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188.こんな感じだったと思う、という話で……

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 気分は最悪だが、さわやかな朝だった。

「…………」

 全部思い出した。
 いつの間にか寝落ちして、やっぱり夢の中で追体験してしまった。

 刺された胸に触れる。
 この肉体のことじゃないから当然何もないが……すごい衝撃だったな。やり方にも寄るんだろうが、痛みより刺された衝撃と、とんでもない早さで忍び寄ってきた死の予感に正常な意識が保てなくなっていた。
 体内から喉を通り昇ってくる血に呼吸ができなくなり……何もできなかった。あれは心臓をやられたんだろうか?
 ……とにかく二度と経験したくない出来事だった。まあ普通は二度も経験できないが。

 つまり、いわゆる「死に戻り」ってやつか?  
 俺が戻ったのは、俺が死んだからか? それとも俺が死んだあのあとアルカも死んだことで戻ったのか? あくまでもアルカ準拠で起こったことなのか?

 これは……まあ、どう考えてもわからないことだから、置いておく。

 俺の判断ミスでアクロディリアの肉体を殺したかもしれないことも……今は置いておこう。何がどうであろうと、今俺が「あっちの世界」にできることはないから。

 考えるべきは、そう、リア・グレイだ。

 ベッドから起き上がり、勉強机に置いておいたファンディスクのパッケージを手に取る。
 そこに描かれている赤毛の女こそ、俺が悪役令嬢として最後に見た顔、あるいは最後に会った人物ということになる。

 裏には『ファン待望のサイドストーリー! 華麗なる魔王たちの日常を完全収録! 「ベル様との甘い日々」「不遇の忠臣・第三魔将軍ガステンの里帰り」「死した騎士・第五魔将軍ヘーヴァル、頭を失くす!?」「キャラ絵はあったのに本編出番なし! 第二魔将軍リアジェイル、魔王城大掃除大作戦」の四本を収録!』……か。
 ふん、いかにも楽しげに飾り立てやがって………全てを思い出したんだぞ!

 ガステンはアルカを殺そうとしたし、このリアジェイルってのがリアだろ!? 俺リアに殺されたんだぞ! 何平和に里帰りとか魔王城大掃除とかしようとしてんだよ! ……ちょっと気にはなるからプレイはするけどよ!

 ……リアか。

 色々思い返してみれば、気になることはあったんだよな。それに気づいていれば避けられたかもしれない。
 そもそも、あの状況で完全に警戒心オフにしていた自分に腹が立つ。

 どんだけ訓練しても、しょせん平和ボケした日本のハイスクールボーイから突き抜ける存在にはなれなかったってことだ。実戦経験の少なさのせいもあったし、何より危険に対する意識がなさすぎた。

 もし、あの時リアに対して警戒心を持っていれば、結局殺されるにしても多少の時間稼ぎはできたんだろうが……これも今言っても遅いんだよな。置いておくか。




 アクロディリアとして経験したことと、ゲームによる魔王ルートとで知ったことを併せて考え、リアのことを考えてみた。

 なんというか……ちょっと考えただけで色々繋がってしまった。
 この推測が正しいかどうかはわからないが、一応筋は通るはずだ。

 まず、リアはいつ現れたか、ってことだ。
 ガステンが八年目……ゲームで言う最後の年の九月に現れるのは、封印から解かれ日々力が戻る魔王に併せて復活した、みたいな感じらしい。

 リアで言うと、魔将軍の魂を持った、いわゆる転生した生徒が入学してきた。その時は普通の人間だが、魔王が力を増すのに呼応して、生徒が魔将軍リアジェイルとして覚醒、記憶を取り戻したって流れだ。
 ゲームの仕様だからそこに突っ込んでも、って感じだが……まあすごい偶然だよな。
 魔王がいる場所に転生した魔将軍がやってくる。しかも五百年以上封印が解かれてなかったのに偶然同じ時代に生まれて。……まあこれくらいにしといてやるか。設定が甘いのは今に始まったことじゃない。

 ただ、これは逆説なんだよな。
 ガステンパターンに当てはめたらリアはそうなる、って話だ。
 ファンディスクのパケ裏に書かれていたけど、ゲーム本編にはリアの出番はなかったから、俺が知った知識はガステンのものだ。
 だから、もしかしたらガステンも生徒として学校にいる誰かなのかもしれない。まあそうじゃないかもしれないが。あんなデカい奴見たことねえし。

 で、リアはいつ魔将軍として覚醒したのかって話だ。
 ガステンのパターンを考えるなら、やっぱりゲーム中最後の年なのかもしれない。そんなに早くはなかったのではないかと思う。

 だってあいつ、俺のこと「魔王にちょっかい出してる女、即ちアルカ」と間違って殺しただろ。
 それを考えると、ちょっと不思議なんだよな。
 普通アクロディリアとアルカを間違えるか? 正真正銘真逆って感じの二人だぞ。

 でも、こう考えると、ちょっと納得はできるのだ。
 たぶんあいつの思考の流れを読むと、こんな感じだと思う。


  リアは「我が主こと魔王に近づく女がいる」ということを知った。
   ↓
  当然調査する。
   ↓
  調査線上に「光の魔力を持っている女である」ことを知る。
   ↓
  学校にいる光の魔力持ちは二名で、アルカとアクロディリア。


 ここまではわかる話だ。
 そしてこの「わかる話」、ある時期のみに限るとこうなるのだ。

  
  アクロディリアは自他共に「ラインラックが好きだ」と公言して憚らないので、客観的に考えてアルカの方が可能性が高いと判断する。
   ↓
  しかし、予想に反して魔王に会いに来るのはアクロディリアだった。
   ↓
  毎日のように会いに来るアクロディリアに、リアは戸惑う。
   ↓
  再び調査をしてみたら、「アクロディリアはラインラックのことを諦めた」という噂を聞いてしまう。
   ↓
  足繁く図書館に通うアクロディリア。
   ↓
  リア、「この女だ!」と確信する。


 で、アクロディリアを殺しに来たと。
 なんでリアは相手を間違えたんだって考えると、きっと時期の問題なんだ。

 ――答えは、夏休みだ。夏休みの間に調査が行われたからだ。

 リアが疑惑を抱いたのは、俺が魔王……先生に会いに行ったこと、だったんだと思う。
 俺とリアが初めて会った時のことだ。
 あの時、夏休みなのに、俺はわざわざ先生を探しに行った――つまり会いに行ったことで「先生に気がある」と勘違いさせたんだろう。俺としては図書館に用があっただけなんだが……

 そして夏休み中は、状況がまるで違っていた。

 これまで先生と逢瀬を交わしてきたのだろうアルカは、夏休み中はずっとレンの村にいて、最初から最後まで、なんなら夏休み期間をオーバーするまで戻ってこなかった。
 当然その間に先生と会うことなんてなかった。物理的に不可能だしな。

 それに反比例するかのように、俺扮するアクロディリアは、里帰りを終えたら図書館に通い詰めた。
 そりゃーもう毎日毎日足繁く通ったさ。たまーに先生とちょっとした雑談をしたこともあったさ。そうだね、傍から見たら「先生に気に入られようと必死な女プゲラww」に見えたかもしれないね! いい迷惑だわ! ずっと調べ物してたわ! 主に闇関係の本探してたわ!

 ゲームからの情報だが、先生は闇魔法を使って、見た目を騙しているらしい。しかしそれは光属性を持つ者には通用しないんだとか。
 つまり、俺とアルカが見ている先生と、他の人たちが見ている先生は、別人に見えている。
 そらあんだけ美形なら女子が騒がない方がおかしいからな。これはすんなり納得できた。ちなみに教員として潜り込んでいるのも色々魔法でごまかしつつ、らしい。

 リア的に「こんな美形な魔王に会いに来る光属性持ちは須らく下心アリなはず!」と、妄信的に判断した可能性もある。
 実際すげーイケメンだと思ったから、不思議と異を唱えたいとも思わないしな。マジでイケてるメンズだよ、先生は。ファンディスクが出るくらいだから人気もあるっぽいし。




 あと、今思えば、リアのあのムチムチ赤毛姿だよな。
 もっと早く違和感の正体に気づいていれば、俺も警戒くらいはしたと思うんだが。

 夏休み、校舎で初めてリアと会ったあの時、どうして思わなかったんだろう。

 ――どうしてリアから闇の魔力を感じないのか、と。

 あの時、先生は言ったよな。「補習していた」と。
 先生は闇属性持ちで、そして普通に考えればそこで先生の横にいた生徒が「補習を受けていた生徒」だろう。先生マジで愛想がないしな。
 ならばリアは、学校唯一の「闇属性持ちの生徒」ということになる。確か学校には一人しか闇属性持ちの生徒はいないって話だからな。

 それからリアとは何度か図書館で会ったが、やはり何も感じなかった。
 まあそれに関しては、殺された時のリアのセリフでわかったけどな。「実際の姿も闇の魔力も隠していたんだろう」と。
 密偵メイトのように「魔力を隠す技術」というのもあるみたいなので、リアも隠すこともできたんじゃないかと思う。

 ついでに小粒なネタだが、リアが俺に渡した本である「闇夜に咲く花」は、夜、俺を寮から誘い出すためのエサだったんじゃないだろうか。
 夜の植物に興味を抱け! 見に行け! 殺しチャンスを作れ!」 ……という、遠まわしなアレだったんじゃなかろうか。ミステリで聞いたことあるんだよな……未必の故意っていうんだっけ? あ、本人が手を下すんだから違うかな?




「「へえー」」

 授業中に考え自分なりに噛み砕いてみたことを、昨日に続いて今日の放課後もファーストフード店に集った先輩二人に話してみた。
 天堂先輩と北川先輩は、それはもう興味津々で瞳を輝かせ聞いていた。いや、興味津々で瞳を輝かせているのはショートカットの方だけだな。天堂先輩はちょっとだけそんな感じだ。

「そっか。その『夏休みの行動だけ見れば』、弓原くんが魔王を口説いているように見えたんだね」

 口説くとかいうな、北川先輩。俺のポテト食うな。

「でもやりきれないね、勘違いで殺されたんじゃ……普通に殺されるのもまあアレなんだけど……」

 そうっすよねー天堂先輩。俺のポテトどうぞ。

「でもこれはこれで、そんなに悪い気はしてないんすよ」
「つーと?」
「俺んとこ来なかったら、結局アルカに行くだけだったんで。間接的にでもアルカのためになったんなら、無駄死にではないっすから」

 それだけは唯一の救いだと思う。
 何をしたのかわからないが、リアのあの奇襲攻撃はヤバイ。本当に何も感じなかったから。殺気も感じなかったし、闇魔法の魔力も感じなかった。アルカなら平気……だとは思うが、万が一にも俺と同じように不意打ちされて死ぬ可能性はゼロじゃないだろう。

 それに最悪なのは、ガステン戦での逆パターンな。
 もしあの時、俺がアルカ対ガステン戦に乱入してなかったら、もしかしたらリアはアルカとガステンとの勝負に参加した可能性もある。同じように援護してアルカが死んでいたかもしれない。

 なんにしろ、俺の死は無駄にはならないだろう。
 アルカに対して注意喚起にはなるだろうし、あのタイミングで殺されたとなれば魔王絡みと考えるはず。……いや怪しいか。あいつINT低いし……

「弓原くんはアルカが好きなんだね」

 ニヤニヤ茶化すように言う北川先輩に、俺はマジ顔で頷いてやった。

「超いい奴っすよ。あいつにはガチで命助けられてますから。嫌いになる理由がないっす」
「ほう」
「でも北川先輩でもいいっすよ?」
「あはは、『でも』とか平気で言う男はやだなー。ナゲット食べていい?」

 許可する前に食ってんじゃん……





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