221 / 405
220.ひどく落ち込んだ
しおりを挟む「あ、あの……!」
「ん?」
昨日の私の槍さばきを見ていたのは、シィルレーンとカルアである、が。
実はもう一人だけ見ていた者がいた。
「あの、槍の使い方を教えてもらえませんか!?」
ミトである。
「……私にか?」
そして、頼んでいるのはシィルレーンに、である。
私が技を見せたその日から、シィルレーンが新たな壁に挑戦を始めた。
翌日の朝も、私が起きた頃にはすでに汗を流して訓練をしていた。始めたのはついさっき、ということもないだろう。かなり時間が経っているはずだ。
いつから始めていたのかわからないくらい、早くから打ち込んでいたようだ。
うむ、大変よろしい。
後から「あの時ちゃんと努力しておけばよかった」なんて思いたくないのだろうな。
この分なら、本当に三週間後の迎冬祭に間に合うかもしれない。
元々筋はいいし、それなりに熟練された腕もある。
「氣」はきっかけを掴むのが難しいのだ――しかしきっかけさえ掴めば、後は伸ばすだけである。
「……どこかおかしいか?」
型をじっと見ていた私に聞いてくるが、私は首を振って否定する。
「続けなさい。心残りがないようにね」
「ああ」
よし、私も修行を……
「ふあぁ……あ、おはようございますお嬢様」
…………
師匠より遅く来て。
欠伸交じりに挨拶して。
やる気がまったくない一番弟子とは大違いだ。
「おはよう。今日は徹底的にやりましょうか」
「えっ」
腑抜けめ。活を入れてやる。
「慣れない土地だし、子供たちの面倒を見なければならないのもある。料理人もいないからリノキス頼みだし。毎日大変なのはわかるが、でもそれにしたって気が抜けすぎでしょう。ねえ?」
「――は、はいぃっ……!」
「最近私への敬意が足りないんじゃない?」
「――そ、そんな、ことはぁっ……!」
「私のおやつだけ少し多めにしてもいいんじゃない?」
「――それは行けませんんっん……っ、子供たちに示しがぁっ……!」
静止の型に全力の「氣」を満たし、維持させる。
これがまたきついのだ。
まあ、腑抜けた弟子にはちょうどいい修行である。
――なお、一応リノキスの方が私より強いということになっている。
あくまでも私は彼女の弟子である。
誰がどう見ても、みたいな感じではあるかもしれないが、それで通すことに決めている。
そして、そんな風に気が抜けている一番弟子を可愛がっていると――
風呂に水を張り終えたミトがやってきて、シィルレーンに言ったのだ。
――「槍の使い方を教えてもらえませんか」と。
「いや、私ではなく、向こうの人に頼んだ方がいいんじゃないか?」
シィルレーンがこちらに視線を向けながらそう言う。思わず頷きそうになってしまった。
そうだ。
なぜ私に来ない。
なぜまず私に来なかった……すでに私は結構ショックだよ、ミト。懐いていると思っていたのに。思っていたのにっ。
「ニアお嬢様もリノキスさんも、いつも忙しそうだから……」
忙しくなどない! いくらでも時間を作ってやるともさ!
「おかしいな。私が暇そうに見えたか?」
まあ、シィルレーンがぼやくのもわかるが。
休憩も取らず一心不乱に槍の型を繰り返していた彼女の額からは、汗がぼたぼた落ちているし、身体の疲労もだいぶ溜まっているはずだ。
どう見ても暇そうではなかっただろう。……一番弟子をチクチクやっていた私の方がよっぽど暇そうに見えなかったかね?
「……あの、なんか、向こうの二人は桁が違うっていうか、そういう感じがして……」
…………
「そうか。申し訳なさそうな顔をして胸に響くことを言ってくれるではないか」
そうだな。
今のミトの言葉は、「この中で一番弱そうだから」と言っているようなものだからな。
……いや。
ミトはすでに「氣」を扱い始めているから、私とリノキスが使用していることがわかっているのかもしれない。
ならば確かに、一番弱く感じるのはシィルレーンなのかもしれない。
――これはもう決定かもしれないな。
「続けてなさい」
「――お、おじょ、おじょ、げんかいっげんかいっ」
「大丈夫。人間に限界なんてないから」
全身ぶるぶる震えているリノキスに命じて、私はシィルレーンとミトの方に顔を出すことにした。
「教えてあげてくれない?」
ミトの「氣」の修行はどうするか悩んでいたが。
しかし、本人が望むのであれば、ちゃんと教えてやった方がいいだろう。せっかくの才だ、我流の中途半端な「氣」など身に付けてほしくない。
「君が教えたらいいだろう。私より強いのだから」
「いいえ。私は武具の扱いが得意じゃないの。だから教えられるほど扱えるわけじゃない」
「いや、しかし、私にはわかりやすかったぞ。昨日の」
「それはあなたが私の技術を理解できるほど、槍術に精通しているから。私のは素人には『すごい』か『簡単そうに見える』くらいしか伝わらないの」
「……そういうものか」
そういうものだ。
素人にいきなり高度な技を見せたって、理解が追いつくわけがない。どこがどう高度なのかがわからないのだから。
ちゃんと理解できるのは、それなりの知識や腕がある者だけだ。
「正直私も人に教えられるほどの腕はないと思うが……まあ、基礎くらいなら……」
こうして、ミトがシィルレーンの仮弟子になった。
いずれこっちで本弟子として引き取るので、あくまでも仮である。
「えいっ」
ゴッ
「えっ」
えっ。
…………
借りた槍で、何度か教えられた通り素振りをしたミトが、「思いっきり丸太を突いてごらん」と言われて、思いっきり突いた結果。
槍の先端が、丸太に深々突き刺さった。
訓練用の、先があまり尖っていない槍の先端が。
女児の力ではありえない威力と速度で。
丸太に深く突き刺さった。
…………
これは……本当にちゃんと教えた方がよさそうだ。
本人のためにも、暴発して周囲に迷惑を掛けないためにも。
「――ふふっ」
シィルレーンはふっと笑うと、汗に濡れた前髪を掻き上げた。
「合格だ。どうやら私が教えられることはもうないらしい」
朝からひどくシィルレーンが落ち込むという事件も会ったりなかったりしつつ、ミトの「氣」の修行も始まった。
20
お気に入りに追加
506
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。
星ふくろう
ファンタジー
紅の美しい髪とエメラルドの瞳を持つ、太陽神アギトの聖女シェイラ。
彼女は、太陽神を信仰するクルード王国の王太子殿下と結婚式を迎えて幸せの絶頂だった。
新婚旅行に出る前夜に初夜を迎えるのが王国のしきたり。
大勢の前で、新婦は処女であることを証明しなければならない。
まあ、そんな恥ずかしいことも愛する夫の為なら我慢できた。
しかし!!!!
その最愛の男性、リクト王太子殿下はかつてからの二股相手、アルム公爵令嬢エリカと‥‥‥
あろうことか、新婚初夜の数時間前に夫婦の寝室で、ことに及んでいた。
それを親戚の叔父でもある、大司教猊下から聞かされたシェイラは嫉妬の炎を燃やすが、静かに決意する。
この王国を貰おう。
これはそんな波乱を描いた、たくましい聖女様のお話。
小説家になろうでも掲載しております。
余命半年のはずが?異世界生活始めます
ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明…
不運が重なり、途方に暮れていると…
確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
王太子妃なのに冤罪で流刑にされました 〜わたくしは流刑地で幸せを掴みますが、あなた方のことは許しません〜
超高校級の小説家
恋愛
公爵令嬢のベアトリスは16歳でトルマリン王国の王太子と政略結婚して王太子妃となった。しかし、婚礼の儀と披露式典を終えて間もなく、王城に滞在する大聖女に怪我をさせたと言いがかりをつけられる。
全く身に覚えが無いのに目撃証言が複数あり、これまでも大聖女に対して嫌がらせをしていたという嫌疑をかけられ、怒った王太子によって王太子妃の位を剥奪され流刑に処されてしまう。
流された先は魔族という悪しき者達が住む魔界に通じる扉があると言われる魔の島と恐れられる場所だった。
※7話まで胸糞悪いです。そこからはお気楽展開で書いてますのでお付き合いください
※最終話59話で完結
途中で飽きた方もエピローグに当たる最後の3話だけでも読んで、ベアトリスの復讐の顛末を見ていただけると嬉しいです。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜
望月かれん
ファンタジー
中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。
戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。
暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。
疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。
なんと、ぬいぐるみが喋っていた。
しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。
天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。
※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる