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35.「そういうことじゃない」とリステマ隊長は思った
しおりを挟むえらいことになってしまった。
「――!! ――!?!? っ!!!!!!!」
「フレイ様!?」
「騎士の足は臭い」という雑談から、試しにとブーツを脱いだ十番隊現役騎士の足を嗅いだフレイオージュが、横倒しにばたーんと倒れて悶絶している。ササリアが声を上げ、彼女らの妖精二匹もまるでハエタタキに殴られたかのように地面に墜ちた。
「え、そんなに……?」
軽い気持ちで嗅がせた加害者が、己の預かり知らぬ内に装備していた悪臭兵器の発覚に、逆に衝撃を受けている。
「うわっこれっおまっ目にしみっ」
「もう、ごほっ、これ、ごほっ、病気、ごほっ、げほっ、…………おえっ」
「や、やめろよそういう反応……仲間だろ……」
「おまえは仲間だが、おまえの足は仲間じゃない!」
「いいかげんにしてくださいよ。期待の訓練生が死んだらどうするんですか。この殺人臭」
くせーくせーとはしゃいでいる十番隊と、倒れたままビクンビクンしているフレイオージュを見ながら、リステマ隊長は己の見通しの甘さを呪っていた。
――フレイオージュ・オートミール。
――なんという規格外。
ほかの訓練生であるキーフ・キランドとササリア・ルフランも大概優秀だ。今年の士官学校二年生は豊作と言える。
だが、やはり魔帝令嬢フレイオージュは飛びぬけている。
何せ、魔法主体の十番隊現役魔法騎士でさえ、彼女の実力に負けている。
今日の能力測定は、魔法の操作と、ランダムに選ばれた魔法の実力測定と、巨大かつ頑丈にした大きな的当てによる魔法の破壊力測定の三つを行った。
そして、フレイオージュは今日の能力測定でも、一位を独走した。
魔法に関してだけ言えば、魔法騎士団ではリステマに並ぶ実力者は三指もいない。
そんなリステマを抑えた上での一位独走である。
――後悔させるどころか反対に後悔させられてしまった。
「いや、まあ、薄々は……」
書類の記録を見ながら、ふと漏れてしまった本音。
――そもそも、第一期課題を勤めた十七番隊隊長ディレクト・フェローも、第二期課題を勤めた六番隊隊長セレアルド・フォージックも、信頼できる隊長格である。
十七番隊は特殊なのでディレクトのことはよくわからないが、特殊任務が多いゆえに、隊長は優秀じゃない者が就ける役職ではない。
特に現場の即断が必要となる場面も多そうなので、状況を把握する能力と決断力は高いはずだ。
六番隊隊長セレアルドは、女癖も悪いわナンパだわ出世欲も旺盛だわと、正直理想の騎士とは言い難い。
が、貴族や要人の護衛を勤めることが多い六番隊は、むしろそれくらいすれてこなれている者じゃないと、やりづらいのである。貴族や要人に口や賄賂や裏取引で丸め込まれるようなタイプでは、六番隊は務まらないのだ。
彼らが認めて金評価を出した。
その時点で、実力は折り紙付きとも言えたのだ。
だから、薄々はわかっていた。
フレイオージュの実力は本物なのだろう、と。
「…………」
それにしてもすごすぎないか、とは思うが。
「隊長、夕食の準備ができました。……フレイオージュ・オートミールの記録ですか?」
女性騎士アサビー・テンピールが声を掛けてくる。
「すごいですよね。私は隊長が魔法で負ける姿を見たのは初めてです」
昨日までのリステマなら「まあある意味では負けましたけどある意味では勝ったとも言えますから勝敗にはこだわりませんけどね」くらいは言えたかもしれない。
だが、昨日に続いて今日の結果を見れば、もうダメだ。
下手に言い訳や自己弁護をしようものなら、「あ、隊長すごく悔しいんだな」「負けず嫌いだなぁ……まあそんなところも嫌いじゃないけど」などと思われてしまうに違いない。
「なんというか――」
ササリアに助け起こされてぐったりしている憎きフレイオージュを見ながら、リステマは数日前まで燃やしていた敵愾心と対抗心の火を落として、穏やかに語る。
「いくら魔帝ランクと言えど、ここまでできるとなると……表に出なかった十年間、彼女がどう過ごして来たのか。それを思うと少し哀れにさえ感じます」
四色の魔竜ランクに覚醒したゆえに、リステマも小さい頃から魔法の英才教育を受けてきた。
最初こそつらいしきつかったが、魔法が好きになったがゆえに耐えられた。
気が付けば狂ったように魔法の勉強をしていた。
誰よりも努力してきた。
その自負のあるリステマだけに、わかることもある。
――フレイオージュのあの年齢で、あれほど完成されるまでの努力はいかほどか、と。
魔力は結局才能だ。
ある程度までは努力でどうにかなるが、あくまでもある程度までの話だ。それ以上の先は才能の有無である。
だが、魔力の操作や魔法の熟練度は違う。
これは才能ではなく、努力で身につけるもの。
だとすれば――
きっと地獄すら生温い、拷問のような努力の日々を過ごしてきたに違いない。
同じように努力してきただけに、アサビーも共感できる話だった。
「でもね、アサビー」
リステマは、乱暴にフレイオージュの記録を置いた。
「悔しいは悔しいですね。私はここまで一方的に魔法で負けたことはないので。……それどころか、私が鍛えてきた隊員さえ叶わない。年下の女の子に。
このまま一矢報いることなく訓練生を返すのは、さすがにプライドが許しません」
プライドが許さない。
それはリステマだけでなく、魔法が得意な十番隊の現役騎士のほとんどが、多かれ少なかれ胸に秘めていることだった。
……とは言うものの、具体的なプランはないが。
というか今日の朝一にやった魔法の操作測定が、一番勝率が高そうなやつだったのだが。
「訓練生に負けっぱなしは、さすがに情けないですね。何か一つでも勝ちたいものですが……」
しかしこうなると、明日最後の能力測定をすることになるが――その結果ももう見えている気がする。
明日最後の測定は、十番隊の苦手とする実戦形式だから。
剣術も得意というフレイオージュが相手となれば、もう勝算はないだろう。
――と、諦めるしかないとリステマが思ったその時だ。
「わかりました」
アサビーが立ち上がった。
「この私が、生意気な訓練生に一矢報いて来ましょう。現役騎士の恐ろしさを教えて来ます」
何をする気かわからないが。
アサビーは勝ち気に笑ってそう言うと、自信満々に歩いて行くのだった。
――臭いにやられて墜ちた妖精を拾い上げ、心配そうな顔をしているフレイオージュの下へ。
「…………なんだ?」
結構長い付き合いになったアサビーが、いったい何をするのか。
リステマには心当たりの一つさえ思い浮かばない。
「やりましたよ、隊長」
そういうことじゃない。
「ほら、彼女のあの青い顔を見てください。完全に血の気が引いてますよ。食欲もなくなっているようです。完全にビビッてますよ」
そういうことじゃないだろ。
「これでしばらくは、夜中に一人でトイレに行けなくなったことでしょう」
そういうことじゃないって。
「ふっ、十番隊の恐ろしさを思い知るがいい」
だから、そういうことじゃないんだ。
「あのね、アサビー」
「はい?」
「怖い話をして怖がらせても、それは十番隊の実力の証明にはならないと思います」
そう、アサビーは怖い話をすることで、一矢報いたのだ。
確かに怖がっている。
よっぽど怖い話だったのか、フレイオージュは明らかに怖がってはいるけど――そういうことじゃないだろ。
しかも、フレイオージュだけではない。
話を聞いていたササリアもキーフも隊員たちも、全員が震え上がっている。とてつもない恐怖に心を埋め尽くされているではないか。一度目を覚ました妖精たちまでまた墜ちる始末だ。
なんという恐怖の睥睨。
なんという恐怖の支配。
アサビーがこんなにも恐怖を振りまく存在だなんて、結構長い付き合いになるのに、全然知らなかった。
「えっ? でも怖くないですか? ふとカーテンの隙間を見たらそこには人の顔が――」
「やめなさい! 私は聞きませんよ!」
これ以上聞いたら、リステマまで夜中にトイレに行けなくなってしまう。
アサビーのせいでなかなか眠れない、二日目の夜は更けていく――
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