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20.第二期課題と中間地点
しおりを挟む「――わかった。ありがとう。下がっていい」
六番隊隊長セレアルド・フォージックが言うと、同年代くらいの若い騎士が敬礼して、部屋を出ていった。
「……今ので最後かな?」
セレアルドが「ああ」と肯定すると、隣に座っていたライフォー・ラッキンシュがはぁぁっと息を吐いた。空気が抜けたせいで伸びていた背筋が丸くなる。
「大変なんだね、隊長って」
「君も一応王宮錬金術師の隊長だろう?」
「いやいや。私はあくまでも今回限りの代表だよ。出世頭のセルと一緒にしないでよ」
セレアルドの借りた宿の個室で二人きりになった彼らは、少しだけ気安い顔で言葉を交わす。
セレアルドとライフォーは、子供の頃の幼馴染同士である。
同い年で、貴族の次男以下で家が近いだけに、子供の頃はよく遊んでいた。
だが、ライフォーが錬金術師の弟子入りをした頃から交流が極端に減り、セレアルドが士官学校に入る頃にはすっかり交流がなくなっていた。
そして二人が再び出会ったのは、王宮だった。
多少ブランクはあったものの、元は幼馴染同士だけに、またそれなりに交流が始まったのだ。
――そんな彼らは、隊長と護衛対象として、訓練生三人の評価を下す立場にある。
エーテルグレッサ王国を旅立って、五日目。
慣れている騎士たちはともかく、日々陽の当たらない場所でやれ「腰が痛い」だの「目が疲れた」だの「眠る時間が惜しいのだ! 眠る時間が惜しいのだ!」と錯乱しながら倒れるように寝落ちする者だの。
王宮錬金術師とは、すっかり不健康と運動不足に蝕まれている連中である。
いかに頭脳明晰でも、とてもじゃないが野宿なんてしてられないし、耐えられないだろう。絶対に何人かは体調を崩すはずだ。
何せ、馬車に乗って長距離を移動しているだけでも、ひーひー言っているのだから。
というわけで、夜を越すのは街の宿であることは原則。
それゆえになかなかゆっくりしたペースでの行進となっている。
そんな護衛の六番隊と、護衛対象の王宮錬金術師は、明日には目当てのアテマス山に到着する予定である。
数日に渡り魔材を採取し、帰還する――つまりここらが中間地点なのである。
「それにしても――」
一人ずつ呼び出して、騎士たちと錬金術師たちから聴取した結果を記した書類を見て、ライフォーは眩しそうに目を細める。
「――すごいね、噂の魔帝」
聴取の内容は、訓練生たちへの印象と意見である。
隊長だけに、そして護衛対象だけに、特定の者だけ見ているわけにはいかない。そして彼らを隊長格一人の独断で評価していいわけでもない。
十数名の魔法騎士と、六名の王宮錬金術師全員の意見を聞き、評価が下される。
――正直、フレイオージュを口説きたいという下心がすごいことになっているセレアルドは、評価云々などどうでもいい。とにかく口説きたい。とにかくあの女を口説き落としたい。ここまでの五日あまり個人的に接するチャンスがなくてがっかりし、少し焦ってもいる。いや、本番は採取作業中だ。移動中に口説いていられるものか。そう、まだ慌てるような時間ではない。
しかしそれでも、いやらしく下心もある軽薄な男ではあるが、これで魔法騎士隊の隊長である。
当然実力もあれば世間体も気にする。
露骨に個人的ないやらしさを前面に押し出しためちゃくちゃな評価など下せるわけがない。
なので、それなりに真面目にやっているが――
「……確かに、すごいね」
魔帝フレイオージュを女として、それも自身の出世の道具にしか見ていないセレアルドだが。
それでも、この結果はそれらの心情を度外視しても響く者がある。
「本当に訓練生か……?」
一日目。
旅程にて、馬車酔いした王宮錬金術師がダウン。訓練生フレイオージュ・オートミールが面倒を見、備えていた乗り物酔いの薬を与える。
同一日目。
旅程にて、落馬しそうになった六番隊魔法騎士ラメリア・ランドルにいち早く反応して落馬を阻止。何事もなかったように宛がわれていた後方へ戻る。
同日一日目。
アービンズの街の夜。女のいる酒場に行った六番隊魔法騎士カーラン・リー、グスタフ・ワーグス、バーモン・ジョンブルの三名が揉め事を起こすも、たまたま近くの店で食事していた訓練生フレイオージュ・オートミールが密やかに三人を仕留めて速やかに回収。恥を晒すことなく事なきを得る。(この三人の騎士は減俸とする)
二日目。
旅程にて、訓練生フレイオージュ・オートミールが殿にて魔物を発見。速やかに討伐。赤耳狼二頭と痺縛蛇三匹。単独で動くなと注意はしたが、誰も気づかない内に片付け事後報告してきたことから、過信からの単独行動ではないと判断。
同日二日目。
旅程にて、再び馬車酔いした王宮錬金術師がダウン。訓練生フレイオージュ・オートミールが面倒を見、備えていた乗り物酔いの薬を与え、なぜか同じ馬に乗って移動する。
同日二日目。
シャオンの街の夜。訓練生フレイオージュ・オートミールは酒場にいた多くの魔法騎士との飲み比べで勝利。「こういうのは接待だ。先輩に勝たせろ」と厳しく注意しておく。(この騎士は減俸とする)
三日目。
旅程にて、訓練生アンリ・ロンと訓練生エッタ・ガルドが馬上で口ケンカ。訓練生フレイオージュ・オートミールが挟まれて困惑していた。
同日三日目。
旅程にて、三度馬車酔いした王宮錬金術師がダウン。訓練生フレイオージュ・オートミールが面倒を見、備えていた乗り物酔いの薬を与え、なぜか同じ馬でお姫様抱っこで抱かれて移動する。
同日三日目。
ルミッサンの街の夜。空いた時間を使って、訓練生フレイオージュ・オートミールと剣術の訓練をする。「ちょっと軽く」といっぱい前置きしたのに、もう口を酸っぱくして言ったのに、半数以上の魔法騎士を叩きのめす。「昨日教えただろ。接待しろ」ととても厳しく注意されていた。(この騎士は長期の減俸とする)
四日目。
早朝、隊長セレアルドがしつこく訓練生フレイオージュ・オートミールを朝食に誘うものの、すげなく断られていた。(目撃者多数にて揉み消し不可)
同四日目。
旅程にて、馬を怒らせた魔法騎士が落馬。訓練生フレイオージュ・オートミールが逃げた馬を捕まえて戻る。
同四日目。
旅程にて、馬車酔いした王宮錬金術師がダウン。四度目。訓練生フレイオージュ・オートミールが面倒を見、備えていた乗り物酔いの薬を与え、なぜか同じ馬でお姫様抱っこで抱かれて移動する。漏れ聞こえた声では「女性同士はどう思うか」とかなんとか話をしていた。
同四日目。
ターグの村の夜。家屋がないため野営となった訓練生フレイオージュ・オートミールが星空を見上げていると、隊長セレアルドがかなりしつこく夕食に誘うも、訓練生の妖精に追っ払われて退散する。(目撃者多数にて揉み消し不可)
五日目。
早朝、朝から行水する訓練生フレイオージュ・オートミールを覗こうとした男性魔法騎士たちが、訓練生の雷の魔法に襲われてダウン。出発が遅れる。なお、なぜか馬車酔いのひどい王宮錬金術師の女性も被害に遭った。
――等々。書類はびっしり文字で埋め尽くされている。
同じ訓練生のエッタ・ガルド、アンリ・ロンの「特筆なし」「不備なし」「順調」「気もそぞろ」という簡素な評価に文句が出そうなくらい、目白押しの内容である。
もちろん、フレイオージュの方が異常なのだ。
たかが移動だけで、こんなにも事件が起き、また解決しているという事実。そして隊長らの手を煩わせないベテランのような処理能力。
正直、馬車の後方で、こんなにもセレアルドが知らないような出来事が多々起こっていたなんて、想像もしていなかった。
あと馬車酔いの王宮錬金術師は、もう馬車には酔っていないだろう。
「魔帝かぁ……」
自ら書類に書き記してきた自身の字を見て、ライフォーは呟く。
「十年、屋敷に閉じ込められて育てられたんだっけ? 空白の十年、遊んでいたわけじゃなさそうだね。きっと騎士になるべくして努力してきたんだろうなぁ」
才覚に胡坐をかいて育ってきた者では、こんなにも評価に値する逸話は出てこない。
それより何より、六番隊の魔法騎士のだらしなさ、分別のなさの方が気になる。訓練生と照らし合わせることで問題点が明確だ。
――坊ちゃん隊と言われるわけである。
坊ちゃん隊隊長で自身も坊ちゃんであると自覚のあるセレアルドでさえ、これはひどいと思う。
フレイオージュにだけ集中したいのに、それが許されないほどに。
「……帰ったら訓練でもするかな」
本当にたるみ切っていることが顕著になってしまった。
さすがに六番隊隊長として、これを見て何もしないわけにはいかない。
そんな中間地点の夜が過ぎていった。
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