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284.空賊列島潜入作戦 10
しおりを挟む「――あれかな」
娼館を出たリリーは、近くにある高い建物の屋根に昇り港の方を見た。
まさに今、大型船がゆっくりと港に寄せるところだった。
威圧感のある黒塗りの船体には、白い鯱をモチーフにした空賊団のマークが大きくペイントされている。
ポケットに入れておいた数枚の手配書を広げ、マークを確認する。
――やはり、白鯱空賊団のマークである。手配書通りだ、あれに間違いない。
ここからフラジャイルの船は、船員たちや荷物を降ろすと、この島のどこかに移動する。
バイラスや奴隷たちから聞いた話では、いくつか「フラジャイルの船はここに停めているんじゃないか」というポイントは聞いたが、すべての候補地を聞き出せたかどうかはわからない。
少なくとも一見してわからない場所に、船ともどもフラジャイルもどこかに潜むのだ。
「急ぐか」
――捕まえるなら今だ。
島に、ひいてはフラジャイルにケンカを売ってきた以上、向こうから探してくれるとは思うが。
だが、万が一にも潜まれたり逃げられたりしたら、困る。
だから捕まえるなら今だ。
リリーはそのまま屋根伝いに、港の方へと移動する。
「――何が空賊狩りだ! バカ野郎がぁ!」
覇気みなぎる筋骨隆々の男が、見たことのある連中……確か空賊のキャプテンたちを次々殴り飛ばしていた。
港には大勢の人がいた。
ほとんどが空賊であり、怪我人が多いのはリリーにやられたからだ。
有名無名、幹部も幹部候補も下っ端も全部ひっくるめて、なんだかんだで暴走王の名の下に三千人近くの空賊がいる。
心情はわからないが、全員が白鯱空賊団のキャプテン・フラジャイルの部下と言える。
こうして上から見ていると、結構な出迎えの人数に、リリーは少し驚いた。
――これがフラジャイルのカリスマ性なのだろうか。
フラジャイルは真っ先にタラップを降りてきたようで、かの船の船員たちが続々と降りてきている。
そしてそんな光景の中、千人を越える出迎えに歓声などなく、激怒するフラジャイルの声だけが響いている。
部下を、それも傘下の幹部たちとも言える連中を、フラジャイルは殴ったり罵ったり罵ったり殴ったりしている。
帰ってくるなり荒れている理由は、考えるまでもなく、リリーのせいだろう。
フラジャイルの島で色々と暴れたことが耳に入り、報告を聞いて怒り心頭で帰ってきたわけだ。
「よし」
標的の確認はした。
接触できる距離にいる。
ならば――もう隠れる理由はない。
建物から飛び降りたリリーは、そのままフラジャイルへと歩み寄る。
「――あ?」
普通に歩み寄ってきたリリーに、フラジャイルが気づいた。
花柄の派手なパンツに、素肌にコートという荒くれ仕様のおっさんである。
筋肉量が多いおかげで縦にも横に大きく、なかなかガタイがいい。
特に、目だ。
ギラギラと暴力に飢えて輝く光は、リリーはそんなに嫌いではない。
ただ、この男自体は嫌いだが。
ただの暴力好きなら多少は優しくしたかもしれないが、子供さえ奴隷に墜とす外道だ。
優しくするつもりはない。
「あなたが暴走王フラジャイル?」
「なんだてめぇガキが。失せろ。島から叩き落すぞ」
「へえ。いいわね」
子供相手でも殺気を向けるその蛮行。
常に命の取り合いをしてきたことを物語る、危険極まりない目。
実にいい、とリリーは頷く。
――この男なら、どれだけやろうと良心が痛むことはなさそうだ。
「探す手間を省いてあげたんだけど」
「はあ?」
「鈍いわね。――私が空賊狩りよ」
周囲がざわめく。
部下の教育中にしれっと入ってきた子供に怪訝な視線を向けていた空賊たちが、夜な夜な暴れ回っていた危険人物の登場に、いろんな意味で驚いていた。
まさかの子供。
まさかの日中行動。
そして、このタイミングで出てきたことの意味――
「ここにいる連中は、あなたを呼び出すためにぶちのめした。で、これからあなたもぶちのめすつもり」
そう、フラジャイルが帰ってきた途端に姿を見せた。
それはつまり、フラジャイルと戦うという意思表示だ。
「……今冗談聞いてるほど暇じゃねえんだよ。あ? ブチ殺すぞ?」
「そう。できるといいわね?」
リリーがにっこり笑うと――フラジャイルが飛び掛かってきた。
「死ねぇ!!」
何も持っていなかったその右手にはいつの間にか巨大な戦斧が握られていた。
契約武装である。
魔力と特定の武器、正確には道具を結び付けて契約することで、その道具だけは異空間に収納することができる、一種の魔法である。
道具は基本一つ、素質があれば二つくらいまで契約できるが、一度契約すると一生解除できない。
数多の戦いを共に乗り越えてきたのだろう戦斧を、リリーに向かって容赦なく振り下ろす。
この躊躇のなさ。
殺ると決めてからの行動の速さ。
まさしく荒くれの世界で成り上がった男らしい行動だった。
「――ぐああっ!」
振り下ろされた戦斧が地面に叩きつけられる。
それと同時に、フラジャイルの後方から悲鳴が上がった。
「なっ……!」
「う、うおおっ!?」
「なんでこっちにいてえぇ!」
目の前で忽然と消えた子供に驚いたフラジャイルが、悲鳴を上げた方を見て――吠えた。
「――何してやがるてめぇ!!!!」
そこに、消えた子供がいた。
フラジャイルの――白鯱空賊団の船員たちを襲っていた。
その上フラジャイルの方は一切見ず、片っ端から襲い続けている。
変に密集した場所にいたせいで同士討ちを恐れて武器を抜けない・振れない船員たちを、リリーはあえてゆっくり隙間を縫うようにして、一人ずつ仕留めている。
「……待てっつってんだろうがぁ!!」
見向きもしないリリーに向かってフラジャイルが突っ込む――が。
無駄な努力とばかりにひょいひょい攻撃を避けながら、船員たちへの攻撃を続行する。
リリーを追うフラジャイルは、何度も見た。
船員を、そして殺気を飛ばして追ってくるフラジャイルを見てニヤニヤ笑っているリリーの顔を。
心底楽しそうに暴力に興じ、心底楽しそうにフラジャイルの無力さをあざ笑っている。
「疲れた? ――じゃあまた明日、ここで会いましょう? 長旅で疲れているでしょうし、今日はゆっくり休んでね」
船員は全員やられた。
帰港したばかりの白鯱空賊団で無事なのは、フラジャイルだけである。
どれだけ追ってもギリギリ追いつけなかったフラジャイルは、疲れ果てて動けなくなった。
まるでどっちが子供でどっちが大人なのかわからない光景に、周囲の空賊たちは渦中に飛び込むことさえ考えられず、その信じられない光景をずっと見ているだけだった。
――あのフラジャイルが何もできなかった。
この事実は、暴走王の下に付こうと決めた空賊たちの決意が揺らぐほどに、衝撃だった。
「ま、待てガキ……てめぇ逃げんじゃねえ……!」
用事が済んだとばかりに去ろうとするリリーの背中に、酸欠で息切れしているフラジャイルが声を上げる、が――
「言ったでしょ? 明日またここで会おうって。だってあなた、戦う前から息切れしちゃってるし? 仕切り直したいでしょ?」
チラリと肩越しに振り返ると、それだけ言って歩いて行く。
「明日はちゃんと準備してきて。武器とか。罠とか。私を殺すための準備をしてきて。――みんな見てるんだから明日はがんばってね、暴走王さん?」
堂々と歩いてゆくリリーを誰も止めることは――
いや、もう止めることさえ考える者はいなかった。
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