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11.三日目の異変と静かな初戦闘

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 十七番隊とフレイオージュはウーシンの街で一泊し。
 三日目の早朝には、予定通り荷を積み替えた馬車に乗ってエーテルグレッサ王都へ発つことになった。

「今日と明日が本命だ。お嬢さんは御者席の隣に座っていてくれ」

「……」

 隊長ディレクトの指示で、これから王都まで、御者席がフレイオージュの特等席となる。

 商人にしては物騒極まりない筋肉の男たちばかりだが、それでも設定上彼らは商人である。そして設定上は武装しているフレイオージュが彼らの護衛だ。

 並んでいると、肉厚の差がすごい。
 手綱を握る大柄なディレクトの横に座るフレイオージュは、武装していても彼より弱そうではあるが。

 それでも設定上はそういうことになっている。

「……」

 そして、設定上だけではなく、フレイオージュはきちんと護衛の仕事もする。

 青色と黄色の魔力を混ぜ合わせて、緑――風の魔力を作り出すと、自分を中心に二台縦列の馬車を広く覆って、風の結界を張る。
 空気で触れて生物を感知する魔法である。

 生き物、とりわけ危険な魔物などは気配でわかるが、気配を断つのが上手い魔物も、常人離れした人間もいる。
 この魔法は、生き物に作用するので、どんな隠れようとしても通用しないのだ。

 ――もっとも、こんなに広範囲に及ぶ結界を張れる者は稀だが。

 警戒心が強いのは悪いことではない。
 念には念を入れた方がいいだろう――本命は今日と明日という話でもあるのだから。

「お嬢さん。殺しは慣れてるか?」

「……」

 ふと聞いてきたディレクトに、フレイオージュは少し迷ったが、頷いた。

 正確には、「慣れるほど殺してはいないが、殺すことに躊躇はない」といったところか。

「危ないと思ったら迷うなよ。一瞬の迷いで自分がやられるからな」

 フレイオージュは頷いた。

 父も同じことを言っていたな、と思いながら。

 ――あと、おっさんはせっせと花を運んで来てはディレクトの髪を飾り立てるな、とも思いながら。

「お。隊長かわいいっすね」

「はははは。だろう?」

 休憩と御者の交代で止まった時、花冠のように飾られまくった彼を見て、ガウロがそんな感想を漏らし、ディレクトは大らかに笑った。

 そんな彼らを見て、マイアがものすごく怪訝な顔をしていたのが、少しだけフレイオージュの印象に残った。

 それこそ怪訝な顔になるほど奇妙なものを見たのだろう。
 花で飾られた筋肉の大男なんて、確かにミスマッチだから。




 夕方頃だった。
 本命と言うだけあって、確かに異変はあった。

「――他の隊って派手じゃん? やれ大角牛を討伐しただの、大禍蛇を討伐しただの。そういうので一番隊と二番隊の連中は有名だしよ。でも十七番隊だって負けないくらい活躍してるんだぜ? たださぁ、隊の傾向から、全然表に出ない功績ばっかなのよ」

「……」

「――え? 騎士は功績を誇らない? いやわかってるよ。それはわかってる。でもさ、ほらさ、なんつーかさぁ……モテたいのよ。すっげえモテたい。もう結局それ。どうして騎士になりたかったかって、やっぱ騎士ってモテるのよ。俺はモテたかったんだよ。モテで困ってみたかったんだ。生涯で一度くらいモテてもいいじゃん? で、いざ騎士になってみれば、十七番隊だもんな……全然目立たないし、女性に話しても大抵『え? 十七番隊なんてあるの?』って言われるんだぜ。一番隊と二番隊の連中のモテ具合とか知ってる? すごいんだぜ?」

「……」

「――知らない? あ、もしかしてフレイはファンじゃないの? それでいいんだよ、あいつらなんてやめとけ。一番隊と二番隊の連中、ほとんど許嫁とか恋人とか嫁さんとかいるから。モテた上でいい女すでに選んでるから」

「……」

「――いやいや、騎士だって人間だよ。あんまり理想ばっか見てると幻滅するぜ? だいたいさ、ほとんどの騎士は足がくせぇんだよ。これ豆知識だから覚えとけよ。ほんと幻滅するから。宿舎とか慣れるまで地獄だったぜ」

「……」

「――あ、もう知ってた? ああそうか。フレイはお父さんが魔法騎士だったんだよな。だったらあの足の臭さは知ってて」

「おい」

 荷台からにゅっと伸びてきた大きな手が、ガウロの頭を掴んだ。

「おまえは、ずっと、見習いに、何を愚痴ってるんだ?」

「いででででででっ!? 隊長いてえっ隊長いてえっ!」

「……」

 ――指が頭にめり込んでる……――

 かなり強い力で頭を絞められているようだ。みしみしと頭蓋骨が軋む音が聞こえそうなほどだ。

「そもそもおまえは何を独り言ばかり言っているんだ」

「え? ああ、フレイしゃべってましたよ? まあ、だいぶ小声だったけど」

「なんだそうか。こっちには全然聞こえなかったが」

「隣にいてようやく、って感じっすから」

「そうか――お嬢さん、気付いてるよな? 行ってくれるか?」

「え……?」

「――」

 ガウロがきょとんとする横で、フレイオージュは荷台を振り返る。

 目で語り掛ける。

 ――追うか、殺すか、捕まえるか?――

「最悪殺していいが、できれば捕まえてきてくれ」

「……」

 ――了解――

 フレイオージュは一つ頷き、静かに馬車を飛び降りた。




 御者がガウロに代わって、しばし経った頃から。

 何者かにずっと付けられていたのは気づいていた。
 それも、二人だ。

 横手に山を、その麓にある林を突っ切る街道をゆっくり走っていたので、隠れられる所も多い。

 仕掛けられるならこの辺だろうと思っていた。
 そして、これに関してはディレクトも気づいているだろう、ということも。

 もう夕方である。
 このまま行けば、夜まで尾行され、休憩に入った頃に襲われていただろう。

 ディレクトとしては様子を見ていたのだろう――ほかに仲間はいないか、道の先に待ち伏せがいるんじゃないか、と。
 そんな予想を立てていたに違いない。

「……」

 ――動かないで――

 林に入って木の陰に隠れ、足元で小型の食虫植物に捕まっている妖精のおっさんに動くなと命じ、尾行する者たちを待ち伏せする。

 かすかな足音が近づいてくる。
 尾行慣れしているようで、馬車からは距離があるのに足音に気を付けている。それなりに経験を積んできた賊なのだろう。

 ――今だ。

 木陰から飛び出すと同時に、青色と黄色の魔力を高密度で練り上げた風をまとう拳で、まず右の者を殴った。

 凶悪な風が枯れ葉で遊ぶように吹き飛ぶ様を見ることもなく、左の方に向き直る。

「なっ……!」

 ――遅い――

 腰に佩いた剣の柄を触らせるよりも早く、二撃目の拳で吹き飛ばした。

 強かに地面に、あるいは木にぶつかって骨でも折れたのか、呻くばかりで動けなくなった賊二人の服を装備ごと脱がせ、持っていたロープで拘束する。
 ディレクトが向かってくるのが見えたので、あとは任せていいだろう。

「……」

 ――……悪かったわ――

 そしてフレイオージュは、食虫植物に捕まったまま真顔でこちらを見ているおっさんの救助に向かうのだった。



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