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370.アルトワールアンテナ島開局セレモニー 09
しおりを挟む「――あー、この様子だともうわかってる感じですかね?」
アーレスが許可をし、全員が注目する中で部屋に入ってきたのは、見覚えのある顔である。
アンゼルである。
港から報告にやってきた警備員の一人なので、別に不自然ではない。足も速いので、向こうの責任者に報告してくるよう命じられたのだろう。
そんなアンゼルは、アルトワールの要人が勢揃いしている室内を見て、この状況に察しを付ける。
「共通の問題であるかはまだわからない。報告を」
「はい。――なんかドラゴンっぽい群れがこっちに飛んできてます。ついでにもう一つ、どうもハーバルヘイムの飛行船が出港したみたいです」
アンゼルからすれば、主催側に断りを入れているのであれば、ハーバルヘイムの船が島を出るのを問題視する理由はない。
ただ、ドラゴンらしき群れが飛行船を襲った場合だ。
空中で巨大生物に襲われて船が墜とされれば、まず命が助からない。その辺りは少々気になっている。
「来たか。情報では水晶竜らしい」
「はあ、水晶竜。そりゃ珍しいドラゴンですね」
魔核から水晶を発生させ、それが形作るドラゴンである。
類似する狼型や猪型もいるが、そもそも水晶の身体を持つ生物というそれ自体が珍しい。
「少々事情があって来ることはわかっていた。水晶竜の目的は、『この島で暴れること』だ。ゆえに飛行船で避難すれば襲われることはあるまい」
ハーバルヘイムに伝わる秘法「神獣召喚」は、秘法というだけあって極秘扱いである。
が、知らないわけではない。
歴史が長い国ほど、どうしてもその情報は漏れてしまう。
アルトワールの上層部は、ある程度の情報は把握している。
「あの秘法には段階がある――アルコット殿の様子では、一段階で間違いないだろう」
それこそ秘法を使用したアルコットが知らないことを、アーレスは平然と口にする。
「一段階目は、『設定した魔獣を呼ぶ』と『単純な命令を下す』くらいのものだ。『島で暴れること』が目的ならば、却って空は安全であろう。
――というわけだ。ヒエロ、撮影の準備を頼む。リストン殿は先程の提案を実行してくれるか?」
皆まで聞く前に、第二王子ヒエロとオルニット・リストン夫妻とベンデリオが動き出した。王太子を前に礼儀知らずも甚だしいレベルで部屋を飛び出していった。
まるで喜び勇んで戦争の準備をする戦士のようだ。
いや、ある意味それも間違ってはいないかもしれないが。
そんな彼らの様子を気にすることもなく、アーレスは続ける。
「アンゼル」
「はい」
「リーノとフレッサを連れていって討伐してくれ。水晶竜は上陸する。そこを叩いてほしい。
今使用しているホテルやここ、飛行船を含む港、大型魔晶板付近に放送局は避けて戦ってくれ。今言った場所以外ならどれだけ被害が出ても構わん」
「……まあ報酬分はやりますがね。これまで戦ったことがないんで、勝てるかどうかはわかりませんよ?」
人同士の揉め事やケンカ、あるいは襲撃まではアンゼルの仕事の内だった。
だが、さすがに大型魔獣を相手に立ち回るのは、契約に入っていない。
なので、アンゼルはプロとして「警護の範囲内ならやります」とちゃんと告げておく。
「わかっている。充分な追加報酬を出そう。フレッサにもそう伝えてくれ。やり方も任せる」
「この島で開く酒場とかくれませんかね?」
「ここの土地と店か。まだ開発プランが未完成ゆえ確約はできないが、前向きに考慮しよう」
「――今はそれで充分。このアンゼルにお任せを」
俄然やる気になったアンゼルが部屋を出ていく。――苦笑しているニア・リストンとは視線が合わなかった。止められたら嫌だという気持ちの表れだろう。
「あまり時間がないので、話はここまでにしよう。指示を出すからよく聞いてくれ」
と、アーレスは面々を見渡す。
「私はこれより、客人たちを大型魔晶板の前まで誘導する」
かなり慌ただしいし、イレギュラー極まりない状況ではあるが。
これからあの超特大魔晶板のお披露目である。
「撮影に関しては、メインで動くのは王都の撮影班のみとする。ほかの撮影班は、危険じゃない距離を保って撮影し、来賓たちの様子も記録してくれ。
ここから先の撮影班はヒエロの指示に従い、それ以外は各自できることをやってほしい」
不幸中の幸いと言うべきか、常にないほどカメラの数は揃っている。
証拠としても娯楽としても、これを撮影しない理由はない。
「ヒルデ」
アーレスが自身の妹を見る。
「ここにいる子供たちで、二階の子供たちを大型魔晶板まで誘導してくれ」
「わかりました。事情は説明……しませんよね?」
「ああ、混乱の元になるだろうからな。大人達とは大型魔晶板の前で合流するから、各自の親が個別に説明するだろう。それに任せる。速やかに頼む」
この辺は、子供を先に移動させて、後に親に子供を追わせるというなかなか卑怯な流れである。
とにかく今優先するべきは移動なので、方法はやむなしである。
「ああ、アルコット殿もそちらに参加しておいてくれ。一先ずは」
アルコットの処遇に関しては後回しだ。
「わかりました。――行きましょう」
ニール、レリアレッド、アルコット、そしてニアを率いて、ヒルデトーラが部屋を出ていく。
「……」
「……」
ほんの一瞬、アーレスの視線とニアの視線がぶつかった。
――そっちを頼むと言われた気がしたので、ニアは心の中で了解と返事をした。
部屋から出てホールへ向かうと、先程のエスティグリアとウーハイトンの揉め事とは違うざわめきに満ちていた。
どうやらアンゼル同様に水晶竜を目撃した各国の船乗りたちが、それぞれの主に緊急事態を告げたらしい。
「アーレス殿下、いったい何が起こっているのですか?」
慌ただしく動くアルトワールの人間も相まって、確実に何かが起こっていることは間違いない。
だが、正確な情報が出ていない。
穏やかではあるが緊張感のある要人たちの質問が、アーレス王太子夫妻に集中するが――
「説明する」
アーレスがそう言うと、ピタリと声は止んだ。ついでに楽団の演奏も止まった。
「ちょっとした余興があります。これから広場の大型魔晶板で、特別な映像をご覧に入れましょう」
「余興……?」
「――ドラゴン型の魔獣がこの島に向かっているようです」
ドラゴン型の魔獣。
さすがにそれを言われたら、感情を表に出さない腹芸で渡り歩く貴族たちでさえ、ざわめきが広がった。
「皆さんは聞いたことがあるはずだ――我が国には冒険家リーノがいる。今回、護衛と警備を兼ねてリーノが来ています。
彼女に任せれば間違いないでしょう。彼女の他にも腕利きを揃えております。
どうでしょう、皆さん? リーノがドラゴンを狩る姿を、あの大きな魔晶板で観てみたいと思いませんか?」
この提案にもざわめきが起こる。
いろんな意見が囁かれる。
多くは「リーノが勝てるのか」「危険はないのか」という類のものだが――
「――まるでこのセレモニーを歓迎していないかのような事件ですな。神のいたずらというか、御意思というか……」
誰が言ったかわからないが、その言葉は来賓たちの心に突き刺さる。
あたかもそれが事実であるかのように。
だからこそ、王太子の隣にいるミューリヒは笑った。
「失礼。随分と小心な方がいると思って。だってアルトワールの子供たちは格好の撮影素材がやってきたって喜び勇んでおりましたのに」
ミューリヒの声は、決して大きくはない。
だがこの泰然とした余裕の態度もまた、心に突き刺さるものがあった。
傷を傷で上書きした。
広がりかけたアルトワールへの悪感情を即座に抑え込む辺り、彼女もまた王太子妃の器である。
「そう、私たちはこの件に関して、むしろ幸運だと思っています。このアンテナ島の開局セレモニーにもたらされた幸運、プレゼントだと。神の祝福だと。
アルトワールの新たな一歩に、華を添えるような誉となる事件となるでしょう。
さあ、共に歴史の瞬間に立ち会いましょう」
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