358 / 405
357.王太子アーレスと王様からの伝言
しおりを挟む「来たか、ニア」
かつては私も奴隷解放のためにやってきた高級娼館は、リフォームを経て、綺麗で豪華な高級ホテルへと変貌を遂げていた。
そして、ラウンジでのんびりしていた淡い金髪の一家が、やってきた私を見て声を上げた。
「お久しぶりです。お父様、お母様、お兄様」
そう、リストン家の人々である。
あと侍女二名が近くに佇み待機している。――おっと、兄専属侍女のリネットがいるじゃないか。
あれも一応私の弟子だからな。あとで修行の成果を見てやろう。
……見た感じサボッていた感じはないが――
「ああ、ニア! こんなに大きくなって!」
父親と兄には、マーベリアの戴冠式で会っているが、母親とはアルトワール以来である。駆け寄ってきて、想いのこもった熱い抱擁で迎えられた。
やや感極まっている母親に抱かれつつ、残念ながら私の意識は父親とゆっくりやってくる兄に向いていた。
「……」
問題はリネットじゃなくて兄ニールだな。
マーベリアで会った時も思ったが、この人は確実に、すでに女を百人単位で泣かせているだろうし、「八氣」も習得しているようだ。
いや、熟練度からして基礎の「気」のレベルから、まだ出てないかな。
未熟極まりないリネットが誰かに「八氣」を教えられたのも衝撃だが、「八氣」を習得することができた兄もなかなか驚異的である。
というか兄の素質だろうな。リネットがどうこうより。確かな武芸の才を感じる。
身分がなければ、あと身内じゃなければ、ぜひ弟子にと欲していたかもしれない。実に勿体ない逸材だ。
しばし家族の再会に時間を使い、父親が「案内ありがとう、レリアレッド嬢」と、ここまで連れて来てくれたレリアレッドに告げた。
どうも国単位で宿泊施設を分けてあるようで、アルトワールの来賓はこのホテルに泊まることになるそうだ。
「いえ……あの、もしよろしければ、ニール様も一緒に、この島を見て回りませんか?」
あ、そういえば、レリアレッドは兄に好意を抱いていたっけ。そうかそうか、私を案内することをダシに誘うつもりだったのだな。
まあ、上手くやってくれ。
二人が今どういう関係なのかは知らないが、他人の恋路に口を出すつもりはない。
「じゃあ私は一旦部屋に」
「ニアは来なさいよ」
おい。なんだ。私は強制参加か。
……まあよかろう。赤島の現状も少し気になるしな。元居た奴隷たちがどうなったか、それとなく探りを入れてみよう。
「行くのは構わないが、ニアは先に挨拶をして行きなさい。ニール、案内を」
「はい」
ん? 挨拶?
「ニア、行こう。――王太子と王太子妃がいらっしゃるんだ。ぜひセレモニーの前にニアと面通しをしたいと言っていた。先触れはいらないから到着したら直接部屋に来い、ってさ」
王太子? 王太子妃?
というと……アルトワールの第一王子か。
「アーレス殿下とミューリヒ殿下ね」
第二王子ヒエロとは魔法映像関係で縁があり何度となく会っているが、王太子アーレスとはまったく縁がなかった。
まあ、私は地方領主の娘なだけの存在なので、縁がある方が妙な気もするが。
ここにいるということは、開局セレモニーのアルトワール代表にして責任者としてやってきたのだろう。
「わかりました。レリア、ちょっと待っててね」
面倒事はさっさと済ませるに限る。さっさと挨拶してしまおう。
「王様は来ないの?」
最上階のスイートルームに泊っているらしく、音を吸収する絨毯が敷かれた階段を行く兄の背中に、そんな言葉を投げてみた。
――高級とはいえ、かつては娼館だったのだが。今では本当に立派なホテルになっている。
どこを見ても高級感があり、また品よくまとまっていると思う。
この分だと室内の完成度も高いことだろう。
「ああ、ニアは知らないのか。陛下は腰痛の持病持ち――という理由で、なかなか外国へ行くことはないんだ」
あ、そうなんだ。
「腰が悪いの?」
「デスクワークに携わる者の宿命みたいなものだから、多少はあると思う。だが飛行船に乗れないほどひどくはないはずだ。
あの方は、外国へ行く旅程の時間が惜しくてたまらないという理由で、よほどのことがないとアルトワールからは出ないと言われている。
実際どうかは本人に確認したわけじゃないからわからないが、外国へ行くことが少ないのは事実だ。今回もそれだと思う」
ああ、そう。
まああの王様だしな、「俺の時間を無駄にするな」くらいはよく言っていそうではあるな。無駄なことは嫌いだろうし。
「――あくまでも私見だけど、あの方は外国に敵が多いんだと思う」
あら。
「そうなの?」
「ニアはそう思わないか?」
…………
思うさ。
何せあの王様は、一見安全そうな文化を武器にして、見えない無血の侵略戦争を仕掛けているとさえ思っているからな。
魔法映像が広まれば広まるほど、アルトワールの影響力はどんどん伸びていくのだ。
いずれアルトワールの庇護や友好関係では生きられない国も、出てくるかもしれない。
アルトワールの内側から見れば武力でも軍部でもない文化に力を入れている「平和ボケ」なのかもしれないが、外国にとっては相当危険視されている可能性がある。
私がこれだけ考えられるのだ、もっと頭のいい政治屋たちはもっともっと深いところまで思考を巡らせているに違いない。
「今回のセレモニーは、友好的な周辺国以外の客も呼んでいる。――陛下の命を狙う暗殺者が潜り込む可能性も高いだろう」
だから来ない、か。
「私の考えすぎかもしれないが」
……まあ、その辺はパーティーが始まってからじゃないとわからないだろう。
表立ってはないだろうが、内心敵対している国もあるかもしれないと。そう覚えておこう。
やはり品のいいホテルに生まれ変わった娼館は、部屋の中もしっかりとそれらしくなっていた。
「――ご苦労」
使用人に取次ぎを頼んで部屋に通されると、二十半ばほどの男女が並んでソファーに座って待っていた。
王族の証である赤い点の入った緑の瞳を持つ男、第一王子アーレス。
そしてその奥方である、ミューリヒ。確か第三階級貴人バレッティース家の娘だったかな。リストン家より位の高い貴族だ。
お似合いの美男美女である。第一王子は、ヒエロと比べて真面目そうな印象を受ける。まあ髪が短いせいもあるのかもしれないが。精悍で誠実そうである。
ミューリヒは、やや気が強そうな青い釣り目が印象的だ。なんというか、切れ者感が強いな。
……あと、気になる奴がいる。
「……」
奴は私に気づいているが、何も言わずに壁際に佇んでいる。
――完全に私の弟子のアンゼルだよな。あれ。今や酒場の経営者やってる。
なぜここにいるのか。
……と言われれば、昔の本職だったボディーガードとして、今回は王太子に雇われているんじゃなかろうか。
まあ、隙があれば話をしてみたいところだ。
「初めまして、ニア・リストン。アーレスだ」
アンゼルのことはひとまず置いておくとして。
「初めまして、アーレス殿下」
カーテシーで返すが、アルトワールらしく「堅苦しい挨拶はいらない」とすげなく流された。
「わざわざ来てもらって悪かった。疲れているだろうから手短に済ませる」
と、アーレスが立ち上がった。
「父から伝言を預かっている。一字一句、それと行動まで違えず伝えろと言われた。だからまず、それを伝えようと思う」
父からの伝言ということは、王様からのメッセージか。
わざわざ私に? ……という気もするが、空賊列島を空賊から奪ってやった件に関しての謝辞なら、まあ、あってもおかしくないか。
私がやりたかっただけだから気にしなくていいんだが。
「では、いいか?」
すぐ私の目の前に立つと、なぜかアーレスは確認してきた。
「…? はい」
よくわからず頷くと――がばっと抱き締められた。いきなりの坑道に咄嗟に手が出そうになって逆に焦った。王太子を殴るのはさすがにまずい。
「――ニア! 俺のニア・リストン! こんなでっかいプレゼントを俺のためにありがとうな! 俺の妾でも俺の息子でも縁談相手は好きな奴をくれてやる! 顔とルックスだけは間違いないから好きなのを選んでいい! 俺はおまえを離さないからな! ――以上だ」
…………
離さないからな、と宣言された直後に、すっと離れられたわけだが。
「今のが王様からの伝言ですか?」
「そうだ。すべて違えず伝えろと命じられた。……私が父に抱き締められて同じことを言われてきた」
ああそう……
「えっと……アレですね。面白いお父さんをお持ちですね」
正直もう、なんとも言えない。返す言葉もない。次期国王である息子を介して言うことかと心底思う。
――あとアンゼル。笑うな。当事者としては色々と怖いことを言われてるんだぞ。
31
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。
とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。
…‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。
「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」
これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め)
小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~
けろ
ファンタジー
【完結済み】
仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!?
過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。
救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。
しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。
記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。
偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。
彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。
「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」
強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。
「菌?感染症?何の話だ?」
滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級!
しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。
規格外の弟子と、人外の師匠。
二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。
これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません
ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。
文化が違う? 慣れてます。
命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。
NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。
いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。
スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。
今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。
「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」
ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。
そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる