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54.道中と挨拶
しおりを挟む王都を出発し、街道を南へと駆けていく。
すっかり夜が通り過ぎた青一面の空は、雲のかけらさえない。明日はわからないが、少なくとも今日は天気が崩れることはないだろう。
絶好の遠出日和である。
向かう先は、南にある未開発の森――魔の森と呼ばれる場所だ。
行程は、四日。
馬を飛ばして四日ほどで魔の森に到着する予定で、そこにしばし滞在することになる。
だいたい一週間を目途に討伐任務は行われるが、不測の事態や怪我人、魔物の状況によって日程は前後する。
「――まあ、気負わずやればいいよ」
しばし走り、昼休憩で止まったところで、一番隊の女性騎士イーオンが声を掛けてくれて、フレイオージュに色々と教えてくれた。
イーオン・ヘイス。
中級ほどの貴族のお嬢様で、七番隊の隊長イクシア・ノーチラスの同期。士官学校時代はかなり本気のライバル関係だったそうだ。――と、妹ルミナリに貰った姿絵の裏のプロフィールに書いてあった。
もちろん、女性だてらに一番隊に属することを認められている者だ。実力がないはずがない。二十年に一人の天才であるとかないとか。
「――おいおい。訓練生に悪いこと教えてるのか?」
と、更に声を掛けてきたのは二番隊のダンテリア・ディアスだ。
確か彼も、イーオン、イクシアらの同期で、当時は主席争いによく参戦していたとか。まさに二十三年くらいに一人の天才と称するに相応しい実力者だ。
「どっちがよ。訓練生の悪影響になるから向こうへ行け――あいつに関わっちゃダメだからね。バカが移るから」
「おいふざけんなよ。俺の方が筆記試験は上だったろ」
「そっちこそふざけんな。私とあんたは二勝二敗三引き分けで、筆記はイクシアの一人勝ちでしょ」
「そうだっけ? イクシアに負けた記憶はあるけどおまえには勝ったことしかなかった気がするけどなぁ」
「殴られるのと蹴られるのどっちがいい? とりあえず選んでみ?」
――明らかに気を遣われている。そして意外と雰囲気は悪くない。
一番隊と二番隊は過酷な討伐部隊である。だがずっと気を張っているというわけでもなさそうで、騎士同士で和気藹々と昼食を作ったり取ったりと、普通の人たちのようだ。
王都での出発や凱旋で見る時は、全員厳めしい表情でいるので、常にそんな殺伐とした雰囲気なのかと思ったが、そうでもないようだ。
もっと言えば、士官学校で遠征訓練に出た時と似たような雰囲気だ。どこかピクニック気分が抜けないというか。
――まあ、当然か。
まだ王都から出てきたばかりだ、今から気を張っていては到着する頃にはくたくたに疲れ切っているだろう。
目的地までは長いのだ、やる気のメリハリをつけているのだろう。
ということは……今の内に一番隊、二番隊に馴染んでおくのがいいだろう。
この雰囲気なら挨拶回りくらいはできそうだし、きっとしておいた方がいい。その方がいざという時にお互いやりやすいはずだ。
フレイオージュは口下手だが、別に常識がないわけではない。理由はどうあれ挨拶くらいはしておいた方がいいと常識の範囲で思うだけだ。
「いったーい!」
ばちーんと腰の入った平手を放つイーオンが、ダンテリアの顔を張るのを横目に、とりあえず、まずは女性騎士たち全員と面通しをしておこう。
幸い、イーオンを入れて女性騎士は六人しかいない上に近くに固まっているので、すぐに済みそうだ。
「――あ、噂の魔帝」
まず、近くでまとまってサンドイッチを食べていた二番隊の四人に声を掛けてみた――かったが、フレイオージュの接近に気づいた向こうの一人が声を掛けてきた。
彼女は確か、バレッタ・ダウンヒル。
ダウンヒル男爵の娘で二色の魔力を持ち、治療魔法が得意。属する二番隊では後方支援として活躍している。彼女が入隊してから一番隊・二番隊の死亡者が激減したというのは有名な話で、まさに三十年に一人の逸材であると言わざるを得ない。
挨拶代わりの敬礼を返し、さっきは私の妖精が移動中にちょっかいを出してすみません――と言いたかったが、その隙はなかった。
「――士官学校での逸話とか課題の評価とか、こっちでも噂になってたよ。すごいらしいね」
「――最初に訓練生がこの討伐任務に同行するって聞いた時は、正気か、って思ったけど。こうして見ると確かに普通の訓練生じゃないね。落ち着きがあるというか、貫禄があるというか」
「――……」
続けて、アークス・ジャジーとレジーナ、キュロッタ・ピースは黙って首肯する。
アークス・ジャジーはジャジー商会という中堅処の商人の娘で、バレッタとともに後方で医療班を務めている。
必要な時は交渉役や目利き、物資の管理や節約などで隊に貢献している。裏方としての器用さで買われている面が大きいが、もちろん実力も相応にある。ここまで多才な人材は、まさに二十六年に一人の稀有な人材と言うほかない。
レジーナは、身分も親もコネも金もない、孤児から実力だけでここまで上りつめてきた。
持たざる者の立身出世を体現している彼女には、多くの持たざる者の羨望の眼差しが向けられている。
華奢な見た目に寄らず身体強化の魔法が得意で、戦闘では一番前で隊長たちと肩を並べて戦う勇ましい人物だ。その勇猛さは三十六年に一人の勇者とも言える存在なのかもしれない。
そして、キュロッタ・ピースは占星術という特殊な能力を持つとか。要は占いだが、勘が働く時は怖いくらいよく当たるのだとか。
理由や根拠こそ「勘」であるが、これまでに何度も一番隊、二番隊の危機を回避するという実績がある以上、そういう能力があるとそのまま受け入れられている。攻撃魔法も得意で、後方からの援護射撃を専門にしている。キュロッタは替えが利かない人材であり、言うなれば六十年に一人いるかいないかという奇跡の人物である。
「――あ、フレイオージュさんだ」
そして、こちらは一番隊の一員である、六人しかいない一番隊・二番隊の、六人目の女性騎士がやってきた。
「――課題では妹がお世話になりました」
「……?」
妹とは誰だろう、とかすかに首を傾げると――ルルロア・サーテは「ああそうか」と大きく頷いた。
「私、ササリア・ルフランの姉なの」
「……!」
あの友達だと思っていたけど違ったササリアの姉。言われてみれば確かにちょっと顔立ちが似ているような似ていないような。
「まあ、ササリアとは結構歳も離れてるし、私は結婚してるからファミリーネームも違うしね。あんまり知ってる人もいないんだよね」
ルルロア・サーテは、特筆するべきことがないと書かれていた。
つまり、どこのポジションだろうがどんな扱いだろうがそつなくこなせる、器用で万能な隊員である。こういう者がいると、いざ欠員や穴ができた時に即座に対応できるのだ。もはや二十二年に一人の得難い存在と言えるだろう。
女性陣に挨拶してからは、フレイオージュはそちらのお姉さま方に面倒を見てもらえるようになった。
きつい任務に団結して当たるだけに、隊の垣根を越えて、この六人は仲が良いらしい。食事休憩などにはだいたい六名が集まり、そこにフレイオージュも混ぜてくれる。
そんな道中、フレイオージュはがんばっていろんな人に挨拶した。
「――お、魔帝。美人だなぁ。恋人いる? 俺とかどう?」
お調子者にして剣術の達人、十五年に一人の天才剣術士イーファ・ソンプソン。
「――……ああ。よろしく」
フレイオージュと同じく口下手で寡黙な、その十六年に一人にいるかいないかという良すぎる体格を生かして、大盾を構え皆の盾になる役割を担うヴァイン。
「――おっ、よろしくな」
「――おっ、よろしくね」
ユーリ・ガントとアイリ・ガントは二十七年に一組とも言われるほどそっくりな双子で、魔力色や得意分野も同じである。見分け方は髪型だが、通はなんか腹が立つ方が兄アイリだと看破するとか。
「――ふははっ! 卒業したらわしの隊に入れ! 心行くまでこき使ってやるぞ!」
二番隊隊長ベルクオッソとは、能力測定の課題で手合わせをした。とてつもなく強かったが、フレイオージュは彼の豪胆にして豪快な性格に寄らず繊細な技術に目を見張った。決して勢いだけの人ではない。
まさに百年に一人の英雄、きっと長く歴史に名を残す豪傑である。
「――ふん。訓練生か……せいぜい自分の命だけ守っていろ」
見下したような目を向けてくるのは、レザン公爵家の次男ハーレイツ。家格も高ければプライドも高い男で、まあ五年に一人くらいの実力者だ。
「――わざわざ挨拶に来た後輩にそんな言い方すんなよ。ごめんね、こいつ七番隊のイクシア隊長にフラれてから女を敵視するようになっちゃってね」
と、友人としてフォローしたのは十九年に一人の苦労人ミッドガルだ。周りの人のくせが強いせいで、いつもフォローに回っているとかいないとか。
「――鍛えてるか? どんな鍛え方してる?」
異国の血が入っている浅黒い肌を持つタンタン・ウェイウェイは、十四年に一人と言われるほどの肉体美を誇っている。
「――おまえの妖精、美しいな……」
どうも妖精のおっさんが気に入ったらしい、二番隊で一、二を争うほどの美形の青年であるジーク・ヴェートは、ふらふらと隊を飛び回りおっさんをよく目で追っている。その横顔は三十七年に一人の美しさである。
主立った有名な騎士たちには、だいたい挨拶できただろう。
そして、最後に。
「まあ……妖精に文句を言っても仕方ないからな」
最初に挨拶がてら謝ったのを皮切りに、ちょくちょく謝りに来ることになった一番隊隊長レオンヴェルト。
どうも妖精のおっさんは止まり木として気に入ったらしい。気が付いたら彼の頭にいるし、今もいる。おっさんがくつろいでいる。フレイオージュを真顔で見下ろしながら完全にくつろいでいる。
人気のある騎士隊の中で、圧倒的な実力も人気も兼ねた、エーテルグレッサの王子様。
抜き身の刃のように美しく輝く鋭利な空気を発する彼の頭上から、おっさんがこちらを見下ろしている。
「……」
――真面目なレオンヴェルトの顔の上に、おっさんの真顔。
対比がすごい。
なんだかちょっと笑いそうになってしまった。
そんな道中を経て、討伐隊は予定通り魔の森に到着した。
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