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172.夏から秋の終わりにかけて
しおりを挟む――ウィングロードと出会ったのはいつですか?
「小学部二年生の時だ。家族旅行でヴァンドルージュに行った時に見た。その時はただすごく速い単船レースだとしか思わなかったけどな」
――では、その単船は探して買い求めたものではないと?
「ああ。がらくた屋の片隅でひっくり返ってるこいつを見つけたのはたまたまだ。
どういう経緯であそこにあったのかは知らないが、本来なら絶対にアルトワールにはない物だ。そう思ったら居ても経っても居られず、すぐに金策に走ったぜ。それ以来掛かりっきりだ」
――数年を掛けて競技用単船をここまで直したシャールだが、最後の壁にぶつかる。
「くそっ! なんで動かねえんだ……!」
――部品は揃った。修理は完了した。しかし動かない。
――独学で単船のことを学んできた彼には、何が悪いのか、どこに不具合があるのか、原因がわからなかった。
――そんな時も、思いも寄らない人物が、彼の助けとなったのだった。 続く――
「続いたわね」
「そうね」
一学期をつつがなく過ごし、夏休みを直前に迎えた今日。
「ウィングロードを夢見て」なる番組が放送された。
例のシャールの単船の話である。
私の案は採用されたようで、日を追って撮影したものをまとめて編集した、日記のような番組が無事放送された。
日付を入れたり、語り部を入れたりと、なかなか試作っぽい仕上がりだったが、悪くない。
一から十まで作られた番組ではなく、特別なことはしないただの人に寄り沿った番組という感じだろうか。うまく表現できないが。
「面白い構成を考えたわね、準放送局」
今夜も遊びに来ているレリアレッドは感心している。宿題をしている私の目の前で。
「準放送局は撮影用の魔石は短時間用しか使えないものね」
そう。だから撮影できる番組はやや限られてしまう。
予算の都合である。長時間用の魔石は高価なのだ。もちろん短時間用の魔石だって安くはないが。
「でも数日数回に分けて撮影したものを編集して一つの番組にするなんて、欠点を逆手に取ったやり方だわ。なんていうか、物語ともインタビューとも言えない、不思議な作り方だった。興味深いわ」
そうだな。私もそう思う。
元は私が出したネタだが、うまいこと形にしたのは準放送局である。こうして放送にこぎつけたられたことからも、王都放送局も評価していることだろう。
……それにしても、「続く」か。
私はこの後の展開を普通にこの目で見ているので、引っ張られても期待はそんなにない。
そもそも、試行を行う際にセドーニ商会の敷地を使ったから、マルジュ・セドーニに紹介がてら、私も初めてシャールが競技用単船で飛ぶ撮影に同行したのである。
「どうなるのかしらね。シャールの単船」
しかし、知らない人には、充分「続く」先が気になる内容であったようだ。――放送まで秘密にするよう言われているので、私は言えないが。
――この後、どこかで見たような陽気な元空賊のキャプテンが飛行船技師として現れ、最後の仕上げをして無事飛ぶのである。
恐らく、夏休みに入る前には、続きが観られることだろう。そしてセドーニ商会もそのタイミングでウィングロード用品を扱い出す。
きっとこれから少しずつ、このアルトワールにウィングロードが浸透していくに違いない。
あとは、王国武闘大会までにどれだけ広められるか、だ。
今年……というか異様に繁盛しているこの時期に軌道に乗らなかったら、魔法映像のように、数年の停滞期が訪れたりするかもしれない。
それとなく、そっちも盛り上げていきたいものだ。兄もちょくちょく単船に乗りに行っているらしいし。楽しそうで何よりである。
「ねえニア、夏休みの予定はどうなってる?」
「今年は余裕があるわね」
去年は出稼ぎの旅に出たので、色々と慌ただしかったが。
今年は、普通にリストン領の撮影スケジュールが忙しいくらいで、特に変わった仕事は入っていない。
今年もヒルデトーラが大漁祭りに乗り込むという企画はあるらしいが、どうも私じゃなくて兄を呼びたいようなので、そっちの出番もなさそうだ。
私はこの企画はずっと気になっているのだが、時々兄が番組に出るのはリストン領のためになると思うので、ここは譲るしかないだろう。いやー残念。よくよく考えたらあんな最初から最後まで放送事故スレスレの撮影なんて参加したくなかったしな。いやあ残念だなぁ。
「私のところは、王都に出てきて、武闘大会の参加者のインタビューばかりするみたい」
ああ、そう。
「大変そうね。すでに参加希望者が二百人超えたって聞いたわ」
王国武闘大会フィーバーは終わっていない。
今も続々と諸外国から腕自慢と観光客がやってきていて、とんでもない経済効果が出ている。
盛り上がりは落ち着いてくるかと思っていたが、あまり衰えた気がしない。むしろあと半年を切った辺りからは、更に少しずつ加熱している気がする。
ただでさえすごいのに、まだ熱が上昇しようというのか。大会へ向けた皆の期待値は高い。
特に、気が逸ってやってきた腕自慢たちは、基本的に大会当日までやることがないので、裏の連中が誘導する闘技場のような場所で密かに戦って腕を磨きつつ、金を稼いでいるらしい。
今頃は、闇闘技場も賑わっているかもしれない。
――まあ、私が見たところ、弟子たちの相手になりそうな者は皆無だが。
「うちの侍女の見立てでは、やっぱり参加者の誰よりもリーノが強そうって言ってたよ」
ほう。レリアレッドの侍女と言えば、あの背の高い女か。それなりにできるとは思ったが、見る目もあるか。
「今頃どこで何やってるんだろう。またうちの番組に出てくれないかなぁ」
――冒険家リーノなら、今ここでしれっと私の後ろに控えているけど。
密かに危惧していたリノキスの個人的な感情によるレリアレッド嫌いだが、うまいこと覆い隠して、優秀かつ優等生の冒険家として接したそうだ。
その結果、レリアレッドにも、シルヴァー領の撮影班にも、気に入られたようだ。
「あ、そういえば」
と、レリアレッドは「これは噂なんだけど」と前置きして、こんなことを言った。
「赤剣のベッカーって知ってる?」
「ええ、名前だけは」
有名な冒険家だ。優秀で腕が立つと聞いている。まあどうせ程度は知れているだろうが。
「そのベッカーがね、参加登録した次の日には、逃げるようにアルトワールから出ていったんだって」
ほう。
「急用でも入ったの? それとも当日まで時間があるから出直すって感じ?」
「いや、それがね。噂によると、どこかの酒場のマスターにボッコボコにされて、その直後にこの国から出ていったんだって。だから逃げたんじゃないかって」
へえ。酒場のマスターにね。
「酒場の揉め事なんて珍しくないでしょ。でもなんか、最近この手の噂はよく聞くのよね。腕が立つって評判の冒険家や武闘家が、酒場のマスターや従業員にケンカで負けた、って噂。
知っている限りで八件もあるの。件数が多いからあながち嘘じゃなさそうなのよね」
……へえ。八件もね。
「本当ならぜひ取材してみたいんだけど、どこの酒場かまではわからないのよ」
そう。
「面白い噂話ね」
たぶん路地裏にある鼠の名前が入った安酒場だと思うけど、育ちのいいレリアレッドは行かなくていい店である。
加熱していく王国武闘大会への期待度。
人が増えればいざこざも増え、揉め事も起こるものである。
だが、非常に大きな経済的恩恵と、アルトワール独自の文化を他国へ知らしめる高い普及効果は、それらを補って余りあるほどのものであった。
そして、それらに便乗してウィングロードの知名度も上がり、週に一回くらいはどこのチャンネルでも取り上げるほど、無視できない人気が出てきていた。無事軌道に乗ったと言えるだろう。
そんなこんなで日々は飛ぶように過ぎてゆき、いよいよ王国武闘大会の予選会が始まろうとしていた。
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