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198.その言葉は果ての果てへ……

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 突破する方法は、ぶっちゃけ一つしか思いつかない。

 ――更なるハイロゥとの取引だ。

 ベル様の「復活の秘術」がなくても、ハイロゥなら死者の蘇生くらいはたやすく行える気がするのだ。それだけの力を持った神なのだと思う。
 ただ、冥府の管理人としてのプライドが高い彼女が、こんな取引に応じるかどうかだ。そして応じた場合の条件はどれほど重いのか。リスクを考えたら気軽に決断はできない。

 まあ……それでも、方法がそれしかないのだが。
 足りないものは足りないのだ。
 どんなにがんばっても、「復活の秘術」が成功しなければアクロディリアおれが生き返ることはない。
 そして、「好感度想いが足りない」なんて問題、すぐに解決できるものでもない。たとえば物なら調達すればいいし、人が必要ならそれこそ交渉して連れてくればいい。

 だが、想いなんてものは、手に入れるものでも調達するものでもない。
 育てるものだ。
 すぐに用意できる、形のあるものではないのだ。 

「……ハイロゥさん」
「それ以上言わないで」

 元から冷たいばかりの声が、更に冷たく感じた。

「わたくしがそれに応じると思っているなら、とんだ見込み違い。それもわたくしを失望させる勘違いだわ。貴方の口からは聞きたくないですわ」

 ……そうですか。まあそうかもな。
 ハイロゥは不思議なくらい俺に対して好感を抱いている。ならばその分だけ俺に対する信用も、少なからずあるのだろう。

 そして俺が「生き返らせてくれ」と彼女に頼むのは、冥路の貴婦人と呼ばれる彼女にとっては、侮辱に当たるのではなかろうか。
 わかりやすく言うなら「俺のために不正してくれ」って筋の通らない要求をするようなもんなんだろうと思う。規則、約束、信条に反することをしてくれと。
 そんなこと頼む時点でそりゃ失望もされるだろう。プライドが高いなら尚更な。好きな相手に言われれば更に倍増だ。

 でも……それ以外どんな方法がある。
 足りないものは足りないんだ。そしてそれは、すぐに増やせるものでも、代えが利くものでもないのだ。

 ……まいった。マジで何も思いつかない。




 頭を抱える俺、そんな俺を冷たい眼差しで見ているハイロゥ。

「話がよくわからないのですが」

 そんな中で、話がよくわかっていないシャイアが、口を開いた。

「足りないのであれば、あるところから持ってくればいいのでは?」
「簡単に言うなよ」

 さすがにイラッとした。話がわかってない奴に気軽に口出しされるのも腹が立つ。

「しかしヨウ様のその様子では、それ以外の手段がないと思いますが」
「だから簡単に言う……あっ」

 そうだ。確かにそうだ。シャイアの言う通りだ。ハイロゥに頼めないなら、「あるところから持ってくる」しかないんだ。諦めることはできないのだから。

「ハイロゥさん、『強い想い』を集める有効範囲を広げることはできますか?」

 ――ゲームでは、学校の敷地内になぜかある、古い石造りの教会で秘術が使用された。
 きっと好感度を集める範囲は「その場だけ」だったのだろう。だから攻略キャラの好感度が必要で、一人でも好感度が規定値に満たなかったら、魔王ルートに入れなかったのだ。

 しかし、その「好感度を集める範囲」を拡大したらどうだ? 現場だけではなく……そう、それこそ国中にまで広がれば。
 そうすれば、さすがの好感度低い令嬢アクロディリアでも、規定値に達するのでは? 数人でダメなら数百人がかりで、ってわけだ。

「……フッ。早く気づきなさいな」

 ハイロゥは仮面の下で優しく微笑んだ、気がした。……まあそれでも不気味なだけなのだが。

「でも、それでも足りなかったらどうするかな……」

 アクロディリアの悪評はかなりのものだ。尋常じゃない。ぶっちゃけ家族くらいしか好感持ってないんじゃなかろうか。……弟とか好感持ってるのかね。

「大丈夫ですよ、ヨウ様」

 再び思い悩む俺に、シャイアは再び光を差し込んでくれた。

「あなたが過ごした日々、あなたがやってきたことを、聖ガタン様は見ていました。だからあなたの手助けをすることを決め、私をここへ寄越したのです。
 あなたが何をしてきたのか、私にはわかりません。しかし神が少し肩入れしたくなるくらいには、あなたのしてきたことはきっと立派で誇り高く、尊いことだったのだと思います。

 だから、大丈夫です。焦らずゆっくりその時を待ちましょう」

 …………なんという穏やかな言葉だろう……ささくれた心が癒やされるような……あ、あれ? もしや俺は勘違いを?

「え? あなたは女神ですか……?」
「いいえ、司祭です。聖人なんて恐れ多いと思っている未熟者です」

 ……この無駄に色っぽい美人が、説法とか物の道理とかを優しくほのかにエロく解いてくれる時代があったのか。恐ろしい……信者爆増だろ。俺でもきっと信者になっちゃうぞ……

 ……それに比べて、本物の女神は……

「はあ? 何です? 言っておきますけど、ガタンがどうこうではなく、そこの女がよく出来ているだけですわ。……貴女、わたくしの信者になりなさいよ」
「今の私をお気に召すなら、聖ガタン様と出会った私を気に入ったということです」

 ああ、ガタンがいるから今の自分がある、だから改宗したらお望みの自分じゃなくなるぞ、と言いたいのか。……直接的に断らない辺りに大人の気遣いを感じるなぁ。

「何よ! だから嫌なのよ、あいつの信者は!」

 そして貴婦人は不機嫌になる、と。



「――ってやっている場合じゃないわね」

 あれ? 拗ねてそっぽ向いていたハイロゥが、少し慌てたように俺に仮面を向ける。

「今、順調に想いが集まっていますわ。もうすぐ秘術は成功し、貴方がたは現世に戻ることになるでしょう」

 お、さすがに範囲を拡大したら、さすがの悪役令嬢でも好感度が足りたようだ。やったなアクロディリア! おまえ意外と学校以外では嫌われてないんじゃねえの!? ……そうでもねえか!

「その前にこれを渡しておくわ」

 ハイロゥが右手を軽く上げると、傍に控えていた首なし大男が動いた。両手を前に差し出し――闇に飲まれ、闇の中からそれを引っ張り出した。

 ――びっくりした。出したのは人だ。死体かと思ったが……いや、違うな。

「人形か……?」

 赤いドレスを着た女の子ってのはわかるが……お姫様だっこされてまったく動かないそいつは、人としての気配がない。死の気配も感じない。

「その通りよ。わたくしの爪から生み出したただの肉塊だけれど、まあお人形よね。貴方が持っている小娘の魂には身体が必要でしょう? 通常、人間の身体には魂は一つだけ。二つは入らないのよ。
 この子を貸してあげるから、向こうに着いたらすぐに魂を移しなさい。そうじゃないと小娘の魂は自然と身体から抜けて、また見失うわよ」

 お、やべえなそれ!

「ちなみにわたくしがモデルだから。大切にしなかったら怒るわよ?」

 ……それは違う意味でもやべえな。大切にするようアクロディリアにも言っとこう。よりによってヤバイ神の不評を買う理由もあるまい。

 大男は、人形を立たせた。
 感じる魔力の動きから、どうやら魔力を流せば動かせるようだ。

 ――意思のない透き通った灰色の瞳、銀髪に近い淡い金色の髪はストレートで、かなり長い。身長は130センチくらいで、年齢は10歳くらいだろうか。幼い顔立ちである。まあ整いすぎて怖いくらい綺麗だが。アクロディリアに負けないくらい肌も白い。
 服は、ハイロゥが着ているような赤いドレスに黒いヘッドセットだ。うん、ゴスロリだな! イメージ的には「巻きますか巻きませんか」の紅い子だと思えばいいのではなかろうか。

 うん……アクロディリアもアクロママもすげー美貌だが、これまた人間離れした美貌である。……あれ?

「……モデル?」

 気味の悪い仮面をつけたハイロゥと、意思なく佇む人形を交互に見る。

 モデル?
 誰の?
 服と、仮面の向こうにある同じ色の髪くらいしか、似ている部分なくない?

「何よ。貴方、わたくしのこと調べたのでしょう? わたくしの出自を知らないの?」
「はあ……すいません」

 調べるどころか、ほとんど文献や本がなかったんだよな。ハイロゥも闇属性の女神みたいだし。闇関係は本当に情報が少なかったし。

「――わたくしは、元は傾国の美姫と呼ばれた人間よ。時の権力者がわたくしを奪い合い、わたくしのせいで何百万、何千万という人が死んだの」

 ……あ。

「俺が読んだ本では、顔を晒したらみんな死ぬみたいなことが書いてあったんすけど……」
「知っているじゃない」

 え、そういう意味だったんだ! いや、そりゃ、確かに、話だけ聞くと「顔のせいでみんな死んだ」みたいな解釈はできるんだろうけど……あ、そうなんだ!

「不条理よね。わたくしの意思など一つも関わっていないのに、わたくしのせいで大勢の人が死んだの。そしてわたくしは何百万何千万の人の怨念に呪い殺されたのよ。――まあ上手くいかないもので、罪のないわたくしを謂われなく呪い殺したせいで、その何百人何万人は『地の底』へ行ってしまったけれど」

 ……うわあ……

「壮絶っすね……」

 権力者が悪いとしか思えないだろ。ハイロゥも何百万何千万人も被害者にしか思えねえし……

「フフッ。その何百万何千万の魂が、わたくしを神格化たらしめたのよ。こんなに殺した人は、もはや人ではないと言われたわ。
 まあ、取るに足らないことも沢山あったけれど、おかげさまで今は罪人を裁く楽しいお仕事をしているわ」

 ふうん……で、これか。

「似てるんですか?」

 そんな傾国の美姫ハイロゥをモデルにしたというこの人形は、確かに人としては美しすぎると思う。若い頃のアクロママといい勝負しそうだ。10歳くらいなのにな。

「元はわたくしの爪よ? わたくしの半分以下の魅力しかないから、似てはいないかもしれないですわね」

 …………

 まあ、美しさで神になったっつーなら、そういうこともあるかもしれないな。――ちなみに仮面のことは聞かないぞ。あれはきっと目に見えた地雷だから。

「……何よ」

 いーえ別に。
 眉唾くせーなぁとか、誰かのモテた自慢ってどこまで話盛ってんのかなぁとか、人が死ぬほどモテて自分が死ぬほどモテた奴がミ○ワ化なんてするんですかねぇとか、そんなこと思ってませんけどー?

 


 そんな話をしている最中、ぐいっと何かが俺を後ろに引っ張った。
 振り返るが……何もない。
 服を掴まれているとか、そういうのもなかった。なんだ今の? 気のせいか?

「どうやら時が満ちたようね」

 あ、来た!? 復活の秘術完成した!?

「――んぐっ!?」

 もう一度、今度は強く引っ張られた。思わずテーブルにかじりつく。吹っ飛ばされるかと思った。

「何を堪えているの? 早くお行きなさいな」

 ハイロゥ人形は、すでに俺の中にある。まだ物質じゃないらしいからこういうこともできるそうだ。

「ま、まだ礼とか言ってねえから! ありがとな、ハイロゥさん! シャイア! 俺が生き返れるのは、マジで二人のおかげも強いから! ぐぐえっ……ニエとか祈りとかちゃんとすっからな……!」

 俺をひっぱる力は、どんどん強くなる。
 全力を出して堪えているが、早くも限界が来ている。でもまだ礼が言い足りない! もう少し……もう少しだけ……!

 ――と、必死で踏ん張る俺に、ハイロゥがトドメを刺した。




「いつまで天使がこんなところに居るつもり? 早く行きなさい」

 て、天使……?

「こんなに俗で薄汚れた天使もいたものよね。……普通は天使なんて美形しか許されないのに」

 顔は関係ねえだろ! つかそんな不気味な仮面つけて眉唾もんのモテ話してる奴に言われるとかそれこそねえよ!

「お、おまえが顔のこと言うおおーーーーーーぁぁぁぁぁーーー!」

 声も言葉も荒げたら、身体のいらない部分に力を入れたせいで、代わりに手の力がほんの少しだけ緩んでしまった。

 その結果、逆バンジーがごとく、俺はとんでもないスピードで後方へと吹き飛ばされた。

 何か言おうと思っても、もう神と司祭は豆粒にしか見えなかった。




「――マジでありがとなぁぁーーーーー!!」

 果たして俺の声は聞こえただろうか。





 
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