64 / 405
63.去年の武闘大会、剣術の部の優勝者
しおりを挟む「そもそもこれは何なの? 武器を持って女を囲むこの行為は何?」
私が前に出た以上、もうこのままで終わらせる気はない。
「返答次第では怒るから、心して答えなさい」
――返答次第では、曲がった性根の矯正がてら説教して、ほんのちょっと可愛がってやろうではないか。
「しょ、勝負しに来たんだよ!」
静観の構えを見せていた私が出てきたからか、それとも子供ながらに私から何かを感じているのか、ルジンは戸惑っているようだ。――この子は勝負勘みたいなものが良さそうだな。鍛えれば強くなりそうだ。
「勝負? どういうこと?」
「…………」
男の子たちは気まずそうにして答えないので、今度はレリアレッドに聞いてみる。
「――最初は二人で来たんだけど、私が返り討ちにしたから。そしたら毎回一人ずつ増えるようになって」
へえ。
「レリアって強いのね」
ただの六歳が、武器を持った年上複数名に勝ったと言うのなら、将来有望ではなかろうか。
このくらいの年齢なら、武がどうこうより数や道具で大きく左右されるだろうから。
「まあね! 今はあんたの方が強いかもしれないけど! でもいつか必ず倒……だからなんで笑うのよ!」
「笑ってないわ。微笑ましいなと思って」
「それも笑いの一種よね!?」
広い括りで言えば含むだろうけど。でも意味は全然違うと思うが。
「まあ、だいたいの事情はわかったわ」
怒るレリアレッドは放置し、男の子たちに向き直る。
「あなた。さっき『武器がある方が強い』って言ったわね? ちょっと構えてみてくれる?」
「え?」
やはり私と相対すると戸惑いが隠せないルジンが――
「――もう構えなくていいわ」
私の言葉と、私の動きに反応するより先に、彼が右手にぶら下げていた木刀が空気を割いて遠くへ飛んでいった。
もう構えなくていい。
すでに蹴ったあとだから。
真正面から、比較的ゆっくりと、ただの前蹴りを放っただけだ。
――彼らの様子だと誰も見えなかったみたいだが。そんなに早く動いてないけどな。
「で? 武器がある方が強いあなたが、武器を失った今、どうするのかしら?」
平時なら、ここからネチネチと説教する流れだ。
素手がいかに強いか、素晴らしいか、臨機応変かつ大胆不敵な立ち回りを可能とするか、武器なんてしょせんただの道具に頼るなとか、聖剣だって魔剣だって簡単に折れるのにそんな心細いものにすがるなとか、筋肉は裏切らない裏切るのはいつも己だとか、万の言葉を尽くして言ってやるところだが。
今は本当に時間がないので、これで勘弁してやることにする。
大人なら二、三発は殴っているが、さすがに子供に手を上げるのは、いかな理由があろうと良心が痛む。
あまり敵意も害意もなさそうなので、こんなものでいいだろう。
それに、私の白髪は遠目でも目立つんだ。
こんな見通しのいい場所に長々いたら、すぐリノキスに見つかってしまう。せめて早く天破の道場まで移動しないと。
何が起こったのかわからない彼らを置いて、こちらも唖然としているレリアレッドの手を取って私は歩き出す。……今手を取った瞬間ビクッとしたのは、いつか痛い握り方をしたのを思い出したからだろう。ごめん。もうしないから。
――だが。
「ちょっと待ってくれ」
行こうとした私とレリアレッドに、別の横槍が入った。
「サノ先輩!?」
近づいてくる制服の男は、私を含む子供たちに比べてかなり大きい。恐らくは中学部の生徒だろう。
そしてルジンほか男の子たちが名前を呼んでいるので、彼らの知り合い……あるいは仲間のようだ。
木刀も持ってるし。
まだ童顔ながらなかなか顔立ちの整ったサノと呼ばれた男は、男の子たちに見向きもせず、まっすぐに私を見ていた。まあ男前だが兄には負けるな。
「俺はサノウィル・バドル。道場でこの子らの指導をしている中学部生だ」
ふうん。サノウィル、か。
果たして覚えておく価値のある名かな。
「――さっきの蹴りを見ていた。ぜひ俺と勝負してくれ」
…………
いいな。
見た感じはただただ未熟で貧弱だが、それでも武人だとは思った。
しかし、生意気にももう心は一端気取りか。
正面から堂々と勝負を挑まれるなど、武人の本懐。あの蹴りを見て挑みたいと思うなら猶更だ。
たとえやる前から勝負が見えているとしても、嫌いではない。
私はこういうのでもいいのだ。
「――ニア、まずいよ」
レリアレッドが耳元で囁く。
「――サノウィル・バドルって、去年の武闘大会の剣術部門優勝者よ。さすがにあんたでも勝てないって」
ほう。
これで優勝できるのか。
この程度で。
……うん……うーん。
まあいいけど。武闘大会のレベルが低くても。
ただ、今は非常に間が悪い。
「してもいいけど、私には時間がないの。場所を移すこともできないし、待つこともできない」
「――ちょっと! ダメだって! そっちも止めてよ!」
レリアレッドが必死になって、たぶん今度こそ私を庇うつもりで声を上げる。可愛いな。あとで小遣いをやろう。
でもやめないけど。
武人が立ち会ってほしいと言うなら、応えるのもまた武人の務め。
断る理由がないなら受けて立って然るべき。
「後輩の前で負ける覚悟があるなら、今すぐここで立ち会いましょう」
サノウィルは何も言わず、木刀を構えることで答えた。
ピン、と空気が張り詰める。
先ほどまでのぬるい雰囲気が、重い緊張感を帯びる。
さすがのレリアレッドも、こうなってしまうと黙るしかない。
――まあ、それもほんの数秒だけだが。
「これでいいかしら?」
「――っ!?」
今度はやや速めに動いてみた。
一歩踏み込んで間合いに入り、手刀を振って正眼に構えたままのサノウィルの木刀を、中ほどで斬り落とした。
彼には、私がいきなり目の前にいたようにしか見えなかったのだろう。
手刀を降ろした型のままの私から、慌てたように飛び退って距離を取り――持っていた得物がすでに手遅れになっていることにようやく気付いた。
唖然と斬れた木刀を見詰める彼に、
「はい」
落とした半分を、投げて返した。
「もういいわよね? 失礼」
「「…………」」
誰も何も言わない。
今目の前で行われた、言葉も出ないほどの短時間で起こった出来事が、飲み込むことも消化することも理解することもできないのだろう。
まあ私の知ったことではないが。
手を握るとやはりビクッとするレリアレッドを連れて、今度こそ道場へ向かうのだった。
11
お気に入りに追加
506
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。
星ふくろう
ファンタジー
紅の美しい髪とエメラルドの瞳を持つ、太陽神アギトの聖女シェイラ。
彼女は、太陽神を信仰するクルード王国の王太子殿下と結婚式を迎えて幸せの絶頂だった。
新婚旅行に出る前夜に初夜を迎えるのが王国のしきたり。
大勢の前で、新婦は処女であることを証明しなければならない。
まあ、そんな恥ずかしいことも愛する夫の為なら我慢できた。
しかし!!!!
その最愛の男性、リクト王太子殿下はかつてからの二股相手、アルム公爵令嬢エリカと‥‥‥
あろうことか、新婚初夜の数時間前に夫婦の寝室で、ことに及んでいた。
それを親戚の叔父でもある、大司教猊下から聞かされたシェイラは嫉妬の炎を燃やすが、静かに決意する。
この王国を貰おう。
これはそんな波乱を描いた、たくましい聖女様のお話。
小説家になろうでも掲載しております。
余命半年のはずが?異世界生活始めます
ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明…
不運が重なり、途方に暮れていると…
確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
王太子妃なのに冤罪で流刑にされました 〜わたくしは流刑地で幸せを掴みますが、あなた方のことは許しません〜
超高校級の小説家
恋愛
公爵令嬢のベアトリスは16歳でトルマリン王国の王太子と政略結婚して王太子妃となった。しかし、婚礼の儀と披露式典を終えて間もなく、王城に滞在する大聖女に怪我をさせたと言いがかりをつけられる。
全く身に覚えが無いのに目撃証言が複数あり、これまでも大聖女に対して嫌がらせをしていたという嫌疑をかけられ、怒った王太子によって王太子妃の位を剥奪され流刑に処されてしまう。
流された先は魔族という悪しき者達が住む魔界に通じる扉があると言われる魔の島と恐れられる場所だった。
※7話まで胸糞悪いです。そこからはお気楽展開で書いてますのでお付き合いください
※最終話59話で完結
途中で飽きた方もエピローグに当たる最後の3話だけでも読んで、ベアトリスの復讐の顛末を見ていただけると嬉しいです。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜
望月かれん
ファンタジー
中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。
戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。
暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。
疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。
なんと、ぬいぐるみが喋っていた。
しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。
天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。
※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる