上 下
21 / 59

20.第二期課題と中間地点

しおりを挟む




「――わかった。ありがとう。下がっていい」

 六番隊隊長セレアルド・フォージックが言うと、同年代くらいの若い騎士が敬礼して、部屋を出ていった。

「……今ので最後かな?」

 セレアルドが「ああ」と肯定すると、隣に座っていたライフォー・ラッキンシュがはぁぁっと息を吐いた。空気が抜けたせいで伸びていた背筋が丸くなる。

「大変なんだね、隊長って」

「君も一応王宮錬金術師の隊長だろう?」

「いやいや。私はあくまでも今回限りの代表だよ。出世頭のセルと一緒にしないでよ」

 セレアルドの借りた宿の個室で二人きりになった彼らは、少しだけ気安い顔で言葉を交わす。




 セレアルドとライフォーは、子供の頃の幼馴染同士である。
 同い年で、貴族の次男以下で家が近いだけに、子供の頃はよく遊んでいた。

 だが、ライフォーが錬金術師の弟子入りをした頃から交流が極端に減り、セレアルドが士官学校に入る頃にはすっかり交流がなくなっていた。

 そして二人が再び出会ったのは、王宮だった。
 多少ブランクはあったものの、元は幼馴染同士だけに、またそれなりに交流が始まったのだ。

 ――そんな彼らは、隊長と護衛対象として、訓練生三人の評価を下す立場にある。

 エーテルグレッサ王国を旅立って、五日目。
 慣れている騎士たちはともかく、日々陽の当たらない場所でやれ「腰が痛い」だの「目が疲れた」だの「眠る時間が惜しいのだ! 眠る時間が惜しいのだ!」と錯乱しながら倒れるように寝落ちする者だの。

 王宮錬金術師とは、すっかり不健康と運動不足に蝕まれている連中である。
 いかに頭脳明晰でも、とてもじゃないが野宿なんてしてられないし、耐えられないだろう。絶対に何人かは体調を崩すはずだ。
 何せ、馬車に乗って長距離を移動しているだけでも、ひーひー言っているのだから。

 というわけで、夜を越すのは街の宿であることは原則。
 それゆえになかなかゆっくりしたペースでの行進となっている。

 そんな護衛の六番隊と、護衛対象の王宮錬金術師は、明日には目当てのアテマス山に到着する予定である。

 数日に渡り魔材を採取し、帰還する――つまりここらが中間地点なのである。

「それにしても――」

 一人ずつ呼び出して、騎士たちと錬金術師たちから聴取した結果を記した書類を見て、ライフォーは眩しそうに目を細める。

「――すごいね、噂の魔帝」

 聴取の内容は、訓練生たちへの印象と意見である。

 隊長だけに、そして護衛対象だけに、特定の者だけ見ているわけにはいかない。そして彼らを隊長格一人の独断で評価していいわけでもない。
 
 十数名の魔法騎士と、六名の王宮錬金術師全員の意見を聞き、評価が下される。

 ――正直、フレイオージュを口説きたいという下心がすごいことになっているセレアルドは、評価云々などどうでもいい。とにかく口説きたい。とにかくあの女を口説き落としたい。ここまでの五日あまり個人的に接するチャンスがなくてがっかりし、少し焦ってもいる。いや、本番は採取作業中だ。移動中に口説いていられるものか。そう、まだ慌てるような時間ではない。

 しかしそれでも、いやらしく下心もある軽薄な男ではあるが、これで魔法騎士隊の隊長である。
 当然実力もあれば世間体も気にする。
 露骨に個人的ないやらしさを前面に押し出しためちゃくちゃな評価など下せるわけがない。

 なので、それなりに真面目にやっているが――

「……確かに、すごいね」

 魔帝フレイオージュを女として、それも自身の出世の道具にしか見ていないセレアルドだが。

 それでも、この結果はそれらの心情を度外視しても響く者がある。

「本当に訓練生か……?」




 一日目。
 旅程にて、馬車酔いした王宮錬金術師がダウン。訓練生フレイオージュ・オートミールが面倒を見、備えていた乗り物酔いの薬を与える。
 
 同一日目。
 旅程にて、落馬しそうになった六番隊魔法騎士ラメリア・ランドルにいち早く反応して落馬を阻止。何事もなかったように宛がわれていた後方へ戻る。

 同日一日目。
 アービンズの街の夜。女のいる酒場に行った六番隊魔法騎士カーラン・リー、グスタフ・ワーグス、バーモン・ジョンブルの三名が揉め事を起こすも、たまたま近くの店で食事していた訓練生フレイオージュ・オートミールが密やかに三人を仕留めて速やかに回収。恥を晒すことなく事なきを得る。(この三人の騎士は減俸とする)

 二日目。
 旅程にて、訓練生フレイオージュ・オートミールが殿にて魔物を発見。速やかに討伐。赤耳狼二頭と痺縛蛇三匹。単独で動くなと注意はしたが、誰も気づかない内に片付け事後報告してきたことから、過信からの単独行動ではないと判断。

 同日二日目。
 旅程にて、再び馬車酔いした王宮錬金術師がダウン。訓練生フレイオージュ・オートミールが面倒を見、備えていた乗り物酔いの薬を与え、なぜか同じ馬に乗って移動する。

 同日二日目。
 シャオンの街の夜。訓練生フレイオージュ・オートミールは酒場にいた多くの魔法騎士との飲み比べで勝利。「こういうのは接待だ。先輩に勝たせろ」と厳しく注意しておく。(この騎士は減俸とする)

 三日目。
 旅程にて、訓練生アンリ・ロンと訓練生エッタ・ガルドが馬上で口ケンカ。訓練生フレイオージュ・オートミールが挟まれて困惑していた。

 同日三日目。
 旅程にて、三度馬車酔いした王宮錬金術師がダウン。訓練生フレイオージュ・オートミールが面倒を見、備えていた乗り物酔いの薬を与え、なぜか同じ馬でお姫様抱っこで抱かれて移動する。

 同日三日目。
 ルミッサンの街の夜。空いた時間を使って、訓練生フレイオージュ・オートミールと剣術の訓練をする。「ちょっと軽く」といっぱい前置きしたのに、もう口を酸っぱくして言ったのに、半数以上の魔法騎士を叩きのめす。「昨日教えただろ。接待しろ」ととても厳しく注意されていた。(この騎士は長期の減俸とする)

 四日目。
 早朝、隊長セレアルドがしつこく訓練生フレイオージュ・オートミールを朝食に誘うものの、すげなく断られていた。(目撃者多数にて揉み消し不可)

 同四日目。
 旅程にて、馬を怒らせた魔法騎士が落馬。訓練生フレイオージュ・オートミールが逃げた馬を捕まえて戻る。

 同四日目。
 旅程にて、馬車酔いした王宮錬金術師がダウン。四度目。訓練生フレイオージュ・オートミールが面倒を見、備えていた乗り物酔いの薬を与え、なぜか同じ馬でお姫様抱っこで抱かれて移動する。漏れ聞こえた声では「女性同士はどう思うか」とかなんとか話をしていた。

 同四日目。
 ターグの村の夜。家屋がないため野営となった訓練生フレイオージュ・オートミールが星空を見上げていると、隊長セレアルドがかなりしつこく夕食に誘うも、訓練生の妖精に追っ払われて退散する。(目撃者多数にて揉み消し不可)

 五日目。
 早朝、朝から行水する訓練生フレイオージュ・オートミールを覗こうとした男性魔法騎士たちが、訓練生の雷の魔法に襲われてダウン。出発が遅れる。なお、なぜか馬車酔いのひどい王宮錬金術師の女性も被害に遭った。




 ――等々。書類はびっしり文字で埋め尽くされている。

 同じ訓練生のエッタ・ガルド、アンリ・ロンの「特筆なし」「不備なし」「順調」「気もそぞろ」という簡素な評価に文句が出そうなくらい、目白押しの内容である。

 もちろん、フレイオージュの方が異常なのだ。
 たかが移動だけで、こんなにも事件が起き、また解決しているという事実。そして隊長らの手を煩わせないベテランのような処理能力。

 正直、馬車の後方で、こんなにもセレアルドが知らないような出来事が多々起こっていたなんて、想像もしていなかった。
 あと馬車酔いの王宮錬金術師は、もう馬車には・・酔っていないだろう。

「魔帝かぁ……」

 自ら書類に書き記してきた自身の字を見て、ライフォーは呟く。

「十年、屋敷に閉じ込められて育てられたんだっけ? 空白の十年、遊んでいたわけじゃなさそうだね。きっと騎士になるべくして努力してきたんだろうなぁ」

 才覚に胡坐をかいて育ってきた者では、こんなにも評価に値する逸話は出てこない。

 それより何より、六番隊の魔法騎士のだらしなさ、分別のなさの方が気になる。訓練生と照らし合わせることで問題点が明確だ。

 ――坊ちゃん隊と言われるわけである。

 坊ちゃん隊隊長で自身も坊ちゃんであると自覚のあるセレアルドでさえ、これはひどいと思う。
 フレイオージュにだけ集中したいのに、それが許されないほどに。

「……帰ったら訓練でもするかな」

 本当にたるみ切っていることが顕著になってしまった。
 さすがに六番隊隊長として、これを見て何もしないわけにはいかない。




 そんな中間地点の夜が過ぎていった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

不幸少女は二度目の人生でイージーモードを望む

天宮暁
ファンタジー
人生なんてクソゲーだ。 それが、16年生きてきた私の結論。 でもまさか、こんな結末を迎えるなんて……。 しかし、非業の死を遂げた私をあわれんで、神様が異世界に転生させてあげようと言ってきた。 けど私、もう人生なんて結構なんですけど! ところが、異世界への転生はキャンセル不能。私はむりやりチートを持たされ、異世界に放り出されることになってしまう。 手に入れたチートは「難易度変更」。世界の難易度を強制的に変える力を使い、冒険者となった私はダンジョンに潜る。 今度こそ幸せな人生を送れるといいんだけど……。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。

まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。 泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。 それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ! 【手直しての再掲載です】 いつも通り、ふんわり設定です。 いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*) Copyright©︎2022-まるねこ

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

王宮の幻花 ~婚約破棄された上に毒殺されました~

玄未マオ
ファンタジー
婚約破棄からの毒殺、霊体になってからが勝負です! 婚約者であった王太子から婚約破棄を宣言されたロゼライン公爵令嬢。 その後、毒物による死は自殺と判断されたが、実は違っていた。 幽霊になったロゼライン。 自分を殺した人間たちに復讐のつもりが、結果として世直しになっちゃうのか? ここから先は若干ネタバレ。 第一章は毒殺されたロゼラインが生前親しかった人たちとともに罪をあばいていきます。 第二章は第二部では、精霊の世界でロゼラインの身(魂)のふりかたを考えます。 冒頭は今までとガラッと変わって猫々しく重い話から入ります。 第三章は第一章の約五十年後の話で、同じく婚約破棄からの逆転劇。 これまでのヒロインも出てきますが、サフィニアやヴィオレッタという新キャラが中心に物語が動き、第三章だけでも独立した物語として読めるようになっております。 重ね重ねよろしくお願い申し上げます<(_ _)>。 第一章と第二章半ばまでを短くまとめた 『黒猫ですが精霊王の眷属をやっています、死んだ公爵令嬢とタッグを組んで王国の危機を救います』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/886367481/338881929 を、現在連載しております。 こちらをサクッと呼んでから三章読んでも理解できるようまとめております。

処理中です...