121 / 184
137.やりたいこと、やれないこと……
しおりを挟むアクロディリアの予備知識のおかげもあり、朝から昼までの間に、ルーベル村のことは調べが付いた。これ以上の調査は必要ないだろう。
簡単な昼食を取り、いよいよ剣術訓練のために闘技場までやってきた。
まず闘技場を走って身体を温めて、それから向かい合って木剣を手に取る。
二週間だ。
二週間もお預けを食らっていた、俺の大好きな訓練である。夕方くらいまでぶっ通しでやってやるつもりだ。
それに今は夏休みで、闘技場を利用している者は片手で数えられるほどしかいない。この広大な場所をほぼ貸切で使えるのだ。オラわくも倍増しちゃうってもんだ。
が、オラわくわくしてっぞ状態の俺と違い、木剣に入った傷をチェックしているレンの顔は少々戸惑い気味だ。いつも無表情だし今もほんの少しの変化しかないが、さすがにわかる。
「何か気がかりでも?」
俺との付き合いはまだ短いが、四六時中一緒で内容は濃い付き合いをしてきたからな。
「気がかりというか」
レンは俺の問いを否定せず、するっとその事実を話した。
「つい先日まで、私は冒険者としてモンスターを狩っていました。実戦の感覚がまだ強く身体に残っています――だから二週間前より加減ができない可能性があります。やりすぎてしまうかもしれません」
…………
えっ!?
「二週間前でも充分強かったでしょ!? 今はもっと強いの!?」
訓練では俺も何本かレンから取ることもあったが、あれは常に「レンが本気じゃないから」である。いや、訓練で出せる全力ではあるのかもしれないが。
そもそもレンとか冒険者とかの本気って、肉弾戦のみではなく、魔法を絡めた戦闘スタイルになるはずだ。だってこの世界の住人は全員何かしらの魔法が使えるって設定だからな。使えるものならなんでも使うはずだ。
それを考えると、むしろ魔法を使わないで訓練していたレンは、実戦と比べれば片手を使わないくらい制限されていたんだろうと思う。
それでも充分強かったのに、なのに今はもっと強いとか言い出したよ。
「あの頃とは比べ物になりませんよ。五割増しくらいは強いはずです」
マジか! 五割も!
「それは楽しみね!」
俺は基本的に、訓練でレンの動きを盗んで模倣して試して何度も試行錯誤して身体に刻み込んできた。使える技や動き、使えない技や動きを、常に訓練中に取捨選択してきた。
つまり、お手本となるレンが強ければ強いほど、俺が学ぶこともより多くなる。
代わりに、というか同時に、多分に前以上の痛みも伴うことになるだろうけどな。
――まあ痛い内は死にゃしねえから。大丈夫だろ。
回復魔法で復帰できるんだから、あまり躊躇いはない。むしろこれまで以上に訓練で身につくことが増えるなら、俺にとっては躊躇いよりその嬉しさの方が勝る。余裕で。
「……相変わらず訓練が好きですね」
レンはかすかに笑い、構えた。――なるほど、頬にピリピリ来る緊張感も強いが、以前より構えが力強く見える。寸分違わず同じ型のはずなのにな。
「腕は落ちたかもしれないけど、意欲だけは前よりあるわよ?」
帰省中は素振りはおろか、木剣を握ることさえしていないからな。だがずっとやりたかったことがようやく解禁なんだ、気持ちはこれ以上ないほど昂ぶっている。
……それにしても、久しぶりに握った木剣に違和感を感じない。
俺的には二週間も何もしていないので普通に腕が落ちた気がしていたが、この肉体にとってはブランクでもなんでもないのかもしれない。
まあ、なんでもいいな! ここまで来てごちゃごちゃ考えることもないしな! 早く殴り合おうぜ!
「あんまり加減しないでね?」
今のレンは強いというなら、俺はしっかり学びたいからな。
久しぶりの訓練は、一言、激しかった。
レンの宣言通り、彼女のスピード、パワー、反応速度に反射速度、手数においても、すべてにおいて二週間前の上位互換って感じで、すごかった。
記憶にあるレンより全てが優っているのだ。最初の内は慣れるので精一杯だったし、慣れてもなかなか攻勢には出られなかった。まさに実力差が顕著だった。
――いや、いい勉強になった。一方的にやられまくったけど、すごく楽しかった。
「これから少しずつ腕が落ちると思います。今の方がいいなら、今の内に訓練に集中してくださいね」
実戦の勘は、実戦をこなさないと確実に鈍るらしい。訓練ではどうしても鍛えることができない部分もあるそうだ。レンの普段の仕事はメイド業だから、これからどんどん勘も鈍っていくんだろうな。
……勘が鈍っていても超強いって事実もすごいけどな。やっぱレン強いわ。
陽が傾き暗くなってきた頃に切り上げ、その足で風呂へ向かった。
やはり今日も湯が張ってあった。そして誰もいない。誰が用意して誰が利用してるんだろうな?
土埃にまみれた身体と髪を洗い、湯船に浸かってようやく一息つけた。はあ……訓練超きつかったわー。
「帰省中はどうでした?」
天使やってたよ、……なんて言えないわな。
「実家でのんびりよ。わたしのことよりレンのことの方が気になるわ」
この二週間、レンは冒険者として活動していたらしい――いつもの休暇中の過ごし方と変わらなかったそうだ。
まあ、半分は嘘だと思う。
たぶんアルカを連れて、一度実家に帰ったはずだからな。結構遠いみたいだし、一週間くらいは移動に費やしたのではないだろうか。
……ちょっと探りでも入れてみようかな。
「実家には帰らなかったの?」
「帰ろうにも遠いんです。限られた期間に往復するには厳しい距離ですから」
「そう。家族は?」
「母と弟がいますよ」
来た! レンは目を瞑り、風呂の心地よさに浸っている! どう見ても俺が探りを入れていることには気づいていないな!
ここで弟の病気のことを聞き出せれば、むしろ成功法でいけるかもしれないぞ!
「父も冒険者だったんですが、子供の頃から帰ってきません。恐らくモンスターにやられたんでしょうね」
え、さらりと壮絶だな! ……いやいや、今は父親のことはいい!
「お母さんと弟は何を?」
「もう何年も会ってませんが、村で細々と畑をしているはずです。仕送りもしているので暮らすだけなら不自由はないみたいです。時々手紙も来ますから」
ほほう。
「弟は何歳なの?」
「気になりますか?」
ちらりと目蓋が開き、何を考えているのかわからないレンの視線が向けられた。……探ってるの感づかれたか!? だがここは引かずに粘るぞ!
「そりゃ気になるわよ。だってレンの弟でしょ?」
「はあ。それがどう気になると?」
「それってつまり俺の弟と言っても過言じゃないわけじゃん?」
「もうのぼせましたか? 上がりますか?」
うん、完全にシカトされたね。粘ることさえできなかったか……
風呂上がりに牛乳を飲んで、ついでに購買部でそのまま夕食を取り、部屋に戻ってきた。
この二週間のことを色々話して、やや早めに就寝時間だ。ここから寝るまでは本読む時間である。今日やることはもうないので、レンは使用人部屋に戻した。
――できれば今日、今すぐにでもルーベル村に行きたいのだが、まだ準備ができていない。
まず王族の密偵と接触し打ち合わせをし、そのツテで王族用の転送魔法陣を借りたいと交渉する必要がある。
一般用の魔法陣を使ったら、記録が残っちゃうんだよ。レンにバレるだけならまだいいが、その他にバレるのは都合が悪い。
これを、レンに気づかれないようにやらなければいけないわけだが……まあレンには用事を頼むだけで簡単に空白の時間を作れるので、接触するタイミングは融通が利くよな。それより密偵と接触する方法を考えないとな。
他にも考えないといけないことがあるが、まずは密偵と会わないとな。そこからだな。
「それが一番難しいよな」
どいつが王族の密偵かなんてわかんねーからな。校内ではジングルしか知らないし、その飼い主であるキルフェコルトはまだ寮に戻ってないし。
……え? まさか、待つしかないのか?
アルカ待ち、密偵待ち、アニキ待ち、……要するに新学期待ちか?
「仕方ねえな……調査と準備だけは進めとくか」
一番やりたいことは今すぐできないようだが、やらなければいけないことは山積みだ。できることから片付けていこう。
20
お気に入りに追加
956
あなたにおすすめの小説
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
悪役令嬢が死んだ後
ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。
被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢
男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。
公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。
殺害理由はなんなのか?
視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は?
*一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。
乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?
プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。
小説家になろうでも公開している短編集です。
【完結】死がふたりを分かつとも
杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」
私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。
ああ、やった。
とうとうやり遂げた。
これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。
私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。
自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。
彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。
それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。
やれるかどうか何とも言えない。
だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。
だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺!
◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。
詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。
◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。
1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。
◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます!
◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる