182 / 184
198.その言葉は果ての果てへ……
しおりを挟む突破する方法は、ぶっちゃけ一つしか思いつかない。
――更なるハイロゥとの取引だ。
ベル様の「復活の秘術」がなくても、ハイロゥなら死者の蘇生くらいはたやすく行える気がするのだ。それだけの力を持った神なのだと思う。
ただ、冥府の管理人としてのプライドが高い彼女が、こんな取引に応じるかどうかだ。そして応じた場合の条件はどれほど重いのか。リスクを考えたら気軽に決断はできない。
まあ……それでも、方法がそれしかないのだが。
足りないものは足りないのだ。
どんなにがんばっても、「復活の秘術」が成功しなければアクロディリアが生き返ることはない。
そして、「好感度が足りない」なんて問題、すぐに解決できるものでもない。たとえば物なら調達すればいいし、人が必要ならそれこそ交渉して連れてくればいい。
だが、想いなんてものは、手に入れるものでも調達するものでもない。
育てるものだ。
すぐに用意できる、形のあるものではないのだ。
「……ハイロゥさん」
「それ以上言わないで」
元から冷たいばかりの声が、更に冷たく感じた。
「わたくしがそれに応じると思っているなら、とんだ見込み違い。それもわたくしを失望させる勘違いだわ。貴方の口からは聞きたくないですわ」
……そうですか。まあそうかもな。
ハイロゥは不思議なくらい俺に対して好感を抱いている。ならばその分だけ俺に対する信用も、少なからずあるのだろう。
そして俺が「生き返らせてくれ」と彼女に頼むのは、冥路の貴婦人と呼ばれる彼女にとっては、侮辱に当たるのではなかろうか。
わかりやすく言うなら「俺のために不正してくれ」って筋の通らない要求をするようなもんなんだろうと思う。規則、約束、信条に反することをしてくれと。
そんなこと頼む時点でそりゃ失望もされるだろう。プライドが高いなら尚更な。好きな相手に言われれば更に倍増だ。
でも……それ以外どんな方法がある。
足りないものは足りないんだ。そしてそれは、すぐに増やせるものでも、代えが利くものでもないのだ。
……まいった。マジで何も思いつかない。
頭を抱える俺、そんな俺を冷たい眼差しで見ているハイロゥ。
「話がよくわからないのですが」
そんな中で、話がよくわかっていないシャイアが、口を開いた。
「足りないのであれば、あるところから持ってくればいいのでは?」
「簡単に言うなよ」
さすがにイラッとした。話がわかってない奴に気軽に口出しされるのも腹が立つ。
「しかしヨウ様のその様子では、それ以外の手段がないと思いますが」
「だから簡単に言う……あっ」
そうだ。確かにそうだ。シャイアの言う通りだ。ハイロゥに頼めないなら、「あるところから持ってくる」しかないんだ。諦めることはできないのだから。
「ハイロゥさん、『強い想い』を集める有効範囲を広げることはできますか?」
――ゲームでは、学校の敷地内になぜかある、古い石造りの教会で秘術が使用された。
きっと好感度を集める範囲は「その場だけ」だったのだろう。だから攻略キャラの好感度が必要で、一人でも好感度が規定値に満たなかったら、魔王ルートに入れなかったのだ。
しかし、その「好感度を集める範囲」を拡大したらどうだ? 現場だけではなく……そう、それこそ国中にまで広がれば。
そうすれば、さすがの好感度低い令嬢アクロディリアでも、規定値に達するのでは? 数人でダメなら数百人がかりで、ってわけだ。
「……フッ。早く気づきなさいな」
ハイロゥは仮面の下で優しく微笑んだ、気がした。……まあそれでも不気味なだけなのだが。
「でも、それでも足りなかったらどうするかな……」
アクロディリアの悪評はかなりのものだ。尋常じゃない。ぶっちゃけ家族くらいしか好感持ってないんじゃなかろうか。……弟とか好感持ってるのかね。
「大丈夫ですよ、ヨウ様」
再び思い悩む俺に、シャイアは再び光を差し込んでくれた。
「あなたが過ごした日々、あなたがやってきたことを、聖ガタン様は見ていました。だからあなたの手助けをすることを決め、私をここへ寄越したのです。
あなたが何をしてきたのか、私にはわかりません。しかし神が少し肩入れしたくなるくらいには、あなたのしてきたことはきっと立派で誇り高く、尊いことだったのだと思います。
だから、大丈夫です。焦らずゆっくりその時を待ちましょう」
…………なんという穏やかな言葉だろう……ささくれた心が癒やされるような……あ、あれ? もしや俺は勘違いを?
「え? あなたは女神ですか……?」
「いいえ、司祭です。聖人なんて恐れ多いと思っている未熟者です」
……この無駄に色っぽい美人が、説法とか物の道理とかを優しくほのかにエロく解いてくれる時代があったのか。恐ろしい……信者爆増だろ。俺でもきっと信者になっちゃうぞ……
……それに比べて、本物の女神は……
「はあ? 何です? 言っておきますけど、ガタンがどうこうではなく、そこの女がよく出来ているだけですわ。……貴女、わたくしの信者になりなさいよ」
「今の私をお気に召すなら、聖ガタン様と出会った私を気に入ったということです」
ああ、ガタンがいるから今の自分がある、だから改宗したらお望みの自分じゃなくなるぞ、と言いたいのか。……直接的に断らない辺りに大人の気遣いを感じるなぁ。
「何よ! だから嫌なのよ、あいつの信者は!」
そして貴婦人は不機嫌になる、と。
「――ってやっている場合じゃないわね」
あれ? 拗ねてそっぽ向いていたハイロゥが、少し慌てたように俺に仮面を向ける。
「今、順調に想いが集まっていますわ。もうすぐ秘術は成功し、貴方がたは現世に戻ることになるでしょう」
お、さすがに範囲を拡大したら、さすがの悪役令嬢でも好感度が足りたようだ。やったなアクロディリア! おまえ意外と学校以外では嫌われてないんじゃねえの!? ……そうでもねえか!
「その前にこれを渡しておくわ」
ハイロゥが右手を軽く上げると、傍に控えていた首なし大男が動いた。両手を前に差し出し――闇に飲まれ、闇の中からそれを引っ張り出した。
――びっくりした。出したのは人だ。死体かと思ったが……いや、違うな。
「人形か……?」
赤いドレスを着た女の子ってのはわかるが……お姫様だっこされてまったく動かないそいつは、人としての気配がない。死の気配も感じない。
「その通りよ。わたくしの爪から生み出したただの肉塊だけれど、まあお人形よね。貴方が持っている小娘の魂には身体が必要でしょう? 通常、人間の身体には魂は一つだけ。二つは入らないのよ。
この子を貸してあげるから、向こうに着いたらすぐに魂を移しなさい。そうじゃないと小娘の魂は自然と身体から抜けて、また見失うわよ」
お、やべえなそれ!
「ちなみにわたくしがモデルだから。大切にしなかったら怒るわよ?」
……それは違う意味でもやべえな。大切にするようアクロディリアにも言っとこう。よりによってヤバイ神の不評を買う理由もあるまい。
大男は、人形を立たせた。
感じる魔力の動きから、どうやら魔力を流せば動かせるようだ。
――意思のない透き通った灰色の瞳、銀髪に近い淡い金色の髪はストレートで、かなり長い。身長は130センチくらいで、年齢は10歳くらいだろうか。幼い顔立ちである。まあ整いすぎて怖いくらい綺麗だが。アクロディリアに負けないくらい肌も白い。
服は、ハイロゥが着ているような赤いドレスに黒いヘッドセットだ。うん、ゴスロリだな! イメージ的には「巻きますか巻きませんか」の紅い子だと思えばいいのではなかろうか。
うん……アクロディリアもアクロママもすげー美貌だが、これまた人間離れした美貌である。……あれ?
「……モデル?」
気味の悪い仮面をつけたハイロゥと、意思なく佇む人形を交互に見る。
モデル?
誰の?
服と、仮面の向こうにある同じ色の髪くらいしか、似ている部分なくない?
「何よ。貴方、わたくしのこと調べたのでしょう? わたくしの出自を知らないの?」
「はあ……すいません」
調べるどころか、ほとんど文献や本がなかったんだよな。ハイロゥも闇属性の女神みたいだし。闇関係は本当に情報が少なかったし。
「――わたくしは、元は傾国の美姫と呼ばれた人間よ。時の権力者がわたくしを奪い合い、わたくしのせいで何百万、何千万という人が死んだの」
……あ。
「俺が読んだ本では、顔を晒したらみんな死ぬみたいなことが書いてあったんすけど……」
「知っているじゃない」
え、そういう意味だったんだ! いや、そりゃ、確かに、話だけ聞くと「顔のせいでみんな死んだ」みたいな解釈はできるんだろうけど……あ、そうなんだ!
「不条理よね。わたくしの意思など一つも関わっていないのに、わたくしのせいで大勢の人が死んだの。そしてわたくしは何百万何千万の人の怨念に呪い殺されたのよ。――まあ上手くいかないもので、罪のないわたくしを謂われなく呪い殺したせいで、その何百人何万人は『地の底』へ行ってしまったけれど」
……うわあ……
「壮絶っすね……」
権力者が悪いとしか思えないだろ。ハイロゥも何百万何千万人も被害者にしか思えねえし……
「フフッ。その何百万何千万の魂が、わたくしを神格化たらしめたのよ。こんなに殺した人は、もはや人ではないと言われたわ。
まあ、取るに足らないことも沢山あったけれど、おかげさまで今は罪人を裁く楽しいお仕事をしているわ」
ふうん……で、これか。
「似てるんですか?」
そんな傾国の美姫ハイロゥをモデルにしたというこの人形は、確かに人としては美しすぎると思う。若い頃のアクロママといい勝負しそうだ。10歳くらいなのにな。
「元はわたくしの爪よ? わたくしの半分以下の魅力しかないから、似てはいないかもしれないですわね」
…………
まあ、美しさで神になったっつーなら、そういうこともあるかもしれないな。――ちなみに仮面のことは聞かないぞ。あれはきっと目に見えた地雷だから。
「……何よ」
いーえ別に。
眉唾くせーなぁとか、誰かのモテた自慢ってどこまで話盛ってんのかなぁとか、人が死ぬほどモテて自分が死ぬほどモテた奴がミ○ワ化なんてするんですかねぇとか、そんなこと思ってませんけどー?
そんな話をしている最中、ぐいっと何かが俺を後ろに引っ張った。
振り返るが……何もない。
服を掴まれているとか、そういうのもなかった。なんだ今の? 気のせいか?
「どうやら時が満ちたようね」
あ、来た!? 復活の秘術完成した!?
「――んぐっ!?」
もう一度、今度は強く引っ張られた。思わずテーブルにかじりつく。吹っ飛ばされるかと思った。
「何を堪えているの? 早くお行きなさいな」
ハイロゥ人形は、すでに俺の中にある。まだ物質じゃないらしいからこういうこともできるそうだ。
「ま、まだ礼とか言ってねえから! ありがとな、ハイロゥさん! シャイア! 俺が生き返れるのは、マジで二人のおかげも強いから! ぐぐえっ……ニエとか祈りとかちゃんとすっからな……!」
俺をひっぱる力は、どんどん強くなる。
全力を出して堪えているが、早くも限界が来ている。でもまだ礼が言い足りない! もう少し……もう少しだけ……!
――と、必死で踏ん張る俺に、ハイロゥがトドメを刺した。
「いつまで天使がこんなところに居るつもり? 早く行きなさい」
て、天使……?
「こんなに俗で薄汚れた天使もいたものよね。……普通は天使なんて美形しか許されないのに」
顔は関係ねえだろ! つかそんな不気味な仮面つけて眉唾もんのモテ話してる奴に言われるとかそれこそねえよ!
「お、おまえが顔のこと言うおおーーーーーーぁぁぁぁぁーーー!」
声も言葉も荒げたら、身体のいらない部分に力を入れたせいで、代わりに手の力がほんの少しだけ緩んでしまった。
その結果、逆バンジーがごとく、俺はとんでもないスピードで後方へと吹き飛ばされた。
何か言おうと思っても、もう神と司祭は豆粒にしか見えなかった。
「――マジでありがとなぁぁーーーーー!!」
果たして俺の声は聞こえただろうか。
13
お気に入りに追加
961
あなたにおすすめの小説
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
成り上がり令嬢暴走日記!
笹乃笹世
恋愛
異世界転生キタコレー!
と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎
えっあの『ギフト』⁉︎
えっ物語のスタートは来年⁉︎
……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎
これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!
ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……
これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー
果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?
周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】
ゆうの
ファンタジー
公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。
――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。
これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。
※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる