狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
219 / 405

218.違う趣向の迎冬祭

しおりを挟む




 外壁を壊した屋敷に謝りにいったら、応接間に通されて、静かにすごい嫌味を言われて怒られた。
 
 家主は夫に先立たれた未亡人で、もう六十を超える老婆である。静かに余生を過ごすつもりで毎日慎ましく生活しているのに、向かいの屋敷は住む者がおらず荒れ放題、挙句に汚い無宿者が出入りし始めて非常に迷惑をしていたところに、今度は外国人の子供がやってきて子供と住み始めて毎日毎日騒がしいばかりか、最近では壁を壊してくる始末だ。

 ……掻い摘んで言うとこういう情報を、長い時間をかけてネチネチと語ってくださった。すごい嫌味を交えながら。

「あ、、あのー……シノバズの実験的なアレでして……」

「知りませんよそんなこと。え? 事前に話を通してました? よしんば事前に話を通していたとしても壁を壊すかもしれないなんて忠告はありましたっけ? ねえありました? わたくしの記憶にはございませんが? ああごめんなさいね、わたくしはもうすぐ夫を追う年齢ですから、聞いていたとしてもすっかり忘れてしまっていたのかもしれないわね。それで話したの? わたくしが忘れているだけかしら? それともあなたが忘れていたの? 忠告するのを忘れていたのかしら? そんなわけないわよね? わたくしの三割も生きていない若者の、それも優秀なシノバズの家の方が、うっかり忘れるなんてことないわよね? ねえないでしょう? あらどうして黙っているの?」

 アカシが余計なことを言ったせいで、すごい嫌味を交えた説教まで始まる始末だった。

「すまない。その……私が止められなかったせいで……」

 静かに燃え上がる老婆に気圧されつつ、シィルレーンの援護も入るが――

「悪いと思っているなら黙って聞いていらしたら? それとも王族なら忠臣の家の壁を壊してもいいのかしら? 今の王族ってそういう教育を受けてらっしゃるの? わたくしが知っている時代とは大きく変わったのねぇ? ところでハザール様はお元気? わたくし社交場であの方と踊ったことがありますの。シィルレーン様の言動はハザール様のご教育の賜物なのよね?」

 …………

 …………

 …………

 疲れた。
 生きる気力が燃え尽きた。真っ白に燃え尽きるほど疲れた。白髪じゃなかったら本当に髪が白くなっていたかもしれないほど疲れた。

 ――とまあ、そんな地獄があったりなかったりして、数日。

 懲りないアカシは「馬なしで走る馬車」の試作品作りに没頭し、私はシィルレーンの修行に没頭する日々を送っていた。

 リノキスの覚えもよかったが、シィルレーンも覚えが早い。
 この分なら、春になる頃には、「氣」の基礎くらいは身に付けてしまうかもしれない。

 まあ何より、修行が好きというのがいいな。リノキスはあんまりアレだからな。仕事があるからと逃げ腰になることがあるからな。一番弟子のくせに。追い越されるぞ。

 そんな冬のある日のことだった。




「え? それ、何の話?」

 機兵学校の普通科にて。
 私を気にしてひそひそ話しているクラスメイトの話題が、どうしても気になってしまった。

「あ、ごめんなさい、うるさかったですか?」

「すみません……」

「それはもういいから」

 こっちはもう打ち解けるのを諦めてるんだ。もう無駄に気を遣うことなんてないぞ。
 さあ、情報を吐け。

「――あ、あの……毎年、年末にお祭りがあって、そこで現役機士による機兵の一騎打ちがあるんです……」

 機兵の一騎打ち。
 つまり、なんだ。

「機兵同士で戦うの?」

「はい」

 ほほう。

 機兵と戦ったことはあるが、機兵同士がやりあっている姿は見たことがないな。
 人同士の戦いは腐るほど観てきたし、これはこれでそれなりに面白そうな気がする。

「それで、さっきの話は?」

 それ自体は、まあいいのだ。
 私が気になったのは、たぶんこの先の話題だ。

「あ、その、毎年有名な現役機士同士が出て、盛り上がるんですが……でも今年はどうも内容が違うみたいで」

「今年は、この学校の機兵科の人たちが出るとかなんとかって話が、ありまして……」

 毎年、年末の祭りで正式な機士が戦うらしいが、今年は訓練生がその役を担うそうだ。

 これも虫の影響か。
 あるいは私が機兵を壊したせいで足りなくなっているのか。

 うーん……どっちもかな。

 シィルレーンの話では、今年の冬は虫を狩りに行くそうだから、祭りどころではないのだろう。
 私が壊した機兵の修理も、まだ全ては終わっていないそうだしな。

「あ、あの!」

 ん?

「あの、ニアさんも、機兵が好きなんですか!?」

「嫌いだけど? 大嫌い。あんなものに頼っているからマーベリアはダメなのよ」

「あ、そうですか」

 …………

 なんだかいつも以上に、クラスメイトたちとの間に壁を感じる気がするが……まあ、もういいや。気にしない気にしない。








 ニア・リストンが、よそよそしいクラスメイトから祭りの話を聞いているのと同じ時。

「なんだ、今年はだいぶ趣向が違うのだな」

 シィルレーンも同じく、アカシを除くと二名しかいない普通科八年生のクラスメイトに、今年の年末の祭り――迎冬祭の話を聞いていた。ちなみにアカシは例のブツの試作に忙しいようで教室にいない。

 迎冬祭。
 長く虫の脅威に晒されてきたマーベリア王国が、唯一安心して寝られる季節である冬を歓迎する日だ。
 発祥は、機兵が生まれる前からで、古くから伝わる伝統行事である。

 そして一般人には、普段は見られない機兵の戦う力を見ることができる、数少ない機会でもある。

「あの、シィル様は、やはりお出にならないんですか?」

 機兵科トップがいきなり転属してきたとあり、受け入れた普通科もかなり及び腰ではあるが――さすがにニア・リストンほど避けられることもない。

 いや、むしろ、学校どころか国の華である未来の機兵乗りがやってきたとあり、戸惑いながらも大歓迎である。小さいが綺麗な王女様だし。

「ああ、私は出ない。そもそも私の機兵はないからな」

 機兵科所属には、訓練用の機兵が一機与えられるが、普通科に転属したので返上してある。

 一応王城いえには専用機もあるのだが、今は緊急時である。東の調査と虫の駆除のために、機兵を壊して戦えない機士に貸している状態だ。だからないのだ。

「――シィル様」

 そんな時だった。
 呼ばれて振り返ると、――かつての機兵科の学友が二人立っていた。

「アガッセ殿。ターメリン嬢。久しぶりだな」

 機兵科の同級生にして、ライバルである。
 仲が良いこの男女の二人組はコンビネーションが得意で、シィルレーンでも単機で相手をするのは大変だった。

「シィル様。今度の迎冬祭の話はお聞きになりましたか?」

 真面目なアガッセはいつも通り、いきなり本題に入ってくる。

「ああ。ついでに答えるが、私は出ないぞ」

「――なんで!?」

 シィルレーンを強くライバル視し、いつも突っかかってきたターメリンが、いつも通り絡んでくる。

「あなたが出ないでどうするんです!? 機兵科のトップが出ないなんて考えられない!」

「仕方なかろう。私はもう機兵科じゃない」

 食って掛かってくるターメリンに、シィルレーンもいつも通りに冷静に答える。

「すまないが、クラスメイトたちが怖がっている。帰ってくれ」

 そして、かつての仲間を振り払う。
 先日のニア・リストンへ絡みに行ったこともあるし、長居されても迷惑だ。

 普通科に移ってわかったことだが、この学科の者は……いや、本当は機兵科以外は、機兵科のことをよく思っていない。

 シィルレーンは考えたこともなかったが――その「考えたこともない態度」も問題だったのだろうと、今は考える。

「私は出ない。機兵科の者たちにはそう伝えておいてくれ。誰が来ても答えは変わらないとな」

 ――出たい気持ちが、ないわけではないが。



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。 とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。 …‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。 「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」 これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め) 小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~

けろ
ファンタジー
【完結済み】 仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!? 過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。 救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。 しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。 記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。 偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。 彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。 「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」 強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。 「菌?感染症?何の話だ?」 滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級! しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。 規格外の弟子と、人外の師匠。 二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。 これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

処理中です...