狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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357.王太子アーレスと王様からの伝言

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「来たか、ニア」

 かつては私も奴隷解放のためにやってきた高級娼館は、リフォームを経て、綺麗で豪華な高級ホテルへと変貌を遂げていた。

 そして、ラウンジでのんびりしていた淡い金髪の一家が、やってきた私を見て声を上げた。

「お久しぶりです。お父様、お母様、お兄様」

 そう、リストン家の人々である。

 あと侍女二名が近くに佇み待機している。――おっと、兄専属侍女のリネットがいるじゃないか。
 あれも一応私の弟子だからな。あとで修行の成果を見てやろう。

 ……見た感じサボッていた感じはないが――

「ああ、ニア! こんなに大きくなって!」

 父親と兄には、マーベリアの戴冠式で会っているが、母親とはアルトワール以来である。駆け寄ってきて、想いのこもった熱い抱擁で迎えられた。

 やや感極まっている母親に抱かれつつ、残念ながら私の意識は父親とゆっくりやってくる兄に向いていた。

「……」

 問題はリネットじゃなくて兄ニールだな。

 マーベリアで会った時も思ったが、この人は確実に、すでに女を百人単位で泣かせているだろうし、「八氣」も習得しているようだ。
 いや、熟練度からして基礎の「気」のレベルから、まだ出てないかな。

 未熟極まりないリネットが誰かに「八氣」を教えられたのも衝撃だが、「八氣」を習得することができた兄もなかなか驚異的である。
 というか兄の素質だろうな。リネットがどうこうより。確かな武芸の才を感じる。

 身分がなければ、あと身内じゃなければ、ぜひ弟子にと欲していたかもしれない。実に勿体ない逸材だ。

 しばし家族の再会に時間を使い、父親が「案内ありがとう、レリアレッド嬢」と、ここまで連れて来てくれたレリアレッドに告げた。

 どうも国単位で宿泊施設を分けてあるようで、アルトワールの来賓はこのホテルに泊まることになるそうだ。

「いえ……あの、もしよろしければ、ニール様も一緒に、この島を見て回りませんか?」

 あ、そういえば、レリアレッドは兄に好意を抱いていたっけ。そうかそうか、私を案内することをダシに誘うつもりだったのだな。

 まあ、上手くやってくれ。
 二人が今どういう関係なのかは知らないが、他人の恋路に口を出すつもりはない。

「じゃあ私は一旦部屋に」

「ニアは来なさいよ」

 おい。なんだ。私は強制参加か。

 ……まあよかろう。赤島の現状も少し気になるしな。元居た奴隷たちがどうなったか、それとなく探りを入れてみよう。

「行くのは構わないが、ニアは先に挨拶をして行きなさい。ニール、案内を」

「はい」

 ん? 挨拶?

「ニア、行こう。――王太子と王太子妃がいらっしゃるんだ。ぜひセレモニーの前にニアと面通しをしたいと言っていた。先触れはいらないから到着したら直接部屋に来い、ってさ」

 王太子? 王太子妃?
 というと……アルトワールの第一王子か。

「アーレス殿下とミューリヒ殿下ね」

 第二王子ヒエロとは魔法映像マジックビジョン関係で縁があり何度となく会っているが、王太子アーレスとはまったく縁がなかった。
 まあ、私は地方領主の娘なだけの存在なので、縁がある方が妙な気もするが。

 ここにいるということは、開局セレモニーのアルトワール代表にして責任者としてやってきたのだろう。

「わかりました。レリア、ちょっと待っててね」

 面倒事はさっさと済ませるに限る。さっさと挨拶してしまおう。




「王様は来ないの?」

 最上階のスイートルームに泊っているらしく、音を吸収する絨毯が敷かれた階段を行く兄の背中に、そんな言葉を投げてみた。

 ――高級とはいえ、かつては娼館だったのだが。今では本当に立派なホテルになっている。

 どこを見ても高級感があり、また品よくまとまっていると思う。
 この分だと室内の完成度も高いことだろう。

「ああ、ニアは知らないのか。陛下は腰痛の持病持ち――という理由で、なかなか外国へ行くことはないんだ」

 あ、そうなんだ。

「腰が悪いの?」

「デスクワークに携わる者の宿命みたいなものだから、多少はあると思う。だが飛行船に乗れないほどひどくはないはずだ。
 あの方は、外国へ行く旅程の時間が惜しくてたまらないという理由で、よほどのことがないとアルトワールからは出ないと言われている。

 実際どうかは本人に確認したわけじゃないからわからないが、外国へ行くことが少ないのは事実だ。今回もそれだと思う」

 ああ、そう。
 まああの王様だしな、「俺の時間を無駄にするな」くらいはよく言っていそうではあるな。無駄なことは嫌いだろうし。

「――あくまでも私見だけど、あの方は外国に敵が多いんだと思う」

 あら。

「そうなの?」

「ニアはそう思わないか?」

 …………

 思うさ。
 何せあの王様は、一見安全そうな文化を武器にして、見えない無血の侵略戦争を仕掛けているとさえ思っているからな。

 魔法映像マジックビジョンが広まれば広まるほど、アルトワールの影響力はどんどん伸びていくのだ。
 いずれアルトワールの庇護や友好関係では生きられない国も、出てくるかもしれない。

 アルトワールの内側から見れば武力でも軍部でもない文化に力を入れている「平和ボケ」なのかもしれないが、外国にとっては相当危険視されている可能性がある。

 私がこれだけ考えられるのだ、もっと頭のいい政治屋たちはもっともっと深いところまで思考を巡らせているに違いない。

「今回のセレモニーは、友好的な周辺国以外の客も呼んでいる。――陛下の命を狙う暗殺者が潜り込む可能性も高いだろう」

 だから来ない、か。

「私の考えすぎかもしれないが」

 ……まあ、その辺はパーティーが始まってからじゃないとわからないだろう。

 表立ってはないだろうが、内心敵対している国もあるかもしれないと。そう覚えておこう。




 やはり品のいいホテルに生まれ変わった娼館は、部屋の中もしっかりとそれらしくなっていた。

「――ご苦労」

 使用人に取次ぎを頼んで部屋に通されると、二十半ばほどの男女が並んでソファーに座って待っていた。

 王族の証である赤い点の入った緑の瞳を持つ男、第一王子アーレス。
 そしてその奥方である、ミューリヒ。確か第三階級貴人バレッティース家の娘だったかな。リストン家より位の高い貴族だ。

 お似合いの美男美女である。第一王子は、ヒエロと比べて真面目そうな印象を受ける。まあ髪が短いせいもあるのかもしれないが。精悍で誠実そうである。
 ミューリヒは、やや気が強そうな青い釣り目が印象的だ。なんというか、切れ者感が強いな。

 ……あと、気になる奴がいる。

「……」

 奴は私に気づいているが、何も言わずに壁際に佇んでいる。

 ――完全に私の弟子のアンゼルだよな。あれ。今や酒場の経営者やってる。

 なぜここにいるのか。

 ……と言われれば、昔の本職だったボディーガードとして、今回は王太子に雇われているんじゃなかろうか。

 まあ、隙があれば話をしてみたいところだ。

「初めまして、ニア・リストン。アーレスだ」

 アンゼルのことはひとまず置いておくとして。

「初めまして、アーレス殿下」

 カーテシーで返すが、アルトワールらしく「堅苦しい挨拶はいらない」とすげなく流された。

「わざわざ来てもらって悪かった。疲れているだろうから手短に済ませる」

 と、アーレスが立ち上がった。

「父から伝言を預かっている。一字一句、それと行動まで違えず伝えろと言われた。だからまず、それを伝えようと思う」

 父からの伝言ということは、王様からのメッセージか。

 わざわざ私に? ……という気もするが、空賊列島を空賊から奪ってやった件に関しての謝辞なら、まあ、あってもおかしくないか。

 私がやりたかっただけだから気にしなくていいんだが。

「では、いいか?」

 すぐ私の目の前に立つと、なぜかアーレスは確認してきた。

「…? はい」
 
 よくわからず頷くと――がばっと抱き締められた。いきなりの坑道に咄嗟に手が出そうになって逆に焦った。王太子を殴るのはさすがにまずい。

「――ニア! 俺のニア・リストン! こんなでっかいプレゼントを俺のためにありがとうな! 俺の妾でも俺の息子でも縁談相手は好きな奴をくれてやる! 顔とルックスだけは間違いないから好きなのを選んでいい! 俺はおまえを離さないからな! ――以上だ」

 …………

 離さないからな、と宣言された直後に、すっと離れられたわけだが。

「今のが王様からの伝言ですか?」

「そうだ。すべて違えず伝えろと命じられた。……私が父に抱き締められて同じことを言われてきた」

 ああそう……

「えっと……アレですね。面白いお父さんをお持ちですね」

 正直もう、なんとも言えない。返す言葉もない。次期国王である息子を介して言うことかと心底思う。

 ――あとアンゼル。笑うな。当事者としては色々と怖いことを言われてるんだぞ。



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