狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

文字の大きさ
143 / 405

142.結婚式 第一部

しおりを挟む




 神への誓いが終わったらしい。
 神殿から来賓がぞろぞろと出てきた。

 ここヴァンドルージュ皇国の名家ハスキタン家の長男と、マーベリア王国の貴族コーキュリス家の長女の結婚式である。

 招待された者たちは、錚々たる面子だ。
 ヴァンドルージュの皇族も幾人か、そしてマーベリア王国の王族もいるという、上流階級の世界でさえなかなか見られないほど力を持つ者ばかりだった。一応控えめにアルトワール王国の王子もこそっと参加していたりもした。

 これでも結婚式としては控えた方だというのだから、両家の持つ力は計り知れない。

 コーキュリス家の長女の祖父母が、身体を壊して動けず式に出席できない事情もあり、ならばと招待客を減らす方向で話をまとめたのだ。

 結婚してからならともかく、結婚式までは、と。
 来賓の人数から両家の力関係を邪推され、貴族界隈に影響を及ぼすことを考えてのことである。

 老いも若きも大人も子供も、なかなか年齢層にはばらつきがある。
 そんな揃って仕立ての良い服をまとった華やかな面子を、外で待っていた撮影班のカメラが捉える――前もって説明を入れてあるので、気にして二度見三度見する者はいるが、声を掛けてくる者はいない。

 神殿内で行われた誓いの言葉の現場にも、言わば一班と言うべき撮影班のカメラが入っていたはずなので、まあ今更珍しがるものでもないのだろう。

 ――来賓の拍手に迎えられて、新郎と新婦が出てきた。

 白いスーツを着ていてもわかる、健康的で逞しい肉体を持つ青年と。
 その腕を取り、豪華なレース飾りの美しい白いドレスを着たダークブラウンの髪の女性。

 今世界で最も幸せな二人が、神の前でこれからも幸せである誓いを――あるいは幸せでありたいという願いを立てて、たくさんの祝福の言葉を受けて歩いていく。
 
 僭越ながら、私も二人のこれからを祈ることだけはしておこう。

 ――さて。

「じゃあ行くわね」

 ここを仕切っている現場監督と空軍総大将カカナに断りを入れ、私は走り出す。

 そして、新郎新婦や来賓が出てきた立派な神殿の正面出入り口ではなく、脇にある小さな出入り口から出てきた一班の撮影班と陸軍総大将ガウィン組に合流し、次の現場へ向かう。

 第一部は無事に終わった。
 これからすぐに第二部である。




 次の現場は、ハスキタン家の屋敷である。
 小型船二台に乗り込んだ私たちは、新郎新婦と来賓より先に、こちらにやってきた。

 一緒にやってきた一班は、すぐにここにやってくる新郎新婦と、少し遅れて到着する来賓の撮影を行うのだ。

 第二部――立食パーティーの準備はすでに整っており、料理こそまだ並んでいないが、広大な庭先にはたくさんのテーブルが設置されている。真っ白なテーブルクロスが陽の光を反射して眩しい。

 天気が良くて何よりだ。
 まあ、仮に天気が悪くても屋敷には充分なスペースがあるが。

「――この角度から、この辺までならいいかな」

 ガウィンと最終的な打ち合わせをする。

 外の撮影――正確にはヴァンドルージュの情報が漏れるような映像を撮ることは禁止されているが、今日だけは少し規制が緩和されている。
 カメラの向きと角度によっては、ここハスキタン家の敷地内を撮ることは許可された。
 出迎えの撮影は別として、基本は「屋敷をバックに撮る」という形でいいようだ。

 そんな最終確認をしている内に、程なく新郎ザックファードと新婦フィレディアが、結婚式使用に飾られた白い小型船で帰ってきた。

「ご結婚おめでとうございます」

 敷地内まで乗り込んできた船から降り立つ二人に歩み寄り、私は抱えていた花束を渡して祝福の言葉を贈った。

「ありがとう、ニア」

 精悍な顔に不器用な笑みを浮かべるザックファードと、この上なく柔らかな微笑みで花束を受け取るフィレディア。
 そんな二人の姿は、しっかりと撮影されている。

 フィレディアは、ここでお色直しなのである。
 ここまでは嫁入りするハスキタン家を立てるためにこの国でデザインされドレスだったが、ここからは彼女の祖国であるマーベリア王国のドレスになる。色は同じだがデザインが結構違うんだそうだ。

「変わるわ」

「え? ……あ、はい」

 引きずらないようフィレディアのびらびらした豪奢なドレスの裾を持っていた、ハスキタン家の使用人からドレスの裾を奪い、そのまま二人と一緒に控室へと向かった。




「――ふう。ちょっと疲れたな……フィル。水、飲むか?」

 屋敷の二階に用意されていた部屋に入ると、ザックファードはテーブルに用意してある水差しからカップに水を注ぐ。

 私たちにとっては昨日一昨日がピークだったが、新郎新婦はついさっきまでの第一部で、一気に気疲れしたようだ。

 この後、来賓とおしゃべりしたり酒を飲んだりと、さながら上流階級のパーティーのようなものが始まるので、主役が一息つけるのはここしかないのだろう。

 まあ、だからこそ私もここにいるわけだが。

「……それで、ニア? 何か話があるのよね?」

 ザックファードから水を貰ったフィレディアは、私がここにいる理由を聞いてくる。

 そう、今朝会った時に約束していたのだ。
 このタイミングで話があるから会ってほしい、と。

 すぐ傍には、お色直しを手伝うために使用人が待っているような状態なので、あまり時間はない。
 もったいぶらずに行こう。

「こちらを」

 先に部屋に置かせてもらっていた魔晶板を取り上げ、鏡の前に座るフィレディアと、そのすぐ横に立っているザックファードの前に浮かべる。

「お二人に祝福の言葉を届けたい人がたくさんいたので、預かって来ました――今なら遠慮なく泣けますよ」

「……?」

「泣く?」

 新郎も新婦も言っていることが理解できなかったようだが、大丈夫。
 観れば一瞬で理解できる。当事者じゃないカカナでさえそうだったのだから。

 二人が観ている前で魔力を伝わせ、魔法映像マジックビジョンを映した。

 ――さあ泣くがいい。




 本当は、来賓と一緒に観せるような形が望ましい、という意見が多かった。

 彼らにとっては大事な結婚式だが、正直私たちにとっては国の重鎮とも言える錚々たる面子が集まる場。
 魔法映像マジックビジョンを売り込む、宣伝する、アピールするという目的を果たすのであれば、いきなり観せた方が与える衝撃は大きいだろう。

 だが、その多数決に待ったを掛けたのは、皇女クロウエンだった。

 ――「新婦を泣かせる気か。結婚の予定のない私でさえぐっと来たんだぞ。化粧は落ちるわ鼻水は出るわ、嬉しいやありがたいだけでは済まなくなるのは目に見えている。自重しろ」と。

 ――「ただでさえ来賓もいて色々と気を張っている中で、後々文句の言いづらい追い込み方をするな」と。そう言われた。

 なので、このタイミングだ。
 着替えていない今なら、まだ、神殿から出てきた時に掛けられる祝福の言葉として伝えられる。




 果たして泣くかな、という根本的な疑問もあったが――

「あ、ダメだわこれ。これダメだわ」

 二人目の祝福の言葉が流れ出した時。
 小さく呟くと同時に、フィレディアはぼろぼろ泣き出したのだった。



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、ひょんなことで死亡した僕、シアンは異世界にいつの間にか転生していた。 とは言え、赤子からではなくある程度成長した肉体だったので、のんびり過ごすために自給自足の生活をしていたのだが、そんな生活の最中で、あるメイドゴーレムを拾った。 …‥‥でもね、なんだろうこのメイド、チートすぎるというか、スペックがヤヴァイ。 「これもご主人様のためなのデス」「いや、やり過ぎだからね!?」 これは、そんな大変な毎日を送る羽目になってしまった後悔の話でもある‥‥‥いやまぁ、別に良いんだけどね(諦め) 小説家になろう様でも投稿しています。感想・ご指摘も受け付けますので、どうぞお楽しみに。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

天才魔導医の弟子~転生ナースの戦場カルテ~

けろ
ファンタジー
【完結済み】 仕事に生きたベテランナース、異世界で10歳の少女に!? 過労で倒れた先に待っていたのは、魔法と剣、そして規格外の医療が交差する世界だった――。 救急救命の現場で十数年。ベテラン看護師の天木弓束(あまき ゆづか)は、人手不足と激務に心身をすり減らす毎日を送っていた。仕事に全てを捧げるあまり、プライベートは二の次。周囲からの期待もプレッシャーに感じながら、それでも人の命を救うことだけを使命としていた。 しかし、ある日、謎の少女を救えなかったショックで意識を失い、目覚めた場所は……中世ヨーロッパのような異世界の路地裏!? しかも、姿は10歳の少女に若返っていた。 記憶も曖昧なまま、絶望の淵に立たされた弓束。しかし、彼女が唯一失っていなかったもの――それは、現代日本で培った高度な医療知識と技術だった。 偶然出会った獣人冒険者の重度の骨折を、その知識で的確に応急処置したことで、弓束の運命は大きく動き出す。 彼女の異質な才能を見抜いたのは、誰もがその実力を認めながらも距離を置く、孤高の天才魔導医ギルベルトだった。 「お前、弟子になれ。俺の研究の、良い材料になりそうだ」 強引な天才に拾われた弓束は、魔法が存在するこの世界の「医療」が、自分の知るものとは全く違うことに驚愕する。 「菌?感染症?何の話だ?」 滅菌の概念すらない遅れた世界で、弓束の現代知識はまさにチート級! しかし、そんな彼女の常識をさらに覆すのが、師ギルベルトの存在だった。彼が操る、生命の根幹『魔力回路』に干渉する神業のような治療魔法。その理論は、弓束が知る医学の歴史を遥かに超越していた。 規格外の弟子と、人外の師匠。 二人の出会いは、やがて異世界の医療を根底から覆し、多くの命を救う奇跡の始まりとなる。 これは、神のいない手術室で命と向き合い続けた一人の看護師が、新たな世界で自らの知識と魔法を武器に、再び「救う」ことの意味を見つけていく物語。

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...