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355.旧空賊列島へ
しおりを挟む「――ほう? 公務とな」
ウェイバァは馴染み深いであろうウーハイトンのお茶を啜りなら、「そういえばニア殿は貴族の娘じゃったな」と私の立場を思い出す。
そう、この国ではすっかり武客という扱いでしかないが、私は公人の娘ということになる。
歴としたアルトワールのリストン領を治める領主の娘だ。
アルトワールでは礼儀や身分の垣根がだいぶ怪しくなっているが、それはあくまでもアルトワール国内においてである。
言ってしまえば、自国という身内の間では許されるが、他国という身内以外の他者には許されるわけではない。
つまり、子供だろうが留学中だろうが、最低限の公人の娘としての義務が、仕事があると。
今回の話はそういうことである。
「あなたも聞いてるんじゃない? 外交官でしょ?」
ウェイバァが外交官だったから知り合ったのだ。
この話に関しては、外交官と無関係の話とは思えないが。
「いや、わしはもう違うのよ。ニア殿がこの国に来てすぐに御役御免じゃ。ゆえに今は、身分と肩書きはあれど義務のない、ただの一つの武人じゃ」
そうなのか。まあ、外交官をしていた理由も知っているしな。
「あの空賊列島に魔法映像の放送局ができたのよ。その開局セレモニーに行かないといけなくてね」
父親からの手紙には、開局セレモニーには周辺四国の代表もやってくる、と書いてあった。
空賊列島の領土は、アルトワール、ヴァンドルージュ、アスターニャ、そしてこのウーハイトンの四国で分けた。
それ以来、初めて旧空賊列島で行われる公務だそうで、だから四国……他国の人にも声を掛け、空賊列島がどうなったかを知らしめるために大々的にやるつもりなのだとか。
恐らく来るのは、四国の代表だけではないだろう。
アルトワールのあの王様の性格からして、魔法映像の文化を広めるための絶好の機会だ。国を挟んだり隔絶されたりしている、付き合いのない国にも声を掛けている可能性は高い。
……とは思うが、私に政治はわからないので、予想できるのはこの程度だ。
要するに、他国を巻き込んでの大イベントになりそうだ、ということだ。
ゆえに公務である。
「おお、そうか。――最近は修行ばかりしておるから、世俗の動きはとんとわからんのじゃ」
だろうな。
というか、そもそも世俗の動き云々なんて、外交官だった頃から興味がないんじゃなかろうか。
今だって、手合わせに帰ってきてまた山籠もりに戻ろうとしたところを、無理言って呼び留めている状態だ。
手に入れたばかりの「八氣」で遊ぶのが、何より楽しいのだろう。
今すぐまた修行に走ろうとするウェイバァを呼び止め、夕食の時間だけ付き合えと言ってやった。
まだ食事が運ばれてきていないこの短い時間を使って、私のこれからのことを話している。
ちょくちょく連絡が取れなくなる彼には、この機会にぜひとも話しておかねばならない。
「というわけで、しばらくウーハイトンを空けることになるから」
もしウェイバァが外交官を続けていたなら、一緒に行くことを前提に話しただろうが。
今やただの修行狂いの武人である彼には、「しばらく私が不在」という情報だけが重要であろう。
「そうか……期間はわからんのか?」
「はっきりしないけど、移動時間も含めて最低一週間は掛かると思う」
こればっかりは、なんとも言えないところがある。
イベントの規模、客の多さも不明で、そして魔法映像を広めるためのデモンストレーションみたいなこともしそうだ。
予定が予定通り進むかどうかも怪しいので、手紙にはセレモニーの日時は書いてあっても、期間は書いていなかった。
というか、書いてないのではなく、書けなかった可能性の方が高かろう。
「最低一週間か……わしはどうするかのう」
どうもこうも修行するだけでしょ。
「実はあなたにお願いがあってね」
「ふむ? わしにか?」
「リノキスは連れて行くけど、ミトは置いて行くつもりなの。あの子は学校があるしね。まだ通い始めたばかりだし、休ませたくない」
私はアレだが、ミトは無事に月下寮で友達もできたようだしな。
それに、連れて行きたい気持ちはあるけど、あの子は親じゃなくて私が雇っている使用人である。
私の一存で連れて行って、公務に関わらせるわけにはいかないのだ。
――ということを、すでにミトには話してある。
「それとジンキョウも連れて行けないわ。――だから、あなたにこの家の留守番を任せたいんだけど。どう?」
「留守番か。まあ、ニア殿の頼みなら聞かないわけにはいかんが……――相分かった。口ごもる理由なんぞなかったわい」
「そう? 修行したいんでしょ?」
「確かにそれで迷ったがな、しかし修行はどこででもできるし、そもそもニア殿の頼みとあらば断わる理由などない。ニア殿が不在の間は、ジンキョウとミトの面倒はわしが見よう。……と言っても、特別なことはせんだろうがの」
まあ、その辺は三人で話し合ってうまくやってほしい。
「――お食事の準備ができました。運んでもよろしいですか?」
ちょうど必要な話が済んだところで、リノキスがやってきた。
「ええ、運んで。今日のメニューは?」
「二種類の拉麺と野菜炒めです」
……今日も拉麺か。まあ小鉢に少量だし味も違うので、毎日でも構わんが。
鳳凰学舎の学長テッサンに、公務で休む旨を伝えた。
「――えっ!? 公務でしばらく休む!? こ、交流会には間に合うのですか!?」
うーん。
「――日程的にちょっと厳しいかもしれません」
というかたぶん無理だ。
日程では、空賊列島に行ってセレモニーに一日使って直帰したらなんとか間に合うか、というほどのタイトな線である。
何か一つ、予定にない予定が入れば無理になる――ゆえに、月下寮との交流会に出ることは無理だろう。
まあ、そもそも交流会に出ないことは表明してあるし、構わないだろう。
見に来てほしいとは言われているがね。
「――ああ、そういえば月下寮に通っている私の弟子が、交流会に出るとか出ないとか言っていましたが」
「――鳳凰から出てほしいんですよ! 鳳凰と月下はライバル関係ですからな!」
ああそう。
交流会には学校の面子が掛かっているのか。
まあ……がんばれよ!
どの道私は出ないんだ、いてもいなくても一緒だって!
学長を始めとした教師や生徒たちに引き留められたりもしたが、さすがに公務はずらせないし休むこともできないので、できるだけ誠意を示してお断りして。
それから数日の後、私とリノキスは、ベンデリオら撮影班が使用している飛行船に乗り、共に旧空賊列島へ向かうのだった。
そこで色々と事件や問題が起こるのだが。
ただ、もし一際大きな事件を一つ上げるとするならば、私は間違いなくあれを選ぶだろう。
――「ニア・リストン最強伝説の幕開け事件」を。
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