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27.二度目の金評価と翌朝
しおりを挟む「――おはようお姉さま!」
ばーんと開け放たれたドアの音で、フレイオージュは沈んでいた深い眠りから生還を果たした。
昨日、二週間を越える遠征――第二期課題から帰ってきた。
やや時間が遅かったので、疲れ果てていたフレイオージュは、食事と風呂を済ませたらすぐに就寝することにした。まだ家族と満足に話もしていないので、今日することになるだろう。
朝から部屋に飛び込んできた妹ルミナリは、早く話が聞きたくて、起こしに来たのである。
もう士官学校の制服を着ているので、朝の訓練は終わらせたらしい。
つまり、もう起きてもいい時間だということだ。
決して早すぎる朝、というわけでもなく。
「……」
起き上がったはいいが、フレイオージュはまだ少し寝ぼけている。
二週間を越える遠征なんて初めての経験だったので、自分で自覚していた以上に、身体に疲労が溜まっていたようだ。
昨夜から数えれば、かなり長い時間熟睡したと思うが、それでもまだまだ眠い。
昨日の今日なので、フレイオージュは午前中の訓練も休んで寝ているつもりだったが……まあ、起こされてしまったものは仕方ない。
どうせ父親と母親への報告もしなければならないので、一緒に朝食の席に着くことにする。
「……」
……着くことにするが、眠い。
「ほらほらお姉さま起きて起きて!」
ルミナリに身体を揺らされる。首がぐりんぐりん揺れて痛い。
「……」
――起きるからやめて――
声にするのも億劫なほど眠いが、起きる気はある。ただ少し待ってほしいだけだ。
「ほら、妖精も待ってますよ! ――えっ、あれっ!? どうしたの!?」
「……っ」
ルミナリの異常を告げる声に、フレイオージュは一瞬で覚醒した。
テーブルの上にある妖精のビンに視線を向け――ぎょっとした。
「え? これ、倒れてるの?」
そう、妖精のおっさんが力なくテーブルに横たわっていた。
いつも腹立たしい真顔で見てくるくせに、油断したり知らない間にもしっかり見ているくせに。
しかし、今はただ、無言のうるささや真顔の鬱陶しさなど一切なく、穏やかな寝顔を晒してピクリとも動かない。
――異常である。
普段から落ち着きがないのに、こんな状態のおっさんは初めて見た。
まさか。
倒れたのか?
まさか。
死――?
「――えっ!?」
「……っ!」
と――姉妹で倒れた妖精のおっさんを見守っている目の前でに、ふわりとおっさんからおっさんが浮かび出てきた。
同じ寝ている体勢のまま、ふわりと。
おっさんからおっさんから出てくる奇跡。
――なんだ? この現象はなんだ?
増えた?
おっさんが、増えた?
上と下で二人に増えた?
「ゆ……」
ルミナリが震えながら言葉を発した。
「ゆ、幽体離脱だ……肉体と魂の分離だわ!」
「……!」
――幽体離脱!? 肉体と魂の分離!?――
フレイオージュは「こいつ何言い出した」という目で妹を見るが、妹は至極真剣な面持ちである。決して冗談を言っている顔ではない。
「こ、こんなことあるの!? ねえお姉さま、これって妖精さん学会にレポートを提出しないといけないやつじゃない!?」
「……」
――いや、これは、いたずら……――
止めようとしたフレイオージュが目に入らなかったのか、「こうしちゃいられない!」とルミナリは部屋を飛び出していった。「お母様ー! 今度こそ大変ですー!」と言いながら。
「……」
視線を戻すと、一体に戻ったおっさんがテーブルに横たわったまま、真顔でフレイオージュを見上げていた。
やはりいたずらだったようだ。
知っていた。
おっさんはそういう妖精だ。
そもそも、元が魔力の塊のようなもので、広義的には魂そのもののような存在である。肉体はないのだ。魂が何から離脱するというのだ。何体離脱だ。
「……」
――学校でもあんな調子なのかな……――
妹の落ち着きのなさにちょっとした不安を感じつつ、フレイオージュは着替えを始めた。
「ふむ、今度も金評価か。まあ護衛は高評価よりミスがないことの方が大事だが」
昨夜はゆっくり話せなかった朝食の席で、父シックルに報告を求められて、フレイオージュは簡潔に話した。
重要なのはやはり結果である。
過程は求められた場合だけでいい。
――今回は隊長セレアルド・フォージックを救出する機会もあったが、訓練生に助けられたなどと言えば隊長格であるセレアルドの恥になりかねないので、言うつもりはない。
騎士は集団行動である。
個々の能力は高くとも、個々の評価は必要ない。
そして、集団行動であるからこそ、隊長を立てなければいけない。威厳がない隊長では、下の者の士気に関わる。
「そうか、金評価か。……おい、ワインを――」
「シックル」
使用人に酒を注文しようとした声を、母アヴィサラの冷たい視線と冷たい声が遮る。
「朝からお酒なんていいご身分ね?」
「……もちろん冗談だ」
「そう。つまらない冗談ね。二度と言わないで」
「……うむ」
…………
重苦しい沈黙の中、かちゃかちゃとナイフやフォークがかすかに食器に当たる音がするだけの朝食は進む。
まあ――まあ、とにかく、フレイオージュの結果は、父には喜んでもらえたようだ。機嫌がよくなると酒量が増える父が、朝から酒を所望するくらいには。
「……ねえお母様」
そんな重い沈黙をやぶったのは、嫌に深刻な顔をしたルミナリだった。
「――あれは絶対に幽体離脱だったわ。見間違いなんかじゃない。妖精は脱皮だってするし、幽体離脱だってするんだわ」
「――妖精は脱皮も幽体離脱もしません」
「――そんなことないわ! ねえお姉さま!? お姉さまも見たものね!? ねえ!?」
ねえ、と言われても。
「……」
話を振られても困る。
だが、もし今フレイオージュが姉としてルミナリに言えることがあるとすれば――
「――」
――あれはただの妖精のいたずらで――
「それより遅刻しますよ。早く行きなさい」
「あ、まずい! いってきまーす!」
フレイオージュが口を開き掛けたその時、ルミナリは姉の返事を聞く前にバタバタと席を立って走って行ってしまった。
「……うちは一応貴族なんだがな」
「……はあ」
貴族の娘らしさなどかなぐり捨てたルミナリの行動に、両親は重い溜息を吐くのだった。
「……」
そしてフレイオージュも、妹の落ち着きのなさに再び不安を覚えるのだった。
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