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143.予定にない予定通りの話で……
しおりを挟む俺に刃を突きつけているのは、アルカである。
そうとわかればビビるこたぁない。
振り返って確認すれば、半袖シャツに短パンという「これ以上ないほど夏の寝巻きですけど何か?」という楽ちんすぎる格好で、左手に鞘、右手に抜き身の刀をぶら下げているという珍妙な格好のアルカが戸惑った顔で立っていた。しかもサンダル履きだ。これで音もなく歩けるとか……やっぱこいつ戦士としては相当強いんだろうな。
間違いなくあのアルカだ。
しかもきっと、さっきまで寝ていた感じだ。髪も若干跳ねてるし。
いや、それはいいんだ。それより何より俺は言いたい。
「今完全に殺す気だったよな?」
本当に怖かった。嫌な汗も掻いた。未だ心臓が騒がしい。
「はは、やだなぁ。そんなことないよ」
と、アルカは俺の疑惑を笑い飛ばしながら、刀を鞘に戻した。
「殺さないよ――せいぜい腕とか足とか斬り落とすくらいだよ」
おい……おい! それ笑いながら言うことじゃねえぞ! しかもそれ冗談じゃなくてマジの奴だろ! 状況によってはマジでやる奴だろ! テレビだとNGな赤が出ちゃう奴だろ!
……こんな、日本にさえいそうなくらい普通普通した女の子が、まさかこんな猟奇的なことを笑顔で謡えるとは……
「え? おかしい? 死なないよ?」
引いてる俺を見て、アルカは首をかしげた。いやいやきょとんとすんな! さも俺の反応がおかしいと言わんばかりに不思議そうに首をかしげるな! 俺はその反応も怖い!
……どんなに普通に見えても、やっぱこの世界で生きてきた冒険者なんだな。こいつ。
俺とは本気度が違うっつーか……きっと生ぬるい俺の覚悟なんて、こういう奴にとっては鼻で笑えるほど薄っぺらで軽く思えちゃうんだろうな。
俺やっぱ冒険者として生きるの無理かも……
いざとなったらどこぞへ逃げるんじゃなくて、アクロパパに保護してもらおうかな。
寝静まっている村のほぼ中央では話もしづらい。アルカを先に行かせて村はずれまでやってきた。――こいつはもう俺の背後に立たせたくない。ゴル○張りに断固拒否したい。
「ヨウ君、だいぶ腕上げてるね」
「何が?」
「村に入る前からいい動きしてたと思うよ。これで気配までちゃんと消せたら私もわかんなかったよ」
ああそうかい。
「いつ気づいた?」
アルカには中身が知られている上、レンもいないので、久々に弓原陽として話している。……俺とこいつ二人きりでの会話だ、女言葉じゃ茶番もいいとこだからな。
「ヨウ君が村の周囲を回ってた時かな。気配を消すならタイミングはそこだよね。村の敷地に入る寸前じゃないよね」
マジか。そこか。最初からか。
「周囲を回るって、明らかに村の様子を見てるよね。それって獣やモンスターの動きじゃないよね」
そして俺が村に侵入すると同時にアルカは起き上がり、建物の屋根に登って俺の動きを見ていたらしい。何が目的なのか見定めるために泳がせていたわけだ。
見られてたとか全然気付かなかった……やっぱアルカすげーわ。
「おまえすごいな」
素直に感想を述べると、アルカは「そう?」と薄い反応を返した。
「私より強い人やできる人は沢山いるけどね。レンちゃんとか、本気で戦えば私より強いんじゃないかな? だから私がすごいんじゃなくて……ね?」
俺がしょぼいってか。
……そうだな。経験不足も甚だしいし、実力もまだまだ全然足りてねーな。こういう実践に接すれば嫌でも実感しちゃうしな。足りないものばっかだわ。
――まあ、もう、その辺のことは一旦置いておこう。
それより別に、話さなきゃいけないことがある。
「レンに頼まれたんだよな? だからここにいるんだよな?」
「うん。そう。私はレンちゃんの弟の治療をしに来たんだ」
そう、か……要するに俺の早とちりというか、レンの言動に惑わされちまったのか。
「レンは帰郷しなかったんだろ? 代わりにおまえに行くように頼んだんだな?」
「……そんなことを聞くってことは、ヨウ君は頼まれてないんだね」
あ、無造作に投げられた槍みたいな言葉がグサッと胸に刺さったわ。
ああそうだよ! レンは俺じゃなくてアルカを選んだんだよ! 言われなくてもわかっとるわい! ……ちくしょう……
「うーん……私がしゃべっていいのかなぁ? 今ヨウ君、部外者もいいとこでしょ?」
ほほう。それは「あたしとレンの関係に口出しするってどうなのぉ? 二人の問題なのにぃ? あんた関係なくなくなぁーい?」ってことか?
「アルカ」
「ん?」
「話さないと俺たぶん泣くけど、おまえ俺泣かせたい?」
「……脅し文句としては弱いけど、地味に効くね」
そうだろ。鈍痛がごときにぶい罪悪感があるだろ。じわじわ来るだろ。
「まあ、ヨウ君なら話してもいいか」
お、やった!
「――言っておくけど、ヨウ君がレンちゃんの弟を治すためにここまで来たから話すんだからね。普通はどんな事情があっても依頼人のことは話せないから。このこと忘れないでね」
……依頼人?
「もうわかってると思うけど、私はレンちゃんから頼まれて、レンちゃんの弟を治しにきたんだ」
改めて、アルカは一から話し始めた。
「表向きは近くの森の調査に来た冒険者ってことになってる。今はレンちゃんの紹介ってことでレンちゃんの家に滞在してるんだ。今五日目かな」
ほう……あ、そうか。
「『天龍の息吹』のこと話せないからだな?」
「うん。治療してるってのは、レンちゃんのお母さんと弟にしか話してないよ。他の村人は本当にただの冒険者だと思ってるから」
なるほど、だから「表向きは調査」なのか。なんのためにこの村にいるのかって建前の理由だよな。
「ただ、私魔法があんまり得意じゃないんだよね」
知ってるよ。脳筋タイプだろ。INTも低めだよな。……あ、わかった。
「一度で回復できなかったんだろ」
「そう、そうなんだよー」
どうやらアルカも、俺と同じ轍を踏んだようだ。
「実は私、レンちゃんの弟が初めての『天龍の息吹』使用だったんだけど、使ったら見事に倒れちゃってさー。ギリギリまで魔力消耗しちゃってさー」
わかるわー! 俺もアクロママに初めて使った時似たようなことになったわー!
「本当は治したらすぐ出発するつもりだったんだけど、治せなくて。でも魔法を掛けたら少しずつ良くなってるみたいでね。だから滞在して、毎日ちょっとずつ治療してるんだ」
それもわかるわー! クリフのじいさんとかママがそうだったわー! 病気が重いと一度じゃ無理なんだよなー!
「治りそう?」
「時間はまだまだ掛かりそうだけどね。……始業式ギリギリには帰れると思うけど、ちょっと不安かな」
まあ八年生だから授業もないし多少遅れても大丈夫だとは思うけど、とアルカは苦笑する。そうだな、八年生は色々融通が利くみたいだからな。怒られることはあっても退学とかはないだろう。
「レンちゃんには、依頼されたんだよ」
「依頼?」
「うん。弟の治療を仕事として請け負ったの。一千万ジェニーで」
はあ!? 一千万ジェニー!? ……って、一千万円か!?
「え? 金取るの? 友達だろ?」
「友達だからこそ、レンちゃんもお金を払うって決めたんだと思うよ。それくらい本気で、絶対に責任もって治してくれってことだよ」
……親しき仲にも、とは言うが……確かにそれはレンらしいが、しかし一千万か……大金じゃねえか……
「金、受け取るのか?」
「レンちゃんが払うって言うならね。私は別にタダでも良かったけど、レンちゃんなりのケジメなんだと思う。だから受け取るよ」
……ケジメ、か。
「俺、甘いのかな? 友達の頼みなら別に金とかいらねーって思うんだけど」
「気持ちはわかるよ。私もそれでもいいと思ってるし。――でもお金を払いたいっていうレンちゃんの気持ちもわかるんだ。それだけ大事な頼みってことなんだよ」
……そっか。そうだな。結局レンもアルカも、俺みたいに軽い動機で動いてないってことなんだろうな。本気度合いも覚悟の重さもマジで桁違いってことだよな。
――要するに、この件に関して俺の介入する余地はないってことだ。
レンがどういうつもりでアルカを選んだのかはわからないが、今の俺がレンの立場なら、俺だってアルカを選んだかもしれない。
もはや生きることに関しての覚悟が違う。
俺みたいなちゃらんぽらんで軽い奴には、大事なことなんて頼みたくねえわ。パパじゃないけど、俺に娘がいたとして、俺みたいな奴にはちょっとやりたくねえもん。同性であることを加味してもアルカの方が幸せにしてくれそうだもんよ。
「アルカ。俺が言うまでもないけど、レンの弟のこと頼むな」
「うん」
身を引く覚悟をして、俺のそれなりに強い想いを託した。伝わったのか伝わってないのかはわからないが、アルカはただ頷いた。
ところでだ。
「じゃあせっかく来たし、軽い気持ちでやらかして帰るかな」
「え?」
俺はマントのフードを被り、仮面を装着した。
「レンの弟は、おまえが責任持って治せ。俺はレンの弟以外を治していくから」
こんな小規模な村だが、少しくらい病人やらなんやらいるだろ。そいつらの病気は俺が貰っていこう。ここまで来た駄賃代わりにな。
俺には逆立ちしたってレンやアルカほど本気になれないし、覚悟もできない。本当に住む世界が違うって感じるからな。実際育った環境も違いすぎるしよ。
だからもう、俺が動くのは軽い気持ちでいいわ。俺これでいい。責任感を極力持たず『天龍の息吹』とか使うわ。別に住む世界が違うからって一緒にいちゃいけないって規則もないんだし、これでいいだろ。
「え、と……ヨウ君?」
奇妙な格好になった俺に、アルカは戸惑っているようだ。おまえも大概珍妙だけどな! 軽装すぎる格好と刀のアンバランスすげーぞ!
「おまえ今暇だろ? ちょっと隠密行動のやり方教えてくれよ。この村の家に一緒に忍び込もうぜ」
「えっ。……かつてない誘い文句だなぁ……」
そりゃそうだろ。人んち勝手に入ろうぜ、なんて誘い文句、俺も聞いたことないわ。言ったのも始めてだわ。
「……でも私、万が一にもバレたら困るんだけど。この村にいられなくなっちゃうよ。ヨウ君はもう今夜の内に帰っちゃうんでしょ?」
暗に「無責任だぞおらー」と言いたいようだ。
だが知るか! それはおまえの問題だ! 仕事で来てるっつーなら自分でなんとかしろ!
「じゃあほら、仮面貸してやるから。これでバレないだろ」
「ええっ。……無理があると思う」
そんなの俺もわかってるが、俺は目元だけ覆う仮面を外してアルカに押し付けた。
「ちょっと付けてみろって――あ、似合う似合う。超可愛い」
「え……ほんと?」
このタイミングでの褒め言葉をちょっとでも信じられるアルカ、俺は嫌いじゃない。……INTはまだまだ絶望的低数値のようだ。
「あれ? なんでこんなところに絶世の仮面美少女がいるんだ? あ、もしかして三日月の女神様ですか?」
「えー? えへへへへ……もう! おだてないでよ!」
こんな単純な褒め言葉でもちょっと嬉しそうに仮面を調整するアルカ、俺は嫌いじゃない。……ちょろすぎて少し心配になってきたけど。
「じゃあ行こうぜ」
「あ、本当に本気なの? う、うーん……じゃあちょっとだけ教えるけど、まず足運びから――」
――メタルなんとかの蛇だか大ボスもかくやというアルカの高レベル隠密行動を、間近で見て触れて感じて、なんとなく俺のスキルもアップしたような気がした。マジで勉強になるわー。
アルカの先導と指揮の下、時々煽てて調子に乗せながら、見事誰も起こさずにミッションをやり遂げた。
門番にも気づかれず、複数の家屋に侵入し、寝ている村民の病やら疲労やら腰痛やら古傷やらを隠密裏に治療して回り、再びスタート地点だった村はずれに戻ってきた。
「なんか手馴れてない?」
アルカの言葉は『天龍の息吹』のことか、それとも家屋侵入からのこっそり治療のことなのか。
どっちもフロントフロン領でやってきたので心当たりはあるのだが、それより俺はアルカの方が気になる。
「それ俺のセリフだわ。おまえ何度かこういうのやってんだろ?」
あまりにも上手すぎる。
そして不法侵入に抵抗がなさすぎる。俺だって若干の躊躇いはあったのに……
鍵開けも当然のようにこなしたし、隠密行動だけならまだしも、後ろにいる俺のことまで気にかける余裕があるって、とても初めての侵入とは思えない。しかも片手には刀を持ったまま。つまり左手が塞がったままで、全動作を右手のみでやったのだ。
慣れている、としか、思えない。
「…………」
「…………」
沈黙が痛い。
つか、なんでアルカは真顔なんだろう。その澄んだ瞳の意味はなんだ。俺にはまるでわからないよ……
なんだかお互い、触れてはいけないことに触れてしまったようだ。
かなり微妙な雰囲気になってしまったので、そのまま黙って解散した。
――今夜のことはすっぱり忘れて学校で会おうぜ!
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