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34.大きな後悔とリステマ隊長のたくらみ
しおりを挟む「じゃあウフッ、は、始めましょうかフフッ!」
どす黒い気持ちがちょっとはみ出ちゃったリステマが、二種目目の課題開始の合図を出した。
正規騎士たち十名が、前に出たフレイオージュの少し後ろに並ぶ。
ここから魔法で的を作るのだ。
「……」
フレイオージュは、正面の荒野に向けて左手を上げた。
一気に緊張感が高まる。
見守る騎士も、これから魔法で的を作る騎士も、始めて聞く能力測定課題をこのあとやることになる訓練生たちも。
フレイオージュ自身も。
ついさっきまでどす黒い笑みが込み上げていたのにすでに「あっなんかすごい記録出るかも……」と不安になってきたリステマ隊長も。
いざ本番となれば、真剣にもなる。
「では――始め!!」
二十割水時計を持った女性騎士アサビーが開始の合図を出す。
時計の水が落ち出す。
荒野に泥人形のような的が発生する。
そして、それらと同時に、フレイオージュの左腕には五色の魔力の帯が絡みついていた。
五色の的は、赤、青、黄、白、黒に染まった泥人形だ。
大きさも、大柄じゃない男性くらいのものである。
リステマの説明では、色とりどりの的は、その属性に効果的な属性魔法を当てることで破壊できるという。
正確には、こう言っていた。
――的には色が付いており、効果的な魔法を当てることで容易に破壊することができる。そうじゃなければなかなか壊せない。
――より速く正確に弱点となる属性の魔法を当てること。敵の弱点を素早く正確に突くための技術である、と。
平均記録は、二十割水時計の十六メモリ。
リステマによる最速記録は、七メモリだという。
七メモリ。
これはかなり速い。
主旨を踏まえた上なら、フレイオージュにも勝てるかどうかわからない、すごい記録だと思う。
そう――主旨を踏まえたら。
「……」
――きっと最適解とはまるで違うけど……でもこの方が速い……――
魔力を集中する。
左腕に絡む五色の帯が、腕を中心に高速で回転を始める。
「……っ!」
そして、解き放つ。
ヒュンと小さな赤い魔法弾が飛んだ。
初級魔法、ただの小さな魔法弾「魔破弾」。
フレイオージュが一番最初に覚えた魔法であり、そうである者はきっと多いだろう。
効果は、単純に殴った方が強いかもしれないというくらいのしか威力のない、ただの魔法弾だ。
一応属性も付けられるが、それでも大した効果は望めない。
――ここまでは。
「なっ……!?」
誰かが驚愕の声を上げた。
フレイオージュの魔力の帯が高速回転する。
それはどんどん加速している。
ドドドドドドドドドドド
終わりがない。
視界に入るだけで、百発以上はある色とりどりの魔法弾が飛んでいる。
最初に打った魔法弾を追い駆けるようにして、次の弾が発射される。
今度は青だ。
直後に同じことが起こる。
今度は黄色。
次に白、黒と。
それは一色ずつ属性の違う最弱魔法の連射――と、言っていいのか。
ただし、こんな速い連射は、誰も見たことがない。
弾の速度はさほどでもないが、だからこそ連射速度が際立っている。
連射。
いや、これは掃射というべきか。
曖昧に、あるいは手あたり次第に魔法弾を連射するそれは、大雑把に的を端から破壊していく。
そう、端からだ。
ゆっくりと端から端へ狙いを移しながらだ。
狙い撃ち?
絶対に違う。
これでは主旨が違う。
これは、弱点を狙い撃ちする、繊細で正確な魔力操作を必要とする能力測定の形ではない。これはただの掃射だ。狙いも正確さもどちらも兼ねていない。
――だが、速い。圧倒的に速い。
そしてリステマの言った能力測定の目的である「速度を測る」に反していない。
小さな的を物量で圧し潰していくような連射は、「一色ずつ変えて撃っていけばどれかは当たり属性だろう」などという大胆不敵な心理状況が見えるようだ。
「……」
あっという間だった。
荒野一帯を埋め尽くすような五色の魔法弾の乱れ撃ちで、五十体もあった泥人形は端から端まで崩れ折れていた。
「……っ! しゅ、終了!」
あまりの弾幕量に驚いていたアサビーは、本来止めるべき時から少し遅れて、水時計を停止させた。
ほかの騎士たちだって驚いている。我に返るのは早い方だった。
「……に、二メモリ、です……」
驚異の記録が出た。
誰もが声を潜めていただけに、小声ながら読み上げたアサビーの声は、全員の耳に届いた。
そして、騒ぎ出した。
――「速すぎるなんてもんじゃねえぞ! 二ってなんだ!?」
――「その前にあれいいのか!?」
――「わからん! 確かに主旨とは違うが、でも……!」
――「だよな! 想定した状況から考えればナシじゃないよな!」
素早く正確に弱点を狙う能力の測定に対し。
素早く適当に、圧倒的攻撃量で弱点を狙う方法。
目的は仮想敵たる泥人形の殲滅であり、その速度を記録するものだ。
ならば、方法はともかく速度においては、なんの問題もないはず。
「――静かに!」
信じられない光景に圧倒されていたリステマが、大きく声を上げた。
「主旨とは違うが……彼女のやり方を認めます」
本当は。
本当は、認めたくないが、しかし――
リステマ自身さえ再現できそうにない、あまりにも速すぎる連射を……魔帝ランクの本気の実力を垣間見て、認めざるを得なくなった。
――本来の主旨に則ってやって、それでも軽々とリステマの記録を塗り替えられた時のショックを思うと、もうなんというか、「邪道なやり方だったからめっちゃ速かった」ということにしてしまった方が傷は浅い気がしたのだ。部下の前で恥を掻きたくもないし。
というか、あんなの本当に、フレイオージュくらいしかできないだろう。
規格外にも程がある、とリステマはフレイオージュを睨む。
他人事みたいな顔をして妖精と戯れるな。
――いい気になるなよ。次こそは……!
リステマの後悔は、もう少しだけ続くのだった。
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