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152.そこそこのカネを稼ぎ、次のステージへ……
しおりを挟む「デスジェリー」が消滅すると同時に、奴の上にいた幽霊も消えてしまった。五百年間おつかれ! 成仏しろよ!
そして残されたのは、奴が体内に持っていた骨だのさびた剣だのといったガラクタである。
「俺に任せろ」
わくわくが止まらないのだろうジングルが、ボス撃破の余韻もかなぐり捨てて、いそいそと「デスジェリー」が塞いでいたドアの開閉に着手した。
罠、鍵、あるいは仕掛けなどの調査と、必要なら解除もだ。本格的な器具を取り出しカチャカチャやりだした。おーおー始めてジングルが同年代の男子に見えるよ。バカで趣味嗜好に夢中で周りが見えなくなる、それが俺らくらいの男子だからな。
「…………」
そして女子はそんな男子を「ほんと男ってバカよね」とあきれた笑みで見守る――のはイケメンのみに限られていて、大抵は冷ややかに見つめて基本無視である。どうやらこの世界でもそれは変わらないらしい。……ジングルもそれなりにイケメンだと思うが、レンはまったく気にしておらず、自分の制服を点検していた。
……あれ!?
「ところどころ焦げてない?」
レンがなぜ自分の制服を見ていたかと言えば、上着やスカートにところどころ穴が空いていたからだ。
「ゴーストが動いた時、至近距離にいましたから。少し当たりました」
あ、「デスジェリー」が飛び散った時か。そう、レンはスライムの注意を引き付ける役目だったから、初手の回復魔法からずっと近くにいたのだ。
……エロスライムよ、やるならもう少し広範囲をだな……いやいや、怪我がなくて何よりだ!
「それよりアクロディリア様、あの投げナイフですが」
ああ、うん。
「練習の成果!」
堂々と胸を張る俺だが、レンの着眼点は違った。
「魔法剣は習得しているとは思っていましたが、投げナイフに付加できることは知りませんでした」
…………レンさんに褒められるのは難しいなぁ。確かにとどめの一撃にはならなかったが、俺結構いい動きしたと思うんだけど……まあいいや。いつものことだし。
――魔法剣は、持っている剣などに魔法効果を付加する「剣技」の一つだ。
それなりに剣術の熟練度が上がれば誰でも使えるものである。
この世界の住人は全員魔法が使えるのだ。ならば剣士は必ず使える技と言っていいだろう。俺も始めて試したが、どうやら日常の訓練で知らない間に習得はしていたようだ。
……光属性の魔法剣は、微妙なんだよなぁ。だって攻撃系の魔法がほぼないからな。相手が死霊系じゃないとまったく意味がないというか、効果が薄い。
「ちゃんと当たらなかったのよね……どう思った?」
「ヨウさんらしいと思いました」
わざわざ顔をよせて、耳元で囁いた。……そうね。なんか大事なところでちゃちなミスするの、俺っぽいよね。俺も自分でそう思うのよね。不本意だけど俺っぽいよね。
「それにしても、『シャインの紋章』があんな形で役に立つとは思いませんでしたね」
「そうね。買っておいてよかったわね」
まさか上の幽霊が動くとはなぁ……ゲームでは一時的に防御力を下げて、効きづらい物理攻撃がまともに通るようになったんだが。
保険として二つ用意したが、一つで足りた。まあどっちにしろ無事勝ててよかったな。
「――よし、行こうぜ!」
お、ジングルがドアを開けたようだ。
「鍵でも掛かってたの?」
「いや、普通に開いた。罠と仕掛けのチェックを抜かりなくしただけだ」
鍵もなし、罠も仕掛けもなし。普通に開く扉を専門的な器具でイジり倒したと。結果だけ見るとマヌケだが、チェックなんてそんなもんだよな。
「強敵、あるいはクリアが困難な仕掛けを突破して、気が抜けたところでよく違う罠に引っかかるんだ。ここから先は余計に気をつけて進まねえとな」
熟練者っぽい発言である。わくわくしてても普通の俺とはスペックからして大違いか。
「行きましょう。私もこの先に何があるのか楽しみです」
そのわりには無表情ですね、レンさん。……冷ややかに見つめて基本無視タイプの女子で間違いねえな。個人的にはイケメンにもこの態度でいてほしい。
それにしても、困難を超えたら気が抜ける、か。
確かにそうなのかもな。レンもジングルも、スライムの落とし物を忘れているみたいだし。
数歩先を行くレンの後に続き、「デスジェリー」の残骸からあるものを拾い上げ、俺は二人を追った。
ドアの先にあった階段を更に下りて、ようやく俺の目当ての部屋へとやってきた。
「普通の部屋だな」
いきいきと先頭を歩き、一番に部屋に入ったジングルの背中は、明らかに失意の色が伺えた。何があると思ってたんだろうな。夢を見すぎるなよ。
年月やら湿気やら、いろんなものが目に見える形で積み重ってきたこの教会だが、この部屋だけはほとんどの物が原型を留めていた。埃はすごいけどな。
本棚があり、机があり、テーブルがあり、椅子があり、壁には絵があり、棚にはティーセットが並んでいて、そして――
「……もしや……」
そして、ベッドに横たわっている骸骨。
胸の前で両手を組んでいて、修道服を着ていて、恐らく女性で。
ベッドにいる彼女を見て、レンは気づいたようだ。
そう、それが聖人シャイアだ。
「――ここら一帯に、いきなりモンスターが湧き出したんだとさ」
聖人シャイアの亡骸そっちのけで室内を物色していたジングルが、本棚から手記を見つけたようだ。相当傷んでいるはずだがまだ読めるらしい。
「原因は不明。ある程度の調査はしたがわからなかったんだとさ。で、司祭シャインは、この教会の異変をどうにかすべく立ち寄って、負傷し、さっきのスライムに毒を食らってこの部屋に逃げ込んだけど、スライムに出入り口を塞がれて動けなくなって……ま、この通りってわけだ」
そうか……
「さっきのスライムの上にいたゴーストだが、あれはシャインだったのかもな。最後の記述が『あの悪魔を野放しにはできない。私の命に代えても抑えてみせる。』って書いてあるんだ。……ま、今となっては正解なんてわかんねーか」
いや、当たってるよ。あれは聖人シャイアの亡霊だから。……言えないけど。
「今必要な情報はこれくらいかな。……読めねえところも多いし、これ以上の解読は時間がかかりそうだ」
どうやらジングルにとっての宝は本棚だったようで、そこから動く気配はない。俺とレンで室内を細かく調べてみる。
おい、頼むぜ。アレがないと次に行けねえぞ……
――ここに――
「ん?」
机を調べていた俺は、かすかに声が聞こえたような気がして振り返り……おっとぉ!
ベッドの上、聖人シャイアの真上に、修道服を着た幽霊がいて――俺と目が合うと、すぅぅっと消えていった……
う、うーん……あんまり幽霊とか得意じゃないから勘弁してほしいんだが。
だが、どうやら今度こそ本当に、聖人シャイアは成仏したようだ。お疲れさん! 五百年お疲れさん! 墓とか作ってやるからな!
…………あれ? あれか?
意図せずもう一度聖人シャインを見ることになったおかげで、探し物が見つかった。
俺が探していたものは、シャインが持っていた。両手を組んでいるその中に。
「ちょっと失礼」
「アミマナの迷宮」で、骸骨にはもう慣れている。俺は骨が崩れないよう慎重に、それこそ女性に触れるかのように優しく、聖人シャインの手からそれを抜き取った。
大切に抱えていたおかげか、年月に疲弊していない。埃さえ積もっていない。五百年前のものだと言われても誰も信じないかもしれない。
――古代から伝わるマジックアイテム、「真眼のルーペ」。いわゆる鑑定器具である。
「なんだそれ?」
うわびっくりした!
細かな細工をなされた銀の留め金に、透明なレンズがはめ込まれた、一見すると豪華なルーペだ。魔力を感じるのでマジックアイテムだがな。
そんな「真眼のルーペ」を手に取り見ていると、いつのまにかジングルが背後にいて、俺の手元を覗き込んでいた。ビビッたし近いわ! なんだおまえは! 本読んでただろ! ……抜け目ねえなぁ。
「恐らく『真眼のルーペ』よ」
と、俺はルーペをジングルに渡した。
別に誰にも気付かれなかったとしてもネコババなんてしねえぞ。絶対禍根とか残るからな。特にこいつは王族に繋がる者だ、騙したり出し抜いたりしてそれがバレた時のデメリットは計り知れない。
「『真眼のルーペ』っつーと、土属性の鑑定魔法と同じ効果があるって古代マジックアイテムだよな」
「ええ。本の記述に、聖人シャイアが持っていたって書いてあったから」
「あ、だからマジックアイテムのカタログ借りてたのか」
「あれは趣味」
「信じねーよ」
信じろよ。半分は本当に趣味だ。ヲタ的には非常に興味深いんだよ。
「状態がいいな。今でも普通に使えそうだ」
まあそれはそれとしてだ。
「あなたはこっちじゃないの?」
俺はさっき「デスジェリー」の残骸から拾ってきた革袋を、ジングルの目の前で振ってみせた。
「ん? ……金か?」
「そうなんじゃない? まだ見てないから」
まあ、金だけどな。
俺が拾ってきた革袋には、きっときっちり千ジェニーが入っている。ゲームではそうだった。なんでモンスターが金を持ってんだよってつっこみ入れたくなるような、まとまったお金だ。
――これが予想外の拾得物であることは、すぐにわかることである。
そこそこ重い革袋とルーペを交換し、さてもう少し部屋を調べてみよう、と思ったその時である。
「やべえ……旧金貨だぞ、これ……」
ジングルが、アベちゃん張りの渋いボイスで呟いた。
旧金貨は、かなり昔に作られた貨幣、コインである。
今ほどの切削技術や製造技術がなかった頃のものなので、まあまあ雑でいびつな作りになっているようだ。一枚一枚で形や模様が微妙に違うくらいには。どんな作り方をしてたかまでは俺もアクロディリアもわからない。
ただ、割とすぐに作り方自体を変えて、今の金貨になったらしい。
まあよくある話で、今では金塊や金銭としての価値より、骨董品としての価値の方があるそうだ。
「これ一枚で、正タットファウス金貨一枚くらいの値段で取引されるはずだ……」
え!? えっと……金貨一枚が一万円くらいで、正タットファウス金貨は一枚十万円くらいだよな!?
あの革袋の中には、たぶん、百枚かそこらの金貨が入っているはずだ。切りのいい枚数がな。そこそこ重かったし。
10000×10×100=…………円?
え、うそだろ、そんなにいくのか? え、それ宝だった? いやいや、俺の宝探しはむしろこれからなんだけど! え、これでもういいやって感じじゃね!? ちょっとした財産じゃね!?
「しかも異常なほどに状態がいい。ついさっき作られたんじゃねえかってほどに。少しばかり色がつくかもしれねえ」
――五百年がんばってきた聖人の目の前で、まさかの金勘定が始まった。俗物ですまん、シャイア。
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