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139.貴族嫌いの大叔母は……

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「ふうん……」

 クレークばあちゃんは、上から下までジロジロ俺を見る。無遠慮に。……品定めされてるわ。露骨に。隠す気さえなしに。ちょっとは隠せよ。

「ふん」

 そしてニヤリと笑った。

「たるんだ腹でドレスでも着てきたら追い返してやろうと思ったけどねぇ。まさか付き人もなく徒歩で来るとはねぇ。なるほどねぇ」

 たるんだ腹? ドレス? 付き人なし?

 ……元のアクロディリアだったらヤバかったな。あ、でも、元から太ってはいなかったけどな! ちょっと気になるくらいだからな! そこだけは性格悪くても女子の名誉のために俺は強調しとくぞ!

「ヘイヴンの手紙に書いてあった通り、甘ったれた貴族娘じゃないねぇ」

 ん?

「お父様はなんと?」
「あたしと気が合うだろうから会ってやれってさ。ガキの頃はいけ好かない、二度と会いたくないクソガキだと思ったがねぇ。人は変わるもんだわねぇ」

 そりゃ本物の子供の頃のことな。……アクロディリアは子供の頃からアレだったってのは知ってるが、このばあちゃんの貴族への拒絶反応もなかなか激しいみたいだな。

「大叔母様は、確か貴族が嫌いなのよね?」
「嫌いだねぇ。あいつらは人を利用することと、人を踏み台にすることしか考えないからねぇ」

 あ、やっぱ記憶にある通りで間違いないのか。貴族云々は俺にはよくわからんが、ばあちゃんの言う通りの人間なら普通に俺も嫌いだわ。
 幸運なことに、俺はばあちゃんの嫌いな貴族とは遭遇していないのだろう。唯一のアレは、三馬鹿いじめてたなんとかって奴だけだ。――アクロディリアにはなってるけど逢ってはいないしな!




 大叔母の案内で家に上がる。
 どうやら俺はばあちゃんの「嫌いな貴族」に該当しなかったようだ。まあ当たり前な気もするけどな。俺庶民だし。

「適当に座りな。ハーブティーでいいかい?」
「ええ」

 質素で、悪く言えば古くてボロいけど、あまりにもこの木造の家には似合いすぎる木製のテーブルと椅子を勧められて座る。

「お一人で住んでいるのですか?」
「ああ。二ヶ月毎にヘイヴンの使いが様子を見に来るけどね。それ以外は客も少ないし静かなもんさ」

 へえ。

 …………

 街の外れに、ボロい木造建築に住む、一人暮らしの年寄り。

「さすがに危険だと思うんですが」

 この世界にセ○ムとかないだろ。近くに民家もないから誰もいないし、夜なんて真っ暗になるんだぞ。しかも強盗に入るならこれ以上はないってくらいの好条件じゃないか? なんせこの世界の木造建築ってのは、金持ちのステータスでもあるんだからな。小金持ちの可能性も高そうじゃん。

「そういうのは聞き飽きたよ。あんた以外にも何度も言われてるさ」

 あ、そう。……偏屈というか、やっぱ気難しそうだな。

「ま、あんたにはネタばらしをしようか。それがヘイヴンの望みでもあるからねぇ」
「ネタばらし?」
「ちょっと待ってな」

 ばあちゃんはいいところで引きを作り、淹れたお茶を俺の前に置いた。……緑のお茶だ。嗅いだことのない匂いだ。悪くはないが、クセが独特だな。

 熱いだろうからまだ手は出さず観察だけして、その間にばあちゃんは俺の向かいに座った。

「見ての通り、あたしの人生は残り少ない。時間が勿体無いから単刀直入に言うよ」

 おう、年寄りのブラックジョーク入ったよ……俺この手の冗談笑えないんだよね。「もうすぐお迎えが来る」とか「今日も朝日が拝めてよかった」的な奴。縁起でもねえ。

「あたしの魔法属性は『空』。それもこの国で一番の使い手だ。意味はわかるかい?」

 空属性? ……確か「空気」とか「空間」だよな? 空気? 空間?

「空属性の一般的な魔法ならわかりますが、大叔母様が言いたいのはそういう意味ではないのよね?」
「なんだ。魔法については勉強不足かい」

 悪かったな! 勉強より優先するべきことが多いんだよ!

「あたしは転送魔法陣を作れるのさ。自在にね」

 ……ええっ!?




 驚きと同時に、アクロパパがクレーク大叔母に繋ぎを取り、俺に紹介した意味がはっきりわかった。

 自在に転送魔法陣を作れる。
 つまり、いつでも行きたいところに行けるってわけだ。

 例の旅行会社だの購買部の奥だのに設置されている転送魔法陣は、確か空属性の魔法と錬金術とを掛け合わせて作成されている。それも一つ作るだけでも莫大な資金が必要で、更にはタットファウス王国の法律で勝手に作ることは禁じられていたはずだ。
 そんな転送魔法陣を、このばあちゃんは作ることができるらしい。

 なるほどな……そんな高度な魔法が使えるなら、そりゃ一人暮らしでも大丈夫だわな。そんじょそこらの奴には負けないし、戦うも逃げるも選び放題だわ。

「あんたのやりたいことは知ってる。病気を治す魔法を覚えたから、世界中を飛び回って病気の連中を治したい。そうだね?」

 うん、その通りだ。

「わからないねぇ。なんのためにやるんだい? 金じゃないんだろ? 名誉でもないんだろ? まさかあたしがこの世で一番嫌いな『善意』ってやつかい?」

 ひねたばあちゃんだな。いいじゃん、善意。それ大事よ。そもそもばあちゃんが嫌いなのは善意の押し売りだろ? それもありがた迷惑系の。それなら俺も一番とは言わないけど普通に嫌いだわ。

 うーん……これぞ! って一つを上げるのは難しいな。色々な理由が合わさってるんだと思うし、相手によってはその理由さえ変わってるかもしれないしな。

 前にも思ったけど、やっぱアレじゃね?

「自分でもはっきりしません。強いて言うなら偽善じゃないですか?」
「ほう」

 ばあちゃんの口が楽しそうに弧を描く。悪い魔女っぽいな。

「善意ではないと?」
「だってわたし、無理やり治療してきましたから。病人の意思も聞かずに。行為だけ見れば追い剥ぎみたいなものですわ。奪うものがたまたま相手がいらない病気というだけで」

 俺がそう言うと、ばあちゃんは豪快に笑った。

「気に入った! いいよ、あたしはあんたを全面的にサポートする! どこに行きたいのか言いな、送り出してやるよ!」

 お、やったー。このばあちゃん、気難しいっつーより本当に貴族が嫌いなだけみたいだな。




 ネックだったのは、やはり移動手段である。
 俺は王族用の、秘密裏に使用している魔法陣を宛てにしていた。一般用の転送魔法陣は利用すると記録が残るからな。足跡を残すなんて絶対にできないので、そのために密偵との接触を望んでいた。

 だが、クレーク大叔母の協力があれば、そのハードルはクリアできる。

「細かいのも色々あるんだが、基本条件は二つだ。
 一つはあたしが行ったことがある場所にしか送れない。まあ
この大陸の主要都市は全部回ってるから安心しな。
 もう一つは『強制転送』という保険を掛ける。これはヘイヴンに言われた条件だけどね。でもあたしも同じ意見さ」

 一つ目はわかる。
 ばあちゃんの行ったことがある場所にしか行けないって言葉通りの意味だろう。そしてたぶんばあちゃんは、自分の転移魔法の条件を知っているがゆえに、いろんな場所に行ったことがあるはずだ。それこそ俺が想像だにしない場所とかもあるかもな。

 で、問題は二つ目だ。

「強制転送とは?」

 字面だけでもいまいちよくわからない。保険と言うからにはネックではなさそうだが……

「時間制限さ。決められた時間を過ぎたら強制的に、送り出した場所……つまりこの家に戻ってくるようにするって話だ」

 それだ! そう、それだよ!

「それはわたしも考えてました」

 購買部で買った「帰還の魔石」や、クローナが使用できる帰還魔法とかだ。それをどうにか使えれば、単純に片道の移動だけ心配すればいいんじゃないかと考えていた。それこそ天使やっている最中に追われて、逃げるために使用することもできるしな。
 要するに、帰りの心配がいらないって話だよ。行きだけ考えればいいって話だ。

 そんな話をすると、ばあちゃんは「フン」と鼻を鳴らした。

「緊急時の脱出手段か。確かにあった方がよさそうだ。……少し打ち合わせが必要らしいねぇ」

 だな。もう少し話を詰めることができそうだ。

「大叔母様。明日の晩、早速試してみたいわ」
「準備しとくよ。アクロディリア、あんたの悪事・・をあたしに見せておくれ」

 よし。今日は時間の許す限りばあちゃんと話を詰めて、明日決行だ。

 レンの弟に会うのは明日の晩だ。しっかり準備をしておこう。




 ――そして俺は、明日の夜、レンの出した答えとも言うべき存在に出会うことになる。





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