狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
上 下
324 / 405

323.二年ぶりのカメラ

しおりを挟む




 あたりまえのことではあるが。

「ニア!」

「うわ! ニアだ! 本物だ!」

 子供にとっての二年は、とても大きい。

 飛行船の甲板から身を乗り出し手を振るヒルデトーラとレリアレッドは、一瞬誰だかわからないくらいに成長していた。




 ウーハイトンに移って三週間ほどが過ぎた。
 ここでの生活にも慣れてきて、もうじき留学生としての務めである学校通いが始まる直前。

 ヒルデトーラとレリアレッドが遊びに来る日がやってきた。

 私がアルトワールから追放され、マーベリアに移動してからも手紙でのやり取りはしていたが――かれこれ二年以上会っていない二人である。

 今年で……目の前の秋で十二歳になる私とレリアレッドは、順当に行けば、来年の春にはアルトワール学院の中等部に進学していたことだろう。
 レリアレッドは予定通り進学し、そして私はウーハイトンでそのまま進学する運びとなるはずだ。

 二才年上のヒルデトーラは、十四歳になっている頃だ。ちなみに兄ニールはヒルデトーラと同い年である。

 アルトワールでは、十二歳から大人になる準備が始まる。

 庶子であるなら、十二歳で義務教育である学院生活が終わり、働きに出たり進学したりと次の展望に進む。
 貴人であるなら、そこから貴人らしい振る舞い作法を学び、遅かれ早かれ社交界デビューを果たす。

 昔はもっと貴族貴族した、子供の頃から貴族らしい英才教育が始まっていたらしいが、ゆるくなった昨今のアルトワールではそれで充分なんだとか。

 ――明かすことはないだろうが、小さい頃の彼女らを知っている私の心境とすれば、あの二人は孫に近い感覚がある。

 私などに何かできる機会も少なかったが、がんばったり踏ん張ったり必死になって進もうとする彼女らを、何かあった時の助けになればと近くで見守ってきたつもりだ。

 そんな二人と二年ぶりに再会するのだ。
 嬉しくないはずがないだろう。




「ニア!」

 ウーハイトンの下台の港に着けた飛行船。
 タラップを駆け下りてくるなり、燃えるような赤毛の少女は飛び込むように私の首に腕を回して来た。

「ニア・リストン! 久しぶりですね!」

 一足遅れでやってきた淡い金髪の女性が、赤毛の少女の上から覆いかぶさってくる。

「うん。元気そうで何よりだわ」

 子供の二年は大きい。

 私の記憶にあるレリアレッドとヒルデトーラとは見た目が大きく違うことに戸惑いを覚えると同時に、子供の成長とは早いなとしみじみ思う。

「大きくなったわね。二年前はまるで子供だったのに」

 今では二人ともすっかり成長し、女性らしさを感じさせる。二年と言葉で言えば短いが、実際の年月は決して短くはないと実感させられる。

「あんたもね」

「というか、それは年長のわたくしこそ言っていい言葉だと思いますが」

 二人が離れ、成長した互いの姿を確認する。

 改めて見ても、大きくなっている。

 レリアレッドは、背も髪も伸びているが、勝ち気そうな灰色の瞳はあの頃とあまり変わっていない。
 というか、二年前に見た彼女の姉のリリミにすごくよく似ている。あとちょっと変わった格好をしている。まるで配達員の小僧のような……あとで直接聞いてみよう。

 ヒルデトーラは……こちらは特に成長著しく、もう立派な淑女という感じだ。
 蜂蜜のような長い金髪も二年前より美しく輝き、秘術によりアルトワールの王族に施される赤い点を打った神秘的な緑色の瞳は一際彼女の美貌に彩を添えている。

「ニアも大きくなったね」

「そう?」

 自分ではよくわからないんだが……まあ、確かに成長はしているようだ。リノキスが時々「大きくなりましたね。服を新調しましょう」とか言っていたし。
 
 ――ところで、だ。

「なぜカメラが回ってるの?」

 甲板の上から、カメラを構えた者を筆頭に、明らかに撮影班の連中がゆっくりとタラップを降りながら私たちに近づき……今目の前にいるのだが。目の前で堂々とカメラを私に向けているのだが。

 というか、懐かしいな。
 この嫌でも緊張感が背筋を伸ばす、絶対に気が抜けなくなる感覚。
 撮影中はいつだって真剣勝負だ。

 どうやら私の職業病は、二年くらいではこの身から抜けなかったらしい。

「もちろん撮影よ?」

「ん?」

 してやったりという顔で勝ち誇るレリアレッドは、当然のように言った。

「二年ぶりの再会よ? 突如魔法映像マジックビジョン界から姿を消した、二年ぶりのニア・リストンの姿よ? 撮らないわけないでしょ?」

 …………

 まあ、逆の立場なら同じことをしたかもしれないが。

「こちら、ニアのご両親から預かってきました」

 にっこりと、少女の儚さも然ることながら王族としてのしたたかさをも感じさせる笑みを浮かべて、ヒルデトーラが手紙を差し出す。

 うわ……ご丁寧にリストン家うちの印璽で封がしてある。これ見よがしに。

 ご丁寧にペーパーナイフまで渡して来たので、カメラが向いているそのままで、手紙を開けてみた。

 見覚えのある父の文字で、手短に書かれていた。


 ――『リストンチャンネルの夏休み特番だよ。ぜひ皇帝陛下から撮影と放送の許可を取ってね。』と。


 ……夏休み特番、か

 予想できた流れではあった。
 だが予想しなかった。

 私も随分気が抜けていたようだ。

「ちょっと止めてください――」

 と、ヒルデトーラが手をかざしてカメラを止めさせる。

「突然のことで驚きかと思いますが、色々と事情がありまして。それは後程ちゃんと話しますので、これからしばらくは……」

「え? ああいや、別に大丈夫よ」

 手紙を見て無言になってしまった私の心境を慮ってくれた彼女に、私は首を振って笑う。

「ただ、二年ぶりだから不安があるだけ。アルトワールを出てからは、撮影も視聴も全然だったから」

 勝負勘とかそういうのは、磨かねば鈍っていくものだからな。

 果たして二年前の私にできたことが、今の私にできるかどうか……
 あの頃は自然と表情や発声は作れていたが、その必要がなかった期間としては、二年はちょっと長いだろう。

 正直、やはり不安だ。

「大丈夫だって。ここに第一線で活躍する演者が二人もいるのよ?」

「まあ、そういうことです。今回はあなたがゲスト扱いなので、気楽にやってください」

 そうか。
 じゃあお言葉に甘えて、気楽にやろうかな。

 …………

 でもまあ諸々その前に、皇帝に許可を貰いに行ってからの話だな。



しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

最弱スキルも9999個集まれば最強だよね(完結)

排他的経済水域
ファンタジー
12歳の誕生日 冒険者になる事が憧れのケインは、教会にて スキル適性値とオリジナルスキルが告げられる 強いスキルを望むケインであったが、 スキル適性値はG オリジナルスキルも『スキル重複』というよくわからない物 友人からも家族からも馬鹿にされ、 尚最強の冒険者になる事をあきらめないケイン そんなある日、 『スキル重複』の本来の効果を知る事となる。 その効果とは、 同じスキルを2つ以上持つ事ができ、 同系統の効果のスキルは効果が重複するという 恐ろしい物であった。 このスキルをもって、ケインの下剋上は今始まる。      HOTランキング 1位!(2023年2月21日) ファンタジー24hポイントランキング 3位!(2023年2月21日)

魔境暮らしの転生予言者 ~開発に携わったゲーム世界に転生した俺、前世の知識で災いを先読みしていたら「奇跡の予言者」として英雄扱いをうける~

鈴木竜一
ファンタジー
「前世の知識で楽しく暮らそう! ……えっ? 俺が予言者? 千里眼?」  未来を見通す千里眼を持つエルカ・マクフェイルはその能力を生かして国の発展のため、長きにわたり尽力してきた。その成果は人々に認められ、エルカは「奇跡の予言者」として絶大な支持を得ることになる。だが、ある日突然、エルカは聖女カタリナから神託により追放すると告げられてしまう。それは王家をこえるほどの支持を得始めたエルカの存在を危険視する王国側の陰謀であった。  国から追いだされたエルカだったが、その心は浮かれていた。実は彼の持つ予言の力の正体は前世の記憶であった。この世界の元ネタになっているゲームの開発メンバーだった頃の記憶がよみがえったことで、これから起こる出来事=イベントが分かり、それによって生じる被害を最小限に抑える方法を伝えていたのである。  追放先である魔境には強大なモンスターも生息しているが、同時にとんでもないお宝アイテムが眠っている場所でもあった。それを知るエルカはアイテムを回収しつつ、知性のあるモンスターたちと友好関係を築いてのんびりとした生活を送ろうと思っていたのだが、なんと彼の追放を受け入れられない王国の有力者たちが続々と魔境へとやってきて――果たして、エルカは自身が望むようなのんびりスローライフを送れるのか!?

転生してしまったので服チートを駆使してこの世界で得た家族と一緒に旅をしようと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
俺はクギミヤ タツミ。 今年で33歳の社畜でございます 俺はとても運がない人間だったがこの日をもって異世界に転生しました しかし、そこは牢屋で見事にくそまみれになってしまう 汚れた囚人服に嫌気がさして、母さんの服を思い出していたのだが、現実を受け止めて抗ってみた。 すると、ステータスウィンドウが開けることに気づく。 そして、チートに気付いて無事にこの世界を気ままに旅することとなる。楽しい旅にしなくちゃな

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...