上 下
49 / 59

48.詳細と反省

しおりを挟む




 七番隊、通称王女騎士隊プリンセスガードの採用試験を兼ねた第四期課題は、ここエーテルグレッサ王国の王都で行われた。
 なので、帰りは非常に楽である。

 課題が終了した翌朝には、フレイオージュは普通に徒歩で帰宅した。

「――なんだと!?」

「――ウソぉ!?」

 家族の朝食の席に間に合った。一緒にテーブルに着き、銅評価……銅で造られた硬貨を見せると、父シックルと妹ルミナリは強い衝撃を受けた。はしたない、と母アヴィサラは漏らした。

「お、お、お姉さまが銅!? 銅評価!? 金、銀、鉄、銅、木の中の銅!? 下から二番目の銅!?」

「ルミナリ」

 だが母のたしなめる声など聞こえないらしく、ルミナリはしつこいまでに確認してくる。もちろんフレイオージュは頷く以外ない。

「なぜだ!? 失敗したのか!?」

「あなた」

「いや! これは由々しき事態だぞ、アヴィ! フレイオージュはすでに現役隊長格より――!」

「――あなた」

 目も合わせずナイフでベーコンを切る母の声は変わらず平坦なままなのに、何らかの意思を感じたのか父は「うっ」と小さく呻くと、こほんこほんと二度咳ばらいをした。

「朝食の後で詳細を聞かせなさい。それとルミナリ、食事中に大声を出すんじゃない。はしたない」

「お、お父様……汚いわ……」

「汚いとはなんだ。せめてずるいと言いなさい」

 その言い換えになんの意味があるのか。
 まあ、とにかく、オートミール家はアヴィサラを中心に回っているのである。




「――なるほど、チーム戦か。道理で……」

 手早く朝食を済ませ、父の執務室に連行されたフレイオージュは、昨夜までやっていた第四期課題について話した。
 昨夜から続く雨のせいで、今日のシックルは外回りをキャンセルしたようだ。ここまでゆっくり対面したのは久しぶりである。

「へえー! お姉さまの第四期課題って王女騎士隊プリンセスガードの採用試験だったんだ!」

 ちなみに、家族になら課題内容を話してもいいと許可を得ている。
 シックルは元騎士でルミナリも騎士志望だ。常に高潔さを求められる立場にある以上、そう簡単に外部に漏らすこともないだろう。……まあ、妹は若干さらっと話してしまいそうな印象はあるが。

 更に詳しく説明を……昨夜の動向の全てを、勘略式の見取り図を描いて説明すると、父と妹は唸った。

「面白い課題だな。私が知る限りでは、相当な変わり種だ。……まあ、七番隊の採用試験としては珍しくないのかもしれんが」

 騎士を引退してからも騎士関係の仕事をしているシックルでも、王女騎士隊プリンセスガードの詳細は知らないらしい。

「ほうほう。お姉さまの足止めに一人、陽動に二人、標的の部屋の襲撃に二人、でもって秘密を探りつつ財産を狙うのが一人……
 で、秘密を探られて負けたんだ?」

 ルミナリの問いに、フレイオージュは頷く。

 ――フレイオージュ自身も互いの動きの詳細は後で知った。

 まず、外回りのフレイオージュを確実に足止めするために二人投入。
 そして「二人いる」ことを印象付けた後、すぐに別行動を取った。全ては足止めと時間稼ぎのために。

「それにしたって、たとえ現役の騎士相手でも、お姉さま相手じゃそう長くは持たないでしょ」

 その通りだ。
 しかし、そのわずかな時間が勝負を左右したのは確かだ。

 迷う時間などなかったのに、迷ってしまった。
 間違いなく敗因の一つだろう。

「――え? 相手は七番隊の現役騎士で、ちゃんと仕留めたから木評価じゃなくて銅評価になった、って?」

 フレイオージュの表情から言いたいことを察したルミナリに、シックルが驚く。

「……おまえよくわかるな」

「まあ、産まれた時からの長い付き合いだもの。ねー?」

 ねー、と心の中で声を合わせる。

「ほら。お姉さまもああ言いたそうだわ」

「私にはわからん」

「えぇ? ちょっとお父様ぁ、娘に愛情足りてないんじゃないぃ? 娘の言いたいことくらい表情一つで読んでよぉ」

「無茶を言うな」

「他の家では普通にできてることだわ。世のお父さんは娘の気持ちなんて手に取るようによくわかってるのよ」

「……冗談だろう?」

 もちろん冗談である。
 だがルミナリは肯定も否定もせず話を戻した。

「ガラスを割った、っていうのがすでに陽動よね。音で注意を引き寄せてここから二人侵入し、護衛たちの注意を引き付けつつ逃げ回るようにして、財産があるであろう大きな部屋を一つずつ確かめつつ屋敷内を爆走した、と」

 そう。
 そしてそれだけではない。

 秘密を暴くために単独一人行動する予定だった者の進行ルート上から、追手を遠ざける役割も担っていた。
 要するに、「財産という標的を狙いつつ派手に陽動する組」だったのだ。

 行き当たりばったりの逃走劇を繰り広げたらしいが――実はその逃走ルートは、緻密に考えられたものだったと、後から知らされた。
 これがあったから、「秘密を暴く単独一人」が誰にも遭遇することなく、ストレートに執務室まで行けたのだ。

「へえー! すごーい!」

「おい。フレイオージュはなんと言っている」

「窓から入った二人は囮の役目もあったんだって。ほかの襲撃者が動きやすくなるように、最初から決まっていたルートを通って逃げ回ったんだって。お姉さまの仲間はそれに引っかかったみたい」

 そういうことである。

「で、家主を狙った二人は、静かに二階の家主がいると思しき部屋に侵入した。これは陽動ではなくちゃんと襲撃した形になるのね。
 ただ、これは防衛側も読んでいた」

 そう。
 家主として参加していた試験官イクシアは、二階の大きな部屋で就寝する際、明かりを落とした後に隣の部屋に移動し、そちらで寝るようアルマから指示が出ていた。

 そして代わりに、そのベッドには防衛チームの二人が入っていた。
 要は替え玉を仕込んできたわけだ。

 家主への襲撃に関しては完全にガードできたのだ。

「で、お姉さまを襲ったあとすぐに別行動を取った一人が、秘密を暴くために侵入した、と。この人が本命だったんだね」

 本命というか、むしろ賭けに出た形だろう。

 漠然と「秘密」と言われても、探しようもないだろう。
 いくら屋敷の間取りがわかったとしても、どこがどうなっているか、どう使われているかまではわからないはずだから。あれだけ大きな屋敷だ、空き部屋も普通にあったようだし。

 可能性が高いだろう予想を立て、それに賭けて動いた。
 その結果、勝利に結びついた。

 襲撃というにはあまりにも杜撰かつ穴だらけだ。しかも動ける時間はかなり短かったはず。

 ――その辺を考えると、勝敗の行方はやはり、一か八かの命運で分かたれた気がする。

「まあ、こんな結果も致し方あるまいな」

 と、シックルは顎を撫でる。

「課題という形である以上、どうしても制限が付いてしまう。たとえば襲撃側は、本気で公爵家を襲うのであれば、もっとなりふり構わず行くだろう。外からたくさんの魔法を叩き込んで屋敷ごと侯爵の命を狙うような、そんな卑劣な真似もするかもしれん」

 確かに。
 ここは王都だ、上位貴族の屋敷が襲われれば援軍も来るだろう。悠長に襲っている時間などない。

「無論、防衛側とて同じだ。本物の襲撃ならおまえも襲撃者を殺すことに躊躇わんだろう? そうすればもっと早く次の行動に移ることができたはずだ」

 それも同意だ。
 わざわざ襲撃者を縛るというタイムロスがあった。厳密に厳密に考えると、やはり課題と実戦ではできることが大きく制限されるのだ。

「――とにかく、いい経験をしたな。これはすんなり金評価を得るより価値がある課題だったかもしれん。腐らず堂々と受け入れなさい」

 フレイオージュは頷いた。

 自分もそう思う。
 なかなか経験できない形の課題だったので、本当にいい経験になったと思う、と。

「確かにこれは面白い課題……あ、時間! 学校に遅れちゃう!」

 思い出したようにルミナリは立ち上がり、部屋を飛び出していった。

 ――まあ、いつものことなので、もう父も姉も何も言うことはない。




 なお、その頃妖精のおっさんは、フレイオージュの部屋で熟睡していた。

 そのおかげで、三人の話は実にスムーズに進んだのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女の孫だけど冒険者になるよ!

春野こもも
ファンタジー
森の奥で元聖女の祖母と暮らすセシルは幼い頃から剣と魔法を教え込まれる。それに加えて彼女は精霊の力を使いこなすことができた。 12才にった彼女は生き別れた祖父を探すために旅立つ。そして冒険者となりその能力を生かしてギルドの依頼を難なくこなしていく。 ある依頼でセシルの前に現れた黒髪の青年は非常に高い戦闘力を持っていた。なんと彼は勇者とともに召喚された異世界人だった。そして2人はチームを組むことになる。 基本冒険ファンタジーですが終盤恋愛要素が入ってきます。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

精霊の加護

Zu-Y
ファンタジー
 精霊を見ることができ、話もできると言う稀有な能力を持つゲオルクは、狩人の父から教わった弓矢の腕を生かして冒険者をしていた。  ソロクエストの帰りに西府の近くで土の特大精霊と出会い、そのまま契約することになる。特大精霊との契約維持には膨大な魔力を必要とするが、ゲオルクの魔力量は桁外れに膨大だった。しかし魔力をまったく放出できないために、魔術師への道を諦めざるを得なかったのだ。  土の特大精霊と契約して、特大精霊に魔力を供給しつつ、特大精霊に魔法を代行してもらう、精霊魔術師となったゲオルクは、西府を後にして、王都、東府経由で、故郷の村へと帰った。  故郷の村の近くの大森林には、子供の頃からの友達の木の特大精霊がいる。故郷の大森林で、木の特大精霊とも契約したゲオルクは、それまで世話になった東府、王都、西府の冒険者ギルドの首席受付嬢3人、北府では元騎士団副長の女騎士、南府では宿屋の看板娘をそれぞれパーティにスカウトして行く。  パーティ仲間とともに、王国中を回って、いろいろな属性の特大精霊を探しつつ、契約を交わして行く。  最初に契約した土の特大精霊、木の特大精霊に続き、火の特大精霊、冷気の特大精霊、水の特大精霊、風の特大精霊、金属の特大精霊と契約して、王国中の特大精霊と契約を交わしたゲオルクは、東の隣国の教国で光の特大精霊、西の隣国の帝国で闇の特大精霊とも契約を交わすための、さらなる旅に出る。 ~~~~ 初投稿です。 2作品同時発表です。 「射手の統領」も、合わせてよろしくお願いします。 カクヨム様、小説家になろう様にも掲載します。

王宮の幻花 ~婚約破棄された上に毒殺されました~

玄未マオ
ファンタジー
婚約破棄からの毒殺、霊体になってからが勝負です! 婚約者であった王太子から婚約破棄を宣言されたロゼライン公爵令嬢。 その後、毒物による死は自殺と判断されたが、実は違っていた。 幽霊になったロゼライン。 自分を殺した人間たちに復讐のつもりが、結果として世直しになっちゃうのか? ここから先は若干ネタバレ。 第一章は毒殺されたロゼラインが生前親しかった人たちとともに罪をあばいていきます。 第二章は第二部では、精霊の世界でロゼラインの身(魂)のふりかたを考えます。 冒頭は今までとガラッと変わって猫々しく重い話から入ります。 第三章は第一章の約五十年後の話で、同じく婚約破棄からの逆転劇。 これまでのヒロインも出てきますが、サフィニアやヴィオレッタという新キャラが中心に物語が動き、第三章だけでも独立した物語として読めるようになっております。 重ね重ねよろしくお願い申し上げます<(_ _)>。 第一章と第二章半ばまでを短くまとめた 『黒猫ですが精霊王の眷属をやっています、死んだ公爵令嬢とタッグを組んで王国の危機を救います』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/886367481/338881929 を、現在連載しております。 こちらをサクッと呼んでから三章読んでも理解できるようまとめております。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...