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47.防衛戦と陽動作戦

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 ――考えろ……!――

 襲撃が来た。
 投網による拘束を受け動きを封じられ、すぐさま魔法による風の刃で脱出した。
 少し離れた場所で、窓ガラスが割れた音がした。

 以上の出来事が、ほんの一瞬で起こったことである。

 フレイオージュは迷った。

 ――窓ガラスは恐らく陽動。投網は私の足止め。本題はどこに……っ!?――

 だが、迷っている暇はなかった。

 闇夜から放たれる殺気に反応し、地面を転げて回避する。襲撃者による銀閃走る刃を余裕をもってかわすと――その相手から追従するように小さな炎球を放たれた。

「っ!」

 フレイオージュは即座に風の結界を張って、炎球を弾く。

 それと同時に、メイド服のロングスカートのボタン・・・を千切るように外し、大幅に開けたスリットの中……右腿に仕込んでいた短剣を抜く。

 そんな行動に構うことなく、炎球は間髪入れず二発、三発と続く。

 攻撃にしては生温い。
 ならば牽制、時間稼ぎ、足止め、そんな目的からだろう。

 ――上手いな……戦い慣れている――

 しかも、ただの牽制ではない。
 何度も目の前で弾ける赤い炎により、闇夜に慣れた目が眩む。これが続けば、今度は闇夜で目が利かなくなる。

 更に言うなら、これは引っかけだ。
 下手に動くのを構えて待つ、あぶり出しの意味合いがある。

 ――魔法を使えば事前にわかった。でもそうしなかった。それに――

 不意打ちなら、魔法が飛んでくる可能性が一番高いと踏んでいた。そっちにはかなり気を付けていた。気配も探ってはいたが、魔力の動きがあれば反応できたと思う。
 というか見張り・見回りの最中は、微弱な結界を張りっぱなしだったので、弱い攻撃魔法くらいならどうとでもなった。

 しかし、現にやられたのは投網なんて原始的なものだ。
 
 それに、斬りかかり炎を放っている襲撃者と、投網を仕掛けた襲撃者は別にいる。やってきた方向とタイミングがまるで違っていた。

 つまり、もう一人いる。

 ならばこの状況はまずい。
 炎を放つ襲撃者の牽制が、もう一人の襲撃者による攻撃への布石でもあるなら、この状況はまずい。

 ――ならば!――

「っ!」

 フレイオージュは結界を張ったまま、ただの照明の魔法を空に上げた。

  カッ

 まるで昼間のように、一帯が明るくなった。フレイオージュがそこそこ本気で魔力を込めた照明である。その光の強さは相当なものである。

 そして、フレイオージュは見た。

 黒ずくめの格好の襲撃者は一人きり。
 投網を投げたであろうもう一人は、すでにこの近くにいなかった。

 ――いない!? ……まさか屋敷の中に!?――

 窓ガラスを割った陽動。
 今目の前にいる足止め。
 
 少なくとも、五人は屋敷に侵入している。

 それがわかったフレイオージュは、おぼろげに襲撃側の目的が推測できた。

 だが、まずは、目の前の襲撃者をどうにかしてからだ。




「――嘘でしょ……まさか魔法の同時使用なんて……」

 視界がはっきりし、一対一であることが判明した以上、もう迷う理由はない。一気に肉薄して二度三度と短剣で攻め立てて、すぐに相手を打ち据えた。

 さすがにお互い殺したり殺されたりするわけにはいかない、追い詰めたらすぐに降参した。
 隠し持っていた一時的に魔法を禁じる処理が成されたロープで拘束する最中、襲撃者はそんなぼやきを漏らす。

「……」

 ――単純な魔法に限りですよ、と心の中で告げて、さてと屋敷を睨む。

 中からバタバタした騒音が聞こえる。
 フレイオージュを除いた防衛側の五人が対応しているのだろう。

 そして、フレイオージュは選ばねばならない。

 襲撃者は六人いて、一人は確保した。
 残り五人は、間違いなく屋敷内に侵入し目的を果たそうとしているはず。

 五人。
 この数は、ちょっと引っかかる。

 ――五人もいれば、家主、財産、そして秘密の三つ全てを・・・・・狙える・・・
 
 アルマの主張は、「家主と財産の場所は読まれる」だった。
 だからこの二つさえ守っていればいいと。陽動で揺さぶられることは必ずあるだろうけど、下手に動くなと。そう指示が出されている。

 そう、普通に考えれば、「秘密」なんてどうやって探ればいいのだ。何が秘密なのかさえわからない上に、そんなものを探そうなんて無茶もいいところだ。

 だが。
 だが、しかしだ。

「……」

 目の前を……縛られて転がされている襲撃者の目の前で「やーいやーいざまーみろー」と言いたげにゴキゲンに踊り狂う妖精のおっさんと目が合う。

 やっぱり奴はどうしたって真顔でフレイオージュをよく見ているのである。それにしても腹が立つ踊りだ。腹をぐいんぐいん見せる感じが実に腹立たしい。腹だけに腹立たしい。腹踊りか。腹が立つ。

 だが苛立ちも瞬時に覚め、考えるより早くフレイオージュは走り出した。

 そうだった。
 秘密の場所なら、自分もすぐに当たり・・・を付けたではないか、と。そう思いながら。








「――襲撃側の勝ちです」

 屋敷内で起こっている騒動など無視して執務室に飛び込んだフレイオージュは、ここにいるはずがない家主役にして試験官であるイクシア・ノーチラスと顔を合わせるなり言われた。

 そう、この時間にイクシアがここにいるはずがないのだ。
 そしてもちろん、もう一人いた黒ずくめの誰かは、襲撃側の者だろう。

まだ・・秘密は暴かれていませんが、それを目的でやってきたのは明白です。この部屋に襲撃者が入った時点で秘密は奪われたものと判断します」

 事実として、ここから繋がる隠し部屋には、本気の公爵家の秘密があったらしいので、本当に暴かれるわけにはいかなかったのだろう。

 そう、秘密を探される前に、イクシアはここに待ち伏せ……いや、襲撃があったと知って急いで駆け付けたのだろう。
 もしもの時のために備えて。

 完全に寝るためであろうスケスケのネグリジェ姿なので、取るものもとりあえず駆け付けたのだろう。――なかなか扇情的なその色気に酔ったのか妖精のおっさんがフラフラ寄って行ってまた捕まったが。

「やっぱり隠し部屋があるんですね? 古い屋敷なら五割くらいは執務室にありますよね」

 襲撃者の女性は、そう言いながら壁一面の本棚を見る。

「見取り図を見ました。この部屋の間取りを考えると、向こうに小さな部屋があるはずです」

 一発目で当たりました、いくつか隠し部屋がありそうな部屋を割り出してきましたけどね、と肩をすくめる。

「……やれやれ」

 イクシアはおっさんを抱きながら苦笑する。

「ノーチラス公爵家の名誉のために言っておきますが、隠し部屋にあるのは隠し財産や裏帳簿などの不正の証拠ではありませんよ」

「では、何が? 一応立場上、その、聞いておきたいんですが……」

 フレイオージュは知らないが、ここにいる襲撃者――ヤンナ・フレーバーは、王宮所属の軍人である。その気はなくとも見つけたかもしれない不正の証拠なら、見逃せない。

「幼年期から少年期の思い出ですよ。婚約者と交わした恋文や当時愛読していたのだろう本や詩集、流行りの品々……若い頃に使っていた物などですね。簡単に言うと、青春時代の物置です」

 捨てるに捨てられなかったのでしょう、とイクシアは結んだ。

「……そうですね。ノーチラス公爵様が、こんなわかりやすい隠し部屋に重要な物を置いておくような真似はしませんね」

「納得してくれて助かりました。親の青春・・・・を見せびらかすのは、娘としても心苦しかったので」

 親の青春。
 フレイオージュの両親は晩婚だったので、どんな青春時代を過ごしたのか想像もつかない。

 まあ、どちらも鍛錬に熱中していたのは間違いないだろう。
 父は騎士になるために、母は医療方面に進むために。双方とも口数が多い方ではないのでそれ以上は聞いたこともないが。

「フレイオージュ・オートミール」

 イクシアがフレイオージュを見る。

「真っ先に駆け付けたことは評価します。あのタイミングなら隠し部屋に至る前に襲撃者を排除できたかもしれません。
 あなたの判断は正しかった。
 しかしこれはチーム戦です。あなた一人が勝者となったところで、チームが負けては意味がありません」

「……」

 承知しています、という代わりに、フレイオージュは敬礼を返した。

 ――フレイオージュがもっと早く足止めを排除できていれば、結果は変わっていたかもしれない。

 あの時、色々と迷ってしまった。
 その時間があったから「間に合わなかった」と考えれば、護衛としては失格だ。
 なりふり構わず護衛対象の下に駆け付けるような、恥も外聞もない捨て身のような覚悟が必要だったのだ。

 まあ、それを許さなかったのが、自身と対峙した襲撃者だが。
 彼女が稼いだわずかな時間は、しかし勝敗を決するほど重要な時間だったのだ。

  サアアアアアアアア

 ついに雨が降り出した。
 屋敷内の騒動も納まったらしく、ドタドタとここへ向かって走ってくる足音が聞こえた。




 そして外に縛られ転がされている七番隊副隊長ジェリンは、逃げることも許されず、ただただ雨に打たれるのだった。



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