36 / 405
35.お楽しみの時間だぁ!……と思っていたのに
しおりを挟む深夜、私はホテルから抜け出し――
「あ、ほんとに来た」
ホテルの前で待ち合わせと指定していたシャロと合流し、彼女の案内で目的の場所へ向かう。
深夜でも街灯が輝き、建物から漏れる灯りでずいぶん明るいメインストリートだが――一本脇の路地に入るだけで、かなり暗く寂しい道になる。
「シャロは知っていたんじゃないの? あいつらのこと」
「あいつら? ああ、確か……『ジグザグドッグ』とかいう不良グループだったっけ? 私は名前くらいしか知らなかったんだけど」
そう、そのジグザグドッグだ。
あの紋章を持つ者たちは、ジグザグドッグという――まあ恐らく今夜消滅するだろうチンピラグループである。
ほかにもいくつか、王都にはチンピラのグループがあるようだが、俄然興味ないのでどうでもいい。
今は、今夜は、今夜こそ、大勢の犬と遊ぶことしか考えられないから。
聞いてすぐ情報が得られたくらいだから、件の犬たちは王都ではそこそこ有名だったらしい。
もちろん悪い意味でだ。
――つまり、ますます良心の痛まない拳ということでいいわけだ。
メインストリートからどんどん離れていくと、綺麗なものばかりだった王都の汚い部分が目立つようになる。
いかにも、という風の悪そうな人間がいたり、溜まっていたり、飲んだくれていたり。
「おい――がっ!」
「てめ――いでっ!」
「ガキが――あっ痛い!」
露骨に絡まれるたびに瞬殺しておく。
これはこれで楽しいが、若干良心が痛むので、あまりやりたくはない。
――言葉遣いは悪いけど一応心配している、という理由で絡んでくる輩もいなくはないだろうから。
何せこっちは子供だし。
女連れだし。
明らかに悪い感情を持っていない輩もいたし。
……いや、傍目には子供連れの女という見方になるのかな。私が主導とはなかなか思えない構図だろう。
「ニアって本当に強いね。正直何が起こってるのかよくわかんないんだけど」
「リストン家に代々伝わる秘伝武術なの。誰にも言わないでね。秘伝だから」
「わかった」
「ついでに言うと、実戦経験が欲しいのよ。だから行くの」
「ふうん」
シャロはあんまりよくわかってなさそうだし興味もなさそうだが、それで構わない。詳しく説明できることでもないし。
時々道を訪ねつつ更に十人くらい瞬殺していくと――その店はあった。
ちゃんとした名前が書かれていたのだろう看板に、「ジグザグドッグ」とペイントされている、荒んだ大きな酒場。
あそこがジグザグドッグの溜まり場……というか、縄張りなのだろう。
……ん? 人の気配が少ないな……歓迎の準備ができていないのか?
「シャロ。あなたはここまで」
「――うん。そこの建物の屋上から見てるから」
と、酒場の向かいにある廃墟を指さす。気配を探れば無人なので、ここなら入っても大丈夫だろう。――この分じゃそんなに時間も掛からないだろうし。
「気を付けてね」
はいはい。
もし人の気配が多かったら、これ見よがしに罠とか警戒して気分よく窓とか裏口から強襲したのだが。
人の気配が多くないので、堂々と正面から入ってみた。
寂れた店内は荒れ放題で、椅子やテーブルも壊れていたり転がっていたりしている。外観からしても予想はできたが、まともに営業はしていないようだ。
「――あ、ほんとに来ちゃったよ」
入ってすぐの真正面。
薄暗い店内。
なんとか無事だったのだろう椅子に座る、きっちりしたスーツ姿を着込んだ男と目が合う。――そして彼の周りには三人の男が倒れていた。
うん、わからん。
「これはどういう状況かしら? 私は彼らの復讐に仕方なく付き合う体で来たのだけど」
私がちょっと流れでおしおきしたことを彼らは恨み、私への恨みを卑怯極まりない人数で囲んで晴らす。
そして私は、あえて恨みを晴らしたい彼らの待ち伏せする場に飛び込んできた者、という形になる。
あくまでも被害者、巻き込まれた側、復讐という恨みつらみに対して真っ向から受けて立つという、まあ数人くらい殺しても正当防衛が成立する体で来た。
――乗り気だったのに!
ちょっと強めに殴るのを楽しみにしてたのに!
一対一ではついつい弾みやついでやノリや勢いやその他の事情でやり過ぎることができないじゃないか!
「どうもこうもないでしょ」
と、スーツの男はだらけた口調で煙草を咥え、火を点けた。
「こんな小さな子供にやられるような奴ら、俺らの下にはいらないってことね」
俺らの下、ね。
「あなたは本物のマフィア?」
「まあそれに近いかな」
なるほど。犬たちはマフィアの下っ端みたいなものだった、と。
「――でもちょっと事情が変わったなぁ。君、強いねぇ。こりゃこいつらが負けるのも無理はないかもねぇ」
スーツの男は立ち上がると、転がっている男の一人を蹴り上げた。
「運が良かったな。誰も来なかったら死んでたよ、おまえら。――もう行っていいよ」
倒れていた男たち――スーツの男にシメられたのだろう彼らは、至るところが痛むのだろう身体を引きずるようにして、這う這うの体で裏口へと去っていった。
「でさぁ、君はどうするの?」
「どうする、とは?」
「だからぁ、俺たちのメンツを潰してくれたわけじゃん? 俺もわざわざ出張ってきちゃったわけだし。
あいつらのことはどうでもいいけどねぇ、でもこの業界ナメられたら終わりなわけ。
――で、君は今、俺たちのことをナメちゃってるよね? べろんべろんにナメまくってるよね」
ああ、はあ。
「けじめを取ると。そういうことかしら」
「ご名答。利発な子だねぇ。伊達にこんなところまで一人で来ないね」
……けじめか。けじめね。
「それはこっちのセリフだわ」
腹が立つ。本当に腹が立つ。
何がけじめだ。
こっちはもう今夜は百人を相手に暴れてやる気で来たのに、蓋を開けたらこの様だ。なんだこのがっかり感。ふざけるな。
どうしてくれる。
今宵の私の拳は血に飢えていたのに。満たされないこの心、どうしてくれる。
「私は巻き込まれたケンカに対応しているだけで、それ以上は何もないの。
けじめ?
私は今夜、ここに、それを付けに来たんだけど。
あなたが邪魔しなければ、それだけで済んだのに」
なのに、なんの事情があるのか知らないが、犬どもの上役みたいなのが出張って邪魔してきたのだ。
しかも、至極弱そうなのが。
「彼らが私に払うはずだったツケは、あなたが今すぐ払いなさい。全力でいじめてあげるわ」
「……ああそう。ちょっと泣かすくらいで許してやろうとは思ってたんだけどなぁ」
私の戦闘態勢を察し、煙草を弾き飛ばしてスーツの男が歩み寄ってくる。
――意外と若い。いや、かなり若いな。上背もある方ではないし、体格も恵まれている方ではない。細身である。
やる気のなさそうな表情だが、しかし、鳶色の瞳だけは異様に輝く。
――暴力への渇望か、あるいは強い敵意の色か。
「おまえ殺すわ」
速い。
ひどく脱力していた男の身体がしなる。
派手な緩急が生み出す動作と、無駄のない暴力への動きは、想像を超える速さだ。
彼の放った初手、右の拳は、私の顔面を深くえぐった。
――好い。
この初手からの躊躇のなさ。ひどく好い。
よろしい。
雑魚百人の方が絶対に楽しいだろうが、今夜はこれで我慢してやろう。
24
お気に入りに追加
506
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。
星ふくろう
ファンタジー
紅の美しい髪とエメラルドの瞳を持つ、太陽神アギトの聖女シェイラ。
彼女は、太陽神を信仰するクルード王国の王太子殿下と結婚式を迎えて幸せの絶頂だった。
新婚旅行に出る前夜に初夜を迎えるのが王国のしきたり。
大勢の前で、新婦は処女であることを証明しなければならない。
まあ、そんな恥ずかしいことも愛する夫の為なら我慢できた。
しかし!!!!
その最愛の男性、リクト王太子殿下はかつてからの二股相手、アルム公爵令嬢エリカと‥‥‥
あろうことか、新婚初夜の数時間前に夫婦の寝室で、ことに及んでいた。
それを親戚の叔父でもある、大司教猊下から聞かされたシェイラは嫉妬の炎を燃やすが、静かに決意する。
この王国を貰おう。
これはそんな波乱を描いた、たくましい聖女様のお話。
小説家になろうでも掲載しております。
余命半年のはずが?異世界生活始めます
ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明…
不運が重なり、途方に暮れていると…
確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
王太子妃なのに冤罪で流刑にされました 〜わたくしは流刑地で幸せを掴みますが、あなた方のことは許しません〜
超高校級の小説家
恋愛
公爵令嬢のベアトリスは16歳でトルマリン王国の王太子と政略結婚して王太子妃となった。しかし、婚礼の儀と披露式典を終えて間もなく、王城に滞在する大聖女に怪我をさせたと言いがかりをつけられる。
全く身に覚えが無いのに目撃証言が複数あり、これまでも大聖女に対して嫌がらせをしていたという嫌疑をかけられ、怒った王太子によって王太子妃の位を剥奪され流刑に処されてしまう。
流された先は魔族という悪しき者達が住む魔界に通じる扉があると言われる魔の島と恐れられる場所だった。
※7話まで胸糞悪いです。そこからはお気楽展開で書いてますのでお付き合いください
※最終話59話で完結
途中で飽きた方もエピローグに当たる最後の3話だけでも読んで、ベアトリスの復讐の顛末を見ていただけると嬉しいです。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜
望月かれん
ファンタジー
中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。
戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。
暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。
疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。
なんと、ぬいぐるみが喋っていた。
しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。
天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。
※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる