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137.やりたいこと、やれないこと……

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 アクロディリアの予備知識のおかげもあり、朝から昼までの間に、ルーベル村のことは調べが付いた。これ以上の調査は必要ないだろう。

 簡単な昼食を取り、いよいよ剣術訓練のために闘技場までやってきた。
 まず闘技場を走って身体を温めて、それから向かい合って木剣を手に取る。

 二週間だ。
 二週間もお預けを食らっていた、俺の大好きな訓練である。夕方くらいまでぶっ通しでやってやるつもりだ。
 それに今は夏休みで、闘技場を利用している者は片手で数えられるほどしかいない。この広大な場所をほぼ貸切で使えるのだ。オラわくも倍増しちゃうってもんだ。

 が、オラわくわくしてっぞ状態の俺と違い、木剣に入った傷をチェックしているレンの顔は少々戸惑い気味だ。いつも無表情だし今もほんの少しの変化しかないが、さすがにわかる。

「何か気がかりでも?」

 俺との付き合いはまだ短いが、四六時中一緒で内容は濃い付き合いをしてきたからな。

「気がかりというか」

 レンは俺の問いを否定せず、するっとその事実を話した。

「つい先日まで、私は冒険者としてモンスターを狩っていました。実戦の感覚がまだ強く身体に残っています――だから二週間前より加減ができない可能性があります。やりすぎてしまうかもしれません」

 …………

 えっ!?

「二週間前でも充分強かったでしょ!? 今はもっと強いの!?」

 訓練では俺も何本かレンから取ることもあったが、あれは常に「レンが本気じゃないから」である。いや、訓練で出せる全力ではあるのかもしれないが。

 そもそもレンとか冒険者とかの本気って、肉弾戦のみではなく、魔法を絡めた戦闘スタイルになるはずだ。だってこの世界の住人は全員何かしらの魔法が使えるって設定だからな。使えるものならなんでも使うはずだ。
 それを考えると、むしろ魔法を使わないで訓練していたレンは、実戦と比べれば片手を使わないくらい制限されていたんだろうと思う。

 それでも充分強かったのに、なのに今はもっと強いとか言い出したよ。

「あの頃とは比べ物になりませんよ。五割増しくらいは強いはずです」

 マジか! 五割も!

「それは楽しみね!」

 俺は基本的に、訓練でレンの動きを盗んで模倣して試して何度も試行錯誤して身体に刻み込んできた。使える技や動き、使えない技や動きを、常に訓練中に取捨選択してきた。
 つまり、お手本となるレンが強ければ強いほど、俺が学ぶこともより多くなる。
 代わりに、というか同時に、多分に前以上の痛みも伴うことになるだろうけどな。

 ――まあ痛い内は死にゃしねえから。大丈夫だろ。

 回復魔法で復帰できるんだから、あまり躊躇いはない。むしろこれまで以上に訓練で身につくことが増えるなら、俺にとっては躊躇いよりその嬉しさの方が勝る。余裕で。

「……相変わらず訓練が好きですね」

 レンはかすかに笑い、構えた。――なるほど、頬にピリピリ来る緊張感も強いが、以前より構えが力強く見える。寸分違わず同じ型のはずなのにな。

「腕は落ちたかもしれないけど、意欲だけは前よりあるわよ?」

 帰省中は素振りはおろか、木剣を握ることさえしていないからな。だがずっとやりたかったことがようやく解禁なんだ、気持ちはこれ以上ないほど昂ぶっている。

 ……それにしても、久しぶりに握った木剣に違和感を感じない。
 俺的には二週間も何もしていないので普通に腕が落ちた気がしていたが、この肉体にとってはブランクでもなんでもないのかもしれない。

 まあ、なんでもいいな! ここまで来てごちゃごちゃ考えることもないしな! 早く殴り合おうぜ!

「あんまり加減しないでね?」

 今のレンは強いというなら、俺はしっかり学びたいからな。




 久しぶりの訓練は、一言、激しかった。
 レンの宣言通り、彼女のスピード、パワー、反応速度に反射速度、手数においても、すべてにおいて二週間前の上位互換って感じで、すごかった。
 記憶にあるレンより全てが優っているのだ。最初の内は慣れるので精一杯だったし、慣れてもなかなか攻勢には出られなかった。まさに実力差が顕著だった。

 ――いや、いい勉強になった。一方的にやられまくったけど、すごく楽しかった。

「これから少しずつ腕が落ちると思います。今の方がいいなら、今の内に訓練に集中してくださいね」

 実戦の勘は、実戦をこなさないと確実に鈍るらしい。訓練ではどうしても鍛えることができない部分もあるそうだ。レンの普段の仕事はメイド業だから、これからどんどん勘も鈍っていくんだろうな。
 ……勘が鈍っていても超強いって事実もすごいけどな。やっぱレン強いわ。

 陽が傾き暗くなってきた頃に切り上げ、その足で風呂へ向かった。
 やはり今日も湯が張ってあった。そして誰もいない。誰が用意して誰が利用してるんだろうな?

 土埃にまみれた身体と髪を洗い、湯船に浸かってようやく一息つけた。はあ……訓練超きつかったわー。

「帰省中はどうでした?」

 天使やってたよ、……なんて言えないわな。

「実家でのんびりよ。わたしのことよりレンのことの方が気になるわ」

 この二週間、レンは冒険者として活動していたらしい――いつもの休暇中の過ごし方と変わらなかったそうだ。
 まあ、半分は嘘だと思う。
 たぶんアルカを連れて、一度実家に帰ったはずだからな。結構遠いみたいだし、一週間くらいは移動に費やしたのではないだろうか。

 ……ちょっと探りでも入れてみようかな。

「実家には帰らなかったの?」
「帰ろうにも遠いんです。限られた期間に往復するには厳しい距離ですから」
「そう。家族は?」
「母と弟がいますよ」

 来た! レンは目を瞑り、風呂の心地よさに浸っている! どう見ても俺が探りを入れていることには気づいていないな!
 ここで弟の病気のことを聞き出せれば、むしろ成功法でいけるかもしれないぞ!

「父も冒険者だったんですが、子供の頃から帰ってきません。恐らくモンスターにやられたんでしょうね」

 え、さらりと壮絶だな! ……いやいや、今は父親のことはいい!

「お母さんと弟は何を?」
「もう何年も会ってませんが、村で細々と畑をしているはずです。仕送りもしているので暮らすだけなら不自由はないみたいです。時々手紙も来ますから」

 ほほう。

「弟は何歳なの?」
「気になりますか?」

 ちらりと目蓋が開き、何を考えているのかわからないレンの視線が向けられた。……探ってるの感づかれたか!? だがここは引かずに粘るぞ!

「そりゃ気になるわよ。だってレンの弟でしょ?」
「はあ。それがどう気になると?」
「それってつまり俺の弟と言っても過言じゃないわけじゃん?」
「もうのぼせましたか? 上がりますか?」

 うん、完全にシカトされたね。粘ることさえできなかったか……




 風呂上がりに牛乳を飲んで、ついでに購買部でそのまま夕食を取り、部屋に戻ってきた。
 この二週間のことを色々話して、やや早めに就寝時間だ。ここから寝るまでは本読む時間である。今日やることはもうないので、レンは使用人部屋に戻した。

 ――できれば今日、今すぐにでもルーベル村に行きたいのだが、まだ準備ができていない。

 まず王族の密偵と接触し打ち合わせをし、そのツテで王族用の転送魔法陣を借りたいと交渉する必要がある。
 一般用の魔法陣を使ったら、記録が残っちゃうんだよ。レンにバレるだけならまだいいが、その他にバレるのは都合が悪い。

 これを、レンに気づかれないようにやらなければいけないわけだが……まあレンには用事を頼むだけで簡単に空白の時間を作れるので、接触するタイミングは融通が利くよな。それより密偵と接触する方法を考えないとな。
 
 他にも考えないといけないことがあるが、まずは密偵と会わないとな。そこからだな。

「それが一番難しいよな」

 どいつが王族の密偵かなんてわかんねーからな。校内ではジングルしか知らないし、その飼い主であるキルフェコルトはまだ寮に戻ってないし。

 ……え? まさか、待つしかないのか?
 アルカ待ち、密偵待ち、アニキ待ち、……要するに新学期待ちか?

「仕方ねえな……調査と準備だけは進めとくか」

 一番やりたいことは今すぐできないようだが、やらなければいけないことは山積みだ。できることから片付けていこう。





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