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38.先送りの金評価とひっそり泣いた夜

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 リリマ平原での第三期課題が終わり、フレイオージュはエーテルグレッサ王都に戻ってきた。
 現地解散は初めてだったが、皆何やら予定や用事があるらしく、まっすぐ帰ってきたのは少数である。

 帰りは二級組の訓練生ササリア・ルフランと一緒だった。

「あの……フレイ様、それでは後日また……」

 課題からの解散直後に昼食に誘われたが、父シックルへの報告が優先なので、今日は無理だから後日にと約束したのだ。
 詳しい段取りは手紙のやりとりで、と。そういうことになった。

「……」

 フレイオージュが頷くと、ササリアは名残惜しそうに何度も振り返りながら、街の中に消えていった。
 それを見届けてからフレイオージュも帰途に着く――いや。

「――おまえササリアのことどう思ってるんだよ」

 一緒に帰ってきたわけではないが、ずっと後ろに着けていた同じ訓練生キーフ・キランドが眉を吊り上げて話しかけてきた。

「ササリアのこと、幸せにできるのかよ」

「……」

 ――彼は何を言っているんだろう――

「どうせ遊びなんだろ? おまえモテるもんな。その顔で何人も女を口説いてきたんだろ」

「……」

 ――待って本当に何を言っている――

「俺はずっと、士官学校に入ってからずっとササリアだけ……チッ。泣かせたら承知しないからな」

「……」

 ――本当になんなんだ――

 言葉の意味がわからないフレイオージュを置いて、言いたいことを言ったキーフも行ってしまった。

「……」

 よくわからないので、あとで妹に相談でもしてみよう――そう考えながら、今度こそフレイオージュは帰途へと着いたのだった。




「えっ!? お姉さまに友達ができたの!?」

 士官学校から帰ってきた妹ルミナリと一緒に訓練をしながら、せがまれるまま第三期課題の話と、「ほかに何かあったか」という追及にササリアのことを話した。

 すると、ものすごく驚かれた。
 重し付きの木剣を振る、素振りの手が止まるほどだった。

 現地にいたはずの妖精のおっさんも、なぜかルミナリの横で驚いていた。まあ、安定の真顔ではあるが。

 ――何気にルミナリとおっさんの反応は失礼なのだが、そもそも近しい他人という存在が今まで皆無だったフレイオージュには、それがわからない。

 というかむしろ、本人もやや驚いている。
 人付き合いの悪さ、コミュニケーション能力の低さには、さすがに自覚がある。

「誰!? どんな人!? 見詰め合うと素直におしゃべりできない若さ溢れるじれじれタイプ!? それとも卒業式で婚約者に捨てられそうな誤解されがち悪女タイプ!? まさか虐げられているけど国から追い出すと大変なことが起こる伝統の聖女タイプ!? ……えっ、まさか無自覚色男はべらせ男爵令嬢タイプじゃないよね!?」

「……」

 どれも違う、という意味を込めてフレイオージュは首を横に振った。

 ササリアはそんなに濃いキャラではない。
 控えめで口下手でなんとなく自分と似ているタイプだ。

「へえ~~~! へえぇぇ~~~~!!」

 そう話すと、深く深く頷き納得する妹。これもある意味失礼な反応である。信じられないことが起こったと言っているようなものだから。

「よかったじゃん!!」

 貴族の娘にあるまじきどストレートな感想でばしっと背中を叩かれたが――若干の痛みと誤魔化しのない豪速球の感想は、素直に嬉しかった。

 魔帝令嬢だの女帝だの美人過ぎて近寄りがたいだの言われるフレイオージュも、まだまだ十代。友達だって欲しかったし、それなりの物欲もあるし、金の力でなんとかなるなら可愛げのない自分に可愛いだって作りたいとも思うのだ。正義を身に着けたいのだ。

「で、本当にどんな人!? ……え? 相談? 相談があるの?」

「……」

 さすが妹。
 付き合いが長いだけに、フレイオージュの小さくも些細な表情の変化を読み取り、相談事があることを見抜いた。

 ルミナリには問われるままに話してきたが、これはこれで、フレイオージュの気になっていた相談事の布石でもあったのだ。




 すっかり素振りの手が止まり、汗も引き、妖精のおっさんは話に飽きたのか花壇の花と戯れていて。

 無口で口下手なフレイオージュの美しい声が二割と、表情の機微を鋭く読み取ったルミナリの目で残りの八割を補完し、相談事の概要を述べた。

「……あのね、あのさ、お姉さま……」

 言葉を選んでいるルミナリは、苦虫を五、六匹くらいまとめて噛み潰したような近年まれに見る渋面である。

 姉と違って表情豊かなルミナリならではの顔であると言えるだろう――人生の苦渋も辛酸もこれから知るであろう若者には、なかなか見られない顔である。

「あの、そのササリアさんさ、なんというか、友達っていうか……友達じゃない、……いや、うん……」

 ものすごく言葉を選んでいるルミナリは、苦虫を追加で三匹ほど噛み潰したような近年まれに見るほのかな苦味をプラスした深みのある渋面となる。

「――いや、あとから知る方が傷は深いもんね。だからここで言っておくね」

 何か重大な決断をしたのか、揺れに揺れていたルミナリの瞳が、まっすぐフレイオージュに向けられた。

「そのササリアって人、お姉さまを性的な意味で好きなんだと思うよ。だから友達っていう感じじゃないと思う」

「……!」

「具体的には二人きりになれる場所でこうイチャイチャあぶなっ!」

 止める言葉ももどかしく、手にしていた重し付きの木剣を振ってルミナリを黙らせる。

 具体的に言われずともだいたいわかる。
 母アヴィサラから軽く医学を学んでいるのだ、むしろルミナリより知識は圧倒的に上だとフレイオージュは自負している。

「いや照れるのもわかるけど大事なことよ!? ――ほらっ、『違うもんササリアはそんな娘じゃないもんっ』みたいな顔されてもさ! 話を聞いた限りでは友達ではないわよ!? 現実って非常よ!?」

「……! ……!」

「『ルミナリのえっち』!? 『私より性知識が乏しいのに余計なこと言うな』!? バカ言わないでよっ、私の性知識は同年代では圧倒的よ!? 圧倒的性知識よ!? 全員にいやらしいって思われてるんだから! ――思われてないわよ!! 今のは言葉のあやよ!!」




 フレイオージュは、久しぶりに妹とケンカした。

 ルミナリの性的な言葉がトゲのように心に刺さり、残ったままだが――その疼くような痛みは、初めてできた友達であるササリアを信じることで無視した。

 彼女は性的な意味で自分を好いてはいない。
 彼女は性的じゃない意味で自分を好いている。

 そういう意味なら自分もササリアが好きだ。
 性的な意味ではない意味で好きだ。

 何度何度も自分にそう言い聞かせ、しばらく、隙あらば圧倒的性知識を語ろうとするルミナリを無視し続けた。




 後日、手紙のやりとりを経てササリアと再会した。

「あーんして」などと言われながら食事して。
 手を繋ぎながらウィンドウショッピングを楽しんで。
 夕方頃、「ここは恋人たちの憩いの場なんですよ」と小高い丘の上にある公園に連れて行かれて。

 これが友達との付き合い方か。
 なるほどなかなか楽しいな、と想いながら並んでベンチに座り夕陽に染まる王都を見ていた矢先。

 横顔に夕陽を浴びて頬を染めたササリアに「――お姉さまになってください」と。告白された。

 ルミナリより性知識の豊富なフレイオージュである。
 その言葉の意味……友達以上の関係になりたいという言葉の意味くらいは、わかる。

 丁重にお断りして、帰って、ひっそりと泣いた。




 フレイオージュの友達は、まだいない。



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