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193.第一のハードルを…… 

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 まだ何か言いたげだったが、結局ディスオラは何も言わずに消えてしまった。

 そして白い世界は彩を取り戻し、廻る。
 目の前で目まぐるしく、何がなんだかわからない景色や色や物が現れては変形し、消えてはまた発生する。色彩と景色に酔いそうだ。俺は目を伏せた。

 ――あの白い空間は、「死ぬ直前に行く世界」だと、ディスオラは言っていた。

 世界は数万、数億、あるいは無限に存在する。
 ただの人には認識できないだけで、すぐ傍に異世界はある。

 ただし、世界を隔てる見えない壁は、通常どうやっても超えることはできない。言葉で言うなら時空だの次元だのってもので区切られ、繋がっているようで断絶しているそうだ。
 だから俺が悪役令嬢になったのは、通常ではない理由があったからだ、というのがディスオラの考えだった。

 まあ世界の数の概念とか、俺が「あっちの世界」に行った理由なんかは、確かなことはわからなかったし、興味深いけどこの際考える必要はない。結論として「ゲームそっくりの世界がありました」みたいなオチって感じで、これだけ理解しとけばいい。

 今必要な知識は「これからの手順」である。
 
 世界と世界を隔てる壁を超える術はない。ディスオラの力でもどうにもならない。
 しかし、世界と世界が繋がっている世界ならどうだ?

 そんな考えの元にディスオラが考えたのが、「現実からゲームの世界へ」というダイレクトな方法ではなく、「現実から死の世界へ渡り、それからゲームの世界へ」という発想だった。
 簡単に言えば、「死の世界」という中継地点を挟んだわけだな。直行じゃなくて。

 その理由は、「死の世界はあらゆる世界と繋がっているから」だそうだ。

 時代や宗教や異世界でも「死の概念」や「死後の世界」なんかは、かなりバラつきがある。名称も違うし、行く場所も違うし。
 でもディスオラの話では、大きな括りで言えば、「死の世界は一つ」なんだそうだ。

 例えるなら、めっちゃくちゃ広大なその「死の世界」に、まるで国のように境界線を引いていろんな「死の国」が存在している。それぞれの国王が管理している死の国がな。
 そんな「死の国」が並行して存在するからこそ、「世界を超えた輪廻転生」という現象が時々起こってしまうらしい。更にその中には、前世の記憶を持った者がいて……まあその辺はいいか。とにかくそんな感じだ。

 簡単に言えば、俺は「死の世界からあっちの世界に転生する」ってルートを辿る感じになる。
 それがディスオラの考えた「アクロディリアおれの復活」の方法だ。
 そして、ディスオラが直接関わることができるのは、さっきの「白い世界」までだ。

 だが存在はしないものの、もう少しだけ付き合ってくれることになっている。
 直接会話を交わすことも姿を見せることもできないが、今も俺の声に耳を傾けていてくれるはずだ。「助けて」と叫んだら緊急脱出の合図だしな!




 目を開けると、目の前に川があった。さらさらと穏やかに流れている。そして対岸にはこの世のものとは思えないような美しい花畑があった。

「……ん?」

 見上げれば、色とりどりの火の玉が、俺の背後から俺を追い越して川を渡り、花畑の向こうへと飛んでいく。

 …………

「……あっ!」

 なんか誘われるように「俺も向こう岸に行こうかなー綺麗だしきっと心穏やかになれるだろうなー」と一瞬思ったが、この身を巡る違和感……闇の力が、ぼんやりしていた俺の正気を取り戻してくれた。

 あっぶね! っぶね! なんかこれ……アレだろ!? これ向こう岸って死の世界だろ!? 渡ったら天国か地獄に送られる系のアレだろ!? あっぶね!

 首を振り、頬を叩く。
 肉体がないのでまったく痛くないし触っている感じもないが、少しだけ気合が入った。

 これもディスオラの説明で聞いている。

 ――ここは行く先を決める場所……「死の世界」の入口だ。

 ここを渡ると、俺が行く「死の世界」……あんまり宗教とか興味ないんだが、こんな俺みたいな無宗教に近い日本人が一番よく行く、仏教関係の「死の世界」に行く、らしい。

 一度「死の世界」が確定すればよっぽどのことがないともう変更が効かないそうなので、ここで行き先の変更を行わなければならない。

 そう、俺が行きたい世界の「死の世界」へ行くのだ。

「光の女神カイルアン!」

 返事はない。

「火日神ケイヴァリン!」

 返事はない。

「風狼神ゼリク!」

 返事はない……

 ――俺は当然として、ディスオラにも「世界」を超える力はない。それはもう神の御技だ。
 だから俺は呼んでいる。
「純白のアルカ」の世界に住まう神の名を。

 俺を「あっちの世界」に送ってくれる、「あっちの世界」に密接している神様を。

「土環神ダーゲイル!」

 返事は、ない。

 その後も、アクロディリアの記憶にあった神の名、俺が調べてきた神の名を呼ぶが、何者も返事をしてくれない。
 何も起こらないし、何も変わらない。
 穏やかな川を、今生と死とを分かつ境界線を、火の玉が飛んでいくだけだ。

「……」

 ついに呼べる名前が尽きてしまった。
 誰も答えてくれないし、何者も現れることはない。

 要するに、失敗だ。
 復活に際して、数あるハードルを超えることができなかった。
 それも初端から躓いてしまった。

 そりゃそうか……アクロディリアは信心深い方じゃなかったし、俺も宗教関係にはほとんど関わらなかったもんな。
 困った時だけ「助けてくださーい」つっても、そんなもんいくら神でも助けたいと思わないだろう。
 それこそ聖人シャイアみたいに、人生を懸けるほどの信仰心がないと、助ける気になんんてならないだろうよ。

「……あーあ」

 早いわ。ボツるの。
 五ヶ月みっちり準備してきたのに、10分足らずで望みが断たれたわ。元々勝算の低い勝負だとは聞いていたけど、その辺なんの心配もしてなかったんだよなぁ。絶対行けると根拠もなく信じてたから。
 
 でも、あんまり嬉しくはないし不本意でもあるが、悪いタイミングではなかったな。

 この川を渡れば、死亡が確定する。
 だが、まだ渡っていないこの時点では、ディスオラの力が届く。今「助けてー」と叫べば、あいつが俺の魂を現実世界に戻してくれる手はずになっているのだ。な? 祀りたくなるほどいいネコだろ?

 ……帰りたくはないが、行く先がないのだ。
 まさか川を渡るわけにもいかない。死ぬ気はない。

 諦めるしかない、か……?

「……」

 何かないか。
 何かないのか。

 果てのない川原、果てのない川、果てのない花畑。
 振り返ると……何もない。今踏みしめている砂利が、川原が、どこまでも続いている。
 空は白い。一面に霧でも掛かっているかのようだ。時折り青空も見えるが本当にかけら程度だ。

「……まいったな」

 体感的には、もう30分は立ち尽くしている気がする。
 でも何も思いつかない。
 ここで神を、「あっちの世界」の神を呼ばなければならない。それが絶対に超えねばならない最初のハードルなのだ。

 しかし神は応えてくれない。

「……レン、キルフェコルト、ラインラック……」

 悪あがきだ。
 頭に思い浮かぶ名前を、ただ呟いているだけだ。
 もしかしたら……なんて確率も、正直考えてない。

 ただ、まだ、諦めきれないだけで。
 だからこんな悪あがきをしているのだ。

「アルカ、グラン、ラディアス、フォンリー、クルス」

 やはり返事はない。
 つーか、そもそも死んでない奴らばっか呼んでも仕方ないんだよな。

 死んでる奴の名前とかどうだ?

「……大海賊ギャット、皆殺しのヒース」

 はは、こんな連中のことまで憶えているわ。

「ガナッシュ、ヒスター」

 俺が思っている以上に、俺は「あっちの世界」に行きたかったんだな。こんなゲームでは一度しか名前が出ないような設定まで憶えているなんてな。

「ダージア・フェス」




 ――そして俺は、偶然にも、その神の名を呼んだ。




「ハイロゥ。……なんだっけ、冥路の貴婦人、ハイロゥ・アロイアルア……だったっけ」




 本当に何気ないつぶやきだった。
 記憶を探っていた時、たまたま思い出しただけの名前だった。

 しかし、奴はやってきた。
 嬉々としてやってきた。

「……っ!?」

 肉体のない今でさえ、全身総毛立つような悪寒と畏怖。
 理屈でもなく、本能でもない、ただただ「自分とは存在が違う」と思えるような、圧倒的な力。

 思わず身構えた時には、もう、いた。
 まるで最初からそこに、目の前に立っていたかのように。そこにいた。

「――ごきげんよう。異界の子」

 無数の「目」が描かれた不気味な仮面を被り、フリルのたくさん付いた豪奢な赤いドレス姿の貴婦人が。

「……ハ、ハイロゥ……さん?」

 この仮面の女神は、そう、「あっちの世界」で購入した海賊船のフィギュアの女神像の、アレだ。

 仮面を外すとみんな死ぬーみたいな逸話のある、危険きわまりない女神だ。

 ……よりによって、なんてヤバイ神が来やがった……




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