上 下
136 / 184

152.そこそこのカネを稼ぎ、次のステージへ……

しおりを挟む






「デスジェリー」が消滅すると同時に、奴の上にいた幽霊も消えてしまった。五百年間おつかれ! 成仏しろよ!
 そして残されたのは、奴が体内に持っていた骨だのさびた剣だのといったガラクタである。

「俺に任せろ」

 わくわくが止まらないのだろうジングルが、ボス撃破の余韻もかなぐり捨てて、いそいそと「デスジェリー」が塞いでいたドアの開閉に着手した。
 罠、鍵、あるいは仕掛けなどの調査と、必要なら解除もだ。本格的な器具を取り出しカチャカチャやりだした。おーおー始めてジングルが同年代の男子に見えるよ。バカで趣味嗜好に夢中で周りが見えなくなる、それが俺らくらいの男子だからな。

「…………」

 そして女子はそんな男子を「ほんと男ってバカよね」とあきれた笑みで見守る――のはイケメンのみに限られていて、大抵は冷ややかに見つめて基本無視である。どうやらこの世界でもそれは変わらないらしい。……ジングルもそれなりにイケメンだと思うが、レンはまったく気にしておらず、自分の制服を点検していた。

 ……あれ!?

「ところどころ焦げてない?」

 レンがなぜ自分の制服を見ていたかと言えば、上着やスカートにところどころ穴が空いていたからだ。

「ゴーストが動いた時、至近距離にいましたから。少し当たりました」

 あ、「デスジェリー」が飛び散った時か。そう、レンはスライムの注意を引き付ける役目だったから、初手の回復魔法からずっと近くにいたのだ。
 ……エロスライムよ、やるならもう少し広範囲をだな……いやいや、怪我がなくて何よりだ!

「それよりアクロディリア様、あの投げナイフですが」

 ああ、うん。

「練習の成果!」

 堂々と胸を張る俺だが、レンの着眼点は違った。

「魔法剣は習得しているとは思っていましたが、投げナイフに付加できることは知りませんでした」

 …………レンさんに褒められるのは難しいなぁ。確かにとどめの一撃にはならなかったが、俺結構いい動きしたと思うんだけど……まあいいや。いつものことだし。

 ――魔法剣は、持っている剣などに魔法効果を付加する「剣技」の一つだ。

 それなりに剣術の熟練度が上がれば誰でも使えるものである。
 この世界の住人は全員魔法が使えるのだ。ならば剣士は必ず使える技と言っていいだろう。俺も始めて試したが、どうやら日常の訓練で知らない間に習得はしていたようだ。

 ……光属性の魔法剣は、微妙なんだよなぁ。だって攻撃系の魔法がほぼないからな。相手が死霊系じゃないとまったく意味がないというか、効果が薄い。
 
「ちゃんと当たらなかったのよね……どう思った?」
「ヨウさんらしいと思いました」

 わざわざ顔をよせて、耳元で囁いた。……そうね。なんか大事なところでちゃちなミスするの、俺っぽいよね。俺も自分でそう思うのよね。不本意だけど俺っぽいよね。

「それにしても、『シャインの紋章』があんな形で役に立つとは思いませんでしたね」
「そうね。買っておいてよかったわね」

 まさか上の幽霊が動くとはなぁ……ゲームでは一時的に防御力を下げて、効きづらい物理攻撃がまともに通るようになったんだが。
 保険として二つ用意したが、一つで足りた。まあどっちにしろ無事勝ててよかったな。

「――よし、行こうぜ!」

 お、ジングルがドアを開けたようだ。

「鍵でも掛かってたの?」
「いや、普通に開いた。罠と仕掛けのチェックを抜かりなくしただけだ」

 鍵もなし、罠も仕掛けもなし。普通に開く扉を専門的な器具でイジり倒したと。結果だけ見るとマヌケだが、チェックなんてそんなもんだよな。

「強敵、あるいはクリアが困難な仕掛けを突破して、気が抜けたところでよく違う罠に引っかかるんだ。ここから先は余計に気をつけて進まねえとな」

 熟練者っぽい発言である。わくわくしてても普通の俺とはスペックからして大違いか。

「行きましょう。私もこの先に何があるのか楽しみです」

 そのわりには無表情ですね、レンさん。……冷ややかに見つめて基本無視タイプの女子で間違いねえな。個人的にはイケメンにもこの態度でいてほしい。

 それにしても、困難を超えたら気が抜ける、か。
 確かにそうなのかもな。レンもジングルも、スライムの落とし物を忘れているみたいだし。

 数歩先を行くレンの後に続き、「デスジェリー」の残骸からあるもの・・・・を拾い上げ、俺は二人を追った。




 ドアの先にあった階段を更に下りて、ようやく俺の目当ての部屋へとやってきた。

「普通の部屋だな」

 いきいきと先頭を歩き、一番に部屋に入ったジングルの背中は、明らかに失意の色が伺えた。何があると思ってたんだろうな。夢を見すぎるなよ。

 年月やら湿気やら、いろんなものが目に見える形で積み重ってきたこの教会だが、この部屋だけはほとんどの物が原型を留めていた。埃はすごいけどな。

 本棚があり、机があり、テーブルがあり、椅子があり、壁には絵があり、棚にはティーセットが並んでいて、そして――

「……もしや……」

 そして、ベッドに横たわっている骸骨。
 胸の前で両手を組んでいて、修道服を着ていて、恐らく女性で。

 ベッドにいる彼女を見て、レンは気づいたようだ。
 そう、それが聖人シャイアだ。

「――ここら一帯に、いきなりモンスターが湧き出したんだとさ」

 聖人シャイアの亡骸そっちのけで室内を物色していたジングルが、本棚から手記を見つけたようだ。相当傷んでいるはずだがまだ読めるらしい。

「原因は不明。ある程度の調査はしたがわからなかったんだとさ。で、司祭シャインは、この教会の異変をどうにかすべく立ち寄って、負傷し、さっきのスライムに毒を食らってこの部屋に逃げ込んだけど、スライムに出入り口を塞がれて動けなくなって……ま、この通りってわけだ」

 そうか……

「さっきのスライムの上にいたゴーストだが、あれはシャインだったのかもな。最後の記述が『あの悪魔を野放しにはできない。私の命に代えても抑えてみせる。』って書いてあるんだ。……ま、今となっては正解なんてわかんねーか」

 いや、当たってるよ。あれは聖人シャイアの亡霊だから。……言えないけど。

「今必要な情報はこれくらいかな。……読めねえところも多いし、これ以上の解読は時間がかかりそうだ」

 どうやらジングルにとっての宝は本棚だったようで、そこから動く気配はない。俺とレンで室内を細かく調べてみる。
 おい、頼むぜ。アレ・・がないと次に行けねえぞ……

 ――ここに――

「ん?」

 机を調べていた俺は、かすかに声が聞こえたような気がして振り返り……おっとぉ!
 ベッドの上、聖人シャイアの真上に、修道服を着た幽霊がいて――俺と目が合うと、すぅぅっと消えていった……

 う、うーん……あんまり幽霊とか得意じゃないから勘弁してほしいんだが。
 だが、どうやら今度こそ本当に、聖人シャイアは成仏したようだ。お疲れさん! 五百年お疲れさん! 墓とか作ってやるからな!

 …………あれ? あれか?

 意図せずもう一度聖人シャインを見ることになったおかげで、探し物が見つかった。
 俺が探していたものは、シャインが持っていた。両手を組んでいるその中に。

「ちょっと失礼」

 「アミマナの迷宮」で、骸骨にはもう慣れている。俺は骨が崩れないよう慎重に、それこそ女性に触れるかのように優しく、聖人シャインの手からそれを抜き取った。
 大切に抱えていたおかげか、年月に疲弊していない。埃さえ積もっていない。五百年前のものだと言われても誰も信じないかもしれない。

 ――古代から伝わるマジックアイテム、「真眼のルーペ」。いわゆる鑑定器具である。

「なんだそれ?」

 うわびっくりした!
 細かな細工をなされた銀の留め金に、透明なレンズがはめ込まれた、一見すると豪華なルーペだ。魔力を感じるのでマジックアイテムだがな。

 そんな「真眼のルーペ」を手に取り見ていると、いつのまにかジングルが背後にいて、俺の手元を覗き込んでいた。ビビッたし近いわ! なんだおまえは! 本読んでただろ! ……抜け目ねえなぁ。

「恐らく『真眼のルーペ』よ」

 と、俺はルーペをジングルに渡した。
 別に誰にも気付かれなかったとしてもネコババなんてしねえぞ。絶対禍根とか残るからな。特にこいつは王族に繋がる者だ、騙したり出し抜いたりしてそれがバレた時のデメリットは計り知れない。

「『真眼のルーペ』っつーと、土属性の鑑定魔法と同じ効果があるって古代マジックアイテムだよな」
「ええ。本の記述に、聖人シャイアが持っていたって書いてあったから」
「あ、だからマジックアイテムのカタログ借りてたのか」
「あれは趣味」
「信じねーよ」

 信じろよ。半分は本当に趣味だ。ヲタ的には非常に興味深いんだよ。
 
「状態がいいな。今でも普通に使えそうだ」

 まあそれはそれとしてだ。

「あなたはこっちじゃないの?」

 俺はさっき「デスジェリー」の残骸から拾ってきた革袋を、ジングルの目の前で振ってみせた。

「ん? ……金か?」
「そうなんじゃない? まだ見てないから」

 まあ、金だけどな。
 俺が拾ってきた革袋には、きっときっちり千ジェニーが入っている。ゲームではそうだった。なんでモンスターが金を持ってんだよってつっこみ入れたくなるような、まとまったお金だ。

 ――これが予想外の拾得物であることは、すぐにわかることである。

 そこそこ重い革袋とルーペを交換し、さてもう少し部屋を調べてみよう、と思ったその時である。

「やべえ……旧金貨だぞ、これ……」

 ジングルが、アベちゃん張りの渋いボイスで呟いた。




 旧金貨は、かなり昔に作られた貨幣、コインである。
 今ほどの切削技術や製造技術がなかった頃のものなので、まあまあ雑でいびつな作りになっているようだ。一枚一枚で形や模様が微妙に違うくらいには。どんな作り方をしてたかまでは俺もアクロディリアもわからない。
 ただ、割とすぐに作り方自体を変えて、今の金貨になったらしい。

 まあよくある話で、今では金塊や金銭としての価値より、骨董品としての価値の方があるそうだ。

「これ一枚で、正タットファウス金貨一枚くらいの値段で取引されるはずだ……」

 え!? えっと……金貨一枚が一万円くらいで、正タットファウス金貨は一枚十万円くらいだよな!?

 あの革袋の中には、たぶん、百枚かそこらの金貨が入っているはずだ。切りのいい枚数がな。そこそこ重かったし。

 10000×10×100=…………円?

 え、うそだろ、そんなにいくのか? え、それ宝だった? いやいや、俺の宝探しはむしろこれからなんだけど! え、これでもういいやって感じじゃね!? ちょっとした財産じゃね!?

「しかも異常なほどに状態がいい。ついさっき作られたんじゃねえかってほどに。少しばかり色がつくかもしれねえ」

 ――五百年がんばってきた聖人の目の前で、まさかの金勘定が始まった。俗物ですまん、シャイア。




しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。 髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は… 悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。 そしてこの髪の奥のお顔は…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドで世界を変えますよ? ********************** 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです! 転生侍女シリーズ第二弾です。 短編全4話で、投稿予約済みです。 よろしくお願いします。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

サブキャラな私は、神竜王陛下を幸せにしたい。

神城葵
恋愛
気づいたら、やり込んだ乙女ゲームのサブキャラに転生していました。 体調不良を治そうとしてくれた神様の手違いだそうです。迷惑です。 でも、スチル一枚サブキャラのまま終わりたくないので、最萌えだった神竜王を攻略させていただきます。 ※ヒロインは親友に溺愛されます。GLではないですが、お嫌いな方はご注意下さい。 ※完結しました。ありがとうございました! ※改題しましたが、改稿はしていません。誤字は気づいたら直します。 表紙イラストはのの様に依頼しました。

気が付けば悪役令嬢

karon
ファンタジー
交通事故で死んでしまった私、赤ん坊からやり直し、小学校に入学した日に乙女ゲームの悪役令嬢になっていることを自覚する。 あきらかに勘違いのヒロインとヒロインの親友役のモブと二人ヒロインの暴走を抑えようとするが、高校の卒業式の日、とんでもないどんでん返しが。

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

処理中です...