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187.太陽のように輝く満月の晩に…… 後編

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 実力が拮抗しているというのがいい。それも高レベル同士の一騎打ちだ。
 こういう「どっちが勝ってもおかしくない勝負」というのは、些細な要素で勝敗が決したりする。

 たとえば、俺の援護とかな。

 敵の注意がこちらに向けば、アルカへの注意が疎かになる。実力が近い1対1の勝敗を動かすには、単純に味方を増やせばいいのだ。

 フルアーマーの方は、まったく俺に注意を払っていない。きっと奴も気配を察知して「あ、こいつはそんなに強くねえな」と見抜いているのだと思う。何をしようが高が知れていると。ついでに言えばアルカも同じように思っているかもしれない。

 まあ俺の実力が実際どの程度なのかはわからないが、あのアルカの攻撃でやぶれないほど強固な防御を、俺がやぶれる道理はまずない。

 でも、俺がそれをする必要はない。
 俺はあくまでも援護しかないのだから。

「よっ」

 充分に距離を取ったまま、俺は投げナイフを投げた。ナイフはフルアーマーに当たらず、二人が切り結ぶ近くの木に刺さった。
 よし、このくらいの距離なら九割くらいは当てられそうだ。
 次々にナイフを投げる。投げる。どんどん投げる。

 仕込んでおいた二十本を短時間で投げきり、狙い通り・・・・にばら撒いた。一本だけ狙いがはずれて・・・・フルアーマーに当てちまったが……まあ問題なさそうだ。相手もさして気にしていないようだし。……アルカの相手をしながらでは、気にしてられないのかもしれないが。

「アルカ! 援護するわよ!」

 こっちの準備は整ったので、堂々と宣言してから、もう済んでいる援護をのんびり始めた。

「――『照明ライト』」

 ただ光るだけの万能魔法『照明ライト』を唱えると、フルアーマーの近くに設置した投げナイフから、小さな光の魔法陣が浮き上がる。

「ぬっ!?」

 野太い男の声を漏らし、はじめてフルアーマーが動揺を見せた。光る魔法陣から一足飛んで距離を取る。俺が投げたナイフが当たってもまるで見向きもしなかったのにな。

 ――フッ。計算通り……!

 突然現れる意味深な光の魔法陣に、フルアーマーは警戒心を抱いた。明らかに何かがあるとしか思えないからだ。見た目からして。
 そう、投げナイフには『照明ライト』の魔力を込めてある。
 計二十本、全てに。

 実際は光ってるだけだがな! 意味深に見えるだけだがな!

 しかし、いわゆる「視覚」ってのは大事なもので、だからこそ厄介なもので、見た目さえ整えれば資格情報はいくらでも黙せるのだ。
 飛び出したように見える絵とか実写さながらのアートとか、マジックなんかもそうだ。まあ俺はあそこまで突き詰めた騙し方ができるわけじゃないが。

 下手に投げナイフで狙って、身軽に動くアルカを阻害するわけには行かない。
 フルアーマーなんて着込んでいる敵に当てたところでダメージは知れているし、変に当てて跳ねたのが偶然でもアルカに飛んだらシャレにならない。
 だから、最初から当てるつもりで投げてない。

 はずしまくったおかげでフルアーマーが俺を軽視し、何もせず無視し続けたのも、油断させることに成功したから、と言えなくもないだろう。
 だって「援護する」っつって相手の状態も考えないままダメージが通らないだろうちゃちな投げナイフを無駄に投げまくり、それでも当てたのは一発だけ。そら舐められて当然だわ。目の前を飛ぶ鬱陶しい蠅より援護になってない。耳元を通るブーンという羽音ほども邪魔になってない。

 フルアーマーが避けた先でも、その近くに設置した投げナイフに込めた『照明ライト』を点灯させ、光の魔法陣を生み出す。 
 フフッ、嫌がれ嫌がれ。その分だけアルカへの注意が散漫になるのだ。

 視覚を逆手に取ることで成立するのが、俺の援護だ。
 まあいわゆるハッタリだが。

 でも、このハッタリは「攻撃を加える」という最後の一手があって、初めて成立する。

 三つ四つと光の魔法陣を発生させ、フルアーマーに嫌がらせをすると――さすが強者、早い段階で見切りを付けた。

「無駄だ! この魔法陣からは力を感じぬ! ただの見掛け倒しよ!」

 うん、その通りだ。
 だがそれこそ俺の計算の内だ。

「――『光の癒しライトヒール』」

 肉体強化をしてから、その辺に落ちていた石を思いっきりぶん投げた。フルアーマーの真横の光の魔法陣を点灯させつつ。

「無駄だといぎっ!?」

 ガン、と、石はフルアーマーのヘルメットにしたたかに命中した。生身なら死ぬかもしれないほど強力だが、さすが防御力の高そうな金属の兜。上半身がぐらついただけで倒れもしない。
 ダメージ自体も少ないかもしれないが、しかし、確実に頭を揺らしてやった。
 投げナイフを点灯させた瞬間、ほんの一瞬、光の魔法陣に気を取られた隙に、奴の防御と警戒網を縫うようにして石をぶち当ててやった。おしゃべりしながらは動きづらいもんな? 絶対に足を止めると思ったよ。いい的でしたよー。

 ――これで俺の援護は終わりだ。

 接戦にて明らかな隙を生じさせた今この瞬間、アルカが動かない理由がない。

「剣技――『裏片無うらかたな』」

 よく見えなかったが、アルカがフルアーマーの真横を通り過ぎた。素早く、だが静かに。体重を感じさせない滑るような体さばきだった。
 剣技・裏片無。
 確か防御力無視の大ダメージ技だったかな。俺は力を溜める系のスキルとよく併用する。……見た目はただの一閃って感じだったな。地味だった。でもすごく綺麗な動きだった。

「ぬぐぁぁぁぁ!?」

 フルアーマーが苦悶の声を上げ、膝を着いた。腹を抑えている。そうか、胴体を斬ったのか。

 ……なんか、今になって、真剣勝負の邪魔をしたようで、ちょっと罪悪感が生まれてしまった。でも命懸けの勝負って言われたら、そりゃ邪魔もするだろう。万が一にもアルカを死なせるわけにはいかないからな。それにアルカも俺の援護を止めようとしなかったしな。
 間違って……ないよな?




「……で、結局なんなの?」

 戦闘不能のダメージを与え、フルアーマーは蹲ったままだ。アルカは肩で息をしながら、敵の後頭部に剣を突きつけた。

「えっと……ガステンさん、だっけ? いきなり襲ってきたけど、何が理由なの?」

 …………

 え? 俺も全然理由がわかってなかったけど、アルカもわかってなかったのか。察するに、いきなり襲われたって感じか。
 そう考えると……ヤバかったな。
 アルカより先に、俺がここにたどり着いていたら、俺があのフルアーマーに殺されていたかもしれないのか。

 ……たぶんフルアーマーには恨まれてるだろうしな。俺は必要以上に近づくことなく、顔も見せず、この距離をキープしたまま話を聞くことにしよう。てゆーか勝手に帰ったんじゃないかと言わせるくらい存在感なく、ここで聞き耳を立てとこう。

「フン! 先に言うたであろう。貴様のような地味で華がない小娘が、我が主に近づくことなど許されないと……」

 お? 我が主?

「我が主って…………あ、先生?」

 先生と言うと、……まあ、闇繋がりで、ベルヴェルド先生だろうな。やっぱあの人只者じゃねえんだな。
 つかこれ、先生ルートのイベントなんだろうな。俺は先生のルートだけはやってないから、わかんねえんだよな。

 ……つか、もしかして俺、フラグやシナリオ、イベント的に、邪魔しちゃったかな?
 もしかしてだが、勝敗とか、左右しちゃったかな?

 ……まあ仕方ないか。生きるか死ぬかって戦いを前に、看過できるわけがない。

「今日は引いてやる……だが」

 闇魔法だろうか? フルアーマーは一瞬にして黒く染まり、地面に溶けるようにして姿を消した。

「次はないぞ、地味で華がない小娘。――それと向こうの小娘、貴様も許さん」

 え、向こうの小娘って俺のこと!? こんなに存在感ないのに忘れてなかったの!? ……まあそりゃ忘れないわな。
 ガキ仕込みの謝罪文と言い訳でなんとか恨みを解消できないかと考えている間に、一帯を支配していた強烈な闇の魔力が薄くなり、いなくなってしまった。




「……まあ、地味なのは認めるけどさぁ」

 と、アルカが苦笑しながら、刀を納めてこちらへやってきた。

 この先、あのフルアーマーに狙われる危険を考えると、とてもじゃないが落ち着いてられないんだが……まあ、今は、考えないようにしよう。なるようにしかならないからな。

「ヨウくん、助けに来てくれたことはありがたいと思うけど、あんまり危ないことしないでよ」
「そりゃ俺のセリフだろ」

 あんな状況で見て見ぬふりして帰れるかよ。アルカには命の危機さえ救ってもらったことがあるんだぞ。見捨てられるわけないだろ。

「文句なら自分に言えよ。おまえが圧勝してたら、俺の出番なんてなかったんだからな」
「無茶言うね……」

 うん、かなり無茶言ってると思う。俺だったらこんなこと言われたら逆ギレするね。「おまえはできんのかよ、やれんのかおまえ」って言ってるね。

「それより、あいつなんだったんだ?」
「わからない。ヨウくんもそうだと思うけど、異変を感じて様子を見に来たの。そうしたら襲われちゃって」

 そうか。アルカを釣るエサだと思ったんだが……違うのか?

「だから、これから確かめに行ってくるよ」

 あ、そうか。先生の関係者って感じだったもんな。
 どんな関係なのかはさっぱりわからんが、先生なら知ってるだろう。……まあ「我が主」って言ってたから、単純に部下って感じかな。やっぱあの先生、普通の人じゃないよな。

 となると、違わないな。
 魔力はアルカをおびき寄せるエサで、フルアーマーの目的はあの戦いだったわけだ。去り際の言葉からしてかなりマジで命狙ってた感があるけど……

「ヨウくん、ごめん。詳細は話せないかもしれないけど……」
「別にいいよ。アルカが無事ならそれでいい」

 アルカが俺を巻き込みたくないって言うなら、仕方ない。気にはなるけど……でも、さっきのを見ちゃうとなぁ。俺じゃ首を突っ込むだけの力が足りないみたいだからな。せいぜい少し離れたところから何かを投げるくらいしかできないだろ。

 まだ肩を並べることはできないし、戦力として頼られることもないのだ。あの迷宮の頃より少しは近づけた気はするが、まだまだアルカの背中は遠いな。

「……あのさ、ヨウくん。普段からその姿でそんなことばっかり言ってるの?」
「ん?」

 なんだ?

「程々にしないと刺されるよ」

 ……?

 なんだかよくわからないことを言い残し、アルカは微妙な顔をしたまま行ってしまった。うーん……さっぱりわからんが、刺されるのは嫌だなぁ。




 ――だが、アルカの予言は当たり、この直後に刺されることになる。




 なんだかよくわからない戦いが終わり、アルカも行ってしまった。自分の魔力を追って投げナイフを回収し、俺も帰ることにする。

 森を抜ける。
 森の中もそうだが、今日は本当に明るい。俺たちの世界より月がデカイ気がするんだよな。しかも満月だ。夜空に浮かぶその様は、太陽のように輝いている。

 ……ちょっと眠いな。いつも寝ている時間だしな。
 誰かに見つかる前に退散しよう。もしかしたら部屋を抜け出したことがレンにバレてるかもしれないし……バレてたらどうしよう。怒り心頭で部屋に仁王立ちしてたらどうしよう。そうなったらもう土下座ゲザる以外ねえな……

 そんな心配をして、ふと横を見れば……うわびっくりした!?

「……リア?」

 ほんの10メートル先に、見覚えのある小柄な女生徒がいた。
 図書館で何度か会ったことがあるリアだ。
 びっくりした……誰かがいるなんて思いもよらなかったから、本当にびっくりした。何やってんだあいつ、こんな時間に。
 まあそれを言ったら俺もだが。

 もしかしたらリアも、異変を感じてここまで…………あれ? なんかおかしくないか? 会った時も何かの違和感を感じていたが、あれと同じ違和感を感じるぞ。つーか思い出したというか……

「……」

 相変わらず無口だ。何も言わずこちらに歩いてくる。

「――こんばんは」

 あ、しゃべったよ。珍しい。

「――あまり話をするのは得意じゃない。特にあなたにはバレそうだったから」

 ……バレる?

「いったいどういう――ぐっ!?」

 鋭い痛み。いや、痛いというより、驚きによる身体の反応の方が強かった。
 視線を下ろせば、胸の間から黒い何かが生えていた。
 尖っていて、硬くて、ちょうど細剣の刃のように真っ直ぐで……

 ――刺された。

 そう認識した時には、生えていた黒い何かが背中側にずるりと引き抜かれ、全身から力が抜けて倒れ……なかった。

 リアが支えたから。
 あれ?
 誰だこいつ?
 
 リアの面影はちゃんと残っているが、単純に大きくなっていた。歳で言えば二十過ぎ。派手な赤い髪に金の瞳、露出度の高いレオタードのような服を着ていて、見るからに悪役っぽい。頭に角が生えてるのも悪役っぽい。

 そんな「リアっぽい女」が、抱きしめるようにして腰に手を回し、俺を支えている。咳き込み血を吐き、それが掛かってもまるで気にせず――悲しそうな顔で俺を見詰めている。

「主に悪い虫がつきまとっていると聞いて心配したけれど、あなたなら……私はそう思っていたわ。
 あなたならよかった。主の側室くらいには認めてもいいと思ったわ。その美貌も人間には勿体無いくらい惜しい。噂ほどひどくもなかったし、魔族の仲間になるなら多少歪んでいたって構わないわ」

 命の火が消える。
 視界が暗くなっていく最中、きっと俺が最後に見るのだろう悲しげに見詰める顔は、冷徹へと変貌した。

「でもあなたは、男を乗り換えようとした。それだけならまだしも、乗り換える相手を我が主に選んだ。歪んでいようが悪かろうが構わないけれど、主をその辺と同じ扱いをしたあなたの性分は許せない。万死に値する。何度殺しても足りない。
 でも、私はあなたが嫌いじゃない。だから――」

 身体が崩折れる。
「リアっぽい女」が俺を支えなくなったから。

「一度だけで許してあげる」

 光が失われる。
 何も見えない。

 そして俺は、最後の最後に、こう思った。




 ――それって人違いアルカじゃないですか? と。






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