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32.生活魔法とリステマ隊長のたくらみ

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「――」

「――あははははは! あはははははは!」

 ――こんなはずではなかったのに。

 小粋なトークで訓練生ササリア・ルフランを爆笑させているフレイオージュを尻目に、十番隊隊長リステマは小さく舌打ちした。

 何がそんなに面白いのか。
 少々内向的でやや無口という傾向があると資料にあったササリアを、なんの小粋なトークで笑わせているのか。そもそもフレイオージュもかなり無口という話じゃなかったのか。

 いや。
 小粋なトークの内容も気にならないとは言わないが、今は正直それどころではない。

 ――こんなはずではなかったのに。

 エーテルグレッサ王都西門より始まったリリマ平原までの競争は、最初から最後までフレイオージュ・オートミールの独走で決着が着いた。

 魔竜ランクのリステマを筆頭に、十番隊は魔法を得意とする者ばかりである。
 そのメンツを含めてのトップ独走だ。

 課題にかこつけて、「何かと噂の魔帝令嬢に一発喰らわしてやろう」とか「積年の恨みを思い知れ」とか公私混同甚だしいことを考えていたリステマの大誤算だった。

 ――いや。

 まだだ。
 多少移動速度が速いくらいがなんだと言うのだ。
 魔法騎士の任務は多岐に渡る。足が求められる場面もあれば、戦闘能力が求められる場面もある。

 まだ・・足が速いだけの話じゃないか。
 これからはっきりくっきりリステマの実力を見せつけて、ひれ伏せさせればいいのだ。

 ――胸に走る一抹の「やらない方が傷は浅いんじゃないか」というわずかな不安を呑み込み、彼は大きく息を吸い込んだ。

「集合!」

 テントを張って野営の準備をしていた十番隊隊員と訓練生三人は、隊長の号令に従って整列する。

「出発前に少し触れましたが、第三期課題は能力測定です。私と十番隊隊員、そして訓練生の能力を測定します。
 期間は、二泊を予定しています。その間の生活は各々好きに過ごして構いません。

 なお、平原までの競争で遅かった三名は、罰として今日の全員分の水を用意すること。魔法で出した水ではなく、川から汲んで来なさい。

 各自昼食を取った後、修得必須魔法の練度の能力測定を行いますので、そのつもりで。では一時解散」

「「はっ!」」




 昼食を兼ねた小休止を取った午後。
 野営の準備もできたところで、リステマは隊員と訓練生を集めた。

「それでは、これより習得と練度の能力測定を始めます」

 エーテルグレッサ王国の魔法騎士には、絶対修得しなければならない魔法がある。

 魔力ランクによって使える魔法が大きく増減する中、その絶対必須魔法は、どの色の魔力をいくつ持っていたとしても、使用できるものである。

 それが、生活魔法。
 魔力を使って小さな火種を起こしたり、水を出したり、照明を上げたりと、人の生活に密接した細々した魔法である。

 安全圏から出ていく職にあるだけに、これがあるかないかだけで、騎士の生存率は大きく左右されるのだ。

 地味であり、またありふれた魔法である。
 魔法騎士じゃなくても使える者は多い。

 だが、その有用性は計り知れない。
 少なくとも、魔法騎士の中には、この魔法を軽視する者は一人もいない。

 何せ、どんな絶体絶命の状況でさえ、いつものように役に立つのだ。攻撃魔法が使えない状況でも、水が手に入らない状況でも。
 こんな便利な魔法は、他に早々ない。

 一括りに生活魔法と呼ぶが、内容は十二種類ほどに分類されており、魔法騎士なら七番目までの習得が必須となっている。

 生活魔法の練度を見る。
 つまり、最大限できることを見せてみろ、という意味である。

「――次! フレイオージュ・オートミール!」

 次々と地味な生活魔法を要求されるまま披露する現役騎士たちから、ついに訓練生に移行し。
 いよいよフレイオージュの出番がやってきた。

「一から七までは慣例通り省略します――八の魔法!」

 火種を出したり水を出したりと、一から七までは、魔法が得意な魔法騎士ならできて当然なのである。
 できることはわかっているのに、それでも一人一人見ていたら無駄に時間が掛かるので、ここからはかなりマイナーで、一般習得率の低い八番目からスタートである。

「……!」

 フレイオージュは、要求された生活魔法「八番目」を唱えた。

 消耗する魔力が少ないので、五色の魔力の帯は出ない。

 そして散々ササリアの妖精に蹴られ続けた妖精のおっさんも、もうフレイオージュのポケットから出てこない。ササリアの妖精は「出てこいよ」と言わんばかりにフレイオージュの近くを飛んでいる。どういう関係なのか。

  ボゴン!

「「えっ……」」

 生活魔法八番目――穴を掘る。

 これまでにモグラの穴から花の球根を植える穴、片足が取られそうな長靴のような穴があけられてきた中、フレイオージュの「八番目あなほり」は規模が大きかった。

 ベコッと正方形に抉れた地面は、人ひとりがすっぽり入ってしまいそうだ。
 まるでこれでは落とし穴である。

 規格外すぎる大きさに、リステマと、記録係に控える女性騎士アサビーと、十番隊隊員と、訓練生と。
 全員が驚いていた。

「つ、次――九の魔法!」

「……!」

 九番目は、ある程度の地面を操作する。テントを張る際に簡単に地を均す魔法である。

 今度は、正方形に空いた穴の底から土が隆起してくる。もりもりとせりあがっていく。それはもう見上げるばかりにせり上がっていく。

「「……」」

 これもまた規格外。
 全員が唖然として、己の背丈を悠々越える、地面から生えたツララのような土を見上げる。

「よ、よし……十の魔法!」

「……!」

 十番目は、遠くまで色の付いた魔力を飛ばす。これは空に打ち上げることで狼煙にしたり、離れた仲間に合図を送る魔法である。

 空に向けて上げたフレイオージュの左手から、黒い鳥型の魔力が飛ぶ。

「「……」」

 規格外すぎてもう声も出ない。

 人を食いかねない大きさで、人が襲われたらひとたまりもない速度で、黒い鳥は青空を掛けて遠く遠くへ飛び、小さくなって見えなくなった。

 魔力が消えたのではなく、肉眼で見えない距離まで飛んだのだ。

「うん……十一の魔法」

 なぜか元気がなくなっていくリステマの指示に従い、フレイオージュは十一番目の生活魔法を唱えた。

 十一番目は、研磨。いわゆる「削り」というものだ。簡易的に刃を研いだり、自然の物から代用品を作るための魔法だ。

  ごりごりごりごりごりごり
 
「「……」」

 もうあたりまえのように規格外で、なんだか皆の視線が生暖かくなってきた。

 用意されていた岩が見る見る内に削れていき、気が付けば上半分ほどがもうなくなっていた。

「……はい、十二の魔法ね」

「どうせすごいのできるんでしょ」みたいな諦めも呆れも内包した光の失せた瞳で、リステマは最後の要求した。

「……!」

 なぜリステマが急にあんな顔になったのかわからないが、フレイオージュは要求通り十二番目の魔法を唱えた。

 十二番目は、微風。殺傷能力のない風を起こして部屋の埃を飛ばしたり、立ち込める煙や砂埃を払うものだ。なお微風に熱を持たせることで簡単に濡れた髪や服を乾かすことができたりもする。

  ゴォ! ボゴォ!!

 何が微風なのか。
 そそり立っていた地面から生えたツララのような土に直撃した風が、その意図のないオブジェのような突起物を破壊した。

 何が微風だというのか。
 直撃したら人だって倒してしまいかねない微風などあるものか。




 ――能力測定は始まったばかりだ。

 ――リステマの後悔も始まったばかりだ。




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