強くなるきっかけを掴んでから、マーベリアの王族たちは気が狂ったような修行を続けていた。
 その成果が、これである。

「――なるほど。マーベリアは安泰そうですね」

 一つ支えを失い傾ぐ巨体を、後ろ足と左前足だけで堪える水晶竜ブルードラゴンだが――

  ドガン!

 リノキスの拳で今度は左前足が爆ぜて、今度こそ支えを失い上半身が地面に落ちた。

「素手でやれるっていうのもすごいわね」

「……さすがにちょっと痛かったですけどね」

 拳で鉱石を殴ったようなものである。骨が砕けないで「ちょっと痛い」で済む辺り、なかなか異常な光景だった。

「私がメインで動くから、サポートしてくれる?」

「わかりました」

 地べたに這いつくばる水晶竜ブルードラゴンの頭にハンマーでとどめを刺すと、二人は次の標的を目指して走り出した。

 ――そして、密かに二人を撮影していたリネットもまた、次の場所へと速やかに移動する。

 こんなものを撮るためにカメラを覚えたわけではないのに、と思いながら。




 それは、目の前にいる敵に対する、威嚇の声である。

「キュゥアアアアァァァ!!」

 水晶竜ブルードラゴンの咆哮は甲高く、不思議な響きを帯びている。

 鈴のように澄んでいるとは決して言えないが、夜空を切り裂く風のように響く。
 生物ではあるが血肉を持つ生物ではないので、声帯から出ている音ではないのかもしれない。

「うるせぇな。早く来いよ」

 威嚇する水晶竜ブルードラゴンの前には、鉄パイプを持った一人の男が立っていた。

 アンゼルである。

 アンゼルは数名の兵士を連れて行動している。
 あまり人と合わせるような戦い方は得意ではないので、ある意味単独行動を買って出た。

 兵士たちは……戦力として考えるなら、あまり足しになりそうにない。
 あくまでも伝言やら連絡やらなんやらのバックアップのために、同行させている。

 言葉が通じたとは思えないが、挑発された、くらいは認識したかもしれない。
 水晶竜ブルードラゴンはアンゼルに向かって走り出した。

 巨体。
 重量。
 硬質。

 並の人間なら、当たっても踏まれても撥ねられても致命傷である。

 迫る水晶竜ブルードラゴンの頭が下がった。
 どうやら口に入れて噛み砕くつもりのようだ。

 もちろんそれも、去れれば間違いなく致命傷だ。

「――よっしゃ来い」

 アンゼルは、鉄パイプの端と端を握って構える。

  ガギッ

 水晶竜ブルードラゴンが食らいつく。
 あの巨獣にからすれば、人間だって金属の棒だってちっぽけなものである。

 だが、折れない。
 弾き飛ばせない。
 地面を少しだけ滑ったが、それ以上は動かない。

 形としては、水晶竜ブルードラゴンの突進を鉄パイプ一本で止めた感じである。

「――残念」

  ベギンッ!

 完全に動きが止まった瞬間、アンゼルは噛ませていた鉄パイプを力づくで回転させた。
 
 逃げる暇がないほど速く捻られる。
 急な負荷に牙が折れる。

 その重量を受け止めるほどの力で、頭が横にねじれる。

 可動域を超えるほど捻られて――頭を支える首が割れた。

 指揮系統を司る頭を失い、水晶竜ブルードラゴンの身体が倒れた。

「なんだ、案外脆いな」

 鉄パイプに食らいついたままの水晶竜ブルードラゴンの頭をしげしげ見ながらつぶやき、その辺にポイッと捨てる。

「――よし、次だ」

 あまりの光景に呆然としていた兵士たちに声を掛け、アンゼルたちも次を目指して移動する。



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