232 / 405
231.二週間後の迎冬祭の二日前の二日前
しおりを挟む「どういうことだ!」
最近腑抜けていたジーゲルン・ゲートが、復活していた。
そして、いつもの余裕綽々な貴族の物腰ではなく、珍しく余裕のない態度で声を荒げた。
――どういうことだ。
――それは、割と本人も思っていることだった。
「……すんません、ジーゲルン様……」
クワイト・サブリは、完全に頭が冷えて、冷静に今の状況を判断し――まずいことになってしまったと、後悔していた。
そして、クワイトが後悔を滲ませてまず詫びたことに、ジーゲルン自身も熱くなっていたものがすっと引いた。
まずはじめに一発くらいは殴らないと気が済まない、とまで思っていたが。
「……エーゲ・ロージスから事の成り行きは聞いている。そこからどうして今に繋がったのかがわからない。
話してくれるな?」
ここまで落ち込む後輩の姿を見たことがなかっただけに、それどころじゃないと思ってしまった。
マーベリアでは、迎冬祭の二日前から、機兵学校は冬期休暇に入る。
学校に属していない者も、普通の人なら仕事をせずゆっくり過ごし、冬と祭りを楽しむのだ。
まあ稼ぎ時の商人や商店などは別だが。
安全な冬を迎えられた喜びに感謝を。
長年、虫の存在を知らなかった民は、今年の迎冬祭からその祭りの本当の意味を知るのだが――それは今はいいとして。
そんな冬期休暇を二日後に臨む今日、学校中に信じがたい噂が流れた。
いや、噂自体は元から流れていた。
ただ「機兵科とどこかの科が揉めている」程度の、具体的な内容がわからない程度に。
そんなのは珍しくもないので、気にしない者も多かったのだが……
しかし、今日。
冬期休暇二日前の今日、具体的な噂の内容が、学校中に広まった。
――曰く、機兵科のクワイト・サブリとエーゲ・ロージスが、シィルレーンの転属を賭けて誰かと勝負する、というものだ。
機兵科で一番腕が立ち、実質科の代表のようになっていたシィルレーンがいない今。
家格も、機兵科での腕も、信頼も厚いジーゲルン・ゲートが、機兵科の代表のようになっていた――いや、男子のみに限れば元からではあったが。
ジーゲルンのことを気に入らない生徒も当然いる。
家が高位貴族、非常に顔が良い、勉学も剣術も得意で、何より機兵乗りとして腕が立つ。ここまで色々揃うとひがみややっかみがない方がおかしい。
しかし、彼の機兵乗りとしての実力は確かである。
機兵科としてはそこに一目置かない者はいない。
クワイトもその一人である。
ジーゲルンは上級生ではあるが、ライバルで、いずれ必ず超えるべき存在だと思っていた。
――だが、今はそういう次元の話ではないのだ。
空き教室に呼び出されたクワイトは、先に来ていたエーゲと、呼び出した本人であるジーゲルンと会い。
そして、今学校中に流れている噂の真相を訪ねられた。
――クワイトの態度次第ではぶん殴ってでも、と思っていたジーゲルンだが、この状況はクワイト自身も相当困っていた。
「最初は本気にしてなかったんす。冗談だと思ってた。だってそうでしょ? 機兵と生身の人間が戦うなんて……」
できることなら、というか、恐らく呼び出されなくとも、クワイトはジーゲルンに助けを求めていたと思う。
それくらい、この状況はまずいと思っている。
「で、ニア・リストンとその場で約束はしたけど、本気にはしてなかったから……そのあと俺にアカシ様が会いに来て、段取りをつけたいって言ってきて。それで引っ込みがつかなくなってきて……」
そして、噂が広まって引き返せないほど追い詰められた、と。
「シィル様を賭けてやるのかい?」
「そう、みたいっす。確かにそう約束した。でも――普通本気にしないでしょう!?」
しない。
機兵に生身の人間が勝てるわけがない。
装甲一枚でさえ、人間にはどうしようもないと思う。
普通は。
「言ったじゃないか。ニア・リストンは普通じゃないから関わるなって……」
シィルレーン転属の少し前に、ニア・リストンにはあまり関わらないよう機兵科に通達を出したのは、ジーゲルン自身である。
親の伝手で、どうも先日の大量虫退治にニア・リストンが関わっていたとかいないとかいう噂を聞いたので、――真相がよくわからないがゆえに、念のために言い含めた。
さすがにシィルレーンが普通科に転属になった時は文句を言いに行ったが……ジーゲルンとしてはその辺のことは思い出したくない。
「ど、どうしたらいいっすか!? これ絶対まずいっすよね!?」
機兵科がほかの科に威張り散らすのは、まだいい。
だが、機兵が人を傷つけるのは、厳罰どころか放校ものである。
機兵はマーベリアの誇りだ。
その誇りが故意に人を傷つけるなど、絶対に許されない。現役機士でさえ解雇処分になりかねない大重罪だ。
――だが、一度交わした約束であることは確かなのだ。
戦う約束をしてしまった。
それを反故にするということは、機兵科の一員としても、機士としても逃げることになる。どんな理由があろうともだ。
だが、やったら放校処分。
やらないと、機兵科が逃げたと笑われ軽視される理由になるだろう。その場合も、もしかしたら、機兵科にはいられなくなるかもしれない。機士に思い入れの強い者は多いから。
エーゲじゃないが、クワイトだって正式な機士になることを目標にがんばってきた。
こんなところで放校処分なんてなるわけにはいかない。
というか、完全に巻き込んだ形であるエーゲにも申し訳ない。ずっと興味なさそうに外を眺めているが。他人事のように見えるが。……彼女の中ではすでにクワイトは見捨てるべき先輩だと認識されてやいないかと疑いたくなる無関心ぶりだが。
「……わかった。君は望んでこの状況になったわけではない。それがわかったのは僥倖だ。私も一緒に考えるから、もう下手に動くな」
「ジーゲルン様……ほんとすんません……」
最悪、当事者に謝って許してもらうという手がある。
幸いというか、個人的にはあれだが、機兵科にはシィルレーンという強いコネがある。
ニア・リストンとはかなり仲が良いようだ。
彼女を通して誠意を込めて謝罪すれば、なんとかなるだろう。
ジーゲルンも謝ろう。
これはもうクワイトとエーゲだけの問題ではなく、機兵科全体の問題だ。
「――ちわーす」
だが、謝るのは最後の手段だ。ジーゲルンだって機兵科である、そう簡単に頭を下げるわけにはいかない。
何か打開策はないかと考えている時、空き教室に入ってきた者がいた。
「アカシ殿……」
「アカシ様……」
かつての機兵科の一人で、今はクワイトを追い詰めた張本人である普通科の生徒。
アカシ・シノバズである。
「探したよぉ。そろそろ本気で困ってるんじゃないかと思ってさぁ」
何が楽しいと言ってやりたいくらい、へらへら笑いながら歩み寄ってくる。
「あ、あんたが追い詰めたんだろ……!」
そう、クワイトを窮地に立たせたのは、アカシである。
クワイトが口ごもれば勝手に話を進め、「やめよう」と言えばもう無理だと断り、さっさと日程まで宣言して――今は学校中に噂を広めて、どうしたって逃げられなくした。
「それはほんとごめんねぇ。あたしもニアちゃんに頼まれたからさぁ、どうしても断れなくてさぁ」
「嘘だろ!」
「いやそこはほんと。あの子にはたくさん貸りてるから。国単位で。だからあたしは、よほどのことがないとあの子の要望は断れないし、断る気もないよ」
――ニア・リストンに関しては謎が多いので気になるところも多いが、今はそれは置いておくとしてだ。
「アカシ殿。何か良い手はないか?」
「ん?」
「君はそれを伝えるために来たんだろう? そうじゃなければここには来ていないhずだ」
「んー。ジーゲルン様、最近ちょっと気が抜けてるって聞いてたけどぉ。ちょっとは気持ちの整理がついたのかなぁ?」
「……それはついてない」
シィルレーンが入学して、すぐに惚れ込んだのだ。
あれから八年間ずっと片思いだ。
勢いで告白したこともかなり後悔しているし、あんなフラレ方をするとも思っていなかった。
シィルレーンなら、百億出しても惜しくない。
本心だった。
百億で彼女が手に入る確証があれば、死に物狂いで金を作る努力も惜しまないつもりだ。今も気持ちは変わらない。
だが、まさか、それ以上の値を付けた者がいる、なんて……
――いかん。思い出すと泣きそうだ。
ジーゲルンは八年分の強い想いに無理やり蓋をして、己ではなくアカシに向き直る。
「私のことはいいから」
「ま、時間もないしねぇ。いじるのはこれくらいにしとこうかぁ」
いちいち腹が立つが、ぐっと堪えて次の言葉を待つ。
「じゃあ、今から言うことをよく聞いてね。あたしとしては、これは一つのテストケースになるとも思ってるんだぁ。ピンチってのは発想を変えると意外なチャンスになるもんだからねぇ。
もしうまくいけば、これまでの機兵の文化も少し変わってくると思うからぁ。今回の騒動もプラスに転じるかもねぇ」
嘘臭いし胡散臭い。
ここから逆転し、プラスに転じる可能性があるとは思えない。
だが、今はアカシに頼るしか、手段がない。
そして、当事者クワイト、まとめ役ジーゲルン、そして傍観しようと思っていたが意外な方向に話が行ってしまい却って一番興味津々になってしまったエーゲを巻き込んで。
アカシの一つの企みが動き出した。
嘘か本当かわからない、前代未聞の噂話が広まった。
誰もが嘘だろうと思ったが、もしかしたら……という期待もあったりなかったりした。
そして、迎冬祭二日前の冬期休暇の日となり。
――噂は本当であったことを知る。
二機の機兵と。
掃討科七年生の四人と。
そして、噂の留学生ニア・リストンと、元機兵科のエースであるシィルレーンと。
遠巻きにほぼ全生徒が見守る中、いかにも何かが起きそうな雰囲気で、彼らは機兵用訓練所の真ん中に集まっていたのだった。
21
お気に入りに追加
506
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。
星ふくろう
ファンタジー
紅の美しい髪とエメラルドの瞳を持つ、太陽神アギトの聖女シェイラ。
彼女は、太陽神を信仰するクルード王国の王太子殿下と結婚式を迎えて幸せの絶頂だった。
新婚旅行に出る前夜に初夜を迎えるのが王国のしきたり。
大勢の前で、新婦は処女であることを証明しなければならない。
まあ、そんな恥ずかしいことも愛する夫の為なら我慢できた。
しかし!!!!
その最愛の男性、リクト王太子殿下はかつてからの二股相手、アルム公爵令嬢エリカと‥‥‥
あろうことか、新婚初夜の数時間前に夫婦の寝室で、ことに及んでいた。
それを親戚の叔父でもある、大司教猊下から聞かされたシェイラは嫉妬の炎を燃やすが、静かに決意する。
この王国を貰おう。
これはそんな波乱を描いた、たくましい聖女様のお話。
小説家になろうでも掲載しております。
余命半年のはずが?異世界生活始めます
ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明…
不運が重なり、途方に暮れていると…
確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
王太子妃なのに冤罪で流刑にされました 〜わたくしは流刑地で幸せを掴みますが、あなた方のことは許しません〜
超高校級の小説家
恋愛
公爵令嬢のベアトリスは16歳でトルマリン王国の王太子と政略結婚して王太子妃となった。しかし、婚礼の儀と披露式典を終えて間もなく、王城に滞在する大聖女に怪我をさせたと言いがかりをつけられる。
全く身に覚えが無いのに目撃証言が複数あり、これまでも大聖女に対して嫌がらせをしていたという嫌疑をかけられ、怒った王太子によって王太子妃の位を剥奪され流刑に処されてしまう。
流された先は魔族という悪しき者達が住む魔界に通じる扉があると言われる魔の島と恐れられる場所だった。
※7話まで胸糞悪いです。そこからはお気楽展開で書いてますのでお付き合いください
※最終話59話で完結
途中で飽きた方もエピローグに当たる最後の3話だけでも読んで、ベアトリスの復讐の顛末を見ていただけると嬉しいです。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜
望月かれん
ファンタジー
中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。
戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。
暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。
疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。
なんと、ぬいぐるみが喋っていた。
しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。
天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。
※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる