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311.空賊列島潜入作戦 完了
しおりを挟む大筋はガウィンの計画通りに進んだ。
空賊船を取り上げることで「玄関の島」にいる空賊たちの逃げ場を塞ぎ、数で勝る奴隷たちで叩く。
簡単に言えばこれだけのことだ。
だが、単純だからこそ、その立案と説明、そして決行までの速度が非常に早かった。
敵も味方も千人以上を動かしたのに、立案から決行までの所要日数は、わずか三日である。
「いやいや。手持ちのカードが良かっただけだよ」
彼はそう言うが――さすがは一国の陸軍総大将だけのことはある戦果である。
特に、言い方は酷だが、多少奴隷の犠牲は出したものの、作戦の主要人物である四国の人間には犠牲は出なかった。
これだけの電撃作戦でありながら、自分たちのリスクはしっかりと管理しているのである。
――ヴァンドルージュの軍部とは揉めたくないな、というのが、残り三国の共通認識だった。
夜を徹しての空賊狩りが行われた翌日の午後、四国の空軍がやってきた。
作戦が失敗していた場合、いざという時は空中戦もあるので、四国ともそれなりの船を動かして来たが――
結果として、砲弾一発さえ出番はなかった。
怒りと憎しみと狂気を武器に暴れていた赤島の奴隷たちと入れ替わるようにして、悠々と降りてきた軍人や兵士が空賊狩りを引き継ぎ、事に当たる。
三日と経たず空賊は一人もいなくなるだろう。
暴走王フラジャイルの島は「狂乱のリリー」が制圧し、空賊たちは捕らえられている。
青剣王レイソンと白猫王バンディットの島の空賊たちは、彼らの指示ですでに逃げている。
唯一不在だった無頼王キートン・レターグースの島の空賊は、四方からやってくる圧倒的な数の軍船を見て、とっくに逃げたようだ。
なので、「玄関の島」の掃除が終われば、制圧は完了となる。
「というわけで、あとは俺に任せて帰ってくれていいよ」
軍に引継ぎして奴隷たちと一緒に赤島に引き上げてきた旧雪毒鈴蘭にして制圧作戦参加者は、少々騒ぎが落ち着いたところで、ガウィンにそんなことを言われた。
赤島に戻ってきた奴隷たちは、空賊たちの支配から完全に開放されたことに狂喜乱舞し、酒を飲んだり食ったり騒いだり暴れたり歌ったりと大騒ぎしていた。
そして、制圧作戦参加者は、それに巻き込まれていた。
落ち着いたのは、その夜である。
外ではまだまだ騒ぎも音楽も止まないが――なんとか旧フラジャイルの屋敷に戻ってきたところだ。
年齢制限があるニア・リストン以外は、本当にしこたま飲まされた。
半分以上が身体がぐらんぐらんしているし、一部酔い潰れてすでに寝ているような状態だ。
「もう帰っていいの?」
酔ったキャプテン・リーノ……いや侍女リノキスに泣きながら抱き締めれているニア・リストンが真顔で問う。――こっそり飲もうとして何度も止められたせいで非常に機嫌が悪いのと、そんなニアの前で侍女が遠慮なく飲んだことがかなり引っかかっているのだが、その内情を知る者はいない。
「うん。あとは政治の話になる。俺は四国の代表者に、作戦中の報告をせにゃならんのよ。これがかなり時間が掛かると思う。でも皆はそれに付き合う必要はないからね」
その辺の事情説明の時間を短縮するために、記録用のカメラを持ってきた面もあるのだが。
それでもきっと、かなり時間はかかるだろう。
ガウィンの報告が、四国の取り分……空賊列島の利益分配に大きく関わる。
だからどの国も容赦なく遠慮なく痛いところを突くつもりで、ガウィンから根掘り葉掘り事情を聞いてくることだろう。
およそゆるやかな尋問のようになるかもしれないので、逃げるなら今の内だ。
「信じていいのかの?」
深く酒が入って血が騒いでいるのか、やや狂暴になっているウェイバァ・シェンの目は、殺し屋のように尖っている。
「ガウィン殿一人だけ残して、誰も証人がいないことをいいことに、ヴァンドルージュに都合のいい報告をするわけではあるまいな?」
「はは、ないですね。それを言うなら一番働いたのはアルトワール勢でしょ? しかも民間人だ。……あ、リリーは貴族だっけ?」
ニアを始めとした戦闘員は、全員アルトワールからやってきた。誰がどう見ても、彼らが一番危険な矢面に立ち、踏ん張ってくれたと判断するだろう。なお聖女の侍女として潜り込んでいる某王女はお忍びなので今は数に含まない。
「自分たちが一番働いた、だから対価をよこせ。そんな主張をしていいのに、彼らはしないと言っている。俺を信じると。そんな彼らに恥じるような言動はできませんよ」
正確には、アルトワール勢は「本職があるから早く帰りたい」と言っているだけだが。
ニアは留学生だし、大人たちもそれぞれ仕事がある。
もっと言うと、未成年の上に国外追放処分を受けているニアは厳密にはマーベリアから離れることさえまずいし、その未成年の保護者も兼ねているリノキスも非常にまずいし、アンゼルとフレッサは今でこそ堅気だが叩けば多少埃が出る過去を持つ身だ。
完全にクリーンなのは、アルトワール学院内に構える天破流道場で師範代代理を勤めるガンドルフのみである。
――更に別視点で言うと、絶対に敵に回したくないのだ。あの五人が敵対しただけで国が傾きかねないと、ガウィンは本気で思っている。
「そもそも証拠映像があるからね。あることないこと言っても誰も信じないと思いますよ。……まあ、それでも不安でしたら残られてもいいと思いますけどね」
外交官として引けないというウェイバァの意思はよくわかるので、あとは彼の判断に委ねることにする。もし参加するというなら、短くとも一ヵ月は掛かりそうなので、彼の仕事に支障が出なければいいが。
「まあとにかく、帰りたい人はもう帰っていいからね。軍に話をつけるから」
まだ砲弾避けの空賊船も浮いたままだし、その外から包囲網を張る軍船もしばらくはそのままだ。
この厳重包囲の中、ガウィンが交渉しないと単船一隻さえ通さないだろう。
「――じゃあ、ちょっといい?」
と、ニアが侍女をくっつけたまま立ち上がる。どうもリノキスは泣き疲れて寝ているようだ。
「半分くらい寝てるけど、このメンツが集まるのはこれが最後かもしれないから。だから今言っておくね。
――今回の空賊列島の話は、私の我儘から始まった。
このメンツを揃えたのはウーハイトンの二人の力によるものだし、文句一つ言わず付き合ってくれた兄弟弟子たちにもすごく感謝してる。
ヴァンドルージュの軍人も、あなたたちがいなければここまでスムーズかつ被害を最小限で抑えることはできなかった。
アスターニャは、貴重な聖女と聖騎士を貸してくれた。空賊としての実績と箔をつけるためだったって話だけど、個人的には奴隷の治療ができたことも嬉しかった。
みんな、本当にありがとう。
あとのことは大人に任せるけれど……できれば奴隷たちには優しい結果を用意してあげて欲しい。以上です」
そう、最初はニアの言葉を受け、ウーハイトンの使者二人が動いてくれたのだ。
そしてこれは、実質最後の挨拶である。……半分くらい酔い潰れているが。
言い出したニアから始まり――そして今、ニアの言葉で終わった。
彼女がしたかったのはここまでで、あとは諸々必要なことを必要な者たちで処理すればいいと言っている。
己の仕事は終わった、と言わんばかりに。
……いや、実際そう言っているのだろう。
「もう引き上げるの?」
かなり飲んだはずだが、眠そうな護衛の聖騎士よりしっかりしている目隠しの聖女にそう問われ、ニアは頷く。
「かなり非正規でここにいるから。用が済んだなら速やかに帰らないと」
幸い赤島の奴隷の治療はなんとか全員終わっているので、そっちの意味でもニアが引き上げるにはちょうどいいタイミングなのだ。
他の島の奴隷まで治療する、となると、更に何週も掛かってしまいそうだ。
「そう……残念だわ。もう少しだけご一緒できるかと思っていたけれど」
「国の上層部に知られるのはもう諦めているけど、軍人の中には民間人もいるでしょ? 私、これ以上目立つと最低限の言い訳さえできなくなるから。潮時もいいところなのよ」
多少後ろ髪は引かれるが、ニアはちゃんと引き際を見極めていた。
そしてそれなりの決心をしていることを悟ったのか、聖女はもうニアを引き留めなかった。
こうして、空賊列島制圧作戦は完了した。
後始末やら何やらを考えると「これからが本番」という気もするが、ニア・リストンが関わるのはここまでである。
その後――何くれと撮影していた魔法映像の映像という証拠があったおかげで、四国での利権争いはそこまで揉めることなく締結した。
訳あり奴隷たちが国元に帰されたり、おおよその話し合いが済んだのが二ヵ月後で。
空賊列島は、四国が所有する島として「四国連合島」と正式な名を付けられ、これより歴史と地図に表記されることとなる。
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