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180.屋上で告白を(だが愛の告白とは言ってない)……
しおりを挟む「――聞いたぞ弓原!」
昼休み、食堂でやったことは、放課後までに学校中の噂になっていた。
親しいクラスメイトからよそのクラスの浅い知人まで、やたら声を掛けられるも、俺は適当に返事をしつつずっと考えていた。
その最たる理由が、魔法が使えることだ。
なぜかはわからない。
ただただアクロディリアと同じ感覚があり、使用できる。
天堂先輩が触れた時、奴は俺の身体に闇の魔力を流して触れてきた。なんとなく感じていた魔力の出力装置――心臓付近に。
あんまり考えてなかったのだが、魔力は心臓辺りから放出されるイメージがある。血流のように身体を巡るのだ。
まあその辺はいいとして、とにかく魔法が使える。
ただ、そう、率直に言えば俺はレベル1なんだよな。魔法の素質があったアクロディリアより「魔法を使う身体」ができていない。この身体で言えば、昨日の今日で急に魔法が使える的な感じだからな。
ただ、本当に使えるのだ。
イケメンに殴られた頬に『光の癒し』を使えば効果があったし、光るだけの万能魔法『照明』も使用できた。……俺の場合、ちょっとくすんだ灰色の光が出るんだけどな。まあそんなにキラキラしてないから目に優しくていいかなと。
問題は、俺はレベル1だから、MP的なものが超低いってことだ。
今の段階では『天龍の息吹』なんかは絶対に使えない。使えば確実にぶっ倒れる。何せ『光の癒し』一回使っただけでも、身体に負担が掛かっていることがわかるからな。俺がアクロディリアになった時は、十回は普通に使えたしな。
ただまあ……やっぱ「光」は微妙だな。攻撃魔法の一つでも使えれば色々違うと思うんだけどなぁ。
――そんなことを思いながら、俺は席を立った。
もう放課後である。約束があるので、少しばかり時間を潰していたのだ。クラスメイトなどに詳細を聞かれたりしつつ。
「――がんばれよ弓原!」
「――無理だろうけどがんばれよ!」
「――絶対に玉砕するだろうから骨は拾ってやるぞ!」
……色々と考えた結果、これって結構危険な行為なんじゃないかと思うんだが……それでも行かなければ始まらないからな。
俺が天堂先輩から感じた「闇」は、間違いなくあるもので。
俺の中にある「光」を感じたがゆえに、天堂先輩は会おうと言ったのだ。
完全に面白がってる連中に背中を押され、いざ往かん。学校最強の人気女子のもとへ。
「待てよ」
屋上へ向かう途中に見覚えのあるイケメンがいたが、
「ういーすおつかれーす」
俺はちゃんと挨拶して、目の前を素通りした。メンズに用などない。あとダメージは低かったが殴られた恨みは忘れてない。
「いや、ちょ、待てよ! 待てって!」
待ちませーん。
追いかけてくるイケメンを避けたり無視したりしながら、俺はとっとと屋上へ出た。さすがのイケメンもここまでは追ってこなかった。
何せいるからな。すでに。天堂先輩が。
他に人はいない。まあ放課後わざわざこんなところに来る生徒なんて、部活か告白かって感じになるだろうからな。ここに用事があるなんてないよな。まあ好都合だ。
「今そこで会ったんすけど、あの人と付き合ってんすか?」
誰と、みたいな情報は抜いているが、天堂先輩にはすぐに伝わった。
「ううん。付き合ってないよ。何度か告白はされてるけど……」
イェー! 噂のイケメンは彼氏じゃなかったー!! フゥー! なんて朗報だ!!
「それを聞いて安心しました。では」
「ちょっと待って。なんで帰ろうとしてるの?」
……あっ。そうだ。違うわ。
「すみません、つい。とても嬉しいことを聞いたから話が終わったつもりになってしまいました」
「変わってるね」
そう? いやあ、普通でしょ。
人生勝ち組と思ってる奴に「No!」と言ってやるなんて最高だわ。
つか、俺も天堂先輩みたいな美人の前でちょっと緊張もしてるしな。変なテンションかもしれない。「あっち」でレンやクローナに慣れてなかったら、とてもじゃないがこんな風に話なんてできなかっただろう。
「――ところで君」
雰囲気が変わった。
天堂先輩の目つきが変わった。
「――『光の一族』の生き残りかな? 少なくとも戦士は全員倒したはずなんだけどな」
先輩の右手に、「闇」が集まる。すげえ。ものすごく強烈な闇の魔力を感じる。
「――他に仲間はいるの? 君だけ? 面倒だからそろそろ終わらせたいんだけどな」
集まる「闇」は確かな物質となり、刀身から禍々しい魔力を発する剣へと姿を変えた。
「――『闇の刃』の威力は、知ってるよね?」
先輩はゆっくりと近づいて――来るかと見せかけて、もう目の前にいた。「闇の剣」の射程範囲で、すでに振りかぶっていた。
俺はひょいと右手を上げた。
「そういうのいいっすわ」
ぴたりと先輩の動きが止まった。振りかざした「闇の剣」は、今まさに振り下ろされようとしている。でも確かに止まった。
いや、そりゃ止まるだろ。
見た目はヤバいが、まるで殺気がないのだ。訓練中のレンの方がこれの百倍は怖い。
「話がしたいだけなんで、いいっす。だいたい先輩もう知ってるでしょ? 直接触れたんだから。俺はレベル1なんすよ。そんな大業に相手してもらえるアレじゃないっす」
ゲームで言えばゴブリンとかプルプルしてるスライムと戯れてるレベルだ。そして先輩は明らかに中ボス系だ。直々に手を下すまでもないだろ。人として生きてるなら直接やれば相応のリスクもあるだろうし。
「つかアレっすね。高校三年生にもなって『光の一族』とか『戦士』とか『闇の刃』とか」
「…っ!」
相変わらず「闇の剣」を構えたままの先輩の表情は、カッと羞恥に染まった。
「そ、それは、言っちゃいけないことだと思うんだ。こういうアレではさ、言っちゃダメだと思うんだ」
うん、俺もそう思う。
でもこんな美人がやってるだけに、俺の衝撃も結構デカいんだ。黙ってられないくらいには反応にも困ってるし。
やらかした責任くらいは取って欲しい。だから言ってやる。
「――かっこいいっすね!」
「――もうやめて!」
天堂先輩の心は折れた。俺がへし折った。……よかった。先輩は中二病ではなかったし、そんなにこじらせているわけでもなかったようだ。
ライトヲタにガチの相手は荷が重いからな。ほっとした。
「そう。君も『違う世界』に行ったんだね」
ほんの少しだけ俺の事情を話すと、やはり天堂先輩はすぐに理解を示してくれた。
「私も行ったんだよ。中1の頃かな」
「『闇の刃』もその頃に?」
「やめてよっ」
どうやら傷は浅くないようだ。
「で……本当に『光の一族』じゃないんだよね?」
「たぶん違うと思いますよ。俺は生粋の日本人の系譜ですし。両親も祖父母も普通の人っすよ」
アクロディリアの肉体なら、可能性はあるかもしれないが。……ああ、あと怠惰な妹はちょっと普通じゃないが。あいつは普通ではない。兄としては心配だ。
「そうなんだ。……もうだいぶ前だけど、やっぱりちょっと後悔しているのよ」
「光の一族?」
「うん……ってなんで半笑いなの!? 言っとくけど、割と真剣な話なんだからね!?」
そりゃ半笑いにもなるだろ。真剣な顔で「光の一族」とかいうワードを平気で盛り込まれたら、半分くらい笑うわ。
まあ、笑ってばっかもいられないので、話を進めるか。
「察するに、先輩は悪役で?」
俺からすれば、「先輩も」って感じだが。
「そうだよ。……どうも君とは『行った世界』が違うみたいね」
その話しぶりから「君はどこへ行った?」と気にしているようだが、俺は気づかないふりをして言わない。まだこの人が敵じゃないと確信が持てないからだ。なにせほら、『闇の刃』だし。どう見ても善玉キャラのアレじゃなかったし。
「――私はアニメの世界に行ったんだよ。いわゆる変身魔法少女もののアニメにね」
俺の警戒心に気づいたのか、待っていても話さないことに業を煮やしたか、先輩は苦笑しながら自分のことを話しだした。
さっき自分でもやったからな。俺を襲おうとしたのも、先輩の警戒心だろう。
俺の気持ちがわかるだけに、自分から話すことにしたようだ。
――いつの間にかアニメの世界の悪役になっていたこと。
――このままじゃ「光の一族」……主人公サイドに殺されると思ったこと。
――訳のわからないまま死にたくはないからガチでやってガチで主人公サイドを潰してやったこと。
――光の力をも取り込んでパワーアップし、最終的には悪サイドの奴らも潰してやって一人勝ちしたこと。
詳細は時間の都合で聞けないようだが、先輩はそういう歴史を歩んで「こっちの世界」に戻ってきたそうだ。
「あ、言っとくけど、殺したわけじゃないからね?」
「光の一族」と言われる主人公サイドの連中から、その力だけを奪い取ったらしい。要するに戦闘不能にしてやったと。
「そのまま平穏に高校三年生まで来たけど――まさかこのタイミングで同じ境遇の人に会うなんてね」
俺のことだか。
「わかりました。じゃあ次は俺の話、聞いてもらえます?」
「うん」
天堂先輩は笑った。
「君はどんな恥ずかしいことをしてきたのかな?」
あ、この人、心折ったこと根に持ってるわ。
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